ベランダ

ベランダ

ただの、お隣さん

12月の外は寒い。ただただ寒い。なんでこんなに寒いベランダ煙草を吸わないといけないんだろう。空気清浄機でもあれば、その近くで吸えばいいんだろうけど、生憎そんなにバイトを増やす予定はない。
考え事をしているとガラガラっと隣のベランダの窓が開く。カチッとライターの着火音がなって、数秒後に濃いめの紫煙が目に入ってきた。
「かなさん」
「あら、大学生くんこんばんわ。今日も悪い子だね」
そう言いながら『かなさん』は微笑んだ。満月の光を反射して光るロングの髪は先端にだけカールがかかっていて、お風呂上がりなのかほんのり濡れている。すっぴんとは思えない綺麗な顔には黒縁の眼鏡がかけられている。かけられているのだ。
そしてなぜだろう。夜風に乗ってほんのりいい匂いがした。やはりお風呂上がりなんだ。
「大学生くん?」
「あ、すいません、いつもありがとうございます」
なにが?とかなさんは笑った。今日は満月が2つあるようだ。
「今日は満月だね」
「そうですね」
「大学生くんは『月が綺麗ですね』って知ってる?」
「え、あ、えっと…その………夏目漱石の……あれですか?」
「そう!よく知ってるね!」
え?『そう!』なの?え??え??何が目的??何が目的??
「今日言われたんだよね……」
時間が止まった。全ての時間が止まった。寒さだけは肌にこびり付いている。
「そ…それは…愛の告白ですか…?」
「どうなんだろうね…。でも、真剣な目をしていたよ」
そう言って煙を吐くかなさんはどこか嬉しそうだった。
「……真剣だったんなら、俺は悔しいです」
「……え?」
目が合う。止まっていた時間がゆっくりと動いていく。
「かなさん。…………月が綺麗ですね」
自転が止まる。絶対に止まっている。風景が時速360kmで流れていく。
かなさんはそんな僕の目を見たまま、いたずらっ子のように口角をあげた。
「そうね。今日はとっても綺麗」
言葉は鼓膜をブチ破り、脳を破壊し、心臓を破裂させた。心臓を軸に俺の体は弾け飛び、時速360kmの風景と一体化していく。
「ふぅ、寒い!早く部屋に入って温かくするんだよ。『ひょうが』くん」
俺は無事にそのまま宇宙と一体化した。初めて呼ばれた名前は、自分の名前ではないみたいだった。
ガラガラと扉が閉まってからも、しばらくはかなさんの匂いが嗅覚を刺激していた。
自転が徐々に再開し、体の部位がじわりじわりと融合し、元の姿に戻っていった。
口に溜め込んだ煙がゆっくりと口から離れていく。

特別な1日というのはふと訪れて、離れていく。

ベランダ

挿絵はフリー素材からいただきました。
みんちりえ様( https://min-chi.material.jp/

ベランダ

貴方の頭の中にいるちょっぴりえっちなお隣さん。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-07

Public Domain
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