茸の石

茸の石

茸のミステリーです。縦書きでお読みください。

 

 八ヶ岳の裾は長野と山梨に広がる、程良い林が連なり、別荘地として、または退職後の永住地として人気がある、その昔から人には住みやすい場所だったのだろう、旧石器時代から縄文時代の遺跡があちこちに見られる。茅野には近くで掘り出された、国宝に指定されている縄文時代の土偶が二体もある。このあたりは茸や山菜がよく採れ、これらの栄養豊富な食料が手に入ることから、縄文人が住み着いたのだろう。
 先日、八ヶ岳の麓に縄文遺跡がまだ見つかっていない地域に一人で調べに行った。
 大学院生になったばかりで、縄文時代の研究を始めたころに、最初に調査にはいった茅野の一画である。そのときは、ただ一生懸命歩きまわり、何も収穫がなかったなつかしいところだ。
 先日、博士課程の合格発表があり、来年の四月からは博士課程一年生になる。就職するのはやめ、本格的に研究者を目指すことにした。修士課程ではちょっと専門の入口をのぞいた程度である。これから本格的に研究を進めるにあたり、専門性が少しは備わった目でその辺りを見ると、見落としていることに気がつくかと思い、また初心に帰ろうと言う気持ちもあって、そこにでかけたのである。
 縄文遺跡の研究者はたくさんいて、自分でもまだ何に絞っていいか考えあぐねているところでもあった。修士課程の頃は、ともかく、遺跡のありそうなところを探して、新しい遺跡の発見者になろうといきごみ、車で出かけていた。先生には、実際にその場所に行って、遺跡がどのようなところに作られるのか、すなわち人が集まるのか、見て、当時の人間の考えていることを理解することが第一歩だよ、と言われていた。
 いつも車で行くのだが、今回は電車で行った。中央本線の茅野駅からバスで途中まで行き、後は歩くしかない。途中には旧石器時代の遺跡などがあるが、もっと奥で、女神湖という人工湖の周辺である。行くだけでも大変だ。車だと、中央道から、女神湖の脇を通る諏訪白樺小諸道路に入り、そんなに時間がかからない。
 バスをおりて、やっとの思いで女神湖のほとりに達した。それだけでもかなり疲れた。
 修士課程のときに歩いた図面はとってある、そのコピーをもてきているので、その通りに、歩き始めた。山科という場所である。三時間ほどかけて、丹念に見たのだが、やはり遺跡らしきあとはみいだせなかった。
 まだ午前中である。これで帰ってしまうのはもったいない。持ってきた握り飯を食べながら、違う方角に言ってみようと思い立った。
 西側に見た目にはとても感じのいい山が連なっている。そこにはいってみることにした。最初に山の上にいき、尾根伝いに西のほうにさらにすすみ、斜面を下に降りた。遺跡のあるようなところは、日当たり、風当たり、水の便などを考えてさがさなければならない。
 斜面の林の中を歩いておりていくと、木立の間から、下のほうに谷川が見える。その手前に、木々に囲まれた開けたところがある。なかなか人が住みそうなところだ。
 ちょっと開けた場所は草に覆われ、一面に黄色い茸が草の間から頭を出している。立ち止まってどんな茸なのか草を掻き分けていると、形は茸らしい形、いうなればマツタケの形で、触るとしっかりとした茸だ。そのとき、茸の脇に、拳の半分ほどの大きさの、丸い薄黄色い石をみつけた。黄色い茸とまぎらわしい。拾い上げると、ずいぶん重いが、あきらかに自然石ではない。人の手が加えられ丸く削られている。しかし、その場所に、遺跡があるようには感じられない。
 時間をかけて調べたのだが、その開けた場所ではそれ以外の収穫はなかったので、斜面の下に降りた。水がちょろちょろ流れている小さな沢である。
 沢から降りてきた山を見上げると、なかなか急な斜面だが、日当たりも悪くないし、たくさん茸も生えていたし、生活したくなるような場所だが、ちょっと山奥過ぎる。もう少し沢に沿って、蒸留の林の中を調べてみる必要があるだろう。時計を見るともう三時を過ぎている。バスのところまで戻らなければならないので、そろそろ帰り支度をしなければならない。一日で新しい遺跡など見つかるわけはない、だが、なんとなく有意義な一日だった。黄色い石も拾ったし、新たな気持ちにもなったし、またいつかここを調べる機会があるかもしれない。そう思いながらバス停にもどった。
 茅野のホテルで一泊し、朝、もう一度、歴史博物館で縄文のビーナスと仮面土偶を見て、大学に戻った。指導教授の若杉先生に修士のときに最初に調べた場所をもう一度見に行ったことを話した。
 「ほう、新しい発見があったかな」
 「いえ、ただ、改めて八ヶ岳の麓は縄文人というか、その当時の人にとって、住みやすい環境だったろうと感じました」
 「どうして」
 「落ち着くんです、安心感と言うか、理由はよくわからないんですけど」
 「そう、それは人が住むには大事なんだろうね、博士に入るんだから、大きな視点で自分の知りたいことをはっきりつかむことだね」
 「はい、林の中で、こんな石を拾いました、人が関わったものだと思います、しかも今のものではなさそうです」
 拾った石を先生に見せた。
 「ほう、確かに自然のものではないな、石は石灰岩のようだけな、なにかの目的で削ったんだな、そのあたりに人がいたんだろうな」
 「下に小さな流れのある、林の中の斜面でした」
 「遺跡がありそうな雰囲気だったかい」
 「一応回りは調べたのですが、そのあたりは、そういった感じのところではありませんでした」
 「その石、理工学部の地質学の先生に見せてごらんよ」
 「はい、太子堂先生ですね」
 「うん」
 太子堂先生には学部生のとき教養科目で地質学を教わっている。
 その石を持って地質学の教授室を訪ねた。
 「ちょっと変わった石だな、石灰岩だね、柔らかい石だから楽に削れるよ、あえて丸くしたのか、削って細かにしたものをつかっていてこうなったのか」
 「茸の生えているところにコロンと落ちていました」
 「地層を見ると何かわかるかもしれないな、石の質を調べてあげるよ、数日のうちにわかるから、若杉先生に連絡するよ」
 「よろしくお願いします」と太子堂先生の教授室をでた。
 それから数日後である。若杉先生がその石をもって研究室に入ってきた。
 「太子堂先生が石をもってきたよ、方解石型の結晶を示しているから、化石じゃないかと言っていた」
 そう言って、丸い石を返してくれた。
 「ありがとうございます、化石ですか、何の化石でしょう」
  お礼を言って受けとった。
 「それにね、この医師には金属で削ったようなあともあるそうだ、微細なものだけどね、少しずつ削って何かにつかったということになるね、化石になった歯や牙などは削って薬にするそうだ」
 「誰かあそこで落としたのでしょうか」
 「どうだろうね、それはあまり考えられないかもしれないな、石灰岩はいろいろな用途があることは確かだけど、それを山の中にまで持ち歩くようなことはしないと思うけど」
 「茸の間にコロンと転がっていました、茸が土の中のものを持ち上げるようなことがあるでしょうか」
 「聞いたことないね」
 「またいつか行ってみます。もっと広範囲に調べると遺跡のようなものがあるかもしれません」
 「そうだね、その石は化石の専門家にみてもらうのがいいね、科学博物館に知っている先生がいるから、その人にみてもらうかい」
 「はい、お願いします」
 そういうことで、科学博物館の桜井先生を紹介してもらった。遺跡探しで拾った石が思わぬ方向に走り出してしまった。地質学の先生、今度は化石の先生、人の輪を広げてくれる石か。
 科学博物館の研究室に行くと、桜井先生は防塵マスクをして天然パーマを振り乱しながら、スタッフ達が採取してきた石から化石を削り出していた。
 「若杉君から連絡あったよ、長野で面白いもの拾ったんだってね」
 桜井先生は大きな目玉を僕の方に向けた。植物、特に羊歯の類の化石の専門家だそうだ。
 もってきた玉を見せると、即座に「こりゃ、化石が入っている」
 と言った。
 「若杉先生とも話したのですが、角や骨を削って薬にしたように、削って使ったものじゃないかと思ってます、そのような跡があります」
 「それで、この石灰の細かい成分分析がしたいんだね」
 「ええ」 
 「やっておくよ、少し削るよ、割れば中に化石がはいっているかもしれないけど、まあ、成分を解析したあとかな」
 「よろしくお願いします」
 その結果は二日後にでた。若杉先生がわれわれ大学院生の研究室に来て驚くべき事を言った。
 「唐津君、あれ毒だよ」
 「僕はずいぶん触ってしまいましたよ」
 「触るくらいは大丈夫のようだけど、桜井先生が言うには、削った粉を調べたら、確かにプランクトンが堆積してできた石灰岩だけど、成分分析の結果、茸に含まれる毒とよく似た構造のものが入っているんだって」
 「それはどういうものですか」
 「僕には分からない領域だな、桜井先生のメイルを、君に送っておいたよ、見ておいてよ、桜井先生もとても興味を持って、一緒に調べさせてほしいと言っていた、それとね、石が創られたのは何万年も前だろうけど、削った跡はそんなに古いものじゃないのではないかと言っていたよ、まあ、それでも現代のものじゃない」
 「そうなんですか」
 「それから、この石のあったあたりに、石の産出される場所があるかもしれない、と言っていた」
 「おもしろいですね、この石の役割と、掘り出される場所がわかると、あのあたりの歴史がわかりますね「
 「そうだよ、これを昔の人がどのように利用していたか知りたいところだね、だいたい、なぜ削った石があそこにあったのか、もう一度、その場所を調べてみると、なにかでるよ、直接、桜井先生に詳しいことを聞いたらいいよ、石を返したいとも言っていたし、いつでも来てくれと言っていたから、メイルでアポイントメント取ったらいい」
 桜井先生のメイルを開いた。黄色い石の成分表をみた。毒の成分には赤い印がついている。一種類ではない。人類学の学徒としては、全く知識のないカタカナの薬の名前である。毒茸と言われても名前はわからないし、生えているのはみな毒じゃないかとしか思えない。ふっと、周りに生えていた黄色い茸が思い出された。あの茸の化石なのだろうか。
 メイルで桜井先生に、解析のお礼と、話を聞きに行きたいむねを伝えた。
 それから数日後、博物館に行くと、桜井先生はあの石の玉をガラスの標本瓶に入れて、僕に渡してくれた。標本瓶はくれるそうだ。こういうガラスの瓶は高くて自分では買えない。貴重なものだし、毒でもあるので、採集地や、場所、日時などを正確に書いてラベルを貼るように言われた。
 「その石は茸の化石のようだね、もしそれが見つけたところで掘り出されたものとすると、地中は石灰岩でできているかもしれないね、茸の生えていた陸地が地殻変動で海の底になり、プランクトンの死骸が降り積もり、また隆起して山になったということだろうけど、あのあたりの地質がそのようなものか調べないとわからないな」
 「地球は創世期にすべて海で、火山活動で山、陸ができて、植物が茂って、動物が動き出しているころに茸が生え、そのあたりがまた一部は海の底になって、化石なったということ、羊歯の化石はあるのだが、茸は柔らかくて形が残らないんだよね、だからたくさん生えていた茸が重なり合って、この石になったのかもしれないね、もしそうなら、面白いね」
 「毒茸の化石には毒が残るのですか」
 僕は素人質問をした。
 「普通はないと思うけど、まず、これが本当に茸の化石だとすると、大変めずらしいし、成分がのこっているとしたら、なお不思議だね、それと、いったいだれが、削って使ったかという事だな、本当にそのあたりで堀だされたものなのか、ただ単に昔の人が林の中で落としたのか、調査する必要があるね、君の専門の縄文ほど古いことではないのじゃないかな、調査に行くときには我々のスタッフも同行させてくださいね、茸の化石だったらとても面白い」
 僕はうなずいた。
 「毒に関してはね、もう一つの解釈ができるんだ。その石灰質の石の上に毒茸がたくさん生えて、枯れて毒が石にしみこみ、何年もそうしたことが積み重なって毒入りの石ができたという事も考えられるね、いずれにしてもその林の土を調べないと」

 それから、僕のいる人類学の若杉先生の研究室、地質学の太子堂先生の研究室、それに植物の化石の桜井先生の研究室との共同研究がはじまった。幸い石を拾ったあたりは国の土地だったので、大学の方から調査の許可をとってもらった。
 総勢十人近い研究グループである。そろって第一回の調査に行った。
 ぼくが先導して林に入り石を拾ったところに案内した。斜面の一角で、木々に囲まれたちょっと広まったところである。まだ黄色い茸がたくさん生えていた。
 「このあたりでした」
 僕は黄色い茸の生えているところを指さした。
 「茸の専門家も連れてくればよかったな、茸の同定は専門家でも難しいのが多いからな、少しは知っているけど、この茸は全くわからない」
 桜井先生が黄色い茸を見て頭をかいた。
 「研究所に採って行こう、茸の専門家に聞いてみるしかないな」と採集箱に入れた。
 若杉先生と僕たち人類班はその周りを掘ってみることにした。
 「我々も掘るのを手伝いますよ、何人かは下の沢に沿って土の質をみてみましょう」
 太子堂先生もそう言って、我々を手伝ってくれた。まず拾ったあたりの五十センチ四方の区画にシャベルをいれた。地質班の大学院生一人と化石の桜井先生のチームは川の縁の地質や落ちている石を調べるため沢の方に降りた。
 遺跡かどうかはその場の地形や状態をみて、不自然に感じられるかどうかという、経験に裏打ちされた勘からはじまる。
 「この状態だと、少なくともこのあたりは遺跡といったものではなさそうだな」
 若杉先生はつぶやいた。僕もその点では同感である。まだ経験は浅いが、ここにきたとき、遺跡の感じは受けなかった。このあたりは水もあるし人が住むには悪いところではない、しかし集落を作るのに適したところではない。狩りの場や、木の実、茸などを採る場所としてはとてもいいところなので、大昔の人間は採取のためはいってきていただろう。
 僕たちは石を見つけたところを、太子堂先生の指導のもとに少しずつ掘りはじめた。
 まず写真をとり、生えている植物、茸を記録し引き抜くと、三十センチほど堀って、その土を他の場所につんだ。土の中を調べていると、太子堂先生が「小石が混じっているね、石灰石のようだよ、唐津君が拾った石と同じ質のものだね」
 そういいながら、石を新聞紙の上に集めた。シダの根や落ち葉の腐ったものがたくさん混じっている。
 土をより分けていたら半分腐ったような布がでてきた。
 「こんなものがありました」
 新聞紙の上に載せて若杉先生をよんだ。
 「袋のようだな、すごく古いものではないね」
 我々はさらに三十センチほど掘った。もう落ち葉の形をしたようなものは見あたらず、よく肥えた土だ。混じっている石が少し多い。
 桜井先生が沢から戻ってきた。
 「沢に沿って上の方にいったら、化石のありそうな石がいくつかあった」
 そういいながら我々の掘り出した小石を見て目を輝かせた。
 「面白そうな石だな、調べてみるよ」
 「唐津君が土の中から布でできた袋のようなものをほりだしたよ、見た様子だけでは麻あたりでできているようだよ、大昔の遺跡はなさそうだけどね」
 新聞紙の上の袋をみせた。
 「いつごろのものなの」
 桜井先生が若杉先生にきいた。
 「そうだな、今のものではないから、2、3百年は経ったものかもしれない」
 「江戸の初期頃か、そのころここに人がはいってきたことの証拠だね」 
 桜井先生が僕に言った。それを聞いて僕ははっと思った。
 「あの石の玉を入れるのにちょうどいい袋のようですね」
 皆がのぞき込んで「確かに」とうなずいている。
 「その布の鑑定は唐津君と一緒にやってみるよ、以外と新しい、古くても戦国時代だな、このあたりの歴史に詳しい人をプロジェクトに加えようよ」
 「近世の歴史をやっている、蓮田先生はどうでしょうね」
 太子堂先生が言った。うちの大学の文学部に武士の研究をしている蓮田壽賀子先生がいる。気さくな元気のいい先生で生徒に人気があると聞いている。
 「そうですね」太子堂先生もうなずいた。桜井先生は土に混じって出てきた石が気になっているようだ。
 太子堂先生の大学院生が上流の方からもどってきた。
 「先生、沢の上の方に石灰岩が露出している場所があります」
 太子堂先生も桜井先生もそれを聞いて、「よし、行ってみる」と腰をあげた。
 私たちも穴掘りを中断して、院生の案内で沢を上った。水はちょろちょろとしか流れていない石ごつのところだが、以外と歩きやすい。
 丸い石を拾ったところから十分も行かないところから、沢の縁にところどころ岩肌が露出している。石灰岩である。
 院生の話だと、石灰岩の露出は二十分ほど歩いたところまで続いていて、その後はまた土におおわれてしまっているということだった。台風などで、土が流れ落ちて露出したのだろうということだった。
 「この林の土の奥は石灰岩の層になっているのかもしれないな」
 太子堂先生もうなずいて、
 「さっき掘っていたところをもっと深く掘ればこれと同じ岩盤に行き当たると思いますよ」
 と言った。
 沢の縁の岩盤は灰色と薄茶色の混じった石灰岩で、所々黄色っぽい部分がある。
 「化石が含まれている可能性が高いね、沢に落ちている石にもきっと化石の入っている石があるね、我々はこのあたりで、サンプルを採っていきます」
 桜井先生と院生はそこで作業をはじめた。
 太子堂先生と我々は、丸い石を見つけたところに戻り、もう少し深く掘りすすめることにした。
 さらに三十センチ深く掘っても、出てくるのは同じように積もった土と、ときどき石灰岩のかけらが混じるだけである。
 深さが1メートルほどになった。すると、かちんとしゃべるが硬いものにあたった。
 「ホー、ここからは岩盤になっているな」
 太子堂先生が土をどかした。
 「やっぱり、石灰岩だな、このあたりは石灰岩の岩盤がおおもとだな、地質の歴史を考える上で重要なことだよ」
 桜井先生たちも拾った石や、沢の縁の岩盤を削り取った石を袋に入れて帰ってきた。
 「ここは化石調査には面白そうなところですよ」
 「地層の成り立ちも面白いですよ」
 太子堂先生も興味がでてきたようだ。
 「このあたりには縄文の遺跡はでそうもないな」
 若杉先生はちょっと残念そうである。
 科学博物館の桜井先生が、これから一年、ここで化石発掘をする許可を得ることにした。それに我々大学のチームが協力していくことになった。
 「縄文は直接関与していないようですけど、唐津君の石の玉と麻袋との関係や、落ちていた理由など、新しい歴史の先生を加えて解析していきます、それでいいでしょうか」
 若杉先生は太子堂先生や桜井先生の了承を得て、プロジェクトに近世の歴史の先生を迎えることにした。女神湖周辺社会ー地質総合解析プロジェクトとなった。
 人類学は大学によって違うが、うちの大学では文学部に所属している。興味の対象が骨などの場合「形質人類学」と呼ばれ、理系の学部におかれていることがある。昔の人の生活や行動などに焦点をあてている「文化人類学」は文学部に多い。縄文時代の解析をおこなっている若杉研究室はそういうことで文学部なわけだ。近代日本歴史の蓮田先生の所属する歴史学の学科とは隣り合わせで、蓮田先生は校舎でよく見かけるし、学部時代には講義も聴いた。
 第一回の調査が終わり、それぞれが結果を解析しているときに、若杉先生と一緒に蓮田先生の研究室に行った。お出迎えは武者の鎧甲である。
 もう五十過ぎたはずだが、三十前に見える蓮田先生が「若杉先生メイル見ました、面白そうですね」と椅子から立ち上がった。
 「お知恵を拝借しようと思いましてね、彼は博士課程の唐津人史です、メイルをした石の玉を見つけた男です」
 「ヒトフミってどうかくの」
 蓮田先生の大きな目が僕をみた。
 「人間の人に歴史の史です」 
 「あーら、人類学じゃなくて、歴史の方がいいんじゃない」
 若杉先生も僕もついつい笑ってしまった。
 「そっちにおすわりになって」
 会議机の前に腰掛けると、僕は持ってきた石の玉の入ったガラス瓶と、土の中から出てきたぼろぼろの布の袋を蓮田先生の前に置いた。
 「これが拾った石と土からでてきた布です」
 彼女は石をちらっと見ると、布袋のはいった箱を手にとった。
 「これも同じところからでたの」
 「はい、土に埋まっていました」
 「場所どこだったっけ」
 「女神湖の近くです、小淵沢からバスで行くことになります」
 「あのあたりは武田の支配下だったのね、近くに望月城があるわね、面白い人がいたのよ」
 話が縄文時代ではなくなっていく。蓮田先生の専門だからしかたがないか。
 「誰がいたのです」
 若杉先生が聞いた。
 「望月城の城主の妻は千代というのだけど、神子頭なのよ」
 「神子頭って、巫女頭のことですね、巫女のもとじめですね」
 「若杉先生の専門とはだいぶ違うけど、なぜそんな話をしたかというと、この布の袋、麻でできているでしょ、侍が持っていたか、巫女などの女子たちが持っていたか、その頃のもののような気がしたの、今のものではないわね」
 「と言うことは、先生の専門の頃ですね、戦国時代から江戸時代初期」
 「そうね」
 「石は表面にでていて拾ったのですけど、科学博物館の桜井先生に調べてもらったら、この石石灰岩で、茸の化石のようで、茸毒がたくさん含まれているそうです。石を拾った場所を掘っていたらこの麻が出てきました」
 それを聞いたら、蓮田先生の目が大きくなった。興味が出てきたようだ。
 「面白いわね、その石は古いものなんでしょ」
 「石灰石で、化石などがよく含まれる奴だから、何億年、何千万年も前のものだそうです」
 「丸くしたのは誰かってわけね」
 「ええ、削って使ったような跡があるのですが」
 「毒として使ったのかしら、その布から毒は出てこなかったの」
 「あ、それは調べていません」
 若杉先生が頭をかいた。
 「あら先生らしくないわね、化学検査をしてもらってから、私もどういうものか、検討するわ」
 「そうしてください、すぐに桜井先生に解析をたのみます」
 「毒がついていたら、その石がはいっていたことになるじゃない、写真はとってあるのでしょ、写真ちょうだい、写真からまず調べてみるわよ」
 ちゃきちゃきした先生だ。
 「そうお願いしますね、我々のプロジェクトに入っていただけると助かります」
 「関係ありそうだったらお願いしますね」
 蓮田先生は意外と慎重だ。
 それではと若杉先生がたちあがり、僕は院生室にもどった。
 「いや、言われてしまった、この布、桜井先生に毒の鑑定を頼んできてくれるかな」
 若杉先生はちょっと恥ずかしそうに僕にたのんだ。
 その場で、桜井先生にそのことをメイルしたところ、すぐに返事が来た。驚くことが書かれていた。
 「あの布の周りの土から、黄色い石と同じような構造の毒がわずかですが含まれていた、袋を調べたい」。
 「ほう、やっぱりあの石の玉を入れていた袋なんだろうかね、予定をきいて、桜井君のところに袋を持っていってくれよ」
 若杉先生も興味がわいてきたようだ。
 僕はうなずいて、桜井先生と連絡をとった。すぐにでも来ていいとのことだった。
 それに、黄色い茸はまだ名の付いていない茸で、毒茸だそうである。どのような毒だか調べている最中だそうだ。黄色い石の毒と同じじゃないだろうか。きっと桜井先生もそう思っているに違いない。
 次の朝、袋を持って科学博物館に行った。
 「君の拾った石は、おそらくその袋に入っていたのが、何らかの理由で土の上に押し上げられたのだろうな」
 桜井先生はそういって僕から布袋を受け取った。僕は蓮田先生と話をしたことを伝えた。
 「布を蒸留水に少しばかりつけておいて、その水を検査するから、終わったら返すよ、それから蓮田先生に鑑定してもらってください」
 「はい、そう伝えます」
 「それから、今、化石の発掘と、あのあたりの地質の成り立ちの調査の申請を、太子堂先生といっしょに、文科省と環境省に申請をしているから、許可が下りたら、計画を立てたいので、僕の方からみなさんの大学に伺います、そう若杉君に伝えてください、面白くなりそうだよ、君の役割は委員長だな」
 そんな冗談を言われた。何が出てくるかわからないが、丸い石の正体をつかむことが、当面の自分の研究目的になったことは、偶然にしろ嬉しいこととである。
 麻布の結果はすぐにでた。桜井先生のメイルでは、石灰岩の粉と、石に含まれていたのと同じ毒が検出されたということだった。
 僕から蓮田先生にそのことを伝えると、すぐに若杉先生のところにやってきた。
 「やっぱり、あの丸い石を入れていた袋のようね」
 「はい、そのうち、桜井先生がこちらに持ってきてくれると思います、そうしたら、先生にお渡しします」
 「楽しみだわね、写真をよく調べたけど、おそらく昔のもので、色からすると女性が持っていたもののようね」
 「だけど、あの石をなぜ女性が持つ必要があるのですか」
 毒のくっついている石など持つ理由がわからない。
 「相手を弱らせる、殺害する」
 「どういうことでしょう」
 僕が不思議に思っていると、若杉先生が「女性は毒殺が得意なんだ、西洋だって悪女と言われる人たちは毒薬を使って、目障りな人間を抹殺していたよ」
 「だけど、縄文時代にはそんなことはないですよね」 
 「縄文時代にはそのようなことはしなかったろ、蓮田先生がおっしゃっているのは、戦国時代だよ」
 戦国時代にそんな悪い女がいたのだろうか。
 「望月城に千代という奥さんがいて、それが神女頭だったかもしれないと話したでしょ」
 僕はうなずいた。
 「これは確かなこととはいえないし、後世の研究者の何人かが推測したことにすぎないのだけど、千代はくの一の頭ではないかという事なの」
 「女忍者ですか」
 「そう、望月の本家は甲賀なの」
 「あの忍者で有名なところ、伊賀と隣り合わせですね」
 「そういった状況証拠しかないけど、巫女は神と通じる不思議な力を持つとされているわけだから、情報収集や、主人を助けるための働きをしていた可能性を否定できないわけね」
 「それで、あの石を削って毒薬としてつかったわけですか」 
 「もう小説の世界だけど、そんなこともあってもいいかもしれないわね、あの麻袋はその時代くらいのものだと思うわよ」
 「だけど、あそこに落したのはどうしてでしょうね」
 「それはわからないわね、それにあの丸い石をどこで採ったのか、丸いと言うことはだいぶ使い込んだ訳でしょう、それをどうして落としたのか、ということになるわね」
 「本当に推理小説になりますね」
 「私たちの研究は推理小説家にネタを提供しているようなものよ、本になったら原稿料のいくらかもらいたいものね、望月に関係している可能性が強くなったわね、もっと調べてみるわ」
 彼女はそんな話をして、さっさと自分の研究室にもどっていってしまった。
 「まったく、あの人は小説家になったほうがいいね」
 若杉先生の感想である。

 それから一月後、あの林に生えている茸の毒の結果もでた。いろいろな種類の茸毒をもっている茸で、その中に、黄色い石や布に入っていた毒と同じ構造のものも含まれていたという。あそこの黄色い茸が関係していることが明らかになった。
 
 本格的な発掘の用意が調い、桜井先生が助手の工藤さんとともに、我々の大学にきた。プロジェクト会議である。蓮田先生も交えて話し合った。
 太子堂先生が口火をきった。
 「あの辺の地層について検証していきますが、どうもあの場所は、化石の解析を含め、歴史を考えて解析をする必要があります、先生方からは、それぞれの方面から発掘の進め方のご意見をいただいて、進める順序を決めていくことになります。我々は地層の違いから、あの土地の形成過程を考えていきますが、掘り起こした際に歴史を考えるのに重要な遺物が混じってくる可能性があります。その点は若杉先生と蓮田先生にも確認していただきながら進めたいと思います」
 「私も行ってみたい」
 蓮田先生が言った。
 「われわれももう少し調べたいので、あのあたりには何度か行きます、そのうち一緒に行きましょう、唐津君にも来てもらいます」
 僕はうなずいた
 「時間が合うとき連れて行っていただくわ」
 若杉先生が僕の方を見た。
 「先生のご都合のいいとき、お連れしますよ」
 会議の後で、蓮田先生が僕に声を書けた。はやばやと次の土曜日にいくことになってしまった。蓮田先生はかなりせっかちだ。そのことを話すと、若杉先生も一緒に行くということになった。
  その日、朝早く若杉先生と蓮田先生を車にのせ大学をでた。車は順調に女神湖につき、脇に車を止め、現場に向かった。
 「こんなところで調査するって大変ね、泥だらけでしょ」
 蓮田先生の研究は文献調査が中心である。林の中などに入ることはないようだ。
 「茸がずいぶん生えているわね」
 「この黄色い茸、まだ名前が付いてないそうです、毒だということです、あの石に含まれていたのと同じ毒です」
 「ふーん、じゃあ、あの石はこの茸の化石なの」
 結構するどくついてくる。
 「桜井先生はそこまでおっしゃってはいませんでした。可能性はあります」
 「私は町の資料館とか旧家の蔵の調査しか行かないから、こういった自然に囲まれているところをほじくるなんてしたことがない」
 「ここで拾ったんです」
 みんなで掘った跡をみせた。かぶせてあった青いシートをはがした。
 「ずいぶん深く掘ったのね」
 「この上に丸い石があって、下から麻の袋がでてきたんです」
 「だけど、このあたり全部掘り返すとなると大変ね」
 「いや、条件を加味して推測して掘ります、とりあえず、ここは石を拾ったところということで掘りましたが、これからは太子堂先生がこの下の地層を調べます」
 「そうなの、でも、何でこんななにもないところに、ぽつんと、麻袋が埋まっていたのかしらね」
 「誰かが何かの目的を持ってこの林に入って、石の入った袋を落としたのかと思ってました、狩猟だとか茸狩りかもしれません」
 「そうね、だけど結構昔から女神湖のあたりに人はいるわよ」
 「そうなんですか」
  歴史には疎い。
 「女神湖はめのかみこといって、蓼科山がめのかみということからつけられた人口湖よ、人工湖であることは知ってるでしょ」
 僕はうなずいた。
 「もともと水が溜まりやすいところに人工湖はつくられるものね、昔この湖のところに赤沼と呼ばれる池があって、江戸時代にその水を利用するように灌漑がつくられたのよ、赤沼には河太郎という河童がいたという話も伝わっているの、ということはこのあたりに、昔から人はきていたということね」
 そういう歴史があることを知らなかった。蓮田先生のおかげで、人類学というのは総合的な知識を必要とするものだということがわかった。
 「このあたりは、望月城からそんなに遠くないわね、信玄が強かったところよね、八ヶ岳の麓の方には棒道っていうのがあるわね、馬で通るところ、そこは見たことがある?」
 「いえ」
 本当に何も知らないことを思い知らされる。我々は林の斜面を少しばかり歩いた。
 「この下に沢があって、水には困らないとこだったとおもいますね」
 若杉先生と沢の石のころがっているところにおりた。
 蓮田先生は山の斜面を見上げて、
 「こんなところは、特別な目的がないとはいってこないなあ、あの袋は男が持つようなものじゃないし、といって、女がここに来るとすると、よほどのこと、しかも望月や諏訪の方からきたとすると、馬を乗りこなさなければ無理よね、特殊な役目を持った女ね」
 「やっぱりくの一ですか」
 「うん、劇画のくの一じゃなくてね」
 我々はもう一度林の中にもどった。
 「今日はそれでなにをするの」
 「少し周りの林を歩いてみようと思ってます、先生には退屈ですね」
 「いいえ、こういう機会はないし、茸たくさん生えてるから」
 「茸好きですか」
 「うん、ほら」
 彼女は写真機をバックから取り出した。小型の一眼ミラーレス電子カメラだ。マクロレンズがついている。
 「私ね本格的な茸狩りなんか行ったことないけど、今住んでいるところに、公園やちょっとした林があって、そこで茸の写真撮ってるの、ブログにアップしたりしてね」
 「いいとこにお住まいですね」
 「都心から遠いし、ばあさんばっかになっちゃってね、多摩センターに両親と暮らしているのよ」
 茸の写真マニアだとは知らなかった。
 「多摩動物園には茸がたくさん生えるわよ」
 「それじゃ、我々このあたりしばらく散策しますから、写真楽しんでください」
 「ええ、あの穴を掘ったところに戻るわね」
 若杉先生と僕は沢に沿って、林の中を歩いた。特に何も見あたらない。三十分もたっただろうか「若杉先生」と甲高い蓮田先生のかなきり声が、林の端から聞こえた。
 「どうしました、大丈夫ですか」」
 若杉先生とあわてて彼女のいるところにかけた。
 「私は大丈夫よ」
 声からすると、本人に何かがあったのではなさそうだ。
 蓮田先生はしゃがんでレンズを赤い小さな茸に向けている。
 「かわいい茸でしょ」
 そういって彼女は立ち上がった。
 茸が見せたくて大きな声をあげたのかと、ちょっと気落ちしたら、彼女は笑って、
 「大きな声を出してごめんなさいね、あれよ」
 と赤い茸の先を指さした。
 薄茶けたつるんとした丸いものがある。僕はなんだかわからなかったが、若杉先生は「ほんとだ」とまじめな顔になった。
 「ちょっとしゃべるかして」
 若杉先生が僕の方に手を出した。手に持っていたハンドシャベルをわたした。
 若杉先生は慎重につるんとした丸いものの周りを掘った。
 顔を出したのはドクロだ。
 「今の人のものではないようだが、届けた方がいいですね」
 先生は携帯をだすと、110番した。自分の名を名乗り、調査にきたら人骨がでてきたことを伝えた。だいたいの場所を教え、携帯番号もつげている。
 「警察の人が来るそうだから待っていよう、もう手をつけない方がいい」
 若杉先生は、
 「すぐ来るといっているから、尾根のわかりやすいところにいってよう」
 そういって斜面を登った。蓮田先生が第一発見者になる。その場にいてもらうことにした。
 三十分ほどすると二人男性が尾根にあがってきた。制服の警官と背広姿の人である。
 「通報された若杉さんですか」
 「はい、彼はうちの大学院生の唐津君です」
 僕もお辞儀をした。背広の人は刑事さんだった。若杉先生は名詞をだした。
 「大学の先生でしたか」
 「許可を得て、このあたりの遺跡、歴史の調査をしています、歴史調査の蓮田教授が下にいますが、その先生がみつけました。下草の中に頭骨の頭部だけでていました。私の見立てでは、現代の人のものではなさそうですが、一応警察に見ていただいた方がいいと思い、連絡しました」
 「どうもごくろうさまです」
 それを聞いて、刑事さんは事件性がなさそうだと、ちょっと肩を緩めたようだ。我々は下に案内した。蓮田先生が立っている。
 「どうも」
 刑事さんが蓮田先生に挨拶した。
 「写真を撮っていたら、気がついたのです」
 「私が周りをちょっと掘りました」
 若杉先生が言った。
 「人類学教室の先生がおっしゃるなら、問題ないと思いますが」
 「いえ、ここは遺跡ではないので、やはり最初は警察の方で、鑑識をしていただいてから、問題ないとわかれば私どもで掘り出したいのですが」
 「わかりました、できるだけ早く、鑑識の者をここによこします」
 「ありがとうございます、周りから何かでるかもしれませんので、できたら我々で掘りたいと思います」
 「鑑識に言っておきます、結論がでたら、研究室の方に連絡します」」
 「お願いします」
 警察官が持ってきた青いシートをその上にかけて帰って行った。
 「我々の手で掘っても大丈夫じゃないの」
 蓮田先生はめんどくさそうだ。
 「遺跡じゃないし、地層と化石の調査で許可をもらっているからね、人骨となると、もし現代人のものだと、事故や事件を調べなきゃならなくなるから、一応報告して判断しておいてもらった方がいいんです」
 若杉先生は慎重である。
 「今日はもう、これで終わりなのかしら」
 若杉先生がうなずいた。
 「そうですね、終わるしかないですね」 
 「これから望月城跡にいってみたいな、近いから」
 「唐津君いいかい」
 僕はうなずいた。ということで、我々は女神湖にもどり、僕の運転で佐久市の望月城に行くことにした。
 「あの骨と、丸い黄色い石、それに麻の袋、つながると面白いね」
 蓮田先生がうきうきしている。
 望月城は152号線を通り、142号線にはいるとすぐにあった。佐久の駅から車で三十分ほどのところだろう。山の上に城跡はあった。
 上ってみると、見晴らしがとてもよい。
 「豪族の望月は武田に滅ぼされたのよ、その後は配下になって、千代は武田のために働いた可能性があるの、あの場所に馬で行けばさほどかからないわね」」
 「そうですね、あの骨を掘り出すと、そのあたりもみえてくるかもしれませんよ」
 「歴史はミステリーよ」
 蓮田先生の目が輝いている。
 「さて、どうしましょうか、茅野にもどって、中央高速にのって帰るしかないね、唐津君だいじょうぶか」
 「車はなれてます」
 ということで、夕方に大学についた。若杉先生はすぐに太子堂先生と桜井先生に人骨が出たことのメイルを入れた。

 月曜日、研究室に行くと、若杉先生から「警察がこちらで骨を掘り出してかまわないといってきた、掘り出した状況や、データを後でもらえないかということだったので、そろえて渡すといっておいた。それと、もし発掘する時が分かれば、鑑識の者を現場に出してもいいと言っていたよ、それで、行く日時が決まったら教えるといっておいた、みなで相談して決めよう」と言われた。院生の僕はアルバイトもしていないしいつでもいい。
 その結果、今週の土曜日に再び調査に行くことになった。太子堂先生は学会で海外に行く予定があるので、しばらく無理なようで、桜井先生と我々で行うことにした。蓮田先生も発掘現場を見てみたいということで、今回も若杉先生と僕の車にのることになった。卒業研究生数人は現場集合、桜井先生は科学博物館の車で別行動である。地元の刑事さんは2時ごろに現場に来るということだった。
 発掘の日はよく晴れていた。
 「よかったわね、晴れて」
 蓮田先生は遠足気分だ。
 現場には十一時前についた。学生たちはよほど早くでたようですでについていた。一緒に現場に行くと、桜井先生のところの研究生が一人でまっていた。もう来ている
 「おはようございます、桜井先生が沢の上流の方で調査しています」
 「はやいですね、ごくろうさまです、我々は骨の発掘を行いますので、よろしくいってください」
 研究生ははいと返事をして沢の方に降りていった。
 「我々は骨を掘るから、誰か写真を頼むよ」
 女の子が私がやりますと手をあげた。
 「私も写真をとるわね」
 蓮田先生も手を挙げた。学生気分のようだ。
 「唐津君がスケッチをしながら、みんなの指導をするから、ゆっくりと掘り出してくれよ、何か出てきたら、必ず声を上げてくれ、そのときは皆手を止めるように」
 若杉先生の話の後、まず僕が頭のところの土を少しずつどかして、そばに積み上げ、土の中に何もないことがわかったら、また掘った。
 「こうやって、掘った土の中に何かないか調べ、掘った土はわかりやすく積んでおいてくれ」
 そういって、学部生にバトンタッチした。
 「写真はいろいろな角度から撮っておいてね」
 少しづつ頭骨がでてくると、見えていたところは頭の後ろのほうであることがわかった。うつ伏せの状態のようだ。
 頭がでてしまうと、肩の骨や腕の骨が見えてきた。
 「どうもうつぶせのようだから、みなは頭から2メートルの長さ、幅は1メートルの範囲に広がって、表面から少しずつ掘ってくれないか、骨の部分が出てきたら全部掘り出さないで、続いている部分を露出させるように土をどかすように」
 若杉先生が学生に掘り始める位置を指示した。すぐに背中と足の部分がみえてきた。
 一人の学生が、「土に何かはいっています」と声をあげた。
 脇の方の土からなにやらでてきた。
 「布でしょう」
 それを見た蓮田先生が言った。
 「着ていたものじゃないかしら」
 その後、骨が露わになってくると、布がまとまって出てきた。赤茶けものだ。
 「女物のようね」
 「そうですね、あの袋と同時代のようね」
 「そのようですね、このあたりの土や布も、桜井先生に茸毒が含まれているか調べてもらいましょう」
 それから一時間ほどで全身が出てきた。骨はばらばらにはなっていたが、以外ときれいなヒトガタになっていた。
 そこへ桜井先生も戻ってきた。
 「きれいに骨がでましたね」
 「傷がないから、病死でしょうかね」
 「小さいから女ですね」
 「骨盤が大きいわ」
 蓮田先生もそういってうなずいた。
 「採取して、研究室に運びます、桜井先生、布がでたんですけど、土と布の毒物検査お願いしていいでしょうか」
 「もちろん引き受けます、我々も、上流の岩の露出しているところからサンプルを切り出してきました、この間とったサンプルは、石灰岩で茸由来のもののようだということがわかりました、化石です。ただ毒がありませんでした、今日はもっと大がかりにきり出したので、丸ごとの茸がでないか楽しみにしています」
 「警察は2時頃来るということで、まだ早い、一度車のところに引揚げて、昼飯でもくいましょう」 
 ということで、女神湖にもどり昼を食べた。
 2時近くになると、若杉先生の携帯に刑事さんからもうすぐつくと連絡あった。若杉先生は女神湖の駐車場にいることを伝え、一緒に現場にいくことにした。
しばらくすると刑事さんの車が着いた。女性を連れて来た。
 「すみません、遅くなりました、彼女は検視官で、見て見たいというのでつれてきました」
 女性の検視官は「よろしくお願いします」とおじぎをした。
現場につくと、ブルーシートを剥がし、検察官が骨の様子を見た。頭部をみただけで「明らかに、女性ですけど、そんなに古くありませんね、2、3百年前のものですか」
と言った。
 「よくお分かりですね、その通りと思います」
 若杉先生はちょっと驚いた。骨のことをよく知っている。検視官だから当たり前か。
 検視官が「左の肩胛骨に傷があります、刀の傷かもしれません」
 みんなで、骨を改めて見た。肩胛骨のところに土が詰まっているがまっすぐの線がある。
 「確かにそうですね」
 「すごいわね、さすがに警察の人だ」
 蓮田先生も驚いている。
 「彼女は人類学出身ですから」
 刑事さんがにこにこと笑顔で言った。自慢げである。彼女は有名大学の民族学の教授の名をあげ、そこの出身だといった。
 「江戸時代の墓地の調査をしました、この女性は骨もしっかりしているので、そんなに年がいった人ではありませんね」
 僕が切られて死んだのでしょうかとたずねると、間髪をいれずに答えが返ってきた。するどい。
 「この女性はあっという間に死んだ感じがします、この程度の傷ではすぐ死ぬことはありません」
 「いや、貴重なご意見です、ありがとうございます、そこらの研究者より詳しいですね」
 「彼女は博士号をもってます、ここの警察の人じゃないんです、警視庁所属です、たまたまご実家が茅野で、昨日から帰っていたので、特別にお願いしました、うちの警察署長の娘さんで」
 刑事さんが言った。彼女は日に焼けた顔をほころばせて、
 「いえ、東京ではよく骨が掘り出されて、事件かどうか鑑定をしなければならないことがあります、ともかく江戸時代の墓の上に家が建てられていますから」、そう言った。
 「それでは、我々は骨をもって帰ります、情報は警察の方にも送ります」
 「よろしくお願いします」刑事さんが帰り支度をした。
 「ありがとうございました」
 二人は帰っていった。
 「すごい人が警察にいるものだね」
 「検視官じゃもったいないわね、名前聞きましたか」
 「いえ聞かなかった、名刺もらっとくのだったかな」
 こうして、桜井先生のグループは切り出した石灰岩を持って、我々は骨を持って研究室に帰った。骨はまさに、検視官が言ったとおりだった。うつ伏せで急に死んだような状態だった。骨は以外と太く、丈夫な女性だったことがわかる。
 茅野の刑事さんのほうからも報告書がとどいた。同じようなことが書かれていた。検視官の名前は安田園実とあった。それを見た蓮田先生が「この人、若いのに本を書いている人だわ、江戸の土の中という本よ、江戸の墓場や、処刑され埋められた人、野垂れ死にした人の話し、そういう骨から江戸時代をえぐった面白い本だった」
 「プロジェクトに入ってほしいような人ですね」
 「本当にそうね」
 桜井先生から、骨の埋まったところの土や布から毒物は検出されなかったという連絡が入った。今、茸が丸ごと化石になっていないかどうか、採取した石を調べているところだとの返事である。
 「ということは、あの女性が死んだのは、毒とは関係ない、ほかの理由ね」
 「病気かもしれませんね、そのころはどくらいあったか知らないけど、動脈瘤破裂は今女性に多い病気だから、突然なくなったなんて事もあるだろうな」
 「確かに、頭蓋骨を専門家に見てもらえばわかるかもしれない」
 「そういう手配もしなければなりませんね」
 
 その後、頭蓋骨などを脳外科の先生などに見てもらったが、脳出血に関しては確証がえられなかった。太子堂先生の地層形成に関しては、桜井先生の化石の解析とともに、そのあたりが当時、大量の茸が発生していた場所の可能性が指摘された。石灰岩を詳細に調べてみると、胞子らしいものがたくさん含まれていることも示された。
 なによりも、岩盤に色が黄色っぽい場所があったが、その石灰岩だけに茸毒が含まれることが判明した。
 桜井先生のグループは頻繁に発掘をすすめたが、不思議なのは茸の成分しか検出されなかったことである。茸しか生えていなかった場所だったのだろうか。
 丸ごとの茸が入っていないか、研究室をあげて、桜井先生は解析を進めていた。
 それが大変なことが起きた。
 秋も深まったある日の午後、若杉先生に、桜井先生が今、研究室で亡くなったという電話がきた。若杉先生、太子堂先生、それに僕や蓮田先生もあわてて科学博物館の研究室にタクシーで向かった。
 科学博物館にはまだ赤灯を点滅させた救急車が止まっていた。警察もきている。我々は研究室の中に入ることができず、事務室で待たされていた。研究室の工藤さんが入ってきて状況を説明してくれた。
 「先生は採ってきた石を小型のハンマーで割って、茸が丸ごと入っていないか調べていました。黄色っぽい茸毒が含まれている石を割ったときでした、あっと声を上げて立ち上がると、ふらふらと出口の方に向かわれたのですが、外にでる前に倒れてしまわれました。先生を持ち上げようとしたのですが、顔色は真っ青で、息をしていませんでした。我々はあわてて119番に電話を入れ、研究室の守衛室にも連絡しました。守衛さんやほかの研究室の先生方も来て、我々は外にいた方がいいと出されたので、後はわからないのです、今検視官の人が調べているところです、警察の人には待つように言われています。
 警察官たちが研究室からでてきた。
 「あ、安田さんだ」
 僕はその中に知った顔をみつけた。
 若杉先生も気がついたと見えて、安田さんに声をかけた。
 「あ、あのときの先生方、桜井先生残念です、お亡くなりになりました」
 「茸の毒ですか」
 「毒物のことは確かです、なぜ茸毒なのですか」
 安田さんには石灰岩のことを話していない。
 「あの石灰岩は茸によって作られたもののようで、茸毒が含まれているのです」
 「そうだったのですか、だけど茸毒が急に利くわけはありません、何かを吸い込んだようですが、まだよくわかりません、ご遺体を調べるしかありません」
 そこへ刑事らしい人がきた。
 「研究室で一緒にいた方には詳しい話をお聞かせいただきたいので、向こうの部屋にお願いしたいのですが、他の方は、ここは封鎖しますので、お引き取り願います」
 助手の工藤さんは「また連絡します」と刑事についていった。
 「結果はお知らせしましょう」
 安田さんも一緒に別室に行った。我々は、博物館の研究部門長に挨拶して、大学にもどった。
 「なにが起こったのでしょう」
 「桜井君は病気一つしたことがないんだ、黄色い石灰岩に原因があると思うよ」
 「地層形成に桜井先生の結果が重要なポイントになるんですよ」
 太子堂先生も困ったようだ。
 「科学博物館の研究室の人が続けてくれますよ」
 「できること進めていましょう」
 
 次の日に警視庁の安田さんから若杉先生に電話があった。何か吸い込んで肺が一気に縮んでしまって、亡くなったという事だった。それが何か、研究室の調べにかかっているのだがわからない、しかし桜井先生は非常に大事な発見をした後になくなったという事だということだ。助手の人と桜井先生が化石を探していた実験机の上に、黄色い石灰岩が二つに割られていて、真ん中に真黄色の小さな茸が化石化して丸ごと埋まっているそうである。
 それから一週間が過ぎた。桜井先生の葬式はまだおこなわれていない。ご遺体は警察から戻されていないということだった。
 若杉先生たちに助手の工藤さんからもそのことでメイルがきた。安田検視官が明日科学博物館の研究室の方に来るという。都合がよいのなら来てくださいということだった
 蓮田先生も一緒に科学博物館の桜井研究室を訪れた。
 「もうすぐ検視官の安田さんが見えると思います、桜井先生の死因について、もっと詳しい話が聞けると思います」
 工藤さんがちょっと待つように言って準備室に案内してくれた。実験室にはまだはいれず、準備室に桜井先生の研究スタッフが集まっていた。
 安田さんが入ってきた。
 「研究室には危険なものがあります、見るだけなら大丈夫ですので、ちょっとご覧になってください、決して触らないようにしてください、皆さんが見たあと、鑑識科の者が必要なものを回収します、研究室にどうぞ」ということで、みな研究室の前に行った守衛さんが研究室の鍵をあけた。
 実験机の上は、作再先生が亡くなった日のままになっている。黄色の石灰岩が二つに割れ、割れた一方の石の面にレリーフのように黄色い茸が飛び出していた。
 「きれいな茸の化石です、鑑識の人たちが岩の一部を鑑定しましたが、強い茸毒に似たものが検出されたそうです、我々がすでに調べたものと同じ毒でした、しかしこれだけではすぐ死にません」
 安田さんが言った。
 「この茸の化石の発見だけでもセンセーショルナ事ですね」
 工藤さんも始めてみる。
 「桜井先生は茸のまるごとの化石がでないか期待していたのです、でたと思ったら亡くなってしまった。やはりこの茸の化石が原因なのですね」
 ちょっと目を潤ませた。
 「そうです、ご覧になったらまた向こうの部屋に戻りましょう、そこで説明します」
 我々は準備室に戻った。
 「桜井先生の直接の死因は石を割ったときに出たと思われるガスだと思います、血液の中に中枢に作用する毒物がみつかりました。サリンと同じような作用をもつものです。しかし、サリンではありません。その成分を実験動物に与えると、あっという間に死んでしまいました。ただ、サリンのように蒸発しません、おそらくこの化石のはいった石を割ったとき、粉と一緒に吸い込まれたのでしょう、あの石はおそらく、もうそんなに危険だとは思いませんが、これから、鑑識課が回収します」
 「ドラフトでやっていれば問題なかったんだ」
 工藤さんが吐き出すように言った。
 ドラフトって何だ、という顔を我々がしていたに違いない。
 工藤さんが「空気を吸ってフィルターを通して外に出す装置で、その中で作業をすれば、有毒ガスが出ても安全です」と説明してくれた。
 「いつもはドラフトでおこなうのですか」
 安田さんの問いに、工藤さんは首を横にふった。
 「いえ、ちょっと狭くてやりにくいのであまりつかいません」
 工藤さんはさらに説明を続けた。
 「石灰岩は何種類かに分けて我々解析をしていました、色で分けたんです、薄茶色のもの、鼠色かかったもの、少し緑かかったもの、薄黄色のもので、茸毒があったのは薄黄色のものだけでした。桜井先生はご自分から、茸毒のある石灰岩を調べていらっしゃったんです」
 僕の拾った丸い石と同じものだ。
 「黄色い石灰岩は、ここにまだありますか」
 安田さんがきいた。
 「はい、いくつか薄黄色の岩は残っています」
 「大事な資料だと思いますが、桜井先生の死因をはっきりさせるためにも、危険でもあるので、お預かりして、こちらで毒物の専門家に調べさせます、割ることになりますが、もし必要なら、どなたか鑑識課の研究室においでください、一緒におこないます」
 「はい、僕が行きます」
 工藤さんが返事をした。
 「安田さん、信州のあの場所にこの石の岩盤があって、そこから取り出したものですが、あそこも危険ですので、そのことも警察の方で考えていただけますか」
 太子堂先生が言った。
 「わかりました、環境省や厚生省とも連絡しなければならないかもしれません、ご指摘ありがとうございました、岩以外は大丈夫だと思いますので、注意をしながらほかの調査はどうぞ進めてください」
 「安田さん、私あなたの本読みました、よく調べられていて、おもしろかったです、戦国時代を調べている蓮田です」
 蓮田先生が声をかけた。
 「あ、ありがとうございます、あのくの一の蓮田先生だったのですね、女神湖でお会いして、どこかで聞いた名前だと思ったのですが、あとで思い出しました」
 「あら、私はくの一じゃないわ」
 と先生は笑った。
 「すみません、先生の論文読んだことがあります、もしかすると、あそこの骨はくの一なのですか」
 「そうかもしれないと思っているところよ、女性の骨だし、そばにあった布もしっかりしたもので、ふつうの女性が着るようなものじゃないと思うから」
 「そうですか、この茸の毒の岩は、くの一の道具にしていたのでしょうか」
 推察力はすごい。
 「まいったな、安田さん大学に戻りなさいよ、どこかの教授に推薦するわ」
 安田さんは焼けた顔をほころばせた。
 「ありがとうございます、父も警察官ですし、検視官をしていると、いろいろな時代の、いろいろな事件に遭遇して、面白いというと御幣がありますが、やりがいのある仕事だと思っています」
 「そう、残念だわね」
 デスクワークの蓮田先生とは考え方が違うようだ。

 それから半年がたち、安田さんから、すでに話したように、黄色い石灰岩から茸の化石が出てきて、岩をわって化石を出すときに粉が飛び、その粉に中枢に利く毒物が含まれることがわかったと報告を受けた。工藤さんが改めて今調べていて、茸の化石とともに、その毒についても桜井先生と連名で論文を書くという事だった。
 若杉先生と蓮田先生は安田さんに骨の鑑定の意見を聞き、茸の毒を使ったくの一が、望月城の千代のもとで働いていた可能性を、本にまとめるつもりでいる。もちろん僕の名前もはいる。あのくの一はあのあたりの岩盤から黄色い石を切り出し、それを毒として懐に入れて、密偵として全国を飛び回っていた。必要なときに削って、相手にのませ、体の調子を悪くさせたりしていたのではないだろうか。黄色い石を取り出したとき、頼まれて必要になり、たくさん削りだしたため、粉が飛び、毒の胞子を吸って、あそこで倒れたのではないだろうか。そんなことを蓮田先生は考えている。やっぱり小説になりそうだ。
 太子堂先生は、あのあたりをもう一度広範囲に調べ直し、そのあたりに茸しか生えていない時期があった可能性を、工藤さんたちと調べていこうとしている。
 桜井先生が返してくれた標本瓶に入った、自分が見つけた薄黄色の石。くの一がもっていたのかもしれない石。割ると中に茸の化石が入っているのかもしれないが、一生の宝として、割らないで大事にとってある。ちょっと怖いものでもある。茸と人の歴史を人類学的に研究してみよう。自分の研究の方向を示してくれた大事な宝である。

茸の石

茸の石

古代遺跡の調査に行き、林の中で一つの石を拾った。茸の化石のようだが

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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