底
うさぎ小屋のかぎを、なくしたことがあった。小学生のときだ。
おぼれたのは、風のつよい日で、きみがつくった、白いクリームチーズのパンが、すごくおいしくて、ぼくは涙をながしながら食べて、おおげさだよと、きみははにかんでいた。くじらが、感動するくらい、近くを泳いでいて、世界はひろいなって、漠然と思った。海底についたとき、うえのほうよりも寒くて、ここで暮らしているいきものは大変だと、哀れんでいるじぶんが、ちょっと傲慢かも、と感じた。学校の生物室で、先生があつめていた蝶の標本箱をながめている時間が、うまれてから二十一年という人生のなかで、いちばん安らいでいた気がした。
きみのためなら死ねる、と言えなくて、ごめん、と思った。
ずっと、やさしいひとでいられなくて、ごめん、とも思った。
きょうはどうしようもなく、だれも、なにも、ゆるせない日みたいだから、ただひたすらに、ごめん、と祈るようにあやまりながら、ぼくは、きみがつくったパンを、むしゃむしゃと食べてる。
冬の六畳間。
底