言葉のナイフ

 彼はなかなか自供しなかった。それも、黙秘権を行使するのとは別のやり方で。
 二十代男性が商店街で人を切りつけているという通報を受けて駆けつけた警察官が見たのは、ナイフではなく言葉でもって人を片っ端から切り続けていた男性の姿だった。彼はみちゆくひとに近づいては、「どうしてそんなにやる気が無いんだ、君ならできる、もっと本気になろう」などと無差別に相手を励まして、つまらない焦燥感と根拠のない虚しいやる気だけを植え付けてまわった。
 その言説はどれも中身のない月並みな言葉ばかりで、あるいは耳を塞ぎたくなる者にだけ攻撃する唯一の手段だったのかもしれない。
 取調室のテーブルの向こうで彼は、依然としてそんな言葉のナイフを振り回し続けていた。取り上げておけと命じたはずだ。
 私は、テーブルの下でナイフを研いでいた。彼の主張を話半分で聞きながら、その言葉と言葉の隙間をいつでも見定められるように機会を窺っていた。
 最適と思われるタイミングで差し出した私の言葉のナイフは、彼の喉元を正確に突き刺す。
 彼は、言葉のナイフを振り回すだけで、言葉の鎧を身に着けていなかった。

言葉のナイフ

言葉のナイフ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-02

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