究極の人類削減計画

まえがき
武漢ウイルスは、いつ終息するのだろうか。
このウイルスのせいで数百万人の方がお亡くなりになり、膨大な数の方々が感染して今なお苦しまれているが、このウイルスを目的を持って研究開発し、拡散させたとすれば、その人とその国は、全世界から恨まれ、天文学的な損害賠償を要求されるのは当然のことだろう。
そして当然のこと その人とその国は、自身の罪を決して認めようとしないだろうが、それは決して許される行為ではなく、いつか必ず償わされる事になるだろう。

それはさておき、このパンデミックについて私は、この事件がウイルスによるパンデミックだけではないように思えてならないのだ。このパンデミックの後に更に重大事件が起きそうな予感がする。私の予感が外れる事を願い、また一日も早いパンデミックの終息を願っている。
なお、この小説はフィクションですが、真実も含まれています。小説内の何がフィクションで何が真実であるかを考えながら御一読いただければ幸いです。

                    究極の人類削減計画
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7/May/2019  C国北西部グル族自治区00市バスターミナル
ベンチに座っている若い夫婦の前で3歳くらいの女の子が遊んでいる。カメラを持った中年男性が夫婦に近づいて言った「可愛いお子さんですね、写真を撮らせていただけませんか」
夫婦は快諾し中年男性は数回シャッターを押してから女の子に言った。

「お礼にアイスクリームをあげよう、一緒においで」そう言って中年男性は近くに止めてあった車のトランクを開け、中に置いてあった特殊な冷凍保存容器からアイスクリームと小さな瓶を取り出して「この瓶は良い香りがするから、お父さんに開けてもらいなさい」と言って女の子に渡した。
女の子は喜んで父母の所へ帰り、父に瓶を開けてもらい鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
いつの間にか遠くに去っていた中年男性は、父母も瓶の匂いを嗅いでいるのを見て、不気味な笑みを浮かべた。
やがて若い夫婦と女の子はバスに乗り故郷の村に帰って行った。

それから2週間後、中年男性を含め4人の男性が車でその村に行った。
4人は村の入口で完全防護服に着替え、各種の検査機器等を持って歩いて村に入った。
戸数十軒もないせいか村は静かだった。一人の男性が鍵のかかった扉を壊して中に入った。
入ってすぐの部屋に男性がうつ伏せに倒れていて、防護服の男性が上向きにしたが既に死んでいた。防護服の男性はその死体を邪険にどけると奥に入った。

寝室のベッドの上に中年女性が寝ていたが、正に虫の息状態だった。
防護服の男性は、その女性を詳しく診断し記録をとった。それらの作業を終えると、男性はメスで心臓を刺してから胸部切開し、肺の一部を取り出して冷凍保存容器に入れた。
それから浴室で手袋に付いていた血液を洗い流してから消毒液スプレーを掛けた。

男性は2軒目に入った。その家でも同じようにして数十分後に出ると、他の3人は既に外で待っていた。4人は車の所へ行き、互いに消毒液スプレーを掛けあい、数分後防護服をぬいでから車に乗って帰って行った。

その全てを遠くからビデオに収めていた男が、4人の車が通り過ぎて行くのを見送ってから、茂みに隠しておいたバイクに乗って村に行った。
その男も村の入口で防護服に着替え村に入って家々の状況をビデオに撮ったが、胸部切開されて放置された数十の遺体を見て、その惨たらしさに顔をしかめてから帰って行った。
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7/Aug/2019  US 国諜報局 C 班
「王天明、局長が御呼びだ」
「なに、局長が、、、」王は怪訝そうな顔で局長室に向った。王はここに来て3年になるが局長に呼ばれたのは初めてだった。それどころか局長の顔を見たこともなかった。
通路の突き当りの局長室の前で王は一呼吸しノックをしてから「王天明です」と言った。
「入れ」としわがれた声が聞こえ王は室内に入った。

室内は薄暗く、目が慣れるまではどこに何があるかさえ良く見えなかった。
それで王がドアの前に突っ立っていると、右手から局長の声がした。
「こっちだ、何もないから真っ直ぐこっちへ来い」
王が歩いて行くと、ぼんやりと大きなデスクが見え、その上に置かれたノートパソコンの明かりに照らされた白髪の老人の顔が見えた。この人が局長らしい。

王はデスクの前で敬礼し「王天明です」と改めて名乗った。
「うむ、、、君のことは詳しく聞いている、、、さっそく任務について話そう。長君、説明してくれ」
「かしこまりました」とすぐ横で声がし、王はゾッとした。全く気配を感じなかった。いつの間に至近距離に近づいたのだろう、もし敵だったなら簡単に殺されていた。特殊部隊で訓練を受けていた自分が、なんてざまだ。

その王の心の動きを見抜いているかのように、長は見下したような声で言った。
「ふん、ここで3年訓練を受けてその程度か、、、任務についたら敵ばかりだ、せいぜい殺されないように気をつけろ。
お前の任務は、C国WUHAN研究所に潜入して極秘研究中のウイルスを調べることだ。ウイルス研究所にいたお前なら、ウイルスの種類や危険性も解るだろう」

「C国に潜入ですか、しかしあの国は顔認証システムがあって俺の顔では、、、」
「心配するな、お前は日本で整形手術をしてからC国に潜入する、WUHAN研究所の実在する研究員になりすましてな。
整形手術でその研究員の顔になったら、研究員を日本におびき寄せ、始末してからお前がその研究員としてWUHAN研究所に潜入するのだ。日本の整形手術は完璧だ、顔認証もクリアできる。だが研究所の指紋認証の為に研究員の五指の皮膚を貼り付けて行け」


王は局長室を出るとそのまま空港へ行かされ、翌朝の飛行機に乗せられた。
東京に向かう飛行機の中で、渡されたメモリーをノートパソコンに接続して、任務に関する情報を頭に叩き込んだ後、メモリー等を全て破棄した。それから、ぼんやりこれまでの事を思い返した。
王はもともと US大学ウイルス研究所の有能な研究員だった。

C国で天安門事件に巻き込まれ妻を殺された父は、中共幹部候補者の地位を捨てアメリカに亡命、数年後に知り合った香港人女性と結婚して王が生まれた。
家庭はあまり裕福ではなかったが、一人息子の王は優秀だったこともあり奨学金で大学を卒業しウイルスの研究員になった。しかし5年後、両親が交通事故で亡くなった。事故の原因は、C国工作員によって仕組まれたらしいと言われ以来、王はアルコール依存症になった。

諌める同僚と喧嘩をして誤って殺害し、無期懲役の判決で服役中に諜報局にスカウトされた。
スパイになれるほどの体力はなかったがIQ160の頭脳は際立ち、諜報局で教えられた武器の操作方法や有害物質の取り扱い等をすぐに覚え、上官を唸らせた。
両親のおかげで中国語も英語も堪能だったが、なりすます研究員が四川訛りの癖のあるC国語だから、始末する前に会話をして訛りを習得しておけ、と言われたのが気になっていた。

王は海外旅行の経験はなく、日本やC国に興味すらなかった。それでも任務の為に、成田空港到着後の経路等をネットで調べておいた。
(日本語は全くできないが、日本在住諜報員に会えさえすれば後は何とかなるだろう)
王は考えるのを止め眠りについた。


成田空港到着ロビーで、苦も無く日本在住諜報員の高と会い、高の手配で翌日には整形手術を受けた。手術後、麻酔は切れたが包帯でぐるぐる巻きにされ話せない王に高は言った。
「包帯がとれ人前に出れるようになるのは3週間後だそうだ。それまでにもう一度、なりすます研究員、杏山男について調べておいた方が良い、サインも練習しておけ。妻にもバレないように、妻についてもな。気づかれたら全てが終わりだからな」

そう言った後で高はノートパソコンとメモリーを手渡してくれた。
その後、王は言われた通りにした。そして3週間後、自分の顔を見て驚いた。当然のことだが、鏡の向こう側には別人が居た。C国人にしては、まあまあイケメンなのが救いだったが。
高は王の顔を見て満足気に言った「良し、完璧だ、、、では杏山男を日本に招待する」


それから2週間後、C国に帰る1日前の杏山男を拉致して隠れ家に連れ込んだ。
後ろ手に縛り椅子に座らせて、王と高は代わる代わるC国語で話しかけ、杏の四川訛りの話し方を聞き出した。数時間後、王が杏の話し方を真似て話し、高に完璧だと認められると、杏を地下室に連れて行き鈍器で撲殺してから右手首を切断し、死体を部屋の地下地中に埋めた。
整形外科医の所へ杏の右手首を持って行き、五指の皮膚を貼り付け、皮膚細胞培養液がにじみ出る特殊な手袋をして王は空港へ行った。

C国入国も空港出口の顔認証も問題なく通過し、杏の妻の待つアパートに入った。
妻との過ごし方も杏から聞き出していた甲斐があって、何とかバレずに翌朝アパートを出れた。
WUHAN研究所では、玄関前の顔認証と研究室ドアの指紋認証も無事通過できて、更衣室で防護服に着替えた。
(防護服を着てしまえばもう安心だ、外から見えるのはフード越しの目の周りだけだ)
王は安心して杏のデスクに座って研究準備をするふりをしながら研究室内を観察した。

杏から聞いていた通り室内には20人ほどの研究員が居たが、みな自分の研究に没頭しているようで、すぐ隣のデスクにさえ関心を示さなかった。
王は、室内を一通り観察し終えると、デスクの引き出しから杏の身分証明書を取り出して首へ掛け、他の研究室を見に行った。
研究室は他にも10室以上あり、研究員も200人以上いるのが分かった。

王は次々と研究室を見て回り、最後に一番奥の研究室の前に行った。
その研究室は他と違って入口ドアに窓ガラスがなく中を見れなかったし、ドア自体も気密性の高い自動引き戸になっていた。
王は、その部屋がウイルス培養保管室だと直感した。試しに指紋認証したが、認証器上部液晶画面に「登録研究員以外入室禁止」と表示されドアは開かなかった。

王は、杏のデスクに帰りながらその部屋に入る方法を考えた。
(いやまてよ、入る前に登録研究員を調べた方が良い、、、その研究員からいろいろ聞き出せたら入る方法も見つかるだろう、、、昼食は各研究室に届けられるから、帰宅時に待ち伏せするか)
その日の帰宅時、王は一番奥の研究室が見える通路で出て来る研究員を待った。
やがて宇宙服のような姿で、女性らしい歩き方の人が出てきた。王は、さりげなく後に続いた。

その人は、足早に女性用特別更衣室に入った。
(変だな、あの防護服は最高警戒レベルのはずで、一般通路は通れないはずだが)と王は思った。15分ほどして隣のドアから、王と同じ普通の防護服姿の女性が出てきたので、王が後をつけると、その女性は女性用更衣室に入った。
王には、その女性の行動の意味が解らなかったが、急いで私服に着替え女性が出て来るのを待っていると、30歳くらいに見える女性が出てきた。

(諜報機関の尾行実習が本当に役に立つとは思わなかった)と思いながら王は後をつけた。
女性は人気のない公園に入って行き、ベンチに座って携帯電話で話し始めた。
王は、女性の声が聞こえる所までは近づけないと判断し、ベンチの前を通り過ぎる時に高性能盗聴器をベンチ下に落としてから20メートルほど先に隠れて盗聴受信機のイヤホンを耳につけた。
女性は前かがみで小声で話していたが幸い声が聞こえた。しかしその声は中国語でも英語でもなかったので、王は声を録音した。

女性がベンチを立ったころには辺りは薄暗くなっていた。
(尾行にはうってつけだ、住所も調べてやろう)そう思って王は後をつけた。
女性は、研究所が目の前に見える研究員用の宿舎に入って行った。
王は通行人のようにドアの前を通り過ぎながら名札を見ると岳新華となっていた。
(身長と言い歩き方と言いC国人には見えないが、、、もしかして、どこかの国のスパイか、、、)

宿舎に長く居るわけにもいかず、王はとりあえず夕食に行った。屋台で食事しながら杏の妻に電話して、仕事が多くて数日帰れないと告げた。
食事の後、王は公園に行き岳新華が座っていたベンチの下の盗聴器を拾ってから、この国に登録していない衛星回線を使って、日本にいる高に電話した。

無事研究所へ潜入できた事や研究所内部の様子、それから岳新華の録音会話も聞いてもらった。
高も、岳の録音会話は分からないが恐らくF国語だろうと言った。そしてと言うことは、岳もスパイの可能性が高いと言う結論になった。
高は「その研究所は今いろいろな国のスパイが入り込んでいるはずだ、当然C国の監視も厳しい。お前も気を付けろ」と言った。

電話を終えると王は、少し考えた後もう一度研究所に入って行った。夜の研究所の様子を見ておきたいと思ったのだ。
更衣室で防護服に着替え杏の研究室に入ると、9時前だというのにまだ数人の研究員がいて、研究に没頭していた。
この研究室での研究内容は既に知られているインフルエンザウイルスの変異の追跡研究であり、王はUS研究所で経験済みで、残業してまで研究するほどの事ではないと思うのだが、まだ未経験の研究員にとっては夢中になる内容らしい。まあ自分も未経験のころはそうだったのだが。

王が他の研究室を見に行こうとした時、一人の研究員が近づいてきて言った。
「杏さん日本から帰ってきたんですね、お土産はないの」声からして女性だ。
王はとっさにでたらめを言った。
「ごめんよ、妻に全部取り上げられたんだ、美味しいチョコレートを買っていたのに」
「そんな~酷いわ、、、じゃ代わりに今夜なにか奢って」
「そのつもりで、またここへ来たんだ」と王はまた出まかせを言った。

その後二人は私服で研究室を出て繫華街を目指して歩き出した。
すると女性はすぐに王の腕にすがりついて甘い声で言った「この2週間、本当に寂しかったわ」
王は、女性のその仕草から(杏の愛人の鎮だな)と判断し、杏が得意げに話していた事を思い出した。杏は、自分のイケメンの顔がモテモテで愛人が3人いると言っていた。研究室にも一人いて、妻に知られないように苦労しているとも言っていた。

二人で向かい合って座って料理を待っていると、鎮がジッと王を見つめて言った。
「少し瘦せたみたいね、、、まさか日本女に精気を抜き取られたんじゃないないでしょうね、それとも昨夜奥さんにいっぱい、、、妬けるわ、早く奥さんと別れてよ」
王は苦笑しながら言った「そう急かすなよ、準備にも手間がかかるんだ」
食後二人は、その手のホテルに入り朝まで共に過ごしたが、ベッドの中で王はさり気なく聞いた。

「この2週間の間に研究所で何か新しいウイルスができたとか聞いてないかい」
「新しいウイルス、、、2週間の間ではないけど1ヶ月ほど前なら、でもこれは貴方も知っているでしょう。一番奥の研究室で新しい危険なウイルスを培養しているという噂話は」
「ああ、その噂話はね、それ以外は何もないかい」王は、その噂話は杏から聞き出して知っていた。
「それ以外はないわ、でもその奥の研究室へは限られた人しか入れなくなったわ、しかも完全防護服でないと入れない」

「そうか、、、ん、変だな、完全防護服で入れても出る時は完全防護服だとダメなんじゃないのかい、危険なウイルスが防護服に付着している可能性があるだろ」
「何を素人みたいな事を言ってるのよ、あの研究室を出る前には数十秒殺菌剤充填室に居てから出るから問題ないのよ。でも殺菌剤の濃度が高すぎて、ゴーグルとマスクの隙間から吸い込んで病気になった人がいるそうよ。なんにしてもあの研究室には誰も入りたがらないわ」
(なるほど殺菌剤充填室か、、、)王は、岳新華が完全防護服姿で出てきた訳が分かった。

翌朝、王は用事があるからと先にホテルを出て宿舎に行った。
岳の部屋が見える階段の踊り場で待ち人を装って立っていると岳が部屋から出てきた。
王は、もしかして仲間のスパイが部屋に居るのかと思っていたが、岳のしぐさでは居ないようだった。
宿舎を出ると岳新華は屋台で朝食を始めたので王も少し離れた屋台で食事した。
食事が終わるころ、岳の横に女性が座り親し気に話し始め、その後一緒に研究所に入った。
王がその女性の後をつけると、女性は研究所内の売店のシャッターを開けた。店員らしい。

王もその売店に入り菓子を少し買って、支払う時に聞いてみた「君は岳新華と親しいの」
「岳新華、ああ、あの人ね、あの人フランスで育ったから、この国の事があまり分からなくて、以前いろいろ教えてあげたの。それで親しくなって、でもあの人ものすごく頭が良くて、フランスの研究所からスカウトされて来たそうよ。C国語はあまりできないけど英語はまあまあね、私と同じくらいかな、だから二人で話す時は英語で話すの。貴方は英語できるの」

最後の一言は、自分が英語ができる事を自慢したいがために相手を見下したような言い方に聞こえ、王は少しムッとして英語で言った。
「俺も英語は得意だが、お前は『馬鹿な人間ほど自慢したがる』と言う言葉を知っているか」
店員は答えられなかった。
王は昨日と同じように杏の研究室に入りデスクに座ったが、鎮が来ていたのでお菓子を持って行った。すると鎮は「これ昼に一緒に食べよう」と言った。王は仕方なく頷いた。

その日の帰りがけに鎮に一緒に帰ろうと誘われたが、王は「アパートに帰らないと着替えがない」と言って一人で帰った。
アパートの部屋に入ると杏の妻は不機嫌そうに出迎えて言った。
「昨日はどこに泊まったの、女の所」
「い、いや違う、研究所の休息所だ」

「噓つき、守衛のおじさんに電話して聞いたら9時半ころ女と一緒に研究所を出たって言ったわ」
「う、、、、」
「浮気者、あんたの顔なんて見たくない、出て行って」と、妻は泣きながらそう言って物を投げつけ始めた。王は、一目散に部屋から出て行った。

アパートを出ると王はトボトボと歩いて行って、昨夜の公園のベンチに座った。
王は考えた。
(ふう、杏の妻と一緒に居たら正体がバレそうで気が休まらなかったから、これはこれで良い結果になった、、、さて、暗くなるまでにはまだ時間があるし、着替えでも買いに行くか、、、今夜もホテルに泊まって明日はアパートを探そう)

王は、諜報活動資金として生命保険金と同じくらいの金を貰っていて、どこの国の銀行でもカードと暗証番号だけで引き出せたが、銀行はもう閉まっているかもしれない。だが、着替えとホテル代くらいは今持っているので銀行は明日でも良い。
着替えや身の回り品を買うとレストランで食事した。そして食後にウイスキーの水割りを注文してから過去を思い出した。

(俺の両親は中共の工作員に殺された、、、車が高速になるとブレーキが効かなくなるように仕組まれて、、、奴らは亡命した父だけでなく何の罪もない母まで殺した、、、俺はその後アル中になり同僚を殺してしまった。それからはム所でも諜報局でも一切飲まなかったが、、、たまには良いだろう)しかし王は、何故かその水割りを美味しいとは感じなかった。
一口飲んだだけでレストランを出た。
(さて、これからどうするか)王は、着替えの入ったビニール袋を下げて歩き出した。

ホテルを探して歩いていると、どこで道を間違えたのかいつの間にかまたあの公園に来てしまった。
今はとにかくホテルに入ってこの荷物を置きたいと思っていたが、ベンチに座って電話をしている岳新華を見つけると、王の頭の中に不意にアイデアが閃いた。
岳が電話を終えると王は近づいてC国語で話しかけたが、無視されたので英語で言った。
「昨夜も電話していましたね」

岳は、英語で話しかけられた事に一瞬驚いたような目で王を見たが、すぐに怪訝そうな表情で言った「ええ、毎夜ここに来て両親に電話していますわ、、、貴方は英語が良くできそうですね」
「はい、僕はUS国人ですから英語は得意です。まあ、両親がC国系でしたからC国語もはなせますが、英語の方が良いです」
「え、US国人、、、ではお仕事か何かでこの国へ」
「まあそうですが、その前に横に座らせてもらえると嬉しいです、荷物が重いですので、、、」

王が荷物を下げているのに今気が付いたように、岳は慌てて横に動いて「どうぞどうぞ」と言った。
「ありがとうございます」と言って王は座り、重そうに荷物を横に置いた。すると岳は興味ありげに聞いた「何ですの、その荷物」
「着替えの衣類です、、、アパートの部屋を不逞友人どもに占領されまして寝場所がなくったものですから、、、これからホテルに入りたいですが手持ちの金子が足りそうになくて、、、」

「まあ、何とお気の毒な、、、よろしかったら金子お貸ししましょうか」
「ありがとうございます。でももしよろしければ一晩泊めていただければ有り難いのですが、、、決して、言え、神かけて不埒な事はしないと誓いますので、、、お願いします」王はそう言って熱いまなざしで岳の目を見つめた。杏の顔がモテる事の確認を兼ねて。
そしてその結果杏の顔がモテる事が確定した。岳は頬を染めて横を向き、恥ずかし気に言った。
「狭い部屋で恥ずかしいですが、、、一夜だけでしたら、、、」

数分後二人は宿舎の部屋に入った。入ってすぐ王は言った「ご無理を言ってすみません」
途端に岳は唇に人差し指を当て低い声で言った「隣に聞こえます」
王は無言で部屋の中を見た。確かに狭かったがシャワー室もあり炊事場もあった。だが隣との壁は薄いようで、隣のシャワーの音まで聞こえる。
なるほど、これでは男と一緒だった事がすぐにバレそうだ。王は紙とボールペンを指差して筆談を提案した。岳も賛同した。

王が「汗臭いですので、先にシャワーを浴びさせてください」と紙に書くと、岳はすぐにシャワー室に入り下着等の洗濯物を片付けてから合図した。
王はシャワーを浴び、買ったばかりの衣服を着て出た。入れ替わるように岳が入った。
王は椅子に座りテーブルの上のメモを読んだ。

自己紹介 エマニュエル、カミューラ F国籍 C国名 岳新華  F国ウイルス研究センター勤務中にC国にヘッドハンティングされて現在WUHAN研究所でウイルス培養主任研究員です。
でも、この国は好きになれません、早くF国に帰りたい。
以下に貴方の自己紹介をお願いします。

王も仕方なく自己紹介を書いた。
マイケル、ジャクソン C国系US人 C国名 王天明 歌手 来月のコンサートの下見に来ましたが、スタッフが連日連夜宴会するのでうるさくて眠れず、放浪の民と化しました。どうぞ御慰みを。
岳がシャワーから出てきてそれを読んで噴出し、すぐに「本当の事を知りたいわ」と書いて見せた。
王は少し考えた後で 王天明以降を書き直した。

本当はUS諜報員です。貴女と同じWUHAN研究所に潜入しています。
他の諜報員の報告書に、この国の北西部グル族の小さな村の村人全員が死んでいたそうで、原因が致死率の高いウイルスらしいとの事でした。また他の諜報員の情報では、この国の軍隊での噂で、既に完成されたウイルス兵器で他国を侵略する為、現在急ピッチでワクチンを研究開発中だとの事。そしてそのウイルスがこのWUHAN研究所で培養されているそうです。つまり貴女が培養しているウイルスがウイルス兵器の可能性が高いのです。

岳はそれを読んで顔色を変えた。そしてすぐに「本当ですの」と書いて見せた。
王もすぐに「本当です。そして貴女に協力していただきたくて近づきました、すみません」と書いた。
それを読んだ後で岳は複雑な表情で王を見つめ、しばらく考えた後で書いた。
「貴方の書いた事に噓はないようですね。分かりました、協力しますわ。私は何をすれば良いですか」「先ず貴女の培養しているウイルスの特徴や性質、ウイルス感染後の症状等を教えてください」

「このウイルスはインフルエンザやアデノウィルスやSARSとは全く違った新型コロナウイルスです。感染力が強く、感染後の症状は発熱と咳が予想されます。しかしこれは、実際に感染した人を診察しないとはっきりしません。それと重症患者は肺炎を併発して死亡する事も予想されます、、、
私は今まで、このような危険なウイルスを何故多量に培養するのか疑問でしたが、まさかウイルス兵器にするとは、、、まさかグル族の村で、村人で人体実験をした、、、」

「その可能性が高いですね。この国ではグル族の人や法輪の人から、生きたまま臓器摘出して販売している事が確認されています。孤立した村で秘密裏にウイルスをバラまき、村人の感染状態を調べ、最終的に皆殺しにした。他人の命など虫けら同然に扱う、この国なら十分に考えられます」
「何と恐ろしい事を、、、私は今まで、そんな恐ろしい事の手助けをしていたのですか、、、
私は、私は、どうしたら、、、私の今までの愚かな行為の償いができるのでしょう、、、」

「研究室にある全てのウイルスを死滅させることです。そしてその後すぐに国外逃亡するのです。
しかしその為には前もって逃亡の準備をしておかなければいけません。
恐らく貴女は監視され盗聴もされている事でしょう。筆談したのは幸いでしたが、部屋の中に監視カメラが仕掛けられていなければ良いですが、、、」
「か、監視カメラですか、、、」そう書いて岳は急にソワソワし始めた。

「私は暑い夜、シャワーの後よく裸で過ごしていました、、、監視カメラがあったとしたら、、、何と恥ずかしい」岳はそう書いて顔を赤くした。
「もし本当に監視カメラが仕掛けられていたら、既にこの国の公安が今夜の事を知っている事になります。そうならば公安が近いうちに必ず貴女に、私が何者であるかを確認に来るはずです。
その時は、私の事を恋人だとでも言ってはぐらかしておけば良いですし、確認に来なければ、まだこの部屋には監視カメラが仕掛けられていないと判断して良いと思います」

王の言うことを聞いて岳は安堵すると同時に、王の頭脳明晰な見解に心を打たれた。そして(この人と一緒なら、どこへ逃げても安心だわ)と言う信頼感が生まれた。
岳は恥ずかしくて震える手で「監視カメラは真っ暗闇でも見えるのでしょうか」と書いて見せた。
王が、岳の意図が分からず「真っ暗闇ならたぶん見えないと思いますが」と書くと、岳は顔を真っ赤にしながら「本当の恋人同士なら公安をはぐらかさなくても済みますわ」と書き灯りを消した。

翌朝、王は起きるとすぐ「今日アパートを借ります、夜8時にあのベンチで待ち合わせしましょう」と書いて見せると岳は、昨夜の余韻がまだ残っているのか甘いまなざしで王を見ていたが、すぐに現実を思い出したように紙に書いた「今日からウイルスを死滅させますわ」
「そうしてください、しかし決して他人に気づかれないように、、、恐らく研究室には監視カメラがあるでしょうから、その死角でするように」「ええ、そうします」
二人は軽く唇を合わせた後、王は一人で部屋を出て行った。

外はまだ薄暗かったが、幸い屋台が何軒か開いていたので朝食をとりながらネットでアパートを探した。庶民用のアパートはどこも満室だったが、庶民にとっては少し高い所なら何箇所か開いていた。王は、研究所から一番近くて即日入居可能なアパートを予約した。
その後研究所に行き、いつも通り過ごして夕方アパートに入居してから、夜ベンチで岳に会い二人でアパートに入った。

宿舎の部屋よりも広くて快適な部屋に岳は喜んだ。何より話し声が隣に聞こえない上に盗聴の心配もない事が岳を喜ばせた。
「ここなら普通に会話できるわ、、、少しくらいあの声を出しても大丈夫ですね」岳はそう言って王に抱きついた。どうも昨夜の出来事が忘れられないらしい。
しかし今はやるべき事をやって国外に逃げなければならない。楽しみは後にして、王は聞いた。

「ウイルスはもう死滅させたの」
「ええ、いま研究室にあるウイルス全部を瓶ごと保温器に入れ90度で10分も加熱したの。完璧に死滅しているはずだわ。それから元の特殊冷凍保存器に入れたの」
「ウイルス専用容器はガラス製なのかい」
「そう、だから瓶が割れたらいけないので90度以上にできなかったの、でも10分も加熱すれば死滅するわ」

「よし、じゃあ国外逃亡の準備をしょう、、、貴女は逃亡できないようブラックリストに載せられていて、恐らく空港も利用できないだろうから船で日本に入国する。
日本に入国さえできれば、その後はどこにでも行けるから大丈夫だ。ただ一つ不安なのは乗船時の担当船員を買収するが、この船員が裏切らないかどうかです。この国の人間ほど信用できないものはないですからね」

「、、、飛行機はダメなんですの、、、」
「貴女のような有能な人を国外逃亡させるほど、この国の支配者層は甘くありません。
ヘッドハンティングの時は高額報酬で釣って、働くようになれば粗末な宿舎に住まわせる、この一事柄を考えても支配者層のやり方が想像できます。一日も早く逃げるべきです。
陸路で国外逃亡する手もありますが、国境までに何度も検問を通り抜けなければなりません。現在は検問所でもネットでブラックリストを調べられますので、全ての検問所通過は難しいでしょう」

「、、、貴方も一緒に乗船してくださるんでしょう」
「そうしたいですが、私の任務はまだ終わっていません、いつ帰れるかまだ分かりません」
「嫌、貴方と一緒でないと嫌、、、一人では怖い、一緒に逃げて、お願い」
「そう言われても、、、では私の任務が終わるまで待ちますか」
「はい、待ちます」
「では今まで通りに宿舎に居て、研究所にも行かなければいけません。外泊もできません」
「かまいません、、、でも、今夜だけは、、、良いでしょう」そう言った岳の目は潤んでいた。

翌朝、岳はアパートから研究所に行った。少し遅れて王も研究所に行った。王は二人の関係を誰にも知られたくなかった。杏の妻には無論の事、同じ研究室に居る鎮にも知られたくなかった。
研究室の杏の席に座るとすぐに、その鎮が王に言った。
「室長にインフルエンザウイルスの研究レポートを早く出すように言われたの、手伝って」
「いや私も室長に早くレポートを出すように言われたんだ、とても手伝えない」と、王がでたらめを言うと鎮は「じゃ今夜は二人で残業ね」とウキウキした声で言った。

このような事には機転が利く王はその日の夕方、鎮に聞こえるように一人電話会話をした。
「あ、所長、はい、了解しました、、、ではこれからお伺いいたします」
それから王は鎮の所へ行って言った「所長に呼び出された、ちょっと行ってくる」
「一緒に残業、、、」
「いつ帰って来れるか分からないから一人でやってて」
「ぶう、、、」防護服の中の鎮のふくれっ面が見えるようだった。

王はその夜も岳とベンチで待ち合わせして一緒に食事した。その時の岳の話の内容に王は引っかかった。岳は室長から「この香水の小瓶にウイルス培養細胞を入れてくれ」と言われ、香水小瓶を50個渡されたと言う。
「香水の小瓶50個、、、」
「ええ、何に使うかは言わなかったけど、ウイルス培養細胞を入れた後は運搬用特殊冷凍保存容器に入れておいてくれって言われわ。でも、どうしょう、今あるウイルスは全て死滅しているはずよ。次の培養用ウイルスが届けられるのは三日先だし、それを待っていると怪しまれるわ」

「香水の小瓶50個、、、」
王は毎夜、日本在住の高や、C国各地に潜入している仲間と情報交換しているのだが、大物中共党員の愛人になって潜入している女性諜報員の不確かな情報として、近くこの街で開催される世界軍人運動会で何かを企んでいるらしいと聞いていた。
その事と小瓶50個が王の頭の中で絡み合っていた。それを事柄ごとに切り分けてからジグソーパズルのようにはめ込んでいくと、恐ろしい仮説が出来上がった。

(もし世界軍人運動会に来たUS選手が帰る時に、このウイルス入り香水小瓶を、零下10度以下で保存できる特殊冷凍保存容器で搭乗口まで運び、 搭乗直前に記念品とでも言って手渡されたら、、、US選手の中には機内で瓶を開けて匂いを嗅ぐ人もいるかもしれない、、、いやウイルスは常温でも数時間は死滅しないだろうからUS国に帰ってから瓶を開けても同じだろう、、、
その後、2週間もすればUS国は、、、)
王は、低い声だが強い調子で岳に言った「その香水の小瓶には死滅したのを入れたら良い」


それから数日後、研究所入口の指紋認証器で王の指紋が認証できなくなった。
5指に貼り付けてあった杏の皮膚が変質してしまったのだ。高に、貼り付けてある皮膚は2週間ほどで使えなくなると言われていたのを、王は忘れていた。
その日は仮病を言って休んだが、その後ずっと仮病を理由にできない。
しかし実際問題として、王は研究室に入っても、杏のデスクで研究に没頭しているふりをしているだけで、他になにもしていなかった。

だからもう研究所に行かなくても問題はなかった。ただ、行かないと怪しまれる可能性があった。
王は、杏から聞き出していた杏の母が郷里で寝たきり状態だと言うのを思い出し、母の看護をすると言って長期休暇を申請した。
それで王は、研究所に行かなくなったが、しかしほぼ毎日会っている岳から情報を得る事ができた。
その岳の話では、例の香水の小瓶は、既に室長が持って行ったとの事だった。

(このウイルスに感染しても症状が出るのは1週間以上後だ。つまりこの国の支配者層がUS国でなにも起こらなかった事を知るのは1週間先だ、それまでに国外逃亡すれば良い、、、
しかし、岳をどうするか、、、諜報員である事を知られた相手は始末することが掟だが、、、
ん、待てよ、、、岳にはもう一仕事してもらわなければならんな、、、)
その夜、王のアパートに岳を泊まらせ、充分に楽しませた後で王は言った。

「明日の夜、一緒に船に乗ります。貴女は明日いつものように研究所で過ごし、一瓶だけ生きているウイルスを特殊冷凍保存容器に入れてもちだしてください。夜10時に宿舎の部屋に迎えに行きます。いいですね」
岳は、数分前の余韻でか、まだ潤んでいる瞳を輝かせて頷いた。

翌日の夜10時、王が岳の部屋に入りドアを閉めると、岳は嬉しそうに王に抱きついてきた。
王はそのまま灯りを消し、ポケットのビニール袋の中からクロロホルムを浸み込ませたハンカチを取り出し岳の鼻と口を塞いだ。
岳がぐったりするとベッドへ運び、寝かせてその鼻の中に注射器で有毒ガスを注入した。
数十秒で岳の鼓動が止まったのを確認すると、王は特殊冷凍保存容器を持って研究所の守衛室に行った。

毎夜の如くデスクにうつ伏せになって寝ている守衛の脇に、特殊冷凍保存容器から取り出した瓶を置いて、また岳の部屋に帰り特殊冷凍保存容器をベッドの横に置いてから、岳のスーツケースとハンドバッグを持って出てドアに鍵を掛け、無表情で立ち去った。

数時間後、めざめた守衛は瓶に気づき、蓋を開け匂いを嗅いでみた。何の匂いもなかった。
だが珍しい形の瓶だったので机の引き出しの中に入れておいた。
翌日、他の守衛も蓋を開けてみた。その時はなんの匂いもなかったが、数週間後その辺りは死臭が漂う事になろうとは、この時の守衛は夢にも思わなかった。


ホテルの部屋に帰ると王は、岳のスーツケースやハンドバッグの中身を調べてみた。思った通り、二人の関係や、ウイルスを死滅させるに至った経緯等を記録したメモリーチップが衣類の中に隠してあった。
(どんなに親しくなっても女は信用できないな。始末して正解だった)と王は思った。
中身全てとハンドバッグをゴミ袋に入れ、スーツケースには自分の衣類を入れ、翌朝ゴミを処分してからアパートにを解約し、空港に行く為にタクシーに乗った。

タクシーの中で王は、日本在住の高に電話して、いま空港に向かっている事を知らせた。すると高は「成田空港に迎えに行ってやるから、搭乗便名が分かったらまた電話しろ」と言った。
王は「了解しました」と答えた後で「それはそうと、あの香水の小瓶の使い道は分かったですか」と聞いた。高は当たり前の事を何故聞くんだ、と言いたげな口調で言った。

「C国は、US国でウイルス感染を流行らせ、ウイルスの発生源をUS国にしたいのだろう。そうすればUS国は世界中から非難され、世界の牽引車と言う立場を危うくできるからな。
そう言う意味で、お前の判断は正しかったと言えるだろう。帰ってきたらお祝いしょう」
「ありがとうございます、では成田空港で会いましょう」そう言って王は電話を切った。
それから車窓の外を見て驚いた。港が見えている。

王は運転手にC国語で言った。「港じゃない空港だ」
すると運転手はタクシーを路肩に停め「お前はフェリー乗り場と言った」と怒鳴った。
王も怒鳴った「いや違う、空港に行けと言ったんだ」
運転手は更に大きな声で怒鳴った「お前はフェリー乗り場と言った、間違いない」
「いや空港だ」と怒鳴りながら、王はふと空港のC国語とフェリー乗り場のC国語が似ている事に気づいた。

王は運転手を落ち着かせ、ゆっくりとC国語で空港と言い、その後でフェリーと言ってみた。すると運転手は「どちらも同じフェリー乗り場だ」と言った。王は納得し、運転手に説明すると運転手も納得した。そして「ではこれから空港に行く」と運転手が言った時、王は何故か(船でも良いや)と言う気になり、運転手に乗り場で降ろしてもらった。
船にした事が運命の分かれ道になろうとは、この時の王は夢にも思わなかったのだが、、、。

そのころ高は、始末屋に「空港出発ロビーで待機していろ、搭乗便名は後で知らせる。使い捨てカイロを飛行機に乗せるな」と指示していた。
(ふん、US国諜報局は馬鹿だ、俺がC国の二重スパイだとまだ気づかない。もっとも、報酬の多い方へいつでも変われるがな、、、この世は金次第だ、大金さえ入ればすぐにトンズラだ、、、
王が、香水小瓶に死滅したウイルスを入れさせた事を知っているのは俺だけだが、この情報をどうやって金に変えるか、、、どこにリークすれば金になるか、、、)


一方、船に乗った王は(出航までまだ2時間もある、一眠りするか、、、そうだ高に電話をしなければ)と思いつき電話した。
そると高は「なに、船に乗っただと、糞たれめ」と怒鳴ってすぐに電話を切った。
王は、何がどうなっているのか全く解らなかったが、高はすぐに始末屋に電話して「今すぐに港に行って船に乗れ、使い捨てカイロに日本の土を踏ませるな」と怒鳴った。
その後、王はのんびり昼寝し、出航間際に始末屋が船に乗った事など全く知らなかった。


始末屋は広くて何階もある船内を、写真が映し出されているスマホを片手に王を探して歩き回っていた。そうとは知らず、王は一等個室のベッドで深い眠りについていた。
数時間後、目が覚めても船酔いしたのか頭が重く、ベッドでゴロゴロしながらPCで大阪までの航路を調べたりしていた。金に余裕のある王は、食事も部屋に運んでもらっていたのだ。
一方、始末屋は王に関して一つ大きな勘違いをしていた。王がまさか高額の一等個室に居るとは考えていなかったのだ。その為C国人乗客でごった返しているCデッキや二等客室ばかりを探し回っていた。

しかし、そんな始末屋に最後のチャンスが与えられた。
二日目の明け方、船酔いが治らない王はCデッキの最後部で冷たい風に当たっていた。そしてそこへ王を探し疲れた始末屋も偶然やってきた。
始末屋は我が目を疑いスマホで確認して、更に確認の為にC国語で言った「杏の顔をした王か」
答える必要はないのに何故か王は答えた「そうだが、お前は誰だ」

始末屋は懐から拳銃を取り出し消音器を付けてゆっくりと銃口を向けた「愚かな王、死ぬが良い」
王は、その時になってやっと相手が殺し屋である事に気づいたが、既に遅かった。
銃口との距離は5メートルもない。どんなに下手な殺し屋でも急所を外さないだろう。
その時、進行方向前方に関門橋の明かりが見えてきた。すると王の頭の中に、昨夜読んだばかりの(関門海峡の幅は600メートル)が思い出された。

大きな波で船が揺れた時(イチかバチか)王はもたれていた手すりを乗り越えて海に飛び込んだ。その直前に左足太ももに激痛がはしった。しかもCデッキから海面まで10メートル以上はあったようで、海面に背中を叩きつけた痛みで数秒間意識を失った。
だが海水の冷たさで意識を取り戻し、ゆっくり水面に浮き上がってきた。
船を見ると既に声など届かない距離まで去っていた。陸地を見ると200メートルほどに見えた。

王は、時速18キロという海流の速さも思い出し、斜め前方を目標にしてゆっくり泳いだ。しかし太ももの激痛と海水の冷たさにまた意識が朦朧としてきた。王は、川で流される人のように海流に流された。だが、その海流は幸いなことに九州側の海岸に向かっていたのだ。
ほぼ真上に見える関門橋の明かりを(これがこの世の最後の景色か)とぼんやり思った時、王の手に何か固い物が触れた。
それは海岸の岩だった。王は、最後の力を振り絞ってその岩に這い上がった後で気を失った。


それからどれほど時間が経ったのか、自分の身体が揺れているのに気づき、王は薄っすら目を開けて見た。若い女性が後ろから王の両脇の下に自らの両腕を差し込み、顔を真っ赤にして王の身体を引っ張り上げようとしているのが分かった。
王も自力で立ち上がろうとしたが、また左足太ももに激痛が走り呻いた。その時、女性は王が怪我をしているのに気づいたが、とにかく今は堤防の上まで引き上げる事を優先した。潮が満ちてきはじめていたのだ。

女性は、王を堤防にうつ伏せにもたれさせ、自分は素早く堤防上に上がり、王の手を力いっぱい引っ張って何とか堤防の上に引き上げた。そして数秒間荒い息を繰り返したが、王の顔を見てニッコリ笑った。王には女性の笑顔が女神の微笑みに見えたが、また意識が遠ざかっていった。


その後、王は散発的に意識が回復し、その時の状態が断片的に記憶に残った。
その記憶は、固い板の上に寝かされてでこぼこ道を移動していたり、上半身と痛む足を持ってベッドに移されたり、大きな丸い照明の下で白髪の医師がせわし気に動き回っていたりしていたが、その後、腕にチクリと痛みを感じて少し経ってから、空中に浮かんでいるかのような心地良い気分になり安らかな眠りに落ちていった。

それからどれほど経ったのか、王が目を覚まして周りを見ると、自分が寝ているベッドの横の椅子にあの女性が座っていた。そして王がめざめたのを知って歓喜した表情をし、すぐに医師を呼んできた。白髪の医師も安堵した表情で微笑み日本語で話しかけた。
しかし全く解らなかった王は、英語で「すみません、日本語は分かりません」と言った。すると医師は、どこからかノートパソコンを持ってきてキーボードを打ち、英語の文章を王に見せた。

その文章は「気分はどうですか、あいにく私は英語が苦手ですのでこの翻訳を使います。右手は動かせますか」と表示されていた。
王が右手でOKのサインをして見せると、医師はハンドルを回してベッドの上半身部分を少し起こしてから英語文章を見せた。
「出血多量で危険な状態でしたが輸血が間に合って良かった、、、太股は銃弾貫通傷ですが、警察に通報しますか」

左手は点滴の針が刺されており、口にもビニール管が注入されている王は、激しく右手を振り拒絶の意思を示した。それを見て医師は再びキーボードを打って液晶画面を見せた。
「貴方の意思を尊重するが、本当に警察へは知らせないで良いのかね。犯人が逃げてしまうよ」
医師が、胸の上にノートパソコンを乗せてくれたので、王は右手で英語文を打ち翻訳して見せた。

「犯人はプロの殺し屋です。警察に知らせても恐らく捕まえられないでしょう。逆に私が生きている事が知られたらまた襲われます。そうなれば私を助けてくださった貴方がたも危険になります。
奴らは警察内部の情報も調べられますし、病院の入院患者の情報も調べられます。だからどうか警察へは知らせないでください。また、私がここに入院している事も外部に知られないようにしていただきたいのです。できれば誰にも見つからない所へ匿っていただければ嬉しいのですが」

「分かりました、、、いろいろ事情があるようですね、とにかく貴方の望まれるようにしましょう。一番奥の個室に移して、私と彼女以外は誰も入室させないようにします」
「ありがとうございます、感謝いたします」
それから医師は、ノートパソコンの二人のやり取り文章を女性に見せた。女性は読み終えると微かに微笑んだが、何故か表情が暗かった。王は、女性のその表情が気になった。

医師もその表情に気づいたのかキーボードを打って女性に見せ、それから王に見せた。
「1~2週間の間だけだ、その後はどこかへ匿う」
王が読み終えると医師はまた打って見せた「彼女はろうあ者です、その上男性恐怖症なのです。そんな彼女が貴方をリヤカーで運んできたのに私は驚きました。恐らく貴方を助けたい一心で男性恐怖症を忘れていたのでしょう。彼女の男性恐怖症を治せるかもしれませんので、貴方の身の回りの世話は彼女だけにさせてみたいと思います」

それから医師はまた打って彼女に見せた。
「この人を、お父さんを看病するつもりでやってみなさい、決して男性だと意識しないで」
女性は力なく頷いた。
「このノートパソコンは二人の会話用に使いなさい」そう打ってから医師は出て行った。

医師が居なくなり、狭い病室に二人だけになると、女性は急にソワソワとしてきた。顔も青ざめてきた。王はどうしたら良いのかしばらく考えてからノートパソコンを打って日本語に変換して見せた。
それを読んで女性はホッとした表情になり、ベッドのハンドルを回して上半身部分を元に戻し、病室の灯りを消して出て行った。


女性が出て行った後、王は現状に至った経緯とその原因を考えた。
(何故こんな事になったのか、、、もともと俺は飛行機で成田に帰る予定だったが成り行きで船に乗った、、、もし予定通り飛行機で帰ってきていたら、、、高は出迎えに行くと言っていたが、、、
待て待て、その前に何故俺の前に殺し屋が現れたのか、、、殺し屋は『杏の顔をした王か』と俺に聞いたが、杏の顔をした王である事を知っているのは高だけだ、、、と言うことは、高が俺に殺し屋を差し向けたという事になる、、、高は何故、俺を殺そうとしたのか、、、)
王はいくら考えても、高が自分を殺そうとした理由が解らなかった。そのうち考えるのに疲れて眠った。


病院を出たら外は既に夕暮れだった。一二三は急いでスーパーマーケットに行き、夕食用の弁当を買ってから精神障害者社会復帰施設に行った。
両足のない父は、いつものようにベッドの背もたれにもたれて窓の外の黄昏の景色を見ていた。
一二三が近づいて肩に触れると、父は一二三の方を向いて微笑んだ。二人は、一二三が買ってきた弁当を食べながら手話で会話した。

一二三の父もろうあだった。しかし父は、若いころから評判の働き者で、健常者の母と結婚し一二三が生まれた。
その後も父は一生懸命働き、一二三を聾学校高等部に入学させた。おかげで一二三は健常者の家庭と変わりない暮らしを送っていた。
しかし卒業ま近になったある日、父が工事現場でバックしてきた大型ダンプに轢かれ両足を切断した。

事故の原因は、助手席の誘導員がダンプの後方に来る前にバック発進させた運転手の過失とされたが、運転手の弁護士による「健常者ならバック進行警報音で気づいて避けられた事故であり、このような工事現場でろうあ者を働かせた雇用主にも責任がある」との主張で、ダンプの運送会社と工事請負業者で裁判になった。
その裁判の証人等で何度も引っ張り出された母は、ろうあ者の妻という身に愛想をつかし失踪した。

その事を知った父は、入院中のベッドで考え込むようになり精神を病んだ。
他人と会う事を忌み嫌うようになり、看護師が身の世話をするのさえ拒むようになった。
切断した足の傷が治癒し数か月ぶりにアパートに帰ってきたが、そのころから父は自傷行為を繰り返すようになり、精神障害者社会復帰施設に入れられた。
しかしその施設でも一二三以外の者が近づくのを酷く拒んだ。

そんな父だったが不思議な事に一二三にだけは正常な精神状態で接した。手話での会話中愉快そうに微笑む時さえあった。
結局、父の世話は一二三一人でするようになった。世話と言っても排泄などは父自身でできたから、医師に代わっての日々の問診や薬の投与、衣類の洗濯や食事の手配等をするだけだった。

一二三はアパートに一人で寝泊まりし、日中は父の所で過ごしていたが、ある夜父の所から帰ってきて、アパートのドアの鍵を開けた途端に待ち伏せしていた覆面の男に襲われた。
男は、一二三が声を出せない事を知っていたようで、部屋の中に引きずり込んで暴力を振るって一二三をおとなしくさせようとした。しかし一二三は何度も足でドアを叩いて音を立てた。
衣服を破られ押し倒された時に、やっと隣の老人がドアを開け入ってきた。覆面男は、老人を突き倒して逃げた。

数日後、覆面男は捕まった。アパートの上の階の中年男性だった。
しかし、それ以来一二三は男性恐怖症になった。
また、ろうあ者で年ごろの女性が一人暮らしする事を心配した警察が福祉センターのケースワーカーに相談してくれ、そのケースワーカーの働きで、一二三は父の病室で特別に寝泊まりを許された。一二三はアパートを引き払い、精神障害者社会復帰施設で父と暮らすようになった。

幸い、精神障害者社会復帰施設の費用等は労災保険金で賄われ、一二三が働かなくても生活費は足りていた。
物質的な面では何とか暮らせていたが、一二三は二十歳になっても母が恋しかった。
父の前ではおくびにも出さなかったが、スーパーマーケットに行ったりして他人の母子を見たりすると急に寂しさに捕らわれた。そして、居ても立っても居られなくなり、小さいころ何度か親子3人で行った事のある、関門橋近くの神社に行った。

一二三は神社で、母に会えますようにと一心に祈った。そしてその時、参拝とその神社の近くの公園のトイレを3年間掃除しますから必ず母に会わせてください、と願を懸けた。
人と会いたくなかった一二三は、それから毎朝人気のない4時ころから参拝し公園のトイレ掃除を始めた。1年も経つと一二三の行動は、神社の神主と氏子の00病院の先生に知られてしまった。
ある朝、参拝し終えた一二三に神主が声をかけた。しかし一二三は顔を青ざめて逃げた。

一二三のその異常な行動を訝った神主は病院の先生に話した。数日後の朝、今度は先生が話しかけた。怯えて逃げようとする一二三に先生は優しく言った。
「怖がらなくて良いよ、私は00病院の医者だ」
しかし一二三は逃げた。その時、先生は一二三がろうあ者である事に気づいた。それから先生は医師仲間に問い合わせて、一二三の過去と現状を知り、男性恐怖症であることも知った。

一二三の事を哀れに思った先生は、参拝時に見える所、賽銭箱の上に手紙を置いた。
「一二三ちゃん、怖がらなくて良いよ私は00病院の先生だし、男性だが年寄りだ、貴女に危害を加えたりしないよ。それに手紙なら全く怖くないだろう。よかったらこれから先生と文通しないかい。毎朝でなくて良いから返事を賽銭箱の上に置いてくれ。風で飛ばないように重しを乗せてね」
それから二人は文通するようになった。そして1年後には父以外の男性で初めて、先生と並んでベンチに座って筆談するようになった。
先生は本当に優しく、親子のように接してくれた。一二三は先生に対して少しずつ心を開いていった。

願を懸けて3年目の晩秋、トイレ掃除を終えた一二三が何気なく海を見ていて、海岸の岩の上に横たわっている人を見つけた。
最初、一二三はためらった「私には関係ないわ」と思い帰ろうとした。しかしその人の足元に大きな波がかかったのを見て、潮が満ち始めているのに気づき、その後は無我夢中でその人を堤防の上に引き上げた。

一二三はその時その男の人を見た、何故か微笑んで見せた。しかし男はすぐに気を失ってぐったりした。男の左足のズボンが血だらけなのを見て、一二三は病院に連れていく決心をした。
神社の裏手にリヤカーが置いてあるのを思い出し、リヤカーのタイヤはパンクしていたが、急いで引いてきて何とか男を乗せ、00病院へ運んだ。
病院の玄関の扉を何度も叩き、先生を起こして二人で男を可動ベッドに乗せ手術室に運んだ。



翌朝、診察にきた医師に、王はノートパソコンの日本語文を見せた。
「貴方は命の恩人です感謝し切れません。貴方に是非ともお礼をしたい。幸い私は金持ちで貴方に大金を差し上げたい。どうぞ、お望みの金額を言ってください」
それを読んだ医師は「ふっ」と声を出した後でキーボードを打ち、笑顔で英語翻訳文を見せた。

「命の恩人は私ではない、あの女性だ。もしあの女性が貴方を連れてくるのが30分遅れていたなら、貴方はもうこの世に居なかっただろう。彼女こそ貴方の命の恩人だ。お礼したいなら彼女にしなさい。彼女は経済的にも恵まれていず、買いたい物も買えないから欲しい物を買ってあげると喜ぶと思うよ。
それに私は医者だ。私は医者として当然のことをしただけだ、礼には及ばない」

「ありがとうございます、感謝いたします、、、では、彼女について教えてください。彼女はろうあ者」
その時、一二三が不安そうな顔で病室に入ってきた。
医師は「彼女の事は、直接彼女に聞きなさい」と素早く打って見せ、一二三の頭を軽く撫でてから出て行った。
すると一二三はうつむいたまま、その場に立ちつくしていた。

王は英語で「おはよう」と言ってから彼女が聞こえない事を思い出し、考え込んだ。
(彼女にお礼したい、、、しかし呼び寄せる事もできない、、、どうすればいいんだ、、、)
王は考えた末に「先ず、こちらが呼んでいる事に気づいてもらいたい、、、そうだ振動するスマホをいつも持っていてもらえば良い。それにネットを使えば離れていても会話ができる。どっちみち日本語ができなくて口での会話はできず、翻訳しての会話になるからスマホを使った方が良い」

そう思いついた王は「このカードでお金を降ろし、受信時に振動するスマホを買ってきて欲しい。一番高いのが良いです。Wi-Fi契約もして、どこででもネットが使えるようにもしてください」と日本語表記されたノートパソコンの画面を、ベッドを揺すって一二三に気づかせてから見せた。
文章を読み終えた一二三は恐る恐る王に近づきカードを受け取り、カードの上を人差し指で数回プッシュする仕草を見せた。王はすぐに暗証番号を教えた。一二三はその番号を紙に書いて、不安そうな顔のまま出て行った。

一二三が出て行ったのは9時ころだったが、再び病室に来たのは2時過ぎで医師も一緒だった。
病室に入って来るなり医師はキーボードを打って見せた。
「貴方のアイデアは素晴らしい、しかし彼女ではWi-Fi契約等ができなくて昼休みに一緒に行ってたので遅くなったのだ」
王は納得し、お礼を言った。
医師はまた打って見せた「彼女に使い方を教えてやりなさい、スマホを使うのは初めてとの事だ」

医師が出て行くと一二三は恐る恐る近づいて、王にカードと引き落とし伝票とスマホのレシートと残金と暗証番号を書いた紙を手渡した。その時、一二三の手が王に触れると、一二三は反射的に手を引っ込めうつむいた。王は苦笑し、ノートパソコンを打って見せた。
「貴女は私の命の恩人です。是非ともお礼をしたい。このスマホを受け取って欲しい。残金も使ってください。それと貴女にお願いしたい事があります。私の身の回りの世話や買い物等にも行っていただきたいのです。もちろん給料も支払います。月額30万円でどうでしょうか」

一二三の驚いた顔を見て、王は更に打った。
「では30万円でお願いします。さて早速スマホの使い方を覚えてください。私が用がある時はスマホを振動させますから、振動したらすぐ受信欄を見てください」
それから王はノートパソコンで翻訳しながら一二三にスマホの使い方を教えた。
一二三は夕方帰るころには使い方をだいたい覚えた。同時に、いつの間にか二人は肩が触れ合うほど近づいていたのだが一二三はその事に気づいていなかった。


翌日一二三が病室に入って来ると、王は試しにノートパソコンから送信した。すると数秒後一二三はスマホを取り出し受信欄を見た。そこには「おはよう」と書かれていた。
一二三が同じ言葉を返信し、王がそれを読んで微笑むと一二三も嬉しそうに微笑んだ。
(良い笑顔だ、いや、素晴らしい笑顔だ、、、)そう思った王は、手振りで一二三をベッド横の椅子に座らせ新たな文章を送信した。

「さっそくだが貴女に仕事を頼みたい。恥ずかしい頼みだが紙おむつや日用品を買ってきて欲しい」
一二三からすぐに返信が来た「紙おむつ?」
王が頷くと一二三は「トイレはご自分で行けるでしょう。父は両足がないけど自分でトイレに行くわ」と送信した。
「え、貴女のお父さんは両足がないの」と王は驚いた顔で送信した。

「ええ、4年前にダンプに轢かれて両足切断したわ、でも自分でトイレに行ってる」
「何と、そうだったのですか、お気の毒に、、、」
「障害者でも自分でできる事は自分でしないといけません。日用品は買ってきますわ。あ、その前に車椅子を持ってきます」
一二三はその後すぐに車椅子を持ってきて「今すぐトイレに行きたいですか」と送信した。
王はまた苦笑しながら「トイレは今はいいです、では日用品と美味しい果物を数種類買ってきてください」と送信した。一二三は頷いて出て行った。

一二三が居なくなると王は「ふう、」とため息をつき(見かけによらず、なかなか厳しい女性のようだ、、、しかし魅力的な女性だ、、、)と思った。
それから更に(そうか、、、紙おむつを付ける時は見えるわけだ、、、本当の看護師でもない人に、しかも異性のものは見たくないだろう、、、トイレくらいは自分一人で、、、)と考えた王は、ベッド横に置いてある車椅子に手を伸ばして引き寄せ乗り移ろうとした。途端に右足が痛んだ。

何度もやってみて、先ずベッドから降りて右足だけで体を支え、それから横向きにしておいた車椅子に腰を降ろせば左足が痛まない事が分かった。
王は車椅子で病室の外のトイレに行き、右足で立って用を足した。
(なんだ一人でできるじゃないか、これなら紙おむつは要らない)

王は、意気揚々とベッドに帰ってきた。そして考えた(俺は右足が使えるからまだ良いが、彼女のお父さんは、、、そうか、だから身障者用のトイレはステンレスパイプの補助器具がついているのか、あれがあれば両手で便座に移動できる)王は多目的トイレなどで見かけたが、今まで用途がよく解らなかった補助器具が、今は素晴らしい発明品のように思えた。
そうこうしているうちに一二三が大きなビニール袋を下げて帰ってきた。

一二三は買ってきた物を全部ベッドの上に出して見せてからスマホを打って送信した。
「いま食べたい物がありますか」
果物はリンゴとミカンと柿があった。王は少し考えてから柿を指さした。
一二三は全てをまたビニール袋に入れテーブルの上に置いてから、柿と果物ナイフと紙皿を持って行き、数分後皮をむいてカットした柿が見栄え良く盛られている紙皿を持って帰ってきた。
それからベッドの上半身部分を起こして、王の膝の上に紙皿を置きプラスチックホークを手渡した。
無駄な動きがなくスムーズで、見ていて気持ちが良いほど手慣れた仕草で、王は感心した。

柿はうまかった。王は親指を立てて見せ、手振りで一二三にも食べるよう勧めた。
一二三もホークを取り出し、ベッドの横の椅子に座って食べ始めた。
カットした柿を数個食べてから王はノートパソコンを打った。
「美味しかった、こんなに柿を食べたのは初めてだ。先生や貴女のお父さんにも持って行ってあげなさい。私は金持ちだから、いくら御金を使ってもかまわないから」

「柿なら、先生も父もしょっちゅう食べてます」と一二三は返信した。
「うっ、、、」王はキーボードを打つ指が止まった。
(そうか、こんなに美味しい柿でも、この辺りではありふれた物なのか、、、そういえば俺は日本の事を何も知らないんだ、ここがどこなのかも、、、船から飛び込んだのが関門橋手前だったはず、、、
あまり泳げなかった、ほとんど海流に流されて運よく海岸に着いたが、ここはどこだろう、、、)

そんな事を考えていた王に一二三が送信した「柿はもういいですか」
王がそれを読んで慌てて頷くと、一二三は紙皿を片づけベッドの足元のハンドルを指さして回す仕草をして見せた。一二三の言いたい事を理解した王は手を振って拒否し、一二三にベッドの横の椅子に座るよう手振りで示した。それから「ここはどこですか?」と送信した後でノートパソコンの画面に関門橋辺りの地図を表示した。

すると一二三は、地図上の今いる病院を指さした。王は続いて「関門橋は?」更に「私が倒れていた海岸は?」と聞き、そのつど一二三は指さした。
王はそれを見た後で地図を拡大したり縮小したりして、今いる所が九州北端であることや、幸運にも海流が偶然そこへ向けて流れていた事などを知った。それから倒れていた海岸から病院までのおおよその距離が2キロほどで、その距離を女性がリヤカーで運んでくれた事も分かった。

医師の話から推測すれば、朝の4時半ころあの場所に彼女が居てくれた事、そして俺を見つけ、リヤカーで運んでくれた事など、どれか一つでも時間がズレていたり遅くなったりしていたら、俺は死んでいた事になり、偶然が重なった本当に奇跡のような幸運だった事が解った。

(俺は、神を信じていなかった。それ以上に、両親が交通事故で死に、その事故が中共諜報員によって仕組まれた事を知った時、俺は神を呪いさえした。神など決して存在しないと思っていた。
だが、海流の向きや、あの海岸にこの女性が居た事や、リヤカーが近くにあった事、この女性が急いで運んでくれた事、、、これら全ての事を考え合わせた時、偶然にしてはあまりにも運が良すぎるように思える、、、

もしかしたら俺は、神に生かされたのかも知れない、、、もしそうなら神を呪った事さえある俺を、、、既に3人の人間を殺している犯罪者の俺を、神はなぜ助けたのか、なぜ生かしたのか、、、
そして、このような巡り合わせでこの女性と出合わせた、その理由は何なのか、、、
いずれにしても俺は、この女性のおかげで今も生きている、、、)
そのような事を考えてから王は一二三を見た。

一二三は、相変わらず不安そうな顔でチラチラと王を見、すぐにうつむいた。
王がふと気がつくと一二三からの日本語文が届いていた。
翻訳してみると「次は何をしましょうか」となっていた。王はちょっと考えてから送信した。
「私は退屈です、日本のこととか貴女のこととか教えてください。
何より先に貴女の名前を教えてください。おお、その前に自己紹介をします。私の名前は王天明、C国系US国人です。WANと呼んでください」

それを読んでから一二三は返信した「私は、立川一二三です、HIFUMIと呼んでください」
すぐ返信が来た「私は、漢字も分かりますが、一二三はC国ではI、AR、SANと言います、それを日本語ではHIFUMIと呼ぶんですか」
「はい、HIFUMIは日本の昔の数字の数え方です。でもこの名前、私は好きです」
「なるほど、、、では一二三さん、いま貴女は恋人はいますか」

それを読んだ一二三は顔色を変え「いません、私は男性が嫌いです」と送信し横を向いた。
王はそれを読んで(しまった)と思った(彼女は男性恐怖症だった、、、不用意なことを聞いてしまった)と後悔したがあとの祭りだった。
(さて、どうしたら良いか、、、)王は考えた(こんな場合なにを聞けば良いのか、、、)結局、王は素直に謝った「ごめんなさい、US国の男女間では、トラブルを起こさない為に先ず恋人がいるかどうかを聞きます。でも貴女に対して聞くべきではなかった。本当にごめんなさい」

それを読んで、しばらく経ってから一二三は送信した「US国ってどんなところですか」
王はそれを見てホッとした顔になりキーボードを打った「US国と言っても私はNY市しか知らないんです。とにかくビルディングの森です、ビルディングがものすごく多いところです」
「ビルディングの森、、、想像できないわ、、、私はこの街から出たことがないから、この街しか知らないわ。海峡の向こうの山口県にも行ったことがないの」

「分かった。じゃ私が元気になったら一緒に旅行しょう、貴女はどこへ行きたいですか」
それを読んで一二三はまた暗い顔になり「私は旅行したくない、でも母を探しに行きたい。でも父の世話をしないといけないから、今は母を探しに行けない、、、」と打った。
「お母さんを探しに、、、お母さんはどうしたの」
「父が両足切断して入院した後でいなくなったの、今どこにいるか分からない」
「そうだったのですか、、、それでお父さんは今どうしているのですか、家で暮らしているのですか」

「ううん、今は障害者用復帰施設にいるわ、私も一緒に住んでいるの」
「え、貴女も施設に一緒に住んでいるの」
「そう、父は精神病になり、私以外の人が近づくのを嫌っているの。だから食事の世話とか全て私がしているの。夜は父のベッドの脇にマットレスを敷いて寝てるわ。施設は冷暖房があるしお金も要らないから、私にはありがたいわ」

(なんと、、、)一二三の文章を読んで、王はしばらくキーボードを打てなかった。
(精神病の父と施設に住んで父の世話をしながら、ここへも来てくれていたのか、、、
お母さんも失踪していると言う、、、俺は、彼女の為に何をすればいいのか、、、
どうすれば恩返しができるのか、、、お金ならあるが)
王はしばらく考えてからキーボードを打った。
「貴女は、私の命の恩人です。お礼をしたい。私はお金が沢山ある、お金を使ってできる事があれば何でもします。何をすれば良いですか」

一二三は少し考えてから返信した「今は何も思いつきません」
「分かりました、では私が退院するまでに考えておいてください。そうだ、お父さんにも聞いてみてください。もし施設に不満があるなら、マンションを買って住まわれても良いからと」
一二三はそれを読んだ後で「ありがとうございます」と返信し少しお辞儀をした。その時、一二三の肩まである髪が顔の前に垂れ、それを一二三が左手で耳の後ろに払った。その瞬間、一二三の白いうなじが見えた。

(なんと白いうなじだろう、、、なんと初々しい、、、清純と言う言葉しか思い浮かばない、、、)
王はこの時、一二三に魅せられた。
王は、一二三を引き寄せ抱きしめたい衝動にかられたが、なんとかその気持ちを抑えた。だが、いつまでも気持ちを抑えていられるか不安になった。王は、キーボードを打って送信した。
「私は眠くなった。貴女は今日はもう帰りなさい。明日また来てください」
一二三は頷いて立ち上がり、一瞬複雑な表情で王を見てから帰って行った。

一二三が帰った後、王は思った(さっきのあの気持ちは何だろう、、、いたたまれないほど彼女を抱きしめたくなった、、、あんな気持ちになったのは初めてだ、、、)
王はしばらく考え続けたが、人の気持ちに理由など着けられないことを知った。
王は考える内容を変えた。

(彼女の事は後にして、さてこれからどうしょう、、、医師の話では、松葉杖を使って歩けるようになるのに1ヶ月はかかるそうだが、それまでここに居て大丈夫だろうか、、、
そもそも高はなぜ俺に殺し屋を差し向けたのだろう、、、俺が生きているとマズイ事、、、俺が生きていると高にとってマズイ事、不利になる事、、、う~ん、、、分からん、、、
C国に行く前に高に言われた通り、俺がC国で知った事は全て高に報告した。つまり俺が知っている事は高も知っている事、なのに何故高は俺を殺そうとしたのか、、、

待てよ、おれが知っている事とは、、、C国が、ウイルス研究所でウイルスを開発し、そのウイルスを帰国するUS国人兵士に感染させてUS国で感染患者を発生させようとした。
つまりC国中共幹部は、このウイルスの発生源はUS国であるとしたかったと言う事だ、、、
では中共幹部は何故ウイルス発生源をUS国にしたかったのか、、、

最近の中共の領土拡張政策に対してUS国は大反対している。
US国は現在既にC国に対して経済制裁を始めていて、多くの同盟国にも共闘を呼びかけているが、経済制裁だけにとどまらず、いつ武力衝突になってもおかしくない状況だ。
それでもし武力衝突になったら、現状ではC国はUS国に敵わない。

だが、そんなUS国にウイルス感染者が大発生し重症患者で溢れたら、町はパニック状態になり、軍事行動さえとれなくなるかも知れない。
それだけでなくウイルス発生源がUS国だとなればUS国の信用も威信も失墜し、同盟国への共闘呼びかけも無力化してしまうだろう。そうなって喜ぶのは当然C国であり中共と言う事になる。

幸か不幸か俺は、岳に言って死滅させたウイルスをUS国兵士に与えさせた。その上、C国ウイルス研究所の守衛室からウイルス感染が拡散するようにした。
恐らく1週間経っても2週間経ってもUS国にウイルス感染者は発生しないだろう。反対にC国WUHAN研究所では感染者が発生するだろう。まあ発生してもC国中共は隠匿するだろうが、恐らく数か月後には隠匿しきれなくなり世界中に知れ渡るだろう、、、

この事を今現在知っているのは俺と高、そして高がUS国諜報局上部に知らせていたなら上部諜報員も知っている事になるが、問題はここだ、、、
上部諜報員が知っていて、もう俺は用済みだから消せ、となったのか、高はまだ上部諜報員に知らせていず、この情報を独り占めにしたいが為に俺を殺そうとしたのか、、、

しかし、待て、この情報を独り占めしたとして、それで高にメリットがあるだろうか?、、、
うっ、そうかメリットはある、、、膨大なメリットが、、、
もしこの情報を、C国最高権力者SHUの敵対者FUが知れば、FUはSHUを失脚させれるかも知れない、、、つまり高にとってこの情報は、FUに売り込める最高の情報なのだ、、、

となると高が情報を独り占めする為に俺を殺そうとした、、、
そうだ、俺が飛行機をやめ船に乗る事を知らせた時、高は激怒したようだった。ではなぜ激怒したのか、俺を殺せなくなったからではないのか、、、
もし、あのまま飛行機に乗っていたら、成田空港に迎えに来た高に、俺は殺されたかも知れない。

また船の出航までに時間があったから急遽殺し屋を差し向けたが、反対に高に知らせるのが遅れ、出航した後で知らせたら、恐らく到着港まで出迎えに来て、この場合も高に殺されただろう、、、
そう考えると、関門海峡で殺し屋に襲われながらも生きていると言う事は、高も殺し屋も俺の生死を知らないと言う事だ、、、そしてこの状態の俺の行動によっては、世界情勢は、、、)

そこまで考えた時、王は(これは神の御導きか、それとも運命の糸に操られているのか、、、)
奇天烈な自身の運命に、王は底知れぬ怖さを感じ身震いした。そして王は更に考えた。
(それにしても、、、俺のこの奇天烈な運命に深く関わっている一二三さん、、、俺の命の恩人であり、、、いや、その事を考慮しなくても、なんと魅力的な女性だろう。ろうあと言うハンディを抱えながら健気に生きている、、、好きにならざるを得ない、、、なんとか彼女を幸せにしてやりたい、、、)


翌朝医師が検診に来た時、王は相談した。
「先生、腕の良い整形外科医を極秘で紹介していただけませんか。この顔を変えたいのです」
「なんと顔を変えたいと、、、私が見ても羨ましく思うほどの美男なのに」
「はい、詳しい事は話せませんが、この顔ではマズイのです。この顔はC国に潜入する為に整形したのですが、恐らくもう指名手配されていると思いますし、この国に入り込んでいる数万人のC国工作員にも当然、顔写真が送信されているはずです。だからこの顔では外に出れないのです」

「なるほど、、、ところで、もしかして貴方はスパイかね」
「はい、他言無用でお願いしたいのですが、私はUS国諜報員です。
しかし、私は全人類の幸福の為に活動しています。
この国にご迷惑を掛けるような事は決してしませんので、どうか御協力をお願いします」
「、、、う~ん、、、分かった、紹介しょう」

「ありがとうございます、それと手術も病院ではなく、どこか極秘の場所でして欲しいのです。前にもお話しましたように、奴らは入院患者の情報も調べられますので。
費用はいくらかかってもかまいませんので、極秘でお願いします」
「分かった、、、どっちみちここにも長くは居られないだろうから、手術ができて、その後も退院できるまで居られる秘密の場所を探そう」
「ありがとうございます、よろしくお願いします。」

数日後医師は、先輩外科医師が高齢の為に廃業した個人病院と整形外科医師を紹介してくれた。
しかし整形外科医師は「手術して週に一度診察には行くが、その後の身の回りの世話まではできない」と言う。まあ当然だが。
手術後、1~2週間は顔は包帯ぐるぐる巻きで食事はチューブを使っての流動食。経験済みの王ではあったが、たった一人で過ごすには不安があった。
その事を一二三に伝えると「日用品とか欲しい物があったらメールしてくれたら、買って届けます」と快諾してくれた。

1週間後、王は整形手術をした。松葉杖で歩けるようになるころには新しい顔で外出できるだろう。
しかしそうなった後どうするのか、王はまだ考えが決っていなかった。
(東京に行って高を捕まえるか、しかし捕まえてどうする、殺すのか。その前に、高は今も俺が生きていると考えているのだろうか、、、US国諜報局上部に連絡して、どんな状態かを知りたいが連絡すれば俺が生きている事を知られてしまう、、、
この事はしばらく放っておいて、一二三さんの母を探そう、、、顔の包帯が取れるのが待ち遠しい)

2週間後包帯がとれ、王は自分の顔を見て驚いた。
目が大きくて顎が細く引き締まり、まるで時代劇に出てくる映画俳優のようだった。しかも10歳は若く見える。しかし何より驚いたのは杏のC国系の顔立ちとは全く違っていた事だった。この顔なら高もUS国諜報員も誰も、俺を王だとは分からないだろう。
整形外科医師は得意げに言った。

「以前の顔とは全く違う顔に、と言う要望には応えられたと思うが、如何だろう。それに恋人と一緒に歩いても遜色がないように若作りにした。気に入ってもらえたと思う」
王は整形外科医師の手を握り感謝の気持ちを伝え、約束した倍の報酬を差し上げた。
整形外科医師も大喜びした。

王はその顔で一二三に会った。最初は驚いていたがすぐに微笑んでスマホを打った。
「すごくハンサムで、年齢も私より若いくらいに見えますわ」
「貴女に気に入ってもらえて良かった、、、これからは時々一緒に歩いてもらいたいから」
「え、、、」
「先生に言われたのです、これからはリハビリを兼ねできるだけ歩くようにと、でも一人ではまだ不安ですので、貴女に一緒に歩いてもらいたいのです。良いでしょう」と、王はキーボードを打ってから一二三の目を見つめた。一二三は顔を赤らめながらも頷づいた。


松葉杖を使って歩けるようになると、二人はタクシーで医師に会いに行った。
王の顔を見て医師も驚いた顔で打った「これは驚いた、以前にもまして美男子になった」
「ありがとうございます、これも全て先生のおかげです。これはほんのお礼です」王はそう打って医師のスマホに送信し、紙袋を手渡した。
すると医師は、何だと言う顔で紙袋を開けた。中には数千万の札束が入っていた。
医師はそれを見て苦笑し、スマホを打った。

「私のような年寄りにこんな大金など要らないよ。このお金は一二三ちゃんの為に使いなさい。
一二三ちゃんをいつまでも父のいる施設に寝泊まりさせておくわけにはいかないだろう。安いマンションでも良いから買ってやりなさい。
それと、一二三ちゃんのお父さんにノートパソコンを買ってやり、使い方を教えてやりなさい。
ノートパソコンが使えるようになり、何でも自分で調べたり、動画を見れるようになれば、お父さんの精神病も治ると思うんだ。夢中になる事があれば、少なくとも自傷行為などはしなくなると思うよ。
そうすれば親子で安心してマンションで暮らせるだろう」

王は医師から受信した日本語原文を一二三のスマホに転送した。読んだ後、一二三は驚きと喜びの混じった表情で医師と王を見た。それからスマホを打とうとしたが考えが纏まらないのかやめた。
一方、王は「妙案です、素晴らしいです。先生のおっしゃられる通りにします」と打って医師と一二三に送信した。医師は微笑み再び打った。

「顔が変わったついでに名前も変えたらどうかね。日本人の名前にし、日本人として生きて行けば良いと思うよ」
これについても王は異存はなかった。王がそう伝えると医師は「では私が良い名前をあげよう。石川五右衛門、良い名前だろう。昔の大盗賊の名前だ」
それを読んだ一二三は口をとがらせて抗議の視線を向けた。すると医師はすぐにスマホを打った。

「アハハ冗談だよ。彼の名前は一二三ちゃんが考えてやりなさい。
それからマンション購入の名義は一二三ちゃんにして、住所は私の所にでもしておけば良い。
マンションに住むようになればマンションの住所に住所変更すればいいんだからね。
まあ、マンション購入手続きの時は私も一緒に不動産屋に行ってあげるから、先ずは良いマンションを見つけることだね。それと、お父さんを説得してマンションに住まわせる事だな」

「何から何まで教えていただき、ありがとうございます、御恩は一生忘れません」と王は、心の中の思いを素直に打って送信した。一二三も目を潤ませお辞儀をした。
「アハハそんなにお礼を言わなくていい、老い先短い私は、若い人の役に立てれるのが嬉しいんだよ。今度、お父さんを交えて皆で一緒に食事でもできたら、もっと嬉しいんだがね、その為には、一二三ちゃん、早く男性恐怖症を治しなさい、、、まだ王さんの手も握れないのかね。こんな優しい王さんのどこが怖いの。怖い所を探してごらん、絶対に見つからないから。
その事をよく考えて一二三ちゃん自身から手を伸ばせば男性恐怖症は必ず治ると思うよ」

それから少しして王と一二三は医師の元を去り、再びタクシーに乗った。
来る時は、王は助手席に座り、一二三は一人で後部座席に座ったのだが、帰る時には二人で後部座席に座った。しかし一二三は、王との間に空間を作った。
だがタクシーがカーブを曲がった時、反動で一二三の身体が揺れ王の肩に触れた。王は思わず一二三の肩を抱いた。一二三は反射的に離れようとしたが、すぐに自らその動きを止めた。

王は、一二三が震えているのが分かり、手を離した、しかし一二三は王から離れようとしなかった。
そればかりか一二三は、おそるおそる手を伸ばし王の手に触れた。最初はそっと、やがて力強く王の手を握りしめ、額に脂汗をにじませながらも微笑んで見せた。
その微笑みを見て王は悟った(恐らく一二三さんの心の中では、俺に対する恐怖とそれを圧殺しょうとする心が必死で戦っていたのだろう。そして一二三さんはその戦いに勝ったのだ)
他の男性にはどうか分からないが、王に対しての一二三の男性恐怖症はこの時に治った。


その後二人は、父の為のノートパソコンを買いに行った。そのころには一二三は既にノートパソコンの使い方を熟知していたから、父に教えるのは簡単だった。ただ、父が興味を持ってくれるかどうかが不安だった。
「お父さんの好きな写真や動画を全画面でいきなり見せた方がいい。そして他にもこんな写真もあるのよ、という感じで、とにかくお父さんに興味を持ってもらうと良い」と王はアドバイスした。
一二三は頷づいた。

一二三の父は、両足切断するまでは字幕映画が好きだった。特に時代劇が好きだったが、時代劇はあまり字幕がないので字幕洋画をよく見ていた。
ノートパソコンの動画では時代劇も字幕機能を使えば字幕になるのが多いので、一二三はそういうのを父に見せた。
父は大喜びで見た。しかも字幕で見えるのが多かったので一日で夢中になった。

夢中になればノートパソコンの使い方もすぐに覚えれる。
一二三は、LINEを使えばスマホを持っている一二三と送受信できる事も教えた。動画を見ていても受信したのが分かるので、便利で父はますます喜んだ。
一二三もおかげで外出がしやすくなった。この頃は王と二人でマンションを探しに行ったりと外出する機会が増え、父に説明するのが煩わしかったが、父が動画等に夢中になって一二三の外出にあまり関心を示さなくなったので気楽に外出できるようになった。

マンションも手頃なのが見つかった。8階で二寝室にキッチンと浴室とトイレ、ありふれた間取りの中古物件だったが、入口の横の部屋の窓からは関門海峡が見える。
一二三はその景色を一目で気に入り購入を決めた。
だが問題は、父をどう説得するかだ。一二三はマンションの事だけでなく王の事もまだ父に話していなかった。

(父にどう話せば良いの、、、)
一二三は王に相談した。すると王は「ありのままに話せば良いと思うよ」と答えた。
(ありのままに、、、ある人が、命を助けてくれたお礼にマンションを買ってくれるの。だからお父さん一緒にマンションに住もう)
ある夜、父の見ていた動画が終わった時、思っていた文章を送信した。

それを読んだ父は驚いて、一二三と画面を代わる代わる見た。それから手話で「本当か」と聞いた。
一二三は手話で「本当なの」と答えた後でスマホを打ち送信した。
「毎朝、神社の参拝とトイレ掃除しているでしょう。2ヶ月ほど前に、海岸に倒れていた男の人を助けて00病院にリヤカーで運んであげたの。もし私が助けなかったら死んでいたと言う事が分かり、私は命の恩人だと言って、お礼にマンションを買ってくれると言うの。
すごいお金持ちらしくて、マンションの代金だけでなくて、生涯の生活費もあげるって言ってるの。だからお父さん、一緒にマンションで暮らそう」

にわかには信じがたい話で、父は腕を組んで考えていた。
(娘は俺に噓を言ったことがない、、、この話も本当だろう、、、娘以外の人に会いたくなかった俺は、精神病患者のふりをしていたがそれにも飽きた、、、ここらが潮時かも知れん、、、
それにしても、これは神様の御引き合わせだろうか、、、娘が毎朝参拝すると言った時は心配したが、、、あれからもうすぐ3年、、、静江がいなくなって4年か、、、)
父は手話で言った「分かった、マンションに住もう」一二三は万歳をして見せた。

数日後マンションを購入し、すぐに業者に頼んで浴室とトイレに補助器具を取り付けてもらった。
外出用に電動車椅子も買ってくれ、洋室の父の部屋からトイレへも車椅子で行けるようにしてくれた。補助器具も車椅子も、その男の人の提案だったと聞き、父は「なんと気づかいの良い人だ」と感心したと同時に、その男の人に興味を持った。
(その男の人に会ってみたい)父のその思いは、意外に早く実現した。

マンションでの暮らしにも慣れてきた日曜日の昼、00病院の先生も交え4人でレストランで食事した。
初対面の父に、その男の人は「山田太郎」と名乗った。見た目は娘と同じ年ごろに見える。
とにかく美男子だ。こんな若者が海岸に倒れていたというのも怪訝だし、中古とは言えマンションを苦も無く買えるというのも合点がいかなかった。

山田はスマホを打って「お父さん、一二三さんは私の命の恩人です。ほんのお礼に、お好きな物をどうぞ召し上がってください」と日本語文章を見せ、メニューを勧めた。
この時、父は山田が日本人でない事を知った。
父は「ありがとうございます。マンションまで買っていただき、お礼のしようもありません」と送信し頭を下げた。
和やかな雰囲気で食事が進み、初めての顔合わせは何事もなく終わった。

それから数日後、一二三のスマホに山田からメッセージが届いた。
「クリスマスの日に、貴女に一緒に行ってもらいたい所があります。朝、出発すれば日帰り可能だと思います。お父さんの了解を得てください」
一二三はすぐに返信した「どこへ行くんですか」
「それは言えませんが、決して危険な所ではありませんので、私を信用して一緒に行ってください」

父に伝えると、父もしばらく考えていたが、やがて手話できっぱりと言った。
「行きなさい、山田さんを信じなさい。しかしスマホを持って行き、時々居場所を知らせなさい」
その手話を見て一二三も(山田さんを信じて一緒に行こう)と決心した。

クリスマスの朝、山田はタクシーで迎えに来た。一二三が乗り込むとすぐに出発した。
タクシーは関門橋を渡り高速道路を走り続けた。途中サービスエリアで少し休んで、ちょうど昼ころ広島市の繫華街に着いた。
そこからは住所を入力したカーナビを頼りに進み、飲食店が並ぶ商店街入口で止まった。山田はタクシーに待っててもらい、一二三と降りてうどん屋の中に入って行った。

入店すると途端に小母さんの威勢の良い声がした「いらっしゃいませ、、、一二三」
山田の後に続いて入ってきた一二三を見て、小母さんは立ち尽くし、小母さんを見た一二三は目を見張らせた。二人はわずかな時間、無言で見つめ合っていた。
山田は、小母さんが一二三の母である事を確信した。
やがて小母さんはメモ用紙に「今は忙しいから2時にもう一度来て」と書いて一二三に手渡した。

そのメモ書きを読んでも呆然と立っている一二三を促して店の外に出、一二三をそこに待たせてから、山田はタクシーに乗り込み代金を支払おうとした。すると運転手は下手な英語で「御帰りはどうしますか?」と聞いた。
「3時ころになりそうです」と山田が言うと運転手は「では片道分だけ今いただいますが、3時にまたここへ来ますので御利用ください」と言いどこかへ去っていった。

山田は一二三の所へ行き、一緒に近くのレストランに入った。
料理を注文した後で一二三はスマホを打ち山田に見せた。
「どうやって母を見つけたの、なぜ来る前に知らせてくれなかったの」

「1ヶ月ほど前にネットの尋ね人欄に写真と年齢等を載せていたんだ。そしたら1週間ほど前に、常連客らしい人から『うどん屋に似ている人がいる』と連絡があった。
しかし、本当に貴女のお母さんかどうかは分からなかったから、、、もし別人だったら貴女を悲しませると思って言わなかったんだよ。でも、お母さんだったので本当に良かった」
一二三は「ありがとう」とスマホを打ってから泣き出した。山田はそっとハンカチを手渡した。

昼食の後で山田はその常連客に電話して英語で言った「貴方の情報通り、尋ね人本人でした。
広告の記載通り、貴方に謝礼金100万円を差し上げます。どこで御会いできますか」
すると常連客はけっこう流暢な英語で言った。
「謝礼金なんて要りません、、、お役に立てて良かった、ではこれにて」「しかしそれでは、、、」
電話は切られた。山田は再度電話したが電源を切られたようで通じなかった。
「、、、しょうがないな、、、」山田は小さなため息をついて苦笑した。


2時になって二人がうどん屋に入って行くと、一二三の母はカウンターの椅子から立ってきて、すぐに一二三を抱きしめた。それからカウンターに並んで座りメモ書きを見せた。
そのメモ書きは、一二三から椅子一つ空けて座った山田には見えなかったが、それを読んだ一二三は手話を始めた。母もできるようで、時折メモ書きをしながら母娘は手話で会話をしていた。
当然のことながら山田には手話の内容は全く解らなかった。

30分ほど経って一二三はスマホを打って山田に送信した。山田がそれを英語に翻訳してみると「山田さんがマンションを買ってくれた事を話したんだけど母は信じられないって言うの。だから山田さんがスマホを打って説明してください」となっていた。
山田は「一二三さんは私の命の恩人です。せめてもの御恩返しにマンションを買って差し上げました。一二三さんの言ってる事は本当です」とスマホを打ち日本語に翻訳して母に見せた。
すると母は驚嘆した顔で山田を見、少し経ってから英語で「Thank you」と言った。その時の母は本当に感謝している表情だった。

少し経ってからまた一二三から受信した。その内容は「私が母にマンションで一緒に暮らそうと言ったんだけど、準備もあるから今すぐには一緒に住めないって、でも、ちょくちょく連絡するそう」となっていた。それを読んだ後で山田はすぐに返信した「それは良かった。じゃあ、お母さんが私のこのスマホを使えば良いよ。これをお母さんにあげなさい」
「えっ、良いの、、、でも、そうしたら山田さんが、、、」
「良いよ私はまた買うから」山田はそう打って見せてからスマホを母に手渡した。

それから少し経って、車のクラクションの音が聞こえた。山田が時計を見ると3時を過ぎている。これ以上ここに居ると帰るのが遅くなる。山田はその事を一二三に伝えた。
一二三は名残惜しそうに立ち上がった。母も立ち上がって一二三を抱きしめた。
またクラクションが聞こえ、三人は仕方なく外へ出た。
母は、タクシーの所までついてきて、タクシーに乗り込んで窓を開けた一二三に手話をして見せた。
それを見た一二三は大きく頷づいた。母は、タクシーが見えなくなるまで手を振っていた。

タクシーの中で一二三は山田の胸に顔を押し付け両腕で抱きついた。
バックミラーでそれを見た運転手はすぐにバックミラーの向きを変えてくれた。
(つい数日前まで男性恐怖症で震えていた一二三さんが、、、)そう思うと山田は、一二三が愛おしくなり、山田も一二三を抱きしめた。

タクシーは3時間ほど走り続けた後、高速道路のサービスエリアでトイレ休憩したが食事はせず、また走り続け8時半ころマンションに帰り着いた。
山田はタクシーを待たせて一二三をエレベーターの所まで送って行った。
エレベーターのドアが開き、そこで手を振って別れようとする山田の手を引いて一二三は強引にエレベーター内に入れた。ドアが閉まると一二三は山田に抱きついた。
だが、8階でドアが開くと一二三は山田から飛び離れた。目の前に電動車椅子に乗った父が居たのだ。結局そこで別れて山田はタクシーで帰って行った。


翌朝、一二三はいつもと同じように神社に行った。そして、母に会えた事の御礼を言った。
思えば願をかけてもう数日で3年。一二三は御礼に3年後もずっと参拝しょうと思った。
公園のトイレ掃除を終えての帰り道、一二三は山田の事を考えた。
(父とマンションで暮らせるようになったのも、母に会えたのも全て山田さんのおかげ、、、
山田さんならキッと私を幸せにしてくれる、、、ううん違う、山田さんと一緒ならキッと幸せになれる。

私は山田さんと、、、でも山田さんは私の事をどう思っているのかしら、、、私は、ろうあ者、、、
ろうあ者と結婚したいと思う人なんていないわ、、、でも母は父と結婚して私を産んだ、、、
もし山田さんと結婚し、子どもが生まれたら、その子もろうあ者だろうか、、、ろうあ者の子どもを山田さんは愛するだろうか嫌うだろうか、、、ううん、かまわない、山田さんがもしろうあ者の子どもを嫌っても、その時は私一人で子を育てるわ)そう思った時一二三の心は決まった。
一二三は意を決して廃業病院に行った。

山田は、整形手術が終わり顔面の包帯がとれ、また左足太股の傷が癒え松葉杖が無くても何とか歩けるようになっても、何故かそのままずっと整形手術をした廃業病院に住んでいたのだ。
病院前の道路からは全く見えない、病院裏の小さな家の寝室で山田は思った(ここは良い隠れ家だ。夜でも、道路からは寝室の灯りさえも見えない。ここに俺が住んでいるとは誰も気づかい)
そう考えた山田は、先生に言ってこの廃業病院をずっと借りることにしたのだった。

外を出歩けなかったころは一二三に、食料や生活必需品を買ってきてもらっていたが、出歩けるようになると山田は夜、足のリハビリ運動を兼ね1キロほど離れたスーパーマーケットに買い物に行った。食事も自分で作り、洗濯もして昼間に道路から見えない所に干した。
そんな生活に慣れてきたころ、一二三の母が見つかったのだつた。
山田は、一二三の役に立てれて良かったと心底思っていたのだが、昨日のタクシーの中やエレベーター内での一二三の行動に山田は戸惑っていた。

(一二三さんの男性恐怖症は治ったようだ。昨日は自ら抱きついてきた、まるで俺に抱かれたいとでも言いたげに、、、しかしかと言って、、、まあ俺としては、隠れ蓑として彼女を利用するなら、深い仲になった方が良いのだが、命の恩人の彼女を利用するのは心苦しい、、、
その内お母さんも帰ってくるだろうし、少し遠ざかっていた方が良いだろう)
そう思っていた所へ一二三が思いつめた表情でやってきた。

廃業病院の裏の家に入って来るなり一二三は、スマホの英訳した文章を見せた。
「山田さんのおかげで母に会えたわ。私は山田さんに御礼をしたい、でも私には山田さんに差し上げるものが何もない、、、この身体以外は、、、」
その文章を読み終え驚いた顔で自分を見た山田に一二三抱きついた。理性では一二三を利用したくなかった山田だったが、まだ若かった。二人はこの時から深い仲になった。

やがて狭いシングルベッドの上で、山田の胸に頭を乗せたまま一二三はスマホを打って見せた。
「恥ずかしい」
山田はそれを見た後スマホを打った。
「貴女はとても可愛い、素肌もとてもきれいで素晴らしい、恥ずかしがることはない」
再び一二三は打った「女の私から、、、それが恥ずかしの、お願い、私を助べえな女と思わないでね、、、私は貴方を好きになったの、貴方に全てを差し上げたくなったの」

「ありがとう、俺みたいな男に、、、」山田は本当にそう思った。
「でも私は、貴方の事を何も知らない、、、貴方の事を教えて」
それを読んだ山田は、全てを話すべきか迷った。まあ、整形手術をして顔を変えた理由は知っているだろうから、大まかな事柄だけ話す事にした。

「俺は、US国諜報員つまりスパイだ。C国で一つの任務を終えて、仲間の居る日本に帰って来たが、その仲間に裏切られ殺し屋を差し向けられた。
大阪行きの船で関門橋辺りまで帰ってきた時、船のデッキで殺し屋に撃たれたが何とか海に飛び込んで逃げた。そして運良くあの海岸に流れ着いたんだ。
もし他の方に流されていたら俺は恐らく死んでいただろう。あの海岸に流れ着いて貴女に助けられて、俺は本当に運が良かった。貴女は、俺の女神だ俺の命の恩人だ。貴女を幸せにしたい」

「嬉しい、、、お願い、私を捨てないでね」そうスマホを打ってから一二三は山田の胸の上で泣いた。
山田は一二三が愛おしくてたまらなくなり強く抱きしめた。


それから毎日一二三は家に来るようになった。来て掃除をしたり洗濯をしたり料理を作ったりと、正に通い妻だった。そして若い二人は毎日数時間はベッド上で過ごした。
年が暮れ年が明けても二人の日々は変わらなかった。
元旦に二人であの神社に行き「この幸せがいつまでも続きますように」と祈ったが、その祈りはいつも二人の心の中で繰り返された。



このように、二人の甘く切ない日々が送られていたころ、高はC国最高権力者SHUの敵対者であるFUにあの情報を売る込み、巨万の富を得てDOV国の高級リゾートホテルで優雅な暮らしを満喫していた。FUに雇われた数十人の賞金稼ぎがそのホテルを目指していたとも知らずに。

一方その情報を得たFUは、SHUに「WUHAN研究所でウイルスを研究開発していた証拠を持っている。US国の軍人にウイルス入り小瓶をプレゼントした証拠もな。この証拠を世界に公表されたくなければ今すぐ退陣しろ」と迫った。

SHUは顔色を変えて狼狽した。
(WUHANで既にウイルス感染者が爆発的に増えている今、あの情報が世界に知れたら、俺はお終いだ、、、糞、FUの野郎どうやってあの情報を手に入れたんだ、、、
とにかく今はWUHANを情報統制してウイルス蔓延を他国に知られないようにしなければならない。それとFUと、その情報源を抹殺しなければ)
SHUは、側近にWUHANの情報統制とFU抹殺、FUへの情報提供者の拉致を厳命した。

その後SHUは、US国担当の側近を呼んでUS国の現状を聞いたが、US国ではまだウイルス感染者蔓延は確認されていないと言われ、SHUは激怒した。
(糞、なぜだ何故US国はウイルス感染者蔓延が起きないのだ。US国兵士にウイルスの入った小瓶をくれてやったのではなかったのか。グル族の村ではたった1瓶で村人が全滅したと聞いたが、US国は50本くれてやっても感染が起きなかったというのか、、、何故だ、なぜ感染しないのだ)
SHUはデスクを叩いて悔しがった。


当時、山田はまだ知らなかったが2020年1月半ばのWUHANは、既にウイルス感染者が溢れていた。C国当局は懸命に情報統制をして、その事実を国外に知られないようにしていたが、現場の医師等がネットで悲惨な状況を配信していたのだ。
当然のこと当局はネット規制をしてそれも封殺しょうとしたが無理だった。
WUHANの路上で歩行者が突然倒れ死亡した動画や、患者でパニック状態の病院の動画がC国国内だけでなく隣国にまで拡散された。

C国当局は隠し切れないと判断したのか、1月20日ころからWUHANの状況を報じるようになった。それに並走するように、明らかにC国に忖度している内容の報道をWHOがするようになった。また、このころからクルーズ船によるウイルス感染者日本入国が報じられ、首相や政府への批判が始まった。だが実際、この時クルーズ船内では感染者が爆発的に増えていたのは確かだが、感染患者の上陸が許可されたのはずっと後だったようだ。

その報道をネットニュースで見て、山田はウイルス感染者の現状を知り、それ以来英語とC国語でのウイルス関連ニュースを絶えず見るようになった。
そして自分がウイルス拡散させたせいでWUHANが壊滅的な状態になっている事に心を痛めた。

(何という事だ、俺がウイルスを拡散させた為にWUHANの何の罪もない人びとが病気になり死に続けている、、、
だが、あの時俺は、ウイルスを研究開発しUS国に拡散させようとしていたC国中共に思い知らせてやりたかったのだ、、、両親を事故に見せかけて殺したC国中共に復讐したかったのだ、、、
しかし、これほど酷いとは思わなかった、、、俺は、、、俺は、なんという事をしてしまったんだ、、、)

「貴方どうしたの、青い顔をして、心配事でもあるの」と表示されたスマホを目の前に差し出されて、山田はやっと、一二三が来る時間になっていた事を知った。
そして、心配そうに自分を見つめている一二三を引き寄せ抱きしめて無理に笑顔を作って言った。
「何でもない、心配しないで」
一二三がその言葉が聞こえない事さえ忘れていた山田はハッとなり慌ててスマホを打って見せた。

この時一二三は、山田の心の変化に気づいたが、自分に対する愛情には変わりがない事は解っていたので当初は気にしていなかった。
だが、ノートパソコンの画面を睨んで暗い顔をする事が日に日に増していく山田に、一二三も次第に不安になっていった。

それで一二三が「貴方、本当にどうしたの、ノートパソコンの画面を見てしょっちゅう暗い顔をしているわ。一体なにがあったの、心配事があるなら私にも知らせて」とスマホを打って見せても「大丈夫だ、貴女は何も気にしなくていい」と返されるだけだった。

そんな返事をされたら尚さら不安が増して、一二三は山田がトイレに行った隙にノートパソコンの画面の英語ニュースを日本語変換して読んでみた。
しかしそれは単なるウイルス関連ニュースだった。
「山田さんはこんなニュースを見て何故暗い顔をするのだろう」
山田の過去を知らない一二三には、その理由を知る事はできなかった。


2月に入ると、首都圏でのマスク不足のニュースが流れたりしたが、山田たちのいる所ではまだマスクを付けている人さえ少なかった。
だが、3月半ばを過ぎるころから首都圏でウイルス感染者が急増し、マスクを付ける人が増えた。
それでも一日の感染者は4月9日256人をピークに減少に転じた。
5月27日付けで公表されたのは、日本国内感染者数16651人、内死亡例858人だった。

5月末、野外は初夏を思わせる明るい陽射しが射していたが、カーテンを閉めた薄暗い室内で山田はノートパソコンの画面を見ながら顔を曇らせていた。
(日本国内でさえ既に858人の方が亡くなられている。世界中では数百万の、、、)
そこへ一二三が入ってきてスマホを打って見せた。
「またそんな暗い顔をして、、、たまには外に出て陽射しに当たったらどうなの。花見さえ行かなかったのは今年が初めてよ」

一二三になんと言われようと、山田は外に出る気がしなかった。
自分の愚かな行動のせいで、おびただしい数の人びとが亡くなっている事への罪悪感に打ちひしがれていた山田は、外に出る気には到底なれなかったのだ。
(俺のせいでパンデミックが起き毎日毎日、多くの人が死んでいる、、、俺は、、、俺は、どうすれば良いのだ、どうすれば、この罪を償えるというのだ、、、神は、何故俺を救ったのだ、、、海に飛び込んで海流に流されて、それでも俺は、生かされた、、、何故だ、なぜ神は俺を生かした、、、

俺にとって一つだけ救いがあるとするなら、それはウイルス発生源をWUHAN研究所にした事だ。これがもしC国中共の策略通り、US国になっていたならC国中共は、鬼の首を取ったかのようにUS国を非難し、多くの国を味方につけ、世界の中での自国の地位を高めた事だろう。
そうなっていたら恐らく世界情勢は大きく変わっていた、、、
そう考えるならWUHAN研究所を発生源にした事は、正に不幸中の幸いだった、、、だが、、、)

その時また一二三がスマホを見せた「もうそんな暗い顔は止めて食事しましょう」
一二三に手を引かれて台所に行くとテーブルの上にはご馳走が並んでいた。一二三もどこかウキウキしている。山田が「どうしたんだ、これ」という顔をして見せると、一二三は嬉し気にスマホを打って見せた。

「お母さんが昨日、やっと帰ってきたの。それで今までの御礼にって朝から作ってくれたのよ。
本当はここへ一緒に行きたいと言ったんだけど、貴方はたぶん来て欲しくないだろうって思って一人できたの。でも近いうちにどこかで一緒に食事したいって言ってるわ」
「そうだったのか、それは良かった」
二人は食事を始めた。食事中やベッド上では、ウイルスの事も忘れている山田だった。


月日は流れ梅雨に入った。いつものように一二三が夕方マンションに帰った後、山田は一人ベッドに寝転がりネットニュースを見ていた。
(来る日も来る日もウイルス感染者のニュースばかり、、、毎日毎日死人が出る、俺のせいで、、、
病院のベッド上で死ぬ人、満員で病院に入れず自宅で死ぬ人、路上で倒れそのまま死ぬ人、、、毎日毎日多くの人が死んでいく、、、全て俺のせいだ、、、なのに俺はまだ生きている、、、
俺は、生きていて良いのだろうか、俺に生きる資格があるのだろうか、、、多くの人を死なせて、、、俺は、、、俺は、どうすれば良いのか、、、)

山田がふと見ると、窓ガラスは雨にぬれていた。
(しまった、洗濯物を取り込むのを忘れていた、、、また明日一二三に怒られる、、、)
山田は、慌てて雨の降っている外に出て洗濯物を取り込んだが、洗濯物はしっとりと濡れていた。
(何故もっと早く雨が降っている事に気づかなかったのか、、、
もっと早く、、、こうなる事を予測して、、、
俺がもしWUHAN研究所でウイルスを拡散させていなければ、、、

しかしそうしていてもC国中共は、いずれUS国でウイルスを拡散させていただろう。
そしてウイルスの発生源をUS国に仕立て上げ、US国を糾弾し、もしかしたら宣戦布告していたかも知れない、、、
US国がパンデミックを起こして軍事行動さえも起こせなくなったら、C国は容赦なく攻めてUS国を滅ぼし、世界の覇者になり、世界中を支配したかも知れない、、、もしそうなっていたら、、、)
山田は、C国中共が世界中を支配した場合を想像して戦慄を覚えた。

(中共の残忍さは、過去のチベット侵攻や今なお続けられているウイグル人弾圧や法輪功信者に対する虐待死を調べれば解るが、このような中共がもし世界中を支配したら、、、
中共幹部のみ楽園、それ以外の人類はみな生き地獄になっていただろう、、、
そう考えれば、こんな危険なウイルスを研究開発した中共がウイルス発生源となり、世界中から非難されるのは当然のことだろう、、、しかし、、、多くの人が苦しみ死んでいく、、、)

山田は、慙愧の念に苛まれて身もだえした。
(ああ、、、俺はどうすれば良いのだ、、、この苦しみを、、、誰に話せば、、、)
そう考えた時山田の頭の中に、自分を救ってくれた医師の顔が思い浮かんだ。
山田は00病院の先生に全てを話す決心をしメールを打った。

メールの内容は「敬愛なる00先生。私の命を救ってくださった00先生。
私は今、心が苦しくて死にそうです。どうか私の心を救ってください。
00先生に全てを御話します。ですから、どうか私の心を救ってください。お願いします」から始まり、自分がUS国で生まれたC国系US国人であり、もともとはUSウイルス研究所の研究員だった事から詳しくメールした。

また、C国人の父が、C国中共幹部候補者でありながら、天安門事件に巻き込まれ妻が殺された事により中共に反発しUS国に亡命。US国で香港人女性と再婚し自分が生まれたが、その両親が、中共工作員の仕掛けた車で交通事故を起こして死んだ事。
その出来事のせいで自分はアル中になり、同僚と喧嘩して殺害、無期懲役になっていたのをUS国諜報局にスカウトされ諜報員になり、日本で整形手術をしてWUHAN研究所研究員になりすまして研究所に潜入した事。

同研究所でウイルスを研究開発した事実を知り、ウイルスを持ち出して研究所に拡散させた結果、現在世界中でパンデミックになっているが、自分がその原因を作った張本人である事。
そして最後に「自分のせいで、何の罪もない多くの人びとが死んでいる事を思うと、生きているのが辛くて、いっそのこと自殺するべきではないか」と思い悩んでいる事をメールした。
全てを打ち終え送信をクリックした後、山田は(これで良かったのか、、、第三者に秘密の全てを告白して、本当にこれで良かったのか)と自問自答した。

このように山田は苦しんだ挙句メールしたのだが、医師からの返信メールはあっけなかった。
「山田君、生きたまえ。君は一二三ちゃんに命を救われた身だ。何が何でも生きたまえ」
山田はそれを読んで拍子抜けした。そして告白した事を後悔した。
(くそう、なんて事だ、こんな返信メールでは、俺は救われない、、、
しかし、待てよ、、、俺はどんな返信メールをもらえば救われたのか、、、自殺用の青酸カリを取りに来なさい、とでも返信された方が良かったのか、、、

俺が死ねば、俺のせいで死んだ多くの人たちが報われるのか、、、
多くの人たちが死んでいるのは俺のせいだけじゃない。こんな危険なウイルスを開発しUS国に拡散させようとしたC国中共のせいだ。根本原因は中共だ、、、
そうだ、俺が死ぬのは簡単だし、いつでもできる。だが、その前に中共を滅ぼすべきだ。こんな危険なウイルスを開発した中共を滅ぼすべきだ、、、)

山田は新たな目標ができた。そのせいで暗い顔をしなくなった。
一二三は喜んだ。昼間、一緒に買い物に行こうと誘われるようになった。
だが、山田にとっては幸いな事に、日本政府から外出自粛要請が出された。
やがてオリンピックの1年延期も発表された。これらは全てウイルス感染防止策だったのだが、その効果があったのかどうか、国内の感染者の数は増減を繰り返していた。


10月半ばのある日、買ってきた弁当で昼食を済ませた後で、一二三がためらいがちにスマホを見せた。そのスマホには「今日は何の日か知ってる?」と表示されていた。
山田はしばらく考えたが分からなかったので、そうスマホを打って見せた。
一二三は何故か頬を染めスマホを見せた「貴方と初めて会った日なの」
それを見て山田はやっと、あれから1年経った事を知った。山田はすぐにスマホを打った。

「ごめんよ、俺はもう少しで命の恩人の事を忘れるところだった、、、いま俺がこうして生きているのも君のおかげだ、、、そうだ記念に、君に何かプレゼントしたい。何が良いかな」
「貴方と一緒にここに住みたいの昼も夜も」一二三はそうスマホ打って見せ、山田に抱きついた。
「俺は今日からでも良いけど、お父さんお母さんは反対しないの」
「反対なんてしてないわ。じゃ来週中に引っ越して来るわね」
一二三は嬉しくて仕方がないようだった。



数日後の日曜日の午前中、山田と一二三がこれからベッド上で熱くなろうとしていた時、ひょっこりと00病院の先生がやってきて、二人は飛び起きて先生を迎えた。
先生は家に入って来るなり「君はUS国人だったよね、大統領選挙の予想を聞きたくて来た」と英語で表示されたスマホを見せた。
山田は、小さな中庭に面した部屋の窓を開け、そこに椅子を二脚持ってきて先生と向かい合って座った。そしてすぐにスマホを打って見せた。

「T大統領の快勝でしょう、B氏には能力も人気もないです」
「ふむ、私と同じ考えだね。T大統領の4年間の働きは歴代大統領に比べても決して引けを取らない。しかしB氏には何も魅力がない。民主党は何故あんな候補者を立てたのか疑問に思うほどだね。やはり次期大統領もT大統領で決まりだね。ところで、、、」
その時、一二三が缶コーヒーを持ってきて先生と山田に手渡した。
どうも近くの自動販売機で買ってきたらしい。

先生はコーヒー通で自宅では豆を挽いて飲むのだが、一二三の気持ちを汲んで飲んだ。
一方山田は、一口飲んで脇に置き、手話で「ありがとう」と言った。それを見て一二三は笑みを浮かべて見せ、山田の後ろに立った。そして自然な雰囲気で山田の肩に手を乗せてスマホを見た。
先生は、一二三の仕草から二人が既に熱い関係になっている事を見抜いたが、その事には触れず大統領選挙についてをスマホに打った。

「ところで君は、スパイ」と打とうして一二三が見ている事を考えあわせて「君は特別な仕事をしていたが、ニューワールドオーダーについてはどう思うかね」とスマホを打ち直して見せた。
「ニューワールドオーダーですか、あまり詳しくはないですが、一部の大金持ちが全世界を支配する為の企ての一つと言われていますが、私は都市伝説だろうと思っています」
「ふむ、なるほど、、、君は都市伝説だと思っているのだね、、、」
先生はそこで話を切り缶コーヒーを飲み干してから続けた。

「私はこんな田舎町に住んでいるが、世界情勢にも興味があってね、暇な時にいろいろ調べているんだよ。それでこのニューワールドオーダーについても詳しく調べた。
その結果、私が思うには、このニューワールドオーダーは決して都市伝説などではない。いま現在も進められている奴らの邪悪な企ての一つだと認識しているんだよ。

そしてその企てを邪魔しているのがT大統領なのだ。つまり奴らにとってT大統領は正に目の上のたん瘤、邪魔者でしかない。そんな邪魔者を、奴らが放っておくはずがない。
数日後の大統領選挙、私も君と同じでT大統領有利と見ているが、奴らが不正選挙をするのではないかと心配している、、、私の取り越し苦労であれば良いがね、、、」

「不正選挙ですか、、、正義の国US国では有り得ないと思いますが、、、」
「正義の国US国か、、、君はUS国の本当の歴史は学ばなかったのかね」
「学生の時、一応学びましたが、、、確かにUS国は先住民を滅ぼしかけたり他国を植民地にした過去がありますが、US国は過去を反省し現在は世界の模範となる正義の国になりました。
私はUS国民である事に誇りを持っています」

「、、、君の、祖国に対する忠誠心は立派だと思う、、、だが君は、US国の実態も本当の歴史も知らないようだ、、、
日本はね、未だにUS国の植民地であり奴隷国家なのだよ。日本は未だにUS国に逆らえないんだ。日本だけではない、US国の言いなりにならざるを得ない国が、世界の中には多いんだよ。

T大統領はしなかったが、それ以前の大統領は、逆らう国を戦争に引きずり込んで滅ぼしたり、工作員を送り込んで内乱を起こさせたりして滅ぼした、、、
私はUS国が正義の国だとは決して思えないんだよ。
、、、君は、この事実を知る必要がありそうだね 、US国が軍事介入したイラク戦争やリビア内戦について調べてみなさい。

そうだ良い機会だから第二次世界大戦で日米の開戦に至った経緯も、そして大東亜共栄圏についても調べてみなさい。君自身の為にね。
本当の歴史を知らないまま生きるのは愚かな事だからね。
さて、私はそろそろ帰る、長居して悪かったね」先生はそうスマホを打って見せてから帰って行った。

先生が帰った後、山田はスマホ内の先生とのやり取りをもう一度読み返してから、腕を組み宙を睨んで考えた。
(先生は、イラク戦争やリビア内戦それに日米開戦に至った経緯、それと聞いたこともない大東亜共栄圏についても調べてみなさいと言った。
俺は学生時代、歴史はまあまあ良い成績で、日米戦争等も良く理解していると思うのだが、先生は俺が理解しているのは本当の歴史ではないと言いたいのだろうか、、、まあ、暇な時間もある事だし調べてみるか)山田はそう思って調べ始めた。当然英語で。

そして数日でそれなりに調べ上げた山田は(なんだ俺が今まで学んだ内容と大差ないじゃないか。大東亜共栄圏は初めて調べたが、これも日本がアジア諸国侵略を正当化する為のプロパガンダにすぎない。こんな事を調べても無意味だ)と思い、その事を先生にメールした。
すると先生は「君の調べたのは全て英語の資料だね。同じ内容を日本語で調べてみたまえ。ウイキペディアでも、英語と日本語では内容が違うから」と返信がきた。

(なに、英語で調べたのと日本語で調べたのとでは内容が違うって、そんな馬鹿な、、、)
先生の言う事に半信半疑だった山田は、言われた通りに調べて愕然とした。
大東亜共栄圏についてのウイキペディアの英語と日本語では内容がかなり違うのだ。
(こんな事が、、、ウイキペディアは厳正中立ではないのか、、、こんな事があって良いのか、、、)
山田は、イラク戦争やリビア内戦についても現地の文字で検索し、それを英訳して読んでみた。
(何と言う事だ、英語のウイキペディアと現地語のウイキペディアでは内容が全く違う、、、)

その事に気づいた山田は、現地語の資料を英訳して読んだ。
日米の戦争に至った経緯も日本語で検索し英訳して読むと、英語の資料とはかなり違い、内容によっては真逆の解釈ができるものまであった。
大東亜共栄圏にしても、日本語資料を英訳して読んでみると、日本軍のプロパガンダなどではなく、本当にアジア諸国の共存共栄を目指したものであった事が良く解った。
(英語の資料と現地語の資料で何故これほど違うのか、、、)
疑問に思った事を山田は、メールで先生に聞いた。

「どこの国も自国に都合が良いように資料を作るものだ。戦勝国なら尚さらそうするだろう。
反対に敗戦国は、真実の資料を残す事さえ禁じられた、日本のようにね。
その事を頭に入れて資料を調べれば、どちらの資料が正しいのか解るはずだ」
先生からの返信メールを読んで山田は得心し、それ以降は現地語の資料を中心にして歴史的事実を調べていった。

そうしているうちに11月3日US国大統領選挙が始まった。
最初は予想通り多くの州でT大統領が優勢だったが、B氏が中盤から終盤に急に得票数を伸ばした。しかしその伸びはあまりにも不自然すぎた。多くの州で不正選挙が疑われた。
だが、大手新聞やテレビは不正選挙について何も報じず、選挙管理委員会の職員たち等がネット上に不正選挙の実態を報じるだけだった。

山田は、この出来事に啞然としながらも、英語のネットニュース等をむさぼり見た。
数日後、死亡者によるB氏への投票用紙が多量に見つかったと言うニュースを見て、山田には受け入れがたい事ではあったが不正選挙が行われた事を確信した。
(なんと言うことだ、正義の国であるはずのUS国でこんな不正選挙が起きるとは、、、それにしても先生は、こうなる事を予想していたようだが、なぜ予想できたのだろうか、、、)

山田がその事をメールで尋ねると、数時間後に返信メールが届いた。
「最悪の事に私の予想が的中してしまった。
と言う事は、この不正選挙を企て実行させたのも恐らく私の想像通り、奴らだろう。
奴らは、ニューワールドオーダーの邪魔者のT大統領を何が何でも失脚させる為に、なりふり構わず不正選挙を行った。

そのせいで不正選挙の多くの証拠を残してしまったが、奴らは今後は裁判官等に圧力をかけ、証拠の無効化を図ってくるだろう。それに対してT大統領がどこまで戦えるか、、、
いくら証拠があろうとも、その証拠が裁判所で認められなければどうにもならないからね。
果たしてT大統領は、不正を暴いて選挙結果をひっくり返す事ができるだろうか、、、
大手マスコミまで支配している奴らが相手では、恐らく無理だろうと私は思うがね」

その返信メールを読んで山田は、激しい憤りを覚えた。
(正義の国US国でこのような不正選挙が起きてよいのだろうか、、、US国の最高統治者、いや世界にとっても最高の統治者と言える、US国大統領選挙でこんな不正が行われて、、、
US国は一体どうなっているのか、、、US国の正義はどこへ行ったのか、、、
それにしても、、、先生は、不正選挙を起こさせたのは奴らだと言ったが、奴らとは何者だろう、、)

山田は、奴らについて先生に聞いた。
先生は「老い先短い私にどんなに知識があっても何の役にも立たない。君のような若い人こそ多くの知識を持っておくべきなのだ。君と知り合ったのも何かの縁、私が知っている事を全て教えよう」と前置きして、添付ファイルの様々な資料とともに、奴らの正体を教えてくれた。

「奴らとは、カバールと呼ばれている闇の支配者たちの事だ。
奴らの力は絶大で、US国だけでなく世界中の主だった国を陰から操っている。
日本はUS国に支配されているが、奴らはそのUS国をも操っているのだよ。
近年の歴代大統領もほぼ全員奴らの言いなりだった。しかしT大統領は言いなりにならず、逆に奴らを排除しょうとした。

T大統領は、この4年間に奴らの企てを何度も封じた。
奴らは、US国内に南部からの難民を流入させ治安や経済を混乱させ、US国を弱体化させようと企てていたが、T大統領が長大な壁を作ってそれを止めたのも、その一つだったのだよ。
だから奴らは、目ざわりなT大統領を何としてでも失脚させようと、証拠も曖昧なウクライナ疑惑をでっち上げた。幸いT大統領はそれを乗り越えて4年間の任期を全うした。

T大統領としては当然再任し、残りの4年間で何としてでも奴らを排除する計画だったと思う。
反対に奴らは、何が何でもT大統領を辞めさせたかった。それで奴らは、奴らの意のままに操れるB氏を擁立させた。しかしB氏では心もとない。それで急遽不正選挙を始めたのだ。
私のこの推測は恐らく中らずとも遠からずだと思っている。

今後、T大統領が選挙結果を覆して大統領再任するのは難しいだろう、、、恐らくB氏が大統領になる。しかしそうなった時、果たしてB氏が大統領としてうまくやっていけれるのか疑問だ。
C国との対立もある上にウイルス感染によるパンデミックにどう対応していくのか、、、
私としては、今後の世界情勢も目が離せないね。特にTWや尖閣諸島を侵略しょうと狙っているC国は油断も隙も無い。いつ無謀な行動をとるか、、、

いま世界中でC国ほど危険な国はないが、この国の怖いところは平気で噓をつく事であり、自分の罪を平気で他人に擦り付ける事だ。
これはK国にも言えるが、C国やK国は本当に卑怯で卑劣な国だね。

2013年1月30日にC国フリゲート艦が日本海上自衛隊護衛艦ゆうだちに火器管制レーダーを照射していながらC国政府は認めなかったし、2016年6月17日にC国戦闘機が日本航空自衛隊機にレーダー照射していながら、日本航空自衛隊機がC国戦闘機にレーダー照射したと真逆の事を言ってきた。

またK国も2018年12日20日K国の駆逐艦が海上自衛隊機哨戒機にレーダー照射していながら、哨戒機が危険な低空飛行した、等と噓を言ってレーダー照射については知らぬふりをしている
。これらの事件はいずれも戦争にまで発展してもおかしくないほど危険な事案だったが、両国とも平気でこのような下劣な行為をする。
日本の近隣諸国には、このようなどうしょうもないクズ国家が存在するのだよ。

しかしこのようなクズ国家を操っているのもまた、奴らなんだ。
C国に危険なウイルスを研究開発させたのも恐らく奴らだろうと、私は思っている。証拠はないがね。なぜなら私のような素人に証拠を握られるほど、奴らは馬鹿ではないからね。
馬鹿どころか奴らは、金の力で世界中からトップクラスの頭脳を集めて、その者たちに様々な企てを考えさせている。しかも何十年も先を予測してね。

私は、今回のウイルスも、ウイルス感染パンデミックだけが狙いではないと見ている。奴らの本当の狙いはワクチンだろうと思うんだよ。
このワクチンは、ウイルス感染者だけでなく健常者までも接種しているが、その数は恐らく世界人口の90パーセントを超えるだろう。

しかしもしこのワクチンに避妊作用のある薬剤でも混ぜられていたら、健全なワクチン接種をした奴ら以外の人類は子孫を残せなくなり、数十年後には計画通り奴らの子孫だけが生き残る事になる。そしてジョージアガイドストーンに刻まれた通り、人類は5億人になってしまうだろう。
こうして奴らの究極の目標が達成させられる事になるが、果たして人類はそれを止める事ができるだろうか、、、私は、恐らく無理だと思う。そしてこれが人類の定め、人類の運命だろうと思う」

山田は、先生からのメールを読み愕然とした。特に、数十年後に人類が5億人にされてしまうと言う内容には言い知れぬ恐怖さえ感じた。
(人類を5億人に、、、これが奴らの究極の目標だと言うのか、、、その為のウイルス開発をC国にさせ、多くの人類がワクチン接種するように仕向け、そのワクチン接種によって子孫を残せなくさせる、、、なんと言う計画だ、なんと言う邪悪な企てだ、、、これが奴らの企てか、、、)

山田は、呆然と宙を睨んで考えた(何とかしなければ、、、)
その時、目の前に一二三のスマホが差し出された「貴方、引っ越し荷物を運ぶの手伝って」
(何をこんな時に、、、引っ越し荷物だって、、、)山田は、現実を思い出すのに時間がかかった。
渋々ビッコを引きながら外に出ると、箪笥や布団や調理器具を満載した軽トラが停まっていて、一二三の母が頭を下げ笑顔で言った「ふつつかな娘ですがよろしくお願いします」

一二三がはにかみながら母の言葉をスマホで英訳して見せた。それを読んだ山田は、ぎこちない仕草で頭を下げた。
荷物を運び込んだ後、軽トラを返しに行くついでに三人で昼食しょうと言う事になり、山田は荷台に乗った。昼間外に出るのが久しぶりの山田は、晩秋の青い青い空を見上げて眩暈がした。
(眩しい、、、それにしても、なんて青い空だ、、、)山田は、日本の秋の空に魅せられた。

飲食店は閉まっているか、開いていても持ち帰り販売だけだったので、かつ丼を三つ買って見晴らしの良い所に軽トラを停めて、荷台で3人で食べた。
秋晴れの天高く清々しい空に圧倒されたのか、3人とも会話もせず食べて終わると、山田と一二三はそこから歩いて帰り、母は軽トラを返しに行った。
午後からは冷蔵庫とダブルベッドが配達されるという事で、一二三と二人で置く所を準備していると、それらが運び込まれてきた。

それらが全て所定の場所に置かれ、狭くなったように感じる部屋を満足そうに見回してから一二三はスマホを打って見せた「やっと新婚夫婦の部屋らしくなったわ、嬉しい」
山田は、それに答えて冗談半分に「これで毎夜楽しめるね」と打って見せると、一二三は頬を染めて山田に抱きつき二人はベッドの上に倒れた。
山田は「外はまだ明るいよ」とスマホを打って見せたかったのだが間に合わなかった。
山田と一二三は、理想的な新婚夫婦だったようだ。

初々しい新婚生活が始まった。とは言っても今までも昼間は一緒に過ごしていたのだから、山田自身はあまり新婚だと言う実感はなかった。
だが一二三は、朝起きた山田にあったかい味噌汁を食べさせられる事が嬉しくて仕方がないようだった。
毎朝、味噌汁の具を変え、それを食べる山田の変化を見て一二三は、山田の好みを見抜いた。
本当に日本人的な良妻だった。山田とて、そんな一二三を慈しまずにはいられなかった。
幸せな時の、過ぎ去る時間の何と速い事か。
夫婦そろって、あの神社に初詣でしたと思っていたらもう桜の開花が告げられるようになった。

2021年3月、国内のワクチン接種が開始された。
ワクチン接種と聞いて山田は、先生に教えられた、奴らの企てを思い出した。
(先生の言われたように、もしこのワクチンに避妊作用のある薬剤が混ぜられていたら、、、)

山田の不安をよそに世界はワクチン争奪戦を始めていた。
そのような国際情勢の中で日本の新総理大臣は、いち早くUS国のワクチン製造会社と購入契約し、国内のワクチン接種を開始した。
総理大臣は、何が何でもパンデミックの封じ込めを目指した。それは昨年延期されたオリンピックを今年どうしても開催したいと言う強い意思の現れでもあった。

4月末、一二三にもワクチン接種の通知が届いた。
山田はその通知書を一二三の目の前で破り捨ててからスマホを打って見せた。
「ワクチンは危険だ、接種しない方が良い。でも心配しないで、君は若くて健康だから例えウイルス感染してもすぐに治る。ウイルス感染よりもワクチン接種の方が危険なのだよ」
怪訝そうな顔をしている一二三に、山田はワクチン接種の危険性を説明した。そして最後に「俺たち若者が今どうしてもしなければならない事は、子孫を残す事なんだよ」と言ってベッドに誘った。

二人の毎夜の努力が実って一二三は懐妊した。当然夫婦ともども大喜びした。
しかしその時になって山田は、自分に戸籍がない事を思い出した。
US国から日本に入国した時は、自分のUS国のパスポートだったが、整形手術をしてC国に潜入した時は、C国人の杏のパスポートだった。船でのC国出国もそのパスポートだったが、海に飛び込んだ時に無くしてしまった。銀行カードだけでも手元にあったのが不幸中の幸いだった。
そんな経緯で山田は、パスポートがなく現在は住所不定の身だったのだ。

山田は、その事を一二三に説明した後で付け加えた。
「でも心配しないで、生まれてくる子どもは一緒に育てるから。お金もまだ十分にあるからね」
一二三は笑顔でスマホを打った。
「戸籍なんてどうでもいいわ、貴方と一緒に居られるだけで私は幸せなの」


それから数ヶ月後、世界中の多くの国がウイルス発生源はC国だと主張し、C国に損害賠償請求を始めた。
予想通りC国は反発し、それどころかC国は、ウイルス発生源はUS国WSの軍施設からだと主張した。この施設は、エボラ出血熱や天然痘等のウイルス研究をしていたが、現在パンデミックを起こしているコロナウイルスは研究していなかったにもかかわらず、C国は秘密裏に研究していたと強弁し続けた。

先生が以前言っていたように、C国の最も下劣なところは、自らの罪を他国に擦り付ける事だが、今回はWHOや、経済援助している弱小の国々を味方につけ、WHO要人や国々の有力者やウイルス学者にまで発言させ、何が何でもウイルス発生源をUS国にしょうとしていた。
その事をネットニュースで知った山田は、悩んだ。

(C国でウイルスを拡散させたのは俺だ。張本人は俺で、ウイルス発生源は間違いなくC国だと証明できる。そして証明すればUS国は救われる、、、しかし、そうすれば俺は、、、
もしC国が俺の存在を知れば、俺は間違いなくC国工作員に抹殺されるだろう。
そうなった時、俺に関わった一二三や先生は、、、残忍なC国工作員が一二三たちを生かしておくはずがない、、、)

悩んだ末に山田は、この事をありのままに先生に相談した。先生はすぐに返信メールをくれた。
「君の存在は確かにC国にとっては重大だろう。しかし幸いな事にC国はまだ君の事を知らない。しかもUS国とて、そう易々とC国の主張に押し切られるはずがない。
だから君はまだ表に出ず静観していれば良いだろう。
しかしもしUS国が追い詰められて逃げ場がなくなった時は、君が出て行けば良い。
つまり君は最後の切り札だよ。切り札というものは最後まで大事に取っておくものだよ」
山田は納得し、先生にお礼のメールを送った。


数週間後、山田は英語のネットニュースでDOV国の高級リゾートホテルで銃撃戦が発生し、C国人と見られる男性客が射殺された事を知った。そしてそのニュースの中でほんの数秒間映し出された、射殺された男性の顔が高に似ていたのを山田は見逃さなかった。
(あの顔は確かに高だ、、、DOV国の高級リゾートホテルと言えば大富豪しか利用できないだろう。そんな所に高が居たと言う事は、高はFUへあの情報を売って大金をせしめた、、、

そして殺された、、、殺させたのは恐らくSHUだろう。しかしSHUなら高を捕まえて仲間がいるか聞き出してから殺すはずだが、まあ高だって銃くらい持っていただろうから捕まえる前に銃撃戦になって殺されたか、、、
いずれにせよ、本当に高が死んだのであれば、俺はもう隠れる必要はないだろう。US国諜報局にも連絡しても大丈夫だ、、、あくまでも高が本当に死んだのであればな、、、
何とか高の死を確認する方法はないだろうか、、、)

山田は、銃撃戦のニュースを更に詳しく調べた。現地語のニュースを英訳して読んだ結果、高の部屋を挟んで2組の武装集団が銃撃戦を始めた事が分かった。
(2組の武装集団、、、FUとSHUの差し向けた武装集団同士の銃撃戦になったのか?、、、そんな事は今はどうでも良い。とにかく死んだのが高かどうかさえ分かれば、、、待てよ、もし本当に高だったらUS国諜報局はどうするだろうか、、、諜報局でも高かどうかくらいは調べるはずだ、、、)
山田は、色々考えたが結局諜報局には確認しなかった「確認は今でなくても良い」と思ったのだ。


日本でオリンピックが始まった。
始まる前は、緊急事態宣言下での開催であり反対する国民が多かったが、始まれば無観客競技だったにもかかわらず盛り上がった。
日本選手の活躍も素晴らかったが、何よりも諸外国選手が、世界各地でパンデミックが起きている状態でも開催されて、自分たちが出場できた事を喜び、日本に感謝していた。

しかしそんな中でただ一国だけ、ボイコットを叫びながらも参加し、数々の嫌がらせを繰り返した国があった。その事をネットニュースや動画で見て、山田は不思議に思った。
(K国は何故あんな嫌がらせをするのだろうか、、、俺はべつに日本を擁護するつもりはにが、ウイルス感染が流行っている中でもこうして精一杯努力して開催しているのに、その好意を踏みにじるような嫌がらせをしている。人として恥ずかしくないのだろうか?。
そもそもK国と日本はどんな関係なのだろうか。慰安婦問題とかは聞いたことがあるが、、、)

山田は、K国についてK国語で検索し英訳して読んでみた。
最初に慰安婦問題について調べたが、第二次世界大戦時の朝鮮半島での日本軍人の悪辣な行為が載せられていて、山田は不愉快になった。
(なんと日本軍人はこんな酷い事をしていたのか、これではK国人が日本を恨むのも当然だ)
いろいろ調べていくうちに徴用工問題に出くわした。それについても調べていくに伴い、日本に対する不信感が増していった。

山田はその不信感を先生にメールで伝えた。するとすぐに返信がきた。
「あまりにも片より過ぎているようだが、君はその情報をどうやって得たのかね」
山田もすぐに返信した「当然K国の資料をK国語で検索し英訳して読みました。このような事柄は現地語で検索して調べるのが一番正確ですから」
「と言う事は、K国語によるK国人向けの情報だね。で、君はその情報が正しいと思うのかね」

「私は、現地語で検索するのが一番正しいと思います。自国の事を一番知っているのは自国人のはずですから」
「なるほど、、、では英語で書かれたUS国の歴史は全て正しかったかね、特に日米開戦の経緯等は」「うっ、それは、、、」
「現地語で検索する事が一番正しいとは限らないよ。特に独裁国家のように自国民を洗脳しょうとしている国などでは、支配者層の都合の良いように真実を歪曲されていることが多い。特にC国やK国KN国の資料や情報は信用できないだろう」

「、、、そんな、、、では、何を基に正しい情報だと判断するのですか?」
「正しい資料、最も真実に近い資料を見つけるのは本当に難しいのだが、先ず情報発信者や資料作成者が信用に値する人かどうかを見極めないといけない。
K国は詐欺犯罪率が世界一の国だという事は多くの国で知られているし、C国は自国の罪を平気で他国に擦り付ける事は以前メールした通りだ。
こんな国の資料や情報は決して鵜吞みにしてはいけないだろう、、、

そうだ、良い機会だから、これから君は日本とK国の本当の歴史を知りなさい、日本の資料でね。
日本の資料にも問題点はあるが、それでもK国の資料よりかははるかに本当の歴史に近いから。おお、そうだ、日本の資料を調べる時は一二三ちゃんと一緒に調べなさい。そうすれば一二三ちゃんも本当の歴史を知る事ができるだろうからね。
手始めにプレスコードについて調べてみなさい。30項目の発行禁止対象とか、きっと驚くから」

先生からの返信メールを読んだ後(日本の資料で日本とK国の本当の歴史を、、、K国の本当の歴史はK国の資料ではダメだというのか、そんな馬鹿な、、、まあ先生の言う通りやってみるか)と山田は思い一二三とともに調べ始めた。
一二三は「日本の歴史なんて学校で学んだわ、それを今さらもう一度なんて、、、」と不満顔だったが、ウイキペディアのプレスコードを読み始めるとすぐに「こんな事、学校で学んでない。戦後の日本でこんな事があったなんて、、、」と驚愕の表情でスマホを打った。

山田も驚いた。
(日本は戦後GHQに占領されていたそうだが、まさかこのような事まで禁止されていたのか、、、)
山田と一二三は夢中になって調べた。プレスコードの中の極東国際軍事裁判など聞いたこともない言葉があると、一二三はそれを検索して読み、その後英訳して山田に読ませた。
そうやって二人は、今まで全く知らなかった言葉や出来事を知っていった。

1ヶ月も経つと一二三は(私が学校で学んだ事なんて、歴史のほんの上辺だけだったんだわ。しかもかなり歪曲されていた)という事を知り、本当の歴史に興味を持つようになった。
そして、その思いは山田も同じだった。山田は調べれば調べるほど自分の無知を思い知らされた。山田は、自分の祖国でもない国、日本やK国の歴史を何かに憑りつかれたまのように目の色を変えて調べ続けた。

やがて二人は、日本やK国の本当の歴史が理解でき、現在のK国が主張する歴史が大噓である事も見抜けるようになった。
ある日山田は先生にメールした。
「数ヶ月前に先生が言われた『日本の資料でK国の本当の歴史を調べなさい』の意味が解りました。K国の資料は本当に噓だらけで全く信用できない事が良く分からりました」

先生は、自分が言わんとしていた事を山田が理解してくれた事を喜び、更に問題提起した。
「良くそこまで調べたね。ではついでに日本国内の、GHQによって作られた気違い左翼と、戦後プレスコードなどにより抵抗できなかった日本人に対して、悪事の限りを尽くした朝鮮進駐軍や、反日在日韓国朝鮮人についても調べてみなさい。
気違い左翼や反日在日韓国朝鮮人による日本への災いが今なお続いている現状を知りなさい」

今では先生の博識にすっかり感銘を受けている山田は、言われた通りにこれらについて調べた。
しかし左翼については、検索しても書籍ばかりで、気違い左翼にたどり着けなかった。
朝鮮進駐軍についても検索してすぐに出てくるのは朝鮮進駐軍は噓だとか、朝鮮人擁護のような内容が多かった。ウイキペディアも頭の中にクエスチョンマークができるような内容だった。
朝鮮進駐軍について数ページ検索してやっと、戦後の日本人に対する朝鮮進駐軍の蛮行等を配信しているブログ等が見つかった。

また、反日在日韓国朝鮮人については、GHQ占領時代の朝鮮進駐軍の蛮行等に続く長田区役所襲撃事件等凶悪事件等が調べられたが最近の反日行為等は見つからなかった。
山田は、これらの事が検索し辛い事に違和感を覚えて、その事を先生に聞いた。
すると先生は「嬉しいね、良い所に気づいてくれたね。その検索し辛いという事こそ日本の闇なんだよ」と前置きしてからその説明をしてくれた。

「君は日本軍の特攻隊がどれほど戦果をあげたか知っているかね。
戦死者であれば2倍前後、死傷者では4倍以上という損害を連合軍に与え、平均すると、特攻機1機の命中ごとにアメリカ軍将兵40名が死傷したという統計もある。
特攻のように、味方が失った人命より敵の死者の方が多いという例は、太平洋戦争においては稀であるという指摘もあった。

またイギリスの軍事評論家は『日本軍の神風特攻がいかに効果的であったかと言えば、沖縄戦中1900機の特攻機の攻撃で実に14.7%が有効だったと判定されているのである。これはあらゆる戦闘と比較しても驚くべき効率であると言えよう』 とまで言っている。
つまり特攻隊の戦果は絶大だったのだ。しかしその事実を日本人や他国に知られたくなかったUS国は『特攻隊の戦果はわずかで特攻隊員は犬死だった』と言い広めさせた。

つまりUS国は、特攻隊など眼中になかったと、世界に向け発表しょうとしたが、本心は特攻隊の戦果に恐れおののいていたのだ。自分の命を捨ててまで敵戦艦に突入する特攻隊に恐怖していたのだよ。
グアム戦や硫黄島戦、沖縄戦においても日本兵は最後の一兵士に至るまで死に物狂いで戦ったが、その戦いぶりにUS国兵士は精神異常を起こすほど恐れた。

だから終戦後、日本を占領したUS国GHQは、日本兵の強さ特に強靭な精神性について徹底的に調べた。そしてその理由が数百年前から受け継がれてきた武士道精神であると知ったのだ。
それ以降GHQは、武士道精神等、日本人の精神性を破壊し貶め、日本人愚民化政策を始めた。終戦までの日本の精神的な良いものをことごとく破壊したり追放した。反対に日本人を堕落させる為に3S政策や、団結心をなくさせる個人主義思想を押し付けた。

その一例がプレスコードでもあるが、それ以外にも終戦まで牢獄に居た思想犯や凶悪犯罪者を釈放したり、よりにもよってそのような思想犯に大学教授をさせたりした。
思想犯の多くは左翼であり、そのような左翼が日本の教育界や法曹界にまで君臨して、日本の伝統や文化、精神性を狂わせようとしたのだ。

そんな左翼が今も強い権力を持っている上に、反日在日韓国朝鮮人が支配しているマスコミと手を組んでネット検索でさえも不正を行っているのだよ。
自分たちの思想、つまり日本は悪い国だった、や日本人は悪人だった、という自虐史観に反するような正しい資料、また反対に在日韓国朝鮮人の悪いこと等が載っている資料等を検索し辛くし、自分たちの自虐史観満載の資料ばかり検索できるように企ているのだ。これが君が感じたことの真相だよ」

「つまり、自分たちが犯した犯罪については検索し辛くし、自分たちが刷り込みたい自虐史観等が載せられた資料はすぐに検索できるようにしていると、、、それではK国人のダブルスタンダードと全く同じですね」と山田が返信すると先生もすぐ返信してくれた。

「その通りだよ。反日在日韓国朝鮮人のやり方考え方は全くK国人と同じだし、気違い左翼、日本人でありながら日本を悪くしょうと企んでいる左翼どもを私は、気違い左翼と呼んでいるのだが、この気違い左翼もまたダブルスタンダードだ。
だが、ダブルスタンダードの本当の元祖は白人国家なんだがね。

白人国家の多くがキリスト教徒で、キリストは隣人愛を説いているのに、その教えを自分たちに都合が良いように歪曲して、アフリカ諸国やアジア諸国を植民地にし、黒人を奴隷として強制連行強制労働をさせたり、アジア諸国の現地人も奴隷のように扱った。
しかしその大罪について謝罪した白人国家は一国もない。それなのに今になって、やれ人道主義だ、差別はいけない、等と騒いでいる。
日本が1919年に国際連盟規約に人種差別撤廃を定めようとしたのを議長だった白人国家のウイルソン大統領が屁理屈を言って止めさせたのにね、、、。

日本はあの戦争でも他国を侵略する考え等なかったし、ましてや他人を奴隷にする気など全くなかったのだ。
君は既に日本とUS国の開戦に至った経緯も知っているから、当時の日本がどういう考えで開戦に踏み切ったか知っているだろう。
日本は開戦した当時から八紘一宇の精神で大東亜共栄圏を目指していたのだが、その根底思想は正に隣人愛であり武士道精神だったのだ。

当時の日本国民は、兵士も一般人もみな心優しく、他人や他国の幸福までも思いやれる、本当に崇高な精神を持っていた。
戦時中、日本軍兵士の食料が不足しても捕虜に日本兵士以上の食事を与えたり、交戦後漂流している数百人の敵兵士を戦艦で救助し敵病院船まで搬送した事もあった。
日本軍兵士は、例え敵であっても相手を日本人と同等の人として対応したのだ。

それに比べ白人国家の人間は、日本人を決して自分たちと同等の人間とは見なさなかった。
日本人をジャップと呼び正にイエローモンキーくらいの認識だったのだ。
そのような白人国家の人間が、戦後の日本国民に対してどれほど酷いことをしたか。
『占領期日本における強姦』等を読むと、その惨たらしさに読み続けるのが辛くなるほどだが、彼らこそ正に鬼畜米英と呼ばれて当然だったのだ。
温厚な日本人でさえ鬼畜という言葉を使わざるを得なかったほど彼らは下劣で残忍だったのだよ。

US国籍の君には言い辛い事だが、この際言っておこう。
戦後の日本、特に沖縄でのUS国兵士の強姦事件は悲惨極まりなかった。
証拠もはっきりしない慰安婦問題など比べ物にならないほど酷いものだったのだ。しかしその大罪は今なお裁かれた事がない、それは何故か。プレスコードでその事を口にする事さえ禁じられていたし、戦後76年経った今でも、その事を言えばすぐに容赦ない報復があるからだ。

同じ事が朝鮮進駐軍の蛮行にも言える。プレスコードで朝鮮人の悪口を言う事さえ禁じられていたが、それを知っていたのか朝鮮人は無抵抗の日本人を数千人も殺し、数千人の日本人女性を強姦した。そしてその朝鮮進駐軍の子孫は現在、それらの非道行為を調べる事さえ難しくしている。

慰安婦問題について言うなら、US国は数十年前に既に、慰安婦に対する日本軍の関与はなかったと言う証拠書類を作っていながら、その事を日本にもK国にも知らせなかった。
US国は何故知らせなかったのか、理由は簡単に推理できる。それはUS国の数々の強姦事件や戦争犯罪から世界の視線を逸らせる為だ。

K国が日本に対して騒ぎ立て、世界の視線がそちらに向けられていれば、自分たちの大罪は気づかれないし、自分たちが広めた『日本は悪い国』という噓を世界に更に宣伝できる。
そう言う考えがあったからこそ、慰安婦問題を解決できる日本軍の関与はなかったという証拠さえも黙殺していたのだ。
正に卑怯者としか言いようがないが、しかしこれがUS国人の紛れもない実態なのだよ。

真実の歴史を知れば知るほど、US国をはじめとする戦勝国人の悪辣な蛮行が見えてくるが『戦勝国人は敗戦国人に対してならどんな悪事をしても許されるのか?お前たちは、それでも人間か』
私は、この答えを当時のUS国人やR国人に聞いてみたい。
R国人も、戦争が終わった後も日本人を数十万人もシベリア抑留して殺しているし、日本人リンチ殺人、日本人女性の強姦事件も多発していた。R国人もまた、鬼畜としか言いようがないのだが、その鬼畜の大部分が白人であり、白人こそ諸悪の根源と言っても過言ではないだろう。


それから日本に対する、US国や白人国家の理不尽な仕打ちは当時も今もあまり変わりがない。
彼らは『ジャップは俺たち戦勝国人に逆らうな!。俺たちの悪事を批判するな!。逆らえば、どうなるか分かっているな』と脅迫し続いているのだ。そして場合によっては本当に報復してきた。

10年前、当時の総理大臣と政府がUS国に逆らった結果、日本に大地震と津波が襲ったが、これは自然災害とは言えない証拠が多く指摘されている。
これが本当に自然災害でないなら、誰が何故どうやって起こしたのか、それを調べて行くと多くの日本の闇が見えてくる。そしてその闇の向こうに見えてくるものがあるが、その正体を知れば、日本が日露戦争のころから既に奴らに支配され操られていた事が理解できるだろう。

日本は今なおUS国に、そしてそのUS国さえも操っている奴らに支配されているのだよ。
そして決して逆らえない状態にされているのだ。
今度逆らえば恐らく富士山噴火か南海トラフ大地震が起きるだろう。
US国、と言うよりもUS国さえ操っている奴らは、本当に卑怯で悪辣なのだ。逆らえば必ず残忍な報復をする。

奴らについて公表しょうとすれば政治家でさえ謎の死に方をするし、US国の戦争犯罪について発言しただけでも何らかの報復を受ける。
それほど奴らは、戦争犯罪に触れられる事を嫌っているが、逆に言えば奴らは、それほど戦争犯罪に加担していたと言えるだろう。

奴らは、陰から大国を操り、戦争を起こさせて、気に入らない国を破壊し敗戦国民を奴隷にする。正に悪魔、鬼畜としか言いようがない連中なのだよ。
そんな悪魔に、日本はずっと支配されているのだ。国民が殺されようと女性が強姦されようと逆らえない、泣き寝入りするしかない、嘆かわしいが、それが日本という国なのだよ。

しかし、こんな事が今後も続いて良いはずがない。こんな悪魔どもが許されて良いはずがない、と私は思うのだ。やがてUS国は打ちのめされ、奴らは抹消される時が必ず来ると私は予感がする。
そしてその時、世界の先頭に立っているのは日本だと思うのだ。
理由は解らない、そしていつそうなるかも解らない、しかし私はそんな気がする。
私が思うには、未来の世界を平和に導くのは日本しかない。経済大国軍事大国のUS国やR国ではない、ましてやC国でもない。世界を幸福に向けて牽引できるのは日本しかないように思う。

確かに日本は戦後GHQの愚民化政策や気違い左翼によって、戦前の素晴らしい精神性等を捨てさされ、白人どもの愚劣な価値観を刷り込まれて、精神性的に堕落させられてしまった。
しかし、それでもなお日本は、精神性の面では世界の平均よりもはるかに上に居るのだ。それは、現在の日本を取り巻く状況を見ればわかる。

1度でも日本に来た事がある外国人はみな言う『日本は素晴らしい国だ。日本人は親切で礼儀正しい、信頼できる人びとだ』と。
この事は、日本人自身はあまり認識していないが、外国人ははっきりと認識していて、彼らは日本と日本人に憧れているのだ。
外国人の多くは『日本に住みたい、ずっと日本に居たい』と思っているが、それは当然のことだ。

それほど日本は、外国人にとって居心地の良い国であり、国をそのようにしてきたのは日本人の精神性によるものなのだが、日本人の精神性はそれほど素晴らしいものなのだ。
戦後、日本人は戦前の日本人に比べて悪くなったと言われるが、それでも現在の日本人は、世界の人びとの憧れの的であり模範的な存在なのだよ。だから世界を導けるのは日本しかないのだ。
奴らが日本人を根絶やしにしない限り、この事実はずっと変わらないだろう」


長い長い先生の説明メールを読み終えた後、山田と一二三はしばらく動きが止まっていた。
山田は思った(先生は何と博識で洞察力が深いのだろう。尊敬せずにはいられない)
一二三は思った。
(日本はUS国の奴隷の国だったんだ、、、国民が殺されても女性が強姦されても泣き寝入りするしかない国、、、そんなの嫌だ、、、)この時、一二三の心の中に何かが芽生えた。



日本は新総理誕生後、1ヶ月ほどで衆議院議員選挙があり慌ただしかったが、その後は平穏になった。ウイルス感染もワクチン接種の効果か下火になり、外出自粛要請等も緩和されていた。
季節は秋真っただ中、いつの間にか、山田が助けられてから2年が経った。

その事を祝って、夜レストランで両親や先生と一緒に食事しょうと告げたが、一二三は膨らんだ腹を愛おし気に擦ってからスマホを打った「恥ずかしい、人前に出たくない」
山田は察した(予定日はほぼ2ヶ月先だったはずだが、、、しかしもうかなり目立つな、、、)
「分かった、君の望む通りにしょう、、、じゃあ今夜は二人だけでパーティーをしょう。これから俺がいろいろ買って来るから、君は休んでいなさい」山田はスマホにそう打って見せ買い物に行った。



国連総会が終わって1ヶ月も経っていないのにC国は再び「ウイルス発生源はUS国だ」と公式発表した。当然US国は全否定し、C国の数々の疑惑を基にして反論した。
その事をネットニュースで見ていた山田はイライラした。
(俺が真実を発表すれば、C国の噓など即座に暴けるのだが、、、高は本当に死んだのだろうか、奴が死んだのなら、俺はUS国諜報局に真実を伝えても良いだろう、、、が、もし諜報局が俺を不要な存在と判断していたら、、、)山田は、諜報局に知らせるべきかどうか迷っていた。

山田は中庭に出てみた。中庭は狭いが小さな池があった。ふと気が付くと池の中には数匹の小さな金魚が泳いでいた。
(一二三が買ってきて入れたのかな)と山田が思っていたところへ一二三が来てスマホを見せた。
「貴方が金魚を入れたの」「いいや俺じゃない」「じゃ、誰が、、、まさか廃病院の前から、、、」
「う~ん、、、その可能性があるね。水草があるから数年生き続けてこれたのかもしれない」

山田はそう思って見ると、何故か金魚が可哀そうになった。台所からパンの欠片を持ってきて池に入れると、金魚が争って食べ始めた。
(パンが美味しいのか飢えていたのか、、、こんな小さな池の中で、、、)
金魚を見ていると山田は、ここで生きている今の自分が金魚のように思えてきた。

(この小さな家でひっそりと生きている俺と一二三、、、金があるおかげで何に不自由なく暮らせてはいるが、、、2ヶ月後にはもう一人増えるだろう、、、しかし、ずっと、ここに居てよいのだろうか、、、
俺が拡散させたウイルスのせいで既に500万人が死に、2億5千万人以上の人が感染して苦しんでいる、、、なのに俺はここでこうして一二三と幸せに暮らしている、、、これで良いのか、、、)
その時「貴方どうしたの、暗い顔をして、、、何かあったの」と表示されたスマホを見せられた。

山田はとっさに「いや、何でもない」と手話で答えた後で思った。
(そうだ、一二三まで不愉快にさせるわけにはいかない、、、一二三には関係ない事だ、、、)
その後山田は、一二三の前では努めて明るい表情を見せた。だが、心の中の葛藤は日に日に増していった。


元旦の朝、山田がタクシーで行こうと勧めたが、一二三は聞かず二人で歩いてあの神社に初詣でに行った。
山田は日本式に参拝し終えたが一二三はまだ手を合わせたままだった。
山田が少し離れた所で待っていると「ハッピーニューイヤー」と声が聞こえ振り向くと先生と奥さんが立っていた。

山田もすぐに「ハッピーニューイヤー」と答え日本式に頭を下げた。
そこへ一二三も来て頭を下げ「あけましておめでとうございます」とスマホを打って見せた。
先生はスマホを見た後で同じ文章を打って見せ、続いて「もうすぐだね」と表示した。
一二三は顔を赤らめ、山田の後ろに下がった。
その、何とも愛らしい仕草に先生と奥さんは目を細め、軽く会釈してから拝殿に行った。


それから2週間ほどして子が生まれた。一二三に似た可愛い女の子だった。
山田も一二三もこの上ない幸福感に包まれた。
産後すぐ先生夫婦も母もお祝いに来てくださつた。一二三が歩けるようになると3人で父の所へ行った。父も相好を崩して子を抱きしめた。
その場に居る全ての者にとって、人生の中で一番幸福なひと時だったようだ、、、。


2月に入りBJオリンピックが始まった。US国も日本も選手は参加した。
世界中の人びとが、C国とUS国がいつ戦争を始めるのかと注目している中でのオリンピック開催で、US国も日本も参加した事は、世界中の人びとに安堵感と失望を与えたようだった。
だがオリンピックが開催されても、US国軍や自衛隊に緊張が解ける事はなかった。
オリンピック開催中でも尖閣諸島や南シナ海へのC国軍の威嚇行為は続けられていたし、TW付近へのC国戦闘機の接近はなくならなかった。

そのようなニュースを見るたびに山田は、C国中共に対する憎しみを増幅させた。
(俺の両親を殺した中共、、、ウイルスを製造した中共、、、だがそのウイルスを拡散させたのは俺だ、、、だが、俺が拡散させなかったとしても、中共は必ずUS国で拡散させただろう。もしそうなっていたら、中共は多くの国を味方につけ既に戦争を仕掛けていたかも知れない、、、)

その時、山田は「貴方、買い物に行ってくるから明を見てて」と表示されたスマホを見せられ、明を抱かされた。いきなり現実に引き戻された山田は一瞬ムッとしたが、明の安らかな寝顔を見るとすぐに心が和んだ。
(、、、明、あかり、、、一二三が俺の名の一字をとって日本読みにした、、、
俺の名も日本で一番ありふれた名前にしてくれと言うと一二三は山田太郎にした。一二三は名付けの天才かも知れない、、、
それにしても、明のなんと可愛いことか、、、こんな可愛い明を俺は、、、捨てるというのか、、、)


3月半ばパラリンピックも無事終わった。山田は苦渋に満ちた表情でスマホを打って見せた。
「俺はしばらく日本国内を移動しながらUS国諜報局と交信しないといけない。君はその間、両親の所に居てくれ。時々連絡するから心配しないで」
この日が来ることを薄々感じていた一二三は頷くしかなかった。
山田が去った後、一二三は明を抱いてあの神社に行き、夫が必ず帰って来ますようにと祈った。



数日後、山田は東京から諜報局に電話した。
「局長、お久しぶりです王天明です」
「なに!。王天明だと、お前は生きていたのか、何故いままで連絡しなかった!」
「高に裏切られ殺されかけたのですが、その指示は局長がされたのではないのですか?」
「高に殺されかけただと、馬鹿を言え、何故ワシがそんな指示をする必要がある」

「高から聞いていなかったのですか、今パンデミックを起こしているウイルスを、私がWUHAN研究所で拡散させた事を」
「なにい!、お前がWUHAN研究所でウイルスを拡散させただと」
「はい、私がウイルスを拡散させました。この事はC国から高に報告しましたが局長は、本当に高から聞いていなかのですか」

「聞いていない、高はワシに『王は研究所潜入に失敗したようですぐに連絡が来なくなった。
中共幹部の所へ潜入していた陽も、C国北西部担当の茅も同じころから連絡がなくなったが、恐らく王が捕まって仲間の事をばらしたと思える』と言ってた。
しかしその高も2年ほど前から連絡がなかった。だが数ヶ月前、DOV国の高級ホテルで射殺体で見つかったがな」

「それはニュースで私も見ましたが、やはり高でしたか、、、」
「DNA鑑定したから間違いなく高だ、それよりウイルス拡散について詳しくきかせろ」
「それは、またこの次に、、、この電話の発信源も突き止められたころだと思いますので、これで」
「お、おい待て」

山田は電話を切るとその場を離れて、陰から見張った。30分ほど過ぎると、不審な男が二人現れ、山田が電話していた辺りをさり気なく調べ始めた。
(さすがに早いな、あの場所は監視カメラの死角になつていたはずだが、GPSを使ったのか、、、)
二人の男が、山田が付けた他人の靴の跡を調べてから去って行くのを見届けてから、山田は靴のビニールカバーを外して去った。


局長は、電話が切れた後しばらく考えてから部下を呼びメモ書きを見せた。
「王との電話会話をC国諜報局にリークしろ」
部下は目を見張って書いた「良いのですか、そのような事をすれば王の身に、、、」
「かまわん、王は頭の切れる男だ、C国工作員に捕まるような男ではない。
それよりC国にとっては最高の情報だ、この情報を使って局内の二重スパイを炙り出してやる」



C国最高権力者のSHUは、FUの脅しに屈せず、逆にFU一族を反乱分子として逮捕監禁した。FUを拷問して情報源を聞き出し、高の拉致を命じたが、工作員が高のいるホテルに到着する前に、FUの差し向けていた賞金稼ぎと高は銃撃戦を始め、高はあっけなく殺されていた。
SHUとしては、何としてでも生きたまま高を捕まえ、この情報を知っている者が他にも居ないか聞き出したかったが、まあ仕方がない。SHUはとりあえず安堵していた。

それが数ヶ月後、再びその情報が現れるとは、、、しかもその情報がUS国諜報局からだという。
SHUは部下に聞いた「ガセネタではないのか」
「日本からの国際電話録音だったそうですが、US国諜報局局長の声紋反応を分析して、信憑性が高いとの事です」
「う~む、、、何が何でもその男を捕まえろ。日本に居る工作員全員使って良い」


日本に居る工作員全員が動き出した。それを察知した日本の特殊0襲0隊(AT)も動き出した。
AT の警備第一課長が最も信頼している部下の銭形に言った。
「奴らがこれほどの大人数で動きだすのは初めてだ、C国がいよいよ戦争を仕掛けてくるのかも知れん。自衛隊とも情報交換を密にして万全の体制であたってくれ」
「承知いたしました」


そのころ山田は仙台市から2度目の電話をかけていた。
「局長、王天明です、1分間だけ御話しましょう、質問をどうぞ」
「1分間だけだと、くそ、、、まあ良い、お前がウイルスを拡散させた経緯を話せ」

「日本で整形手術をして杏の顔になりWUHAN研究所に潜入しました。
その研究所内でウイルスを製造培養増殖していた証拠を掴み、船で日本に帰ろうとしていた時、船の中で高が差し向けた殺し屋に銃で撃たれました。
海に飛び込んで逃げ、幸いな事に地元の人に救われましたが、長い間入院していました。
やっと退院できましたが、高が生きていて私の生存を知ればまた襲われると思い隠れていました」

「う~む、そうだったのか、、、高のやつめ、ウイルスの情報など何も言わず、、、
そうか、その情報を独り占めしてC国に売り込んだのだな。その為に邪魔なお前や陽や茅を、、、
恐らくお前だけが運良く助かった、、、で、ウイルスを製造培養増殖していた証拠と言うのは何だ」
「はい、もう1分経ちました、ではま」
「待て、もっと話せ、我々はお前に危害は加えぬ。それどころかお前は、US国にとって大事な生き証人だ。日本国にお前の保護を要請しょう。だから証拠を教えろ。そうだメールで教えろ」
山田は電話を切りその場を離れた。

電話の後、局長は部下を呼びメモ書きを見せた。
「今回の会話もリークしろ」
「しかし、今後のC国での活動の為に、整形手術をして杏の顔になった事は伏せておいた方が良いのでは」
「うむ、そうだな、そうしてくれ、その部分だけカットしてリークしてくれ。それと二重スパイは必ずメールをクラッキングしてくるだろう。その時、逆探知して捕まえろ」
「わかりました」


山田は、電話をした場所が見える2階の喫茶店でコーヒーを飲みながら考えていた。
(局長は証拠をメールで送れと言ったが、、、いずれ公表するつもりだから、その前に局長に知らせても良いか、、、だが、メールで大丈夫だろうか、、、)
山田がコーヒーを飲み終えたころ、電話をした辺りをウロウロしている二人の男がいたが、10分ほどでいなくなった。しかし5分も経たないうちに一見C国人旅行者風の男女5人が、待ち人風を装いながらその辺りを調べ始めた。

(C国人?、、、もしかしてC国工作員か、、、しかし何故C国工作員が、、、まさか局長が、、、)
山田は、局長に対して疑心暗鬼になった。喫茶店を出てバスで新潟市に行った。
新潟はまだ寒かった。駅を出ると衣類商店でオーバーを買い、それを着て食堂で食事した。
食堂を出る時は、通行人と同じようにマスクをしオーバーを着て更にサングラスを掛けると、人相も体型も分からなくなった。ただ、今も少し左足を引きずるように歩いているのが特徴的だった。

そんな出で立ちで山田は、新潟の繫華街を寝場所を探して歩いた。
パスポートも身分証もない山田は、ホテルどころかメール喫茶でさえも泊まれなかったのだ。
(やれやれ今夜もラブホかな、、、)幸いどこの繫華街でもその手の女性が居たから一緒に入り、女性には金を渡してすぐに出て行ってもらい、朝まで一人でのんびり過ごした。

その夜山田は、ラブホの丸いベッドの上に大の字になり、これからどうするか考えた。
(ウイルス製造の証拠を知らせるのは簡単だが、局長を信じて大丈夫だろうか、、、
仙台での連中がC国工作員だったとしたら、局長がC国に俺のことを知らせたとしか考えられない。そうでなければ、あんなに早く工作員が来るはずがない、、、しばらく放っておくか)

山田からのメールを待っていた局長は、1週間後部下を呼んでメモ書きを見せた。
「日本に居る仲間にそれらしい内容のメールを俺宛てに送らせろ」「わかりました」
US国諜報局に潜んでいた二重スパイはそのメールをクラッキングし見事に捕まった。
しかし拷問や自白剤を用いても二重スパイは仲間の存在を言わぬまま息絶えた。
局長は舌打ちしてから考えた。
(二重スパイが二人居たとも思えん、、、この件は放っておいて王の身柄確保を優先させよう)



C国諜報局東京司令部、長官の鄭は数人の幹部工作員に言った。
「ここまでの情報を分析すると、星は杏だ。杏が研究所にウイルスをバラまいて日本に逃げ込んだのだ。栄光ある我が国を裏切った杏を何が何でも捕まえろ」
幹部工作員の一人が言った「杏が星だとすると合点のいかない事がありますが、、、」
「なに、合点がいかない事だと、何だそれは、言ってみろ」

「杏がUS国諜報局のスパイだったとは思えません。それに杏はあんなに流暢に英語を話せませんでした。恐らく、杏になりすましたUS国諜報員だと」
「杏になりすました諜報員だと、、、そんなはずがない、我が国の顔認証や指紋認証は世界一だ、なりすますなどできるはずがない。とにかく一日も早く杏を捕まえろ」
不満があったが幹部工作員は長官の命令に従うしかなかった。

しかし現実問題として、杏を見つけるのは難しかった。ウイルスのせいでほとんどの日本人はマスクをしていたし、C国のように街角に顔認証器がある訳でもなかった。
US国諜報局に潜入していた二重スパイからの電話送信地の情報も絶えたままだ。
はっきり言ってお手上げ状態だったが、長官の命令には逆らえず、工作員たちは、杏の顔写真を持って街を歩き回るだけだった。そしてそんな工作員の一人が、新潟の繫華街で山田とすれ違ったのだが、工作員は目の前の男が探している星だとは気付かなかった。


1週間後、山田は迷った末に局長にメールを送った。
「局長、 私は大罪を犯しました。私がWUHAN研究所で拡散させたウイルスのせいで、既に500万人が死に、2億5千万人以上の人が感染して苦しんでいます。私の罪は万死に値します。
私は自らの死をもって罪の欠片を償う覚悟をしております。しかしながら、その前にこのウイルスを製造し、US国で拡散させようとしたC国中共の崩壊するのを見たいです。

C国中共は、ウイルスを製造し、世界軍人運動会から帰るUS国選手にウイルスの入った小瓶を記念品とか言って手渡そうとしたのです。
つまりC国中共は、ウイルスの発生源をUS国にする計画だったのです。
それを知って私は、小瓶には死滅したウイルスを入れさせ、反対にWUHAN研究所でウイルスを拡散させたのです。

しかし、その時の私は、ウイルスがこれほど強力であるとは思ってもみなかったのですが、それを今さら言っても私の罪は軽減されません。
WUHAN研究所でウイルスを拡散させたのは、間違いなく私なのですから。
そして、このウイルスを製造したのはC国WUHAN研究所である事も間違いありません。
今後また中共が、ウイルス発生源をUS国に擦り付けようとした時には、私は証言台に立ちます。そして、ウイルス発生源がC国WUHAN研究所である事を証明します。

その後、C国中共が世界中から糾弾され、天文学的賠償金を請求されて崩壊するのを見たいです。そしてその後、私はウイルスで苦しんだ人びとに詫びながらこの世を去る予定です。
局長に電話して以来、私の周りでは何故かC国工作員らしき人が増えましたが、私はまだ捕まるわけにはいけません。C国中共が崩壊するのを見届けるまでは死ねませんから」

このメールを読んだ局長はすぐに返信メールを送ったが、予想通り使い捨てメールアドレスだったようで着信しなかった。局長はすぐに部下を呼んで言った。
「大至急、日本国ATの銭形に伝えろ。ウイルス発生源の生き証人、王天明の身柄確保しろとな。
無駄だと思うが、メールの発信源も知らせてやれ、、、
そうだ王天明は頭脳明晰な男だ、この事を予測して杏の顔から違う顔に変えているかも知れん 。何かの役に立つかもしれんから王天明のDNA鑑定書と声紋記録も送ってやれ」


US国諜報局から連絡を受けた銭形は、デスク上に両足を乗せた、いつもの格好で腕組みし宙を睨んで考えていた。
(ウイルス発生源の生き証人だと、、、そんな男が国内に潜伏しているというのか、、、しかし顔写真も無いのにどうやって探せと言うのか、、、メールの発信源には行かせたが、コンビニの横だった。しかも防犯カメラの死角でビデオ記録もない、、、
DNA鑑定書と声紋記録は、本人確認に使えるが本人を探すには使えない、、、
う、そうかDNAは照合に時間がかかるが、声紋はすぐに照合できるな、、、)

銭形は部下に怒鳴った。
「メール発信源周辺の地元民以外の人間の声紋を調べろ大至急だ。いや待て、声紋の元は英語の『I'm an American』か、、、よし、じゃ、外人、特にC国系外人にI'm an Americanと言わせて声紋を調べろ、急げ」

SATの隊員は、メール発信源に急行する車の中で、声紋分析アプリを各自のスマホに入力した。
メール発信源では二人一組で、外人男性を見つけると強引に話しかけスマホの前で I'm an American と言わせて録音し声紋分析をした。
SATの隊員は、夜中になり通行人が居なくなるまで続けたが、声紋が合致する外人はいなかった。

その報告を受けた銭形は腕を組んで考えた。
(星は、東京仙台とUS国諜報局に連絡した後で移動している、、、新潟の繫華街からも既に移動しているかもしれん、、、さて、どうするか、、、)


そのころ山田は、夜の新宿を歩いていた。
(1時だと言うのに、この人通りの多さはなんだ。ウイルスはまだ収束していないだろうに、、、
それより今夜の寝場所をどうするか、、、)
その時、一目でその手のと分かる女性が親し気に近づいてきて山田の手を引いて言った。
「ねえ、遊んでってよ1枚でいいからさあ」山田は日本語は分からなかったが言いたい事は分かった(、、、結局こうなるんだな、、、)山田は毎夜のパターンに苦笑しながらついて行った。

ラブホの部屋に入ると、普通は後払いなのだが今夜の女性はすぐに金を求めてきた。
山田は訝しく思ったが、どっちみちすぐ帰ってもらうのだからと思い1万手渡した。
すると女性は山田に抱きつき指を一本立てて見せ悩ましい声で「最高の思いをさせてあげるから、もう1枚、いいでしょう」と言った。この時も山田は日本語が分からなかった。とにかく出て行ってもらおうとドアを開け手ぶりで促した。

毎夜の女性同様この女性も驚いた表情で山田を見て言った「どういう事よ」
山田はめんどくさかったが「俺はパスポートも身分証もなくてホテルもどこも泊まらせてもらえないんだ。だから連日ラブホ泊まりなのさ」とスマホを打ち日本語翻訳して見せた。
この時、女性はやっと山田が日本人でない事に気づいたようだった。


女性は一瞬出て行こうとしたが自分でドアを閉め、振り返ってしげしげと山田を見てから英語で言った「何か訳がありそうね」
「なんだ英語が話せるのか、、、俺はもう眠いんだ一人にしてくれ」そう言って山田はドアを開け帰るように促した。すると女性はまた自分でドアを閉めてから山田の目を見つめて言った。
「私は今どうしても2万円いるの、お願いもう1万ちょうだい。そしたら出ていくわ、でもお金を届けたらまたここへ来るから泊めて、お願い」

女性の英語はお世辞にも上手とは言えなかったが、意味は通じた。だが、そんな事より早く眠りたかったし金は持っていたから、山田は更に1万手渡した。
女性は「Thank you」と言って山田に抱きつき頬に唇を押しつけてから「後でまた来るからね」と言って出て行った。
山田は「来なくて良いから」と言ってドアを閉め、すぐにシャワーを浴びた。新潟からの夜行バスで疲れたようだった。

山田が寝入りかけた時、ドアノックの音が聞こえた。
山田は早く眠りたかったし、女性にも興味がなかったので無視しょうとしたが、執拗にノックするし赤子の泣き声までしてきたので何事かと思いドアを開けた。
するとさっきの女性が「さっさと開けてよ、重いんだから」と英語で怨み言を言いながら入って来た。
胸の抱っこひもには赤子、背中にはリックサック両手には買い物袋の出で立ちで。

「お、おい、な、なんだ、これは」
「大声出さないで、子どもが起きるわ」女性は素早くドアを閉めると荷物やリックサックをおろし、赤子をベッドの上に置いてオムツを替えた。それが終わると母乳を与え始めた。
山田が何か言おうとするのを遮って女性は低い声で言った。
「ちょっと待ってね、後で充分に楽しませてあげるからね」

授乳が終わると女性は服を脱ぎながら言った「この子を見ててねシャワーを浴びて来るから」
山田は仕方なく、ベッドに寝転んで赤子を見ていた。
(今年は子どもに縁があるらしい、、、明、どうしてるかな、一二三は、、、電話して、、、)しかし時計を見てやめた。既に明け方近かった。それを知った山田は急に睡魔に襲われた。
やがて女性が覆いかぶさって来たのだが山田は夢なのか現実なのか分からなかった。

翌朝と言うよりも昼前、ラブホのスタッフに起こされた「お客さん、もうタイムアウトですよ」
眠り足りない気分の山田は女性に言わせた「もう一泊するから、このまま居させてくれ」
山田は再び眠って数時間後目覚めると、昨夜とは違う服を着た女性が赤子を抱いたまま低い声で言った「貴方の寝顔って可愛いのね、でも整形をしたんでしょう、私、看護師してたから分かるの」
それを聞いて山田は一瞬ドキっとしたが、ちょっと考えると、今さらそれを知られたところで何でもない事だと気づいた。それより山田は、寝顔を見続けられていた事の方が気恥ずかしかった。

山田が起きようとすると女性が言った。
「貴方着替えはないの、ないならランドリーのついでに買って来るから待っててね」
そう言うと女性は赤子を抱っこひもに入れ、洗濯物の入ったビニール袋を下げて出て行った。
山田は苦笑した(起きたくても下着もない、、、いったい何なんだこれは、、、それより腹が減った)
思い起こしてみると、昨夜新潟で食事して以来なにも食べていない。腹が減って当然だった。
だが食事に行きたくても服がない。

(あの女、ランドリーに行くと言ってたな、、、と言う事は、帰ってくるのは数時間後だな、、、)
空腹も手伝って山田はますます腹が立ってきた。その時、ノックの音がした。
腰にバスタオルを巻き、山田が不機嫌な顔でドアを開けるとあの女性がビニール袋を差し出しながら言った「お腹すいたでしょう、これでも食べてて、それと着替え、安物だけど我慢してね、ランドリーが終わったら帰ってくるから、、、そうね、あと2時間くらいかな」そう言って女性は出て行った。
山田は文句を言う暇もなかった。渡された服を着てコンビニ弁当を食べた。

本当に2時間ほどして女性は帰ってきた。そして乾燥機の温もりが残っている衣類をベッドの上でたたみ、山田に手渡した。自分と赤子の衣類もたたみ終えるとビニール袋に入れドアの横に置いてから山田の向かいに座って言った「さて、これからどうする?ナニする?」

その時、山田は気づいて言った「子どもはどうした」
「託児所に預けたわ、5時までね、でも夜はダメなの、だから特別な所へ預けるんだけど高くて、、、できたら昼間の仕事をしたいんだけど、昼間の仕事では稼げないから困っているの」
「、、、アパートは借りていないのか」
「借りるお金があれば苦労しないわ、それに夜はだいたいお客さんと一緒に居るから、、、」

「、、、お金があればアパートを借りれるのか」
「ええ、でもアパートを借りるには30万円は要るは、そんなお金ない」
「分かった、そのお金は俺が出すからアパートを借りな、そして俺も住まわせろ、ラブホにも飽きた」
「、、、本当なの」「ああ、明日一緒に不動産屋に行こう」
「嬉しい、でも貴方は私を追い出さないでしょうね」「ん、どういう事だ」

その後、二人は改めて自己紹介をした。
女性の名は神崎美香、子が生まれてから同棲していた男に追い出されたという。
そんな薄情な日本人男性が居るのかと思ったら、男は不法滞在中のC国人で、アパート乗っ取り目当てらしく、美香を追い出した後すぐ数人のC国男性が住むようになったそうだ。しかも美香が金を稼ぐと奪いにくる。昨夜も子の預り金2万持って来ないと子を返さないと言われたと、、、。

「そのC国人は父親じゃないのか、酷い奴だな」
そう言った時、山田の心にもナイフが突き刺さったような気がしたが、深くは考えなかった。
「本当の父親なのに、他の男の子だと言い張って認めないの。当時は看護師をしていて今の仕事はまだしていなかった、他の男と付き合ってもいなかったと言っても聞かない、、、
最初からアパートを奪い取るつもりで私を利用したのよ、やっと今それが分かったわ、悔しい、、、」

いつしか美香の目には涙が滲んでいた。
「貴方は大丈夫なの、貴方も私を利用して捨てる気なの」
「俺はそんな事しないよ。しかし、お前がアパートを借りて昼間の仕事が見つかったら、俺は九州の家に帰る。俺にも妻と生まれてからまだ1ヶ月の子がいるんだ」
「え、そうなの、、、じゃ何でこんな所に居るの」

「妻子を巻き込みたくないから、場所を変えながらUS国に連絡しているが、あと1回連絡すれば家に帰れる。だからそれまでアパートに泊めてくれ。
お前が収入を得られるようになるまでの生活費もやるから」
「、、、もしかして貴方はスパイなの、だから顔も整形手術したの」
「そうだ、だがそれはお前には関係ない事だから忘れてくれ。とにかく明日、不動産屋に行こう」

話は決まった。翌日二人は不動産屋に行きアパート入居の手続きをしたが、入居できるのは2週間先で、それまで美香の名で安いビジネスホテルに泊まる事になった。
それでも美香は喜んで言った「貴方は私と子の命の恩人だわ、できるだけ長く一緒に居てね」
山田は苦笑した(一二三を命の恩人だと思っている俺が、美香から命の恩人だと言われた、、、)
何はともあれ、こうして美香とその子との同棲生活が始まった。



そのころATの銭形は、新潟での声紋捜査を取り止めて東京で始める準備をしていた。
「いいか、ターゲットはC国系US国男性だ、明らかに外見が違う外国人は無視して良い。テレビのアンケート調査だとでも言って I'm an American と言わせて声紋分析しろ」
AT 隊員は二人一組で東京の繫華街で声紋捜査を開始した。
AT 隊員を送り出した後で銭形は腕を組んで考えた(犯罪者は必ず犯行現場に来る、、、それに東京は交通機関の中心地だ、奴は必ずここへ帰って来る、、、)

銭形の推理通り山田は東京へ帰って来ていたが、ビジネスホテルやアパートから全く外出しなかった。
美香がかいがいしく山田の身の回りの事をしてくれるので、外出する必要がなかったのだ。
しかし、アパートへの引っ越しの時はビジネスホテルからアパートまでビニール袋を両手に下げて歩いた。
そしてこの時AT 隊員の一人が山田を呼び止めたのだが、もう一人が「奴は日本人だろう、外人が子連れでビニール袋を下げて歩くとは思えない」と言ったので、会話もせず行かせてしまった。

アパートに引っ越してから美香は毎日ハローワークに行き仕事を探した。そして4日後面接に行き、翌日から働けることになった。
託児所も見つかり、朝7時に預け夜6時に連れて帰る契約をした。
「良かったな、大変だとは思うが頑張ってくれ。俺も明日九州に帰るから、、、これ少ないが使ってくれ」山田はそう言って100万円を手渡した。

「え、こんなにたくさん、、、本当に良いの、、、」
「ああ、新しい人生へのほんのはなむけだ受け取ってくれ」
「ありがとう、、、貴方は本当に命の恩人だわ、、、私、貴方の事は一生忘れないから、、、」
美香はそう言って涙をながした。


翌朝、美香は託児所へ山田は東京駅へ行った。
九州までの新幹線の切符購入と構内のメールショップからUS国諜報局に最後のメールをするつもりだったのだ。
しかし駅構内は既に朝の通勤ラッシュが始まっていて、おびただしい人びとが歩き回っていた。
それを見て山田は(こんな混雑している時にわざわざ移動しなくても良いだろう)と考えコーヒーショップに入って時間をつぶす事にした。

その時、へたな英語で呼び止められた。
「すみません、ちょっと教えてください。00行き乗り場はどこですか」
山田が振り向くと二人の屈強な男が立っていた。一人はスマホを操作している。
山田は違和感を覚え無視して通り過ぎようとした。
しかし一人の男が行く手を遮って言った「お前は何人だ」

山田はうっかり答えてしまった「I'm an American」
途端にスマホを操作していた男の目の色が変わり叫んだ「こいつだ!」
諜報局で護身術くらいは身につけていた山田だったがAT の隊員には全く刃が立たなかった。
簡単に取り押さえられ車に乗せられた。
AT 隊員の一人が言った「おとなしくしろ、危害は加えん」

数十分後、山田は取り調べ室に座らされ、銭形が満面の笑みで目の前に座って流暢な英語で言った「ようこそウイルス発生源の生き証人君。吾輩はATの銭形だ。我々AT は君を歓迎する。
この後、君の上司US国諜報局局長にも連絡するが、その前に君に聞いておきたい事がある。
君は本当にウイルスを拡散させた張本人なのかね」
「間違いなく私がウイルスを拡散させました」

「君はそれをどうやって証明するつもりかね」
「簡単な事です、私にしか知り得ない拡散時の状況を話せば良いです」
「ふむ、まあその通りだが、しかしそれを相手が信じなかったらどうする」
「う、しかし状況証拠の信憑性は高いはずです。私しか知らない事ですから」
「良いだろう、君の話の信憑性がどれほど高いか吾輩が聞いてみよう。詳しく話してくれ」

その後、山田は銭形にウイルスを拡散させた状況等を話したが、山田としてはいずれ公の場で全て証言するつもりでいたので、今回はそのリハーサルのつもりだった。
しかし銭形は、裁判時の尋問のように細部まで詳しく聞いた。
特に日本で整形手術をした後、高の隠れ家の地下室で杏を殺害した事や、WUHAN研究所宿舎の部屋で岳を殺害した時の状況を、山田がうんざりするほど細かく聞いた。

銭形が何故そこまで細かく聞いたのか、それはこの証言を聞いたC国の法律家等が、事実を歪曲できる余地があるかどうかを確認しておきたかったようだった。
山田が話終えると銭形はしばらく考えてから言った。
「君が話した事は信憑性が高い。普通の人間なら真実だと認めるだろう。しかし相手は、白を黒と言いとおすC国だ、恐らく絶対に認めないだろう、、、

グル族村人を絶滅させた件も、それを確認した君の同僚の証言でなければ証拠能力は低い、、、最も重要なWUHAN研究所でウイルスを製造し増殖させていたという件も、君が直接関わったわけではなく、岳という女性研究員の証言でしかない。しかもその女性は君が殺害した、、、
話が飛ぶが、君はその女性をなぜ殺害したのかね、殺害しなくても良かったのではないのかね」

山田はムッとして言った「状況的に殺害するしかなかったのです。
一緒に日本へ連れて来ることは不可能でしたし、もし研究所に残しておけば、ウイルスを死滅させたり盗み出した事がバレて必ずC国当局に捕まったでしょう。そして女性がC国当局に捕まれば残酷な結末になるのは確実です。眠った状態で私に殺された方が彼女にとっては」
「うむ、それは吾輩にも理解できる、しかし君の殺人罪は免れまい。君はそれでも証言するかね」

「当然です。岳や杏の殺人罪よりも、私がウイルスを拡散させたせいで500万人が死に、2億5千万人以上の人が感染して苦しんでいます。その罪の方がはるかに大きいでしょう。
しかし私の罪よりも、ウイルスを製造したC国の方がより大きな罪だと思うのです。世界各国は、C国中共にその罪を償わさせなければいけません。
C国中共が罪を償った後でなら私は喜んで13階段を上ります」

「、、、分かった、君の決意を尊重しょう。できるだけ早く君をUS国諜報局に帰還させよう」
「その前にもう一度妻子に会わせてください」
「なに、君には妻子が居るのかね」
「はい、、、子はまだ1ヶ月ちょっとですが、、、それと、妻子には今後一切C国の魔の手が及ばぬように取り計らっていただきたいのです」
「分かった、約束しょう」

銭形の計らいで二日後、山田は妻子と会って別れを告げた。その時、肌身離さず持っていたカードも手渡し暗証番号も教えた。
せめて一夜共に過ごしたかったが、捕らわれの身ではそこまで贅沢は言えなかった。


数時間後、山田は福岡空港から飛行機に乗せられ、このままUS国にと山田は思っていた。
だが、ふと気が付くと飛行機の中は屈強な男が数人座っているだけで乗客が一人も居ない。しかも飛行機自体も小型ジェット機だ。
山田は違和感を覚えた(違和感と言えば、空港でなぜ目隠しをされたんだろう)
山田は嫌な予感がしてきたが、その予感は数時間後に的中した。

飛行機が着陸体制に入ると、山田は後ろ手に手錠をかけられ、また目隠しをされた。
空港に着陸した後もその状態のまま二人の男に両腕を抱えられ、飛行機から出て階段を降ろされ、すぐ車に乗せられた。そしてその時、聞こえてきたのはC国語だった。
山田の頭の中はパニック状態になった(何だ、いったいどうなっているんだ、ここはどこだ!)
更に数時間後、車から降ろされた山田は、何度かドアの開閉を感じた後でクッションの良い椅子に座らされた。

それから数十分経って、数人が近づいて来るのを感じたと思ったら目隠しを外された。
途端に山田は目を見張った。目の前にSHUが座っていて、猛獣のような凄みのある目で山田を睨んでいた。その目を見ただけで山田は身震いし失禁しそうになった。
「C国語は解るのだったな、、、お前は王天明か」
山田が口ごもっていると、後ろに立っていた男に鉄棒で後頭部を殴られ、怒鳴られた「答えろ!」

「そうです」山田は答えるしかなかった。
SHUは瞬き一つせず冷酷な視線のままで言った「杏の顔はどうした」
「日本で整形手術をしてこの顔にしました」
「研究所でウイルスを製造していた事を知っている人間は他に何人いる」
山田が口ごもっているとまた後頭部を殴られ激痛で眩暈がした。

「銭形氏に話しただけです、それとUS国諜報局局長」
「他には」
「他には居ません」
また殴られ、殴った男が怒鳴った。
「噓つけ、この野郎、他にもこの国に潜入している仲間が居るだろう」
「本当だ、仲間が二人いたが高に殺された」

「高だと」
「はい、私の直属の上司で日本にいましたが、裏切って仲間を殺し、この情報をFUに売ったようです。しかし数ヶ月前にDOV国の高級ホテルで射殺体で見つかつたそうです」
高の最後は既に知っていたSHUは、なおも無言で睨んでいたが、やがて小さく手を振った。
山田は後ろの男に立たされ、部屋から連れ出された。

エレベーターの前で目隠しをされ、エレベーターで上昇し、連れて行かれた部屋は、目隠しを外して一目見ただけで解る拷問室だった。
山田は、死を悟り観念した。



その数日前、銭形は上司の警備第一課長に、山田との会話を録音したメモリーを手渡し報告した。
「ご苦労様、良く星を見つけられたな、声紋を使って見つけるとは、さすがは銭形君だ。君の功績の報奨として1週間の特別休暇とこの報奨金を与える。ゆっくり休みたまえ」
「ありがとうございます課長、では今後の星の送還等よろしくお願いいたします、では」
銭形は深々と頭を下げて課長室を出て行った。その後ろ姿を課長は、醜い笑みを浮かべて見送った。


1週間後、特別休暇を終えて事務所に来ると、US国諜報局局長から王天明がまだ入国していないとの連絡があった。
銭形は驚いて課長室に行って聞いた。すると課長は事もなげに言った。
「福岡空港で逃げられた、現在捜査中だが、すぐ捕まえられるだろう。それより君には別件の指揮を執ってもらいたい。これが辞令だ」
銭形は課長のその言い方に違和感を抱いたが、辞令を受け取るしかなかった。

銭形は自分のデスクに帰り、部下に王天明について聞いたが、王天明については課長が直接手配していて自分たちでは何も分からないと答えた。
その答えにも納得できなかった銭形は「王天明について君たちの分かっている所まで話してくれ」と言って聞き出した事は、王天明を北九州で妻子に会わせた後で福岡空港まで送り、課長に指定された空港内の待ち合わせ場所でUS国諜報局職員に引き渡したのが最後だと言う。

銭形は、課長に指定された空港内の待ち合わせ場所というのが気になった。
銭形はその時の時間を聞き、その後の空港発の搭乗員名簿を全て調べたが、王天明の名はなかった。しかし調べていくうちに、その時間の30分ほど後に政府特別機がBJに向けて出発した事が分かった。
(政府特別機がBJにだと、、、もしそれに王天明が乗せられていたら、、、)銭形は背筋が凍った。

銭形は再び課長室に入った。
「課長、王天明は政府特別機でPJに送られたのですか」
課長は顔色を変え、デスクの前に仁王立ちしている銭形を見上げた。銭形の顔は正に仁王の憤怒の形相だった。銭形と長い付き合いの課長も、銭形のこのような形相を見るのは初めてだった。
銭形に対してこれ以上の噓はつけないと判断した課長は静かに言った。

「私とて上には逆らえん、、、政府特別機を使うという事がどういう事か、君にも解るだろう」
不意に銭形は両手でデスクを叩いて怒鳴った「あんたは王天明を地獄に送ったのか!」
だが課長は冷ややかに言った「地獄か、、、確かに、、、恐らく今ごろはもう本当の地獄に行き着いているだろう、一人だけでな、、、だが私は、多くの日本国民が巻き添えで地獄に落とされなかっただけでも幸運だったと思っているよ、、、」

「多くの日本国民が巻き添えで地獄に、、、」銭形の声は次第に弱弱しくなった。
「君も日本という国がどんな状況か分かっているはずだ、、、巷には残忍なC国工作員が溢れている。その数は全国の警察官の数を超えているが、その工作員たちが一斉に国民を拉致し立てこもったらどうなる。奴らは子どものころから日本人を憎むように洗脳されている。日本人を殺す事など何とも思っていない。女性は強姦し幼児でさえなぶり殺すだろう、、、

君の上司は私で、私は君と同様な仕事をしてきた。だが私の上司は選挙で国民に選ばれた、畑違いの仕事をしてこられた方だ。国民の安全に敏感だし脅しに弱い。他人にC国工作員の残忍性を吹き込まれたら途端に浮足立った。正にC国諜報局の扱いやすい要人だったのだ。
だから今回の件は、私の一存で上には内密に処理するつもりだった。だが、このATの中に上に繋がっているのが居たようで、君が王天明を身柄確保してすぐに上が動いた、、、

平和ボケしているこの国の議員の御一方がよりにもよってC国にリークした、、、恐らく中共上層部は歓喜愉悦した事だろう。そしてすぐに我が国の政府中枢に揺さぶりをかけた。その結果が政府特別機での送還だ。全く、この国の政治家どもは、、、
私とて君と同様、腹が煮えくり返る思いだよ。だが、上には逆らえないんだ、、、辞表を叩きつけるのは簡単だ、だが、君と私がここを去れば、誰がここを守る、、、我ら二人以外に適任者が居るかね。君の直属の部下で君や私の代わりが務まる者が居るかね。居たら私は辞表を出す!」

自分の目を下から見据えてそう言う課長に銭形は返す言葉がなかった。
その時、銭形の頭の中に忌々しい「政治判断」の4文字が渦巻いていた。
銭形は血がにじむほど拳を握り締め、天井を見上げた。幾筋もの涙が耳の脇を流れ落ちた。
「、、、なんと、、、何と情けない国だ、、、世界にとって重要な生き証人を地獄に送るとは、、、しかも政府特別機で、、、日本は、、、我が国は、彼を裏切ったのだ、、、裏切って殺したのだ、、、」

課長は静かに立ち上がると、デスクの横のソファーに銭形を座らせ、ハンカチを与えてからその向かいに座った。そして腕を組み、こうべを垂れてしばらく考えてから言った。
「、、、情けない国か、、、確かに情けない国だ、、、だが首相は、一番に国民の安泰を守らねばならん。首相とて恐らく断腸の思いで決断されたのだろう、、、

、、、それにしても、この国は弱すぎる、、、まあ、それもこれも終戦後のGHQのプレスコード等で全てを抑圧され続けてきた結果だろうが、しかしもう終戦後76年も経っている。いい加減にUS国やC国の言いなりになるのを止めなければならん。核武装して自国軍だけで自国を守れるようにならなければならん、、、だが、そうは言っても現実はそんなに甘いものではない。

もし日本が反抗的な言動をすれば何故かすぐに超自然災害が起きる、、、
阪神淡路大震災も東日本大震災も自民党以外の政権時だが、これは決して偶然ではない。
これが何を意味するのか君も知っていると思うが、奴ら、、、日本を陰から支配しているUS国をも操っている奴らの力は絶大だ。奴らは自然災害をも起こせるのだ、、、
次回逆らえば、南海トラフ巨大地震か富士山噴火か、いずれにしても日本は壊滅的な被害を被る事になるだろう。

そうならないように自民党は、国民を騙してまでして上納金を納め卑屈になって絶対服従を続けているのだが、、、それを何故今になってC国にまでこびへつらうのか、、、
その理由を君は知っているのか、、、C国を操っているのもまた奴らだからだ。
ウイルス製造はSHU一人の思いつきで始めた事ではない、奴らがさせた事だ。
では何故ウイルスを製造させたか、、、そもそも奴らの狙いは何か、、、

奴らの最終目標は人類を5億人にする事だが、その為に手っ取り早いとは言え核戦争を起こさせるわけにはいかない。核戦争を起こせばその後の地上に住めなくなるからな。
そこで奴らは考えた、ウイルスで殺そうと。だが、ウイルスでは限界がある。ウイルスだけでは人類を5億人にすることはできない。

そこで奴らは更に考えた。『殺すのではなく生まれてこないようにする』事だと、、、
人びとはウイルス感染を怖がりワクチン接種をする。その数は人類の90パーセントを超えるが、そのワクチンに避妊薬が含まれていたら、、、
今後ずっと子が生まれない状態が続けば、100年後人類が5億人になるのは確実だろう。

そうなっても奴らは、当然避妊薬が含まれていないワクチン接種をして子孫を残しているから、奴らと、奴らに選ばれた5億人だけが生存する事になる。
つまりウイルス感染もワクチン接種も全て奴らの長期計画なのだ、US国の操り人形の情けない我が国が抗う事などできる事ではないのだ。
悲しいがこれが現実なのだ、、、我が国ではどうする事もできないのだ、、、」

「もういい、、、課長、もう止めてくれ、、、所詮俺たちは、奴らにとっちゃあ蟻んこと同じだと言う事が良く解った、もいいい、、、」そう言って銭形はフラフラと立ち上がり課長室を出て行った。
銭形が出て行ったのを見届けてから、課長は醜い笑みを浮かべ心の中で言った。

「、、、蟻んこか、ふん、、、その通りだ銭形、お前たち人類は蟻んこだ、そして増えすぎた、、、
お前たちを抹殺するのは簡単だが、慈悲深い我が御支配様は申された『虫けらとは言え生き物を殺すのは不憫だ、生まれなくするだけで良い。そうすれば私の息子の代には、我が一族だけになっているだろう』とな、、、
ワクチン接種は、御支配様が考案された究極の人類削減計画なのだ、、、

さて、帰るとするか、、、
C国から使い切れない額の礼金が振り込まれた。頭は生きているうちに使うものだ、、、
これからは蟻んこどもに奉仕させて上級国民生活を謳歌しよう。表向きはここの薄給万年課長として日本を監視しながらな、、、
銭形のような、私の作り話に簡単に騙される愚かな蟻んこどもには、上級国民の為に労働奉仕するのが似合っている。蟻んこは蟻んこに似合った生活をすれば良いのさ、フフフハハハハ、、、、」

               究極の人類削減計画    完

究極の人類削減計画

あとがき
もしも人類の90パーセントの人びとが避妊薬入りワクチンを接種したら人類の未来はどうなるだろうか。
アメリカのジョージアガイドストーンに刻まれている「人類を5億人にする」という碑文。
これは恐らく、世界を陰から操っている人たちが造った物だと思うが、これを実際に実行するとしたら、核戦争を起こすか、人類の生殖能力を無くすかの二つの方法しかないと思う。
だが核戦争を起こせば地上には住めなくなるから、そうなると生殖能力を無くす方を選ぶだろう。

現在世界中で起きている武漢ウイルスパンデミックの対処法としてのワクチン接種について、不謹慎だが私は、上記もしもに続く事柄について考えてみた。
その結果、本当に「人類を5億人にする」と考えている人たちが存在しているなら、その人たちは今回のワクチン接種を必ず利用するはずだと思ったのだ。

まあ、これは私の空想でしかなく、また私の空想が外れる事を願っているが、しかし万が一、私の空想通りになったら、人類は確実に5億人になるだろう。
だが、そうなったとしてもそれが人類の運命なのだと私は思う。
人類が絶滅したり、核戦争等で人類だけでなく他の多くの生き物までが滅ぶより、5億人だけでも生き延びる方が良いと思うのだ。

私は長年、世界を陰から操っている存在について調べ小説にしてきたが、初期のころと現在では、その存在(以下「彼ら」とする)に対する考えが変わってきた。
初期のころは、彼らは生きている人間を殺して5億人にするだろう。正に残忍極まりない。何とか阻止できないものかと真剣に思っていた。
だが現在は、人間を殺すよりも生まれなくするのではないか、と思うようになった。

この方法は時間がかかるが、低コストだし他人から恨まれないという利点がある。
まあ、ワクチンに避妊薬を入れた事が判明すれば恨まれるだろうが、それを指示した人間が特定される事はないだろうから彼らは気にもしないだろう。
また彼らは、自分たちの理想を実現する為に280年ほど前から計画を立てていた(世界革命行動計画)らしいから、あと100年くらいなら余裕で待てるだろう。

かくして人類は5億人になり、彼らの理想郷が完成される事になる。
そしてこれが人類の運命であるなら、それはそれで仕方がないことだと思う。
何故なら人類は、彼らに抗う事ができなかったのだから、生存競争に敗れた生き物は滅びるのと同じで5億人以外の人類が滅びるのは仕方がないのだ。
それが嫌なら、彼らに対抗するべきなのだが、大多数の人類はそれができない。それどころか彼らの存在にすら気づいていないのだから救いようがない。

このような事を考えると、100年後の人類が5億人になるのは確実だという結論を出すしかない。
まあ100年後の話だ、現在の大人はほとんど死に絶えている。
ただ、そのころ私の子孫がもし生きていたなら、「不甲斐ないご先祖様のせいで苦労する」と怨み言を言われるのは覚悟しておこう。

ここまで私の空想にお付き合いいただいて感謝いたします。
下記メールアドレスにご感想ご批判等いただければ幸いです。    2021-12-01
 sryononbee@yahoo.co.jp

究極の人類削減計画

元ウイルス研究員の王天明は、US国諜報局にスカウトされスパイになり、C国WUHAN研究所に潜入した。 現在世界中でパンデミックを起こしている武漢ウイルスを拡散させた張本人として、悩み苦しみながらも、証人台に立つ事を決意した王天明の波乱万丈な運命。

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更新日
登録日
2021-12-01

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