死にたいから私は生きている

 死にたいなあ。
 本当に、死にたいなあ。
 少女はそんなことを考えながら、JRの線路沿いの並木道を歩いていた。週末、金曜日の午前十時のことである。普通なら学校にいなければならない時間だが、授業に気乗りしない少女は、そうしてサボっていた。とぼとぼと歩く制服姿の彼女は、どうしても周りの目に留まる。実際、赤ちゃんと散歩する主婦や井戸端会議をしている地域のオバサンたちは、彼女をほんの少し見つめては目をそらすということを繰り返していた。

 死にたいなあ。本当に、死にたいなあ。
 死にたい。死にたい。とにかく死にたい。
 理由はない。なんか辛い、ただそれだけ。ただそれだけなんだけど、とにかく死にたくてしかたない。死なせてほしい。
 誰か、お願いします。私を殺してほしい。いっそ、一思いに。銃で頭を打ちぬくのでもいい。電気椅子でもいい。苦しんで死ぬのは嫌だから、一発で仕留めてほしい。
 死にたい。お願いだから、死なせてほしい。
 こんなに死にたくて仕方がない私は、おかしいかな。
 頭は悪いし、人格は人間として最悪だし、こんなところで生きている価値はない。
 私はあの時嘘をついた。だから、あの頃に起こしたこと、その真実は私たちにしかわからない。
 いじめられて、琴音ちゃんは亡くなった。更級琴音という子が学校でのいじめを苦にして自殺したというニュースを聞いた。私は、琴音ちゃんはいじめということに、そしていじめ加害者に殺されたんだと思う。いじめ加害者は殺人犯。
 つまり、私は殺人犯。
 なぜなら、私は小学五年生の時、いじめを犯したから。琴音ちゃんが死んでしまった原因と全く同じ、いじめを犯したから。
 奇しくも、私がいじめたKと、琴音ちゃんのKが一致していた。このニュースを聞いて死にたくなったのは、何かの縁なのかもしれない。
 私は殺人犯。
 今、なんか辛いという思いを抱えていることは、罪に対する罰に違いない。罪と罰は背と腹の関係だから。辛い。死にたい。でも、死んではいけないと思う。この罰を、私はまっとうしなければならないから。
 中学生の頃は、私は勉強を頑張った。だから、地域でトップの高校に入学できた。でも入学式の日、普通なら喜びに満ち溢れているはずの日に、私の気分はすぐれなかった。だって、高校生活をのうのうと送っていてもよい人間ではないのに、こんなところに来てしまったから。
 勉強ができる人間になることで、ほんの少しでも価値のある人間になれると思った。でも、そんな甘い考えは間違いだったと、気付いたんだ。
 みんな晴れ晴れとしていて、楽しそう。私はあんな風に楽しんでいていい人間じゃない。なんてことをしてしまったんだと思った。私は罪を重ねてしまった。殺人に加えて、また新たな罪を犯してしまった。
 私はなんて醜い人間なんだろう。
 ああ、そうだ。

 少女は閃いた。

 私は昔から、自分の感情というものがわからなかった。感想を書けと言われても、何を書けばいいのか、いつもわからなかった。だから、夏休みの読書感想文なんかは、毎年地獄だった。
 工夫するということもわからなかった。何をどのようにすることが工夫するということなのか、私には皆目見当もつかなかった。
 正解がないということが理解できない。
 そんなとき、何とか頑張って作り上げた作文や作品を、親や先生に手直しされたり、自分の気持ちを考えて口に出したとき「ええ」とか「意外」とか言われると、毎回毎回傷ついていた。なぜか涙が出てきた。
 私は泣き虫だった。
 そんな子供が、十一歳くらいになって友人関係でトラブルを起こすと、もう何を信じたらいいのかわからなくなる。まさに、それは私だ。私はもう、何を信じればいいのかわからない。私は何も信じることが出来ない。
 信じさせてほしいと、心から思う。
 信用と信頼の違いは難しくて、私はカウンセラーの酒井さんのことを信じてもいいのかわからない。酒井さんを頼ってもいいのかな。信頼してもいいのかな。それとも信用すればいいのかな。

 少女は以前、メールで悩み相談できるサイトに会員登録していた。そこでは、顔の見えないカウンセラーと文字を通して話すことができた。少女には直接カウンセリングを受けに行くほどの勇気がなかった。よって、このようなサイトは少女にとってピッタリだった。少女はメッセージを送った。

「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい」

「どうしたの?大丈夫?」

 カウンセラーの酒井は、少女に返信した。少女は、自分は罰を受けるべき人間なんだ、と話した。

「小五でいろいろあって、最終的にいじめっこになってた。
 あれから先生から嫌なこといっぱいされたから、もう先生は信じてない。ていうか、基本的に誰も信じない。
 ねえ、私の今までのこと全部聞いて?長くなると思うけど。昔のいじめのこと、誰にも話したことないから。」
「罰を受けなくてはいけないとは思わないけどなあ。
 何でも聞くから大丈夫だよ。」
「五年生の時に、仲の良い子たちのほとんどがクラス別れちゃった。一人だけ一緒になった子がいたんだけど、その子がちょっと変な子で、私とずっと二人でいるようになった。そしたら何故かひっぱたいたり上からな態度になったりしてた(彩華ちゃんっていう子)。
それを担任だった新見先生に相談したら、休み時間中もちゃんと教室でうちらの様子を見ててくれるって言ってたし、それを信じてた。実際は、教室にはいるけど、ずっと趣味の消しゴムハンコづくりしてただけだった。
 それで、他の友達が欲しいなって思ってた時に美夜(みよ)っていう子と仲良くなったんだけどそのあといろいろ揉めた。
 美夜と私と彩華ちゃんの三人で過ごすようになって、そしたら佳菜(かな)って子が私たちのグループに入りたいって言ってきた。佳菜のことを美夜は嫌ってたけど、私は家が近くて仲良かったから、別に四人になってもいいと思ってた。だけど、美夜は気の合わない子のことはすぐうざいって言って避けるから、何か意見をいうときはいつも私は美夜に合わせてた。だから佳菜のことを、私もうざいって言っちゃった。そしたら、美夜がいじめを初めて、私もそれに加担して、彩華ちゃんはずっと私に付きまとってきた。
 トラブルが毎日のようにあって、それを佳菜は逐一先生に告げ口してた。そしたら先生から目をつけられて、真冬の凍えるような日の朝、私と佳菜がまず呼び出された。
 最初に私が相談室に入って、そこには新見先生と辻先生っていう偉い人がいた。佳菜は向かいの特活室に入れられてた。
いじめのことは全然聞かれなくて、お金の話しをされた。
 その日の少し前に、四人で文房具屋に行ったときに、美夜だけはものすごい大金をもってきてて、そのお金の出所が問題だったみたい。一時間だったか二時間だったかして、佳菜と私が交代になった。特活室は普通の教室二個分くらいの広さがあって、それでストーブ一個炊いてたか炊いてなかったかくらいの暖房しかなかった。休み時間にトイレに行く以外でその部屋を出ることは禁止された。
 四時間目の途中でみんなの元に戻してもらえたけど、代わりに美夜が相談室に行った。それから給食の時間になっても掃除の時間になっても、美夜は帰ってこなかった。
 次の授業が体育だったから体操服に着替えてたら、また呼び出されて、今度は4人と新見先生、学年主任の全並先生、教務主任の岡本先生、辻先生が相談室に入った。相談室は狭いしほこりっぽくて汚なかった。そこでいじめの話をされた。
 そこで何を話したか覚えてないけど、1個だけ覚えてるのは、全並先生がボロい黒板をさして、『ここにボールを投げつけたらどうなる?』って聞かれたことかな。跳ね返るって答えたら、自分の行動は必ず自分に帰ってくるから、あなたたちも必ず嫌な目に遭う的なことを言われた。
 その日から、私は美夜になぜかうざがられて、三人に避けられるようになったり、全並先生は挨拶しても無視してくるようになった。
 岡本先生のことは、二年生とか三年生くらいの時にクラスに来てよく遊んでくれてたから、良い先生だと思ってたけど、その日からまともに顔見れなくなった。新見先生は、私が避けられてるの知って、私の味方するって言ってくれてた。なのに、次の日になったら手のひら返して、みんなが悪いって言ってた。結局私の味方してくれる人は家族しかいなかった。でも、家族も私がいじめなんかしたことを信じられないみたいで、いまだに何が本当だったのか知らない。相談室で、今後お金の貸し借りはしちゃいけないだとかモノのあげたりもらったりも良くないみたいなこと言われて、それ以来お金を預かったりすると怖くっていうことが中学に上がるくらいまで続いてた。
 でも、私が美夜に流されずに佳菜をいじめなければこんなことは起きなかったから、私のせい。
 よくいじめはいじめる側が百パーセント悪いっていうけど、つまり、私たちは百パーセント悪いっていうこと。
 酒井さんのとこにも、いじめられて苦しんでる人いっぱい相談しにきてるんじゃない?その子たちには何も悪くないよって言ってるんでしょ?つまり私が悪いから、もし私を肯定したら他の子たちを酒井さんは裏切ることになる。
 私のこと認める?それとも認めない?
 あとさ、一つ聞きたいことがあるの。」
「僕はいじめられる側もいじめる側も同じだと思うし、全ての生物にはいじめがあるから仕方ないと思う。
 自分が生存するために弱い仲間を見殺しにするみたいにね。
 だから勿論、(まい)ちゃんの事は認めるよ。
 学校って勉強も大事だけど社会に出た時の人間関係の構築の仕方の練習場だと思う。
 社会に出たらそれこそ、いじめなんて言葉では足りないくらいの事があるからね。」

 少女は泣いた。泣いて、泣いて、目を真っ赤にして。

「聞きたいこと、やっぱいいや。」
「この世に存在するものには、全て意味があるよ。」
「私にも、てことか。」
「そうだよ。
 舞ちゃんも、いじめる子にも、いじめられた子にも意味や価値があるからね。」

 少女はただひたすらに歩いた。無心で、何も考えずに。
 太陽の光を浴びて、酒井さんとのメッセージのやり取りを思い出していた。

 私は要らないんだ、とか、私は何もできないとか、そういうことを考えていると頭がぐるぐるする。グラグラするともいえるかな。とにかく頭に不快感がある。
私は要らないと思うと死にたくなる。私はこの世に生きてても意味ないんだって思う。私が生きてることで良い思いが出来たって人、いる?私と一緒にいると、私を認めることになるから、つまり私の罪を認めることになる。そんなの。無理だよね。殺人罪なんて、認められないよね。
簡単には、人を殺してしまったかのような感覚は消えない。でも、酒井さんに話せて、思いっきり泣くことができて、ちょっとすっきりしたかもしれない。

自分で嫌いになった人、いや、苦手な人がいることはしょうがない。でも、人から聞いて嫌いになったら、その子のことを自分の目で見てみたら好きになれるかもしれない。
少女はそんなことを考えていた。

私は間違ってた。人は人と繋がってるから意味があるんだ。
酒井さんがそう教えてくれた。あの子をいじめたことも、私は加害者になってしまったということも、全部意味があるんだって。
酒井さん、ありがとう。
信頼することって、酒井さんみたいな人のことを言うのかもしれないね。

少女は引き返した。今度はとぼとぼ歩くのではなく、ちょっと小走りで。空は晴渡り、心地よい午前の空気に満ちている。膝上十センチのスカートはひらひらとはためいてまるで踊っているかのようだ。
楽しいね。生きてるって楽しいね。

死にたいから私は生きている

死にたいから私は生きている

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-09

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