騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第九章 悪の助け

第十話の九章です。
悪党たちの戦いの決着です。

第九章 悪の助け

 S級犯罪者、『イェドの双子』の男の方――プリオル。ティアナの家に遊びに行った時に遭遇し、一戦を交え、オレに増える剣をくれた人物。相当なフェミニストで、例え自分を狙う騎士であろうとも女性であれば戦わない。オレと同じように恋愛マスターに願いを叶えてもらい、多くの女性に出会うという運命を手に入れ、代わりに唯一の女性との出会いと自身の得意な系統である第十系統の位置の魔法以外の系統が使えなくなった男。
 ただしそんな騎士道にも似た性格を塗り潰すのが剣のコレクターとしての一面。名剣でも無名の剣でも関係なく、自分の琴線に触れた剣は必ず手に入れる。その際前の持ち主を殺す事が自分の所有物とする為に必要な事だと考えていて、千にも届きそうなコレクションの蒐集過程で数えきれないほどの人を殺している。これには女性も含まれ、剣を得る時の障害になるならその排除に老若男女は問われない。
 その剣の所有者が個人ならその者を、組織なら構成員全てを殺すコレクター。万が一どこかの国が所有する剣が標的となったなら国すら滅ぼしかねず、それができるだけの実力を持つ。
 フィリウスたち十二騎士が世界最強の騎士ならば、悪党側で最強かつ最凶の面々の一人――そんな人物が今、どうしてここにいるのか皆目見当もつかないが、ピクリとも動けないオレの前に座っている。


「さて、何から話そうか……やっぱり気になるのは『奴隷公』がどうなったかかな?」
 脇腹や足のケガというよりは最後に受けた薬の影響だろう、身体を動かせないオレの視界にはプリオルしかおらず、テリオンもスーツの人たちもいない。意識を失っている間に何が起きたのかさっぱりなオレにニコリと笑いかけたプリオルはさらさらと説明を始める。
「少年と『奴隷公』の戦いは『奴隷公』の勝ち。悪党らしい小細工にまんまと引っかかった少年は薬を盛られ、頭の中を覗かれる寸前となった。そこにボクが登場、ただの戦闘ならともかく少年の頭――姉さんが欲しがる思想にまで影響が及んでしまうと困るから割り込ませてもらった。結果、少年は間一髪のところでボクに救われたわけだ。」
「あんたが……オレを……」
「本当はこうして顔を合わせる前に立ち去ろうと思ったのだけどね。一度戦い、武器をあげたりした間柄だし、折角だからアドバイスをしていこうと思ってここに座っていたのさ。」
「アド……バイス……?」
「前に戦った時――に負けたボクが言うのも変だけど、少年はかなり強くなった。実力は学生の域を超え、そこらの騎士を軽々と凌ぐ。少年の仲間も同等で、チームとして動けば普通に脅威だ。しかし、他の子がどうかはわからないけど少なくとも少年には経験とか覚悟とかがまだまだ足りていなかった。今回の戦いがそのいい例だ。あのコンビネーションは確かに凄かったけれど、少年の実力なら捉えられないモノじゃなかっただろう? 人数が増えようが関係ない、全員の首をはね飛ばす事が少年の剣には可能だった。だけどそれをやらず、結果その有様さ。」
「あの人たちは……テリオンに、操られて……」
「あはは、それは事実だけど認識が甘いね。『奴隷公』をやっつければ彼らを自由にできると思っていたのかい? 首輪に繋がれた連中ならそうだろうけど、あれは『奴隷公』のお気に入り――呼吸の深さや瞬きの回数で動きを指示できるほどに調教された完全な人形。人間として正常な状態に戻すなんて事はもはや不可能で、指示する者を失えば彼らは何もせずに餓死していっただろうね。どちらにせよ、彼らの死は決定事項だったのさ。」
「そ、そんな……それでも、どこかに方法が……」
「うん、まぁ世界は広いからね。どこかにはあるかもしれないが、そんな確証ゼロの希薄な望みに賭けて少年がやられるんじゃあ困るだろう? 希望にすがり過ぎるのも考えモノさ。少年の師匠――《オウガスト》にだって今回少年が躊躇した選択をした時が過去幾度となくあったはずさ。十二騎士ともなればその戦歴に並行して救えなかった数もはかり知れないからね。」
 否定は……できない。たぶん、プリオルの言う通りだ。そしてオレの場合はもっと根本的な……覚悟というのがまだなのだろう。何故ならオレは、テリオンの首の輪っかさえ外す事が出来ればそれで戦いが終わると思っていた。スーツの人たちを操れなくなればテリオン自身にそれほどの強さは無い……ああやって他人を操っている事がその証拠……そんな風に考えてそれで終わりだと――終わりにしようとしていた。

 プリオルの言葉を借りれば――オレは、テリオンの首をはね飛ばす事もできたというのに。

「ボクら悪党は割かし見境なしに殺すけど、騎士は悪党――いや、その者にとっての悪だけを殺す。こうやって言うと正義の味方バンザイだけど、悪党からすれば騎士団なんて大量殺人を行う集団さ。悪には容赦しない、悪であれば問答無用で殺す。見方によってコロコロ変わるだろうモノを後ろ盾に殺しを正当化する――どちらのタチが悪いのかね。」
 説教するでも諭すでもなく、ただの独り言、笑い話のようにそう言ったプリオルは……スゥッと、その眼を鋭くした。
「悪党から騎士へのアドバイスはこれくらいとして……これだけは言っておくのだけど、本来なら騎士のタマゴがどうなろうと知った事ではないところを、知らない間柄でもないし同じ恋愛マスターに導かれた者だし、何より姉さんに怒られたくないから助けた――これは事実だけど半分以上は別の側面が占める。」
「……?」
「少年はね、姉さんがいるから――今、ボクに殺されていないんだ。」
 どう表現すればいいのか、敵意でも殺意でもない――ただ単に「標的にされた」というような恐ろしい視線。その鋭い眼がゆっくりとオレの手元に向き、そこに落ちているのがオレの剣――マトリアさんの双剣だと気づいてオレは心臓が止まるかと思った。
「ベルナークシリーズ……世界最強と言われた一族が手にしていた武器たち。その中で剣の形をしているモノは三つ。長剣、刀、そして双剣。長剣はちょうどここからすぐの所にある武器屋に展示されている。所有者は国王軍だが、そうそう使われる機会のない剣をだからといって倉庫に入れっぱなしではどうなのかと考え、騎士たちの士気を高める理由で何でもない街中に置いてある。刀は『豪槍』がどこからか入手し、自分の弟に渡した。どちらもこのフェルブランド王国内というのだから国際的なパワーバランスを心配する者も多いみたいだけど……問題は双剣だ。」
 目を見開き、手を組んで静かにマトリアさんの双剣を見つめるプリオルは、しかし今すぐにでも剣に触れたい衝動を全力で押し殺しているようにも見えた。
「存在しているという事はベルナーク一族が残した目録からわかったが、その所在は今まで一切不明だった。他の二振りは正直興味が無かったのだけど、何故か行方がわからない一振り……他を超える能力が備わっているから危険視されて封印でもされたのだろうか? 表に出てこないだけでそこらの野原に落ちているのではないか? どこぞの一般人が家宝として持っている可能性は? もしや双剣とあるけれどボクらが思い描くそれとは形状が全く異なっていてそうとは誰も気づいていないだけ? 膨らみ続ける妄想はボクの興味となり、いつか手に入れたい剣のリストの一番上にベルナークの双剣はあった。それが今……目の前に……!」
 姿勢は一切変えず、その目線が再度オレに向く。その視線だけで身体に穴があくのではないかと思うくらいに強烈な……!
「ベルナークシリーズ独特の気配を感じ、ボクの胸は高鳴った。しかも少年はその剣の力を――俗に言うベルナークシリーズの真の力を引き出せる……そうだろう? 相手が奴隷だったから加減していただけで、これが巨大な魔法生物とかだったら発動していた……そう、ボクは少年を殺す事でボクのコレクション候補ナンバーワンを手にすると共にその真の姿を見る方法も少年の頭の中から知る事が出来る……わかるかい、この興奮……! 姉さんがいなかったらテリオンも奴隷も瞬殺して少年との戦闘に入っていた……初めてだよ、欲しいモノを我慢したのは……! 今日ほど姉さんを憎み、あの強さを恨んだ事はない……まだまだ手にしたい剣たち、それを手にする未来を潰してはいけない……いずれはその双剣も手に入れられるから今は耐えるっ!! ……今も自制に必死なのさ……」
 大きく息を吐き、そのままにらみ殺されるのではと思うほどの眼光をさっきまでの爽やかなそれに戻したプリオル。

 プリオルに……この最凶のコレクターに狙われるという、なってはいけない状態にオレはなってしまったらしい。正直ベルナークシリーズの事を聞いた時はよくプリオルに狙われていないなと思ったが、それの貴重さや強い武器であるかどうかは関係ないみたいだからそういうパターンもあるのだと納得し、マトリアさんの双剣を手にした時もきっと大丈夫だと考えていたのだが……どうやらそううまくは行かないらしい……
 そしてそんな状態に陥ったけど……加えてついさっき、一つの戦いに負けたけど……こうして無事でいるのは全てこのコレクターの手綱を握る存在がオレに害が及ばないようにしているから。
 世界最凶の悪党……『世界の悪』アフューカスが……!
 ……悪党に守られる騎士とは何とも情けない話だけど結果としてオレは助けられている。礼は言わないとか、ここでオレを倒さなかった事を後悔するぜとか、そんなようなセリフをフィリウスなら言いそうなんだけど……でもなんか、「ラッキーだったな、大将! 生きてれば勝ちだぜ!」とかも言いそうだ……
 オレは……この事を受け入れよう。そもそも理由も思い出せていないのにミラちゃんたちにも守られているんだ……味方も悪党もひっくるめて、いつか全ての借りを返すためにも……けじめは必要だ。

「オレの剣……をあんたが欲しがっているっていうのは……わかった。倒すべき悪党がオレ……を、助けたのには……理由があるって事も理解したよ……でも……それでも事実として……あんたにオレは救われたんだ。だから言わなくちゃいけない……助けてくれて……ありがとう……」
 悪党相手に何をと思うけど……筋を通せと、フィリウスはよく言っていた。案の定プリオルは目を丸くしたけど……一層爽やかな笑顔になって手をひらひらと振った。
「ふふふ、悪党らしく返すなら、別に少年の為ではない、さ。」
 さっきの眼光が無ければ見返りを求めないカッコイイ騎士にすら見えてくるプリオルのイケメン笑顔を前に、オレはふと思い出す。
「……ああ……それと、もう一つ……あの――増える剣……」
「ん? ああ、あれか。役立っているようで何よりだね。」
「あれのおかげで乗り越えられた事があって……戦えた相手がいて、強くも、なれた……こっちもいつか……お礼をと、考えていたんだ……」
「そんな前の事を? つくづく少年は優しさが過ぎる騎士だね。」
 頬杖をつき、やれやれという顔で笑ったプリオルはその手に――たった今オレが話したその剣を出現させた。
「慌てなくていいよ。これは少年にあげた剣の完成系さ。」
「完成……系……?」
「きっと騎士の連中は少年にあげた剣を調べたんだろうけど、作者不明の剣と言われたんじゃないかな? それもそのはず、これやそれは裏の世界の隅っこで黙々と武器の研究をしていたとある人物の作品でね。指名手配されていたわけではないし、名剣を生み出したわけでもないから知っている人はごくわずかだけど、彼が生み出したこの剣はボクの琴線に触れた。何故かと言うと、これは彼の遺作であり、彼を殺した剣だからさ。」
 穏やかに笑っていたプリオルの表情が、自分の好きなモノについて語る人のキラキラしたそれになっていった。
「前にも話したけれど、少年にあげた剣は刃こぼれしない剣を作ろうとして誕生したモノだ。たまたま出来上がった、元となった剣を複製して増殖するという性質――これを見た彼は、この術式を完全なモノにすれば世に名だたる名剣たちを――基本的に世界に一振りしかない剣を完全完璧に複製できるようになるのではと考えた。魔力が尽きたり破壊されたりしたら消えてしまうという点を改良し、一度複製したら永遠に残り続ける――そんな剣を生み出す研究を彼は始めたのさ。そしてある日、彼はその術式を――完全な同一個体を無限に複製する術式が組み込まれた剣を作り出す事に成功した。元々偶然生まれた術式が始まりだったから、未だに術式を剣の中から取り出せていなかったけれど、一先ずの第一歩。研究を重ね、いつかは術式を抜き出して他の様々なモノに組み込めるようにするぞと意気込んだ彼は、そこでふと、そういう研究をしているなら当然思い浮かぶ疑問を抱いた。即ち、複製された剣にも同じ能力が備わっているかどうか。備わっているのならば、複製に複製を重ねていった場合、どこかで効力が弱まったりするのかどうか。彼は一本を複製させたらその複製品を更に複製させるという行為をスイッチ一つで行えるような魔力供給の術式を組み上げて実験を行った。しかし彼は、そこで大きなミスをする。彼は、その術式を複製を行った本物の方にも加えてしまったのさ。つまり、本来は一本が二本になり、更に一本増えて三本というように一本ずつ増えていくはずのところを、一本が二本、二本が四本で四本が八本というようにネズミ算式に増える形となってしまったわけだ。スイッチを入れた瞬間、剣は一瞬で研究室を埋め尽くし、その勢いで魔力を供給していた術式を破壊して増殖が止まった頃には彼を無数の刃で串刺しにしていた! ああ、良いとは思わないかい!? 生みの親を彼のうっかりで惨殺してしまったこの剣の悲しみときたらどうだろうか! 初めにまとったドレスが、大量の自分を染めたのが親の血! ドラマがあるじゃないか、そうだろう?」
 長々と語り、うっとりとオレが持っている剣と全く同じ外見の剣の刃を撫でるプリオル。
「妙な剣を作っているとの噂を聞いて彼の研究室を訪れた時の事は今でも覚えている。無数の我が子に抱きしめられて死んでいるブラックスミスの姿は素晴らしかった。ボクは増殖した剣を全て回収し、始まりとなった剣――少年にあげた剣もコレクションに加えた。しかしあくまでボクが良いと思ったのは彼を殺した方でね、戦闘となると始まりの剣の方が使いやすいからよく使っていたのだけど、思い入れの方はそれほどでもなかったから少年にあげたというわけさ。だってほら、どうだい!」
 見せびらかすように、完成系の方の剣をオレの前で色々な角度に傾けて刀身を光らせる。
「与えた魔力に対する複製能力は少年にあげた剣より遥かに高く、一度増えたら木端微塵にしてもなくならない! いわば無限の資源であり、この術式が食べ物にでも組み込まれれば世界から戦争もなくなるだろうに、結果としてその力を得ているのは剣! 使い方によっては剣の洪水で街を飲み込む事すら可能な大量殺戮兵器! 何という皮肉を背負った剣だろうか……あぁ、美しい……」
 さっきの鋭い眼がコレクションを狙う顔で、今のこれがコレクションを愛でる顔。これがプリオルというコレクターをS級犯罪者にまでした本性――というか本質……なのだろう。
「いやはや、少年がドン引きしているのは伝わってくるが……テリオンは少し惜しかった。蒐集物は違えども彼もコレクター、お茶の一杯もするべきだったかもしれないね。」
 ――! そうだ、テリオン……テリオンはどうなったんだ……? スーツの人たちは……
「テリオン……は……」
「ん? ああそうか、戦いに割り込んだという事しか話してなかったね。まぁボクが殺したのだけど……たぶん殺せていない。」
「……?」
 テリオン本人の強さは未知だけど、プリオルに勝てるほどとは思えない。戦闘態勢でもないただ座っているだけの状態でもオレとのレベルの違いをビシビシと感じるくらいなのだ。テリオンが負けたのは確実だろう。でも……殺したけど殺せていないとはどういう……?
「ははは、見るからに困惑しているね。せっかくだから初めから話そうか。テリオンなる人物が台頭し始めたのは数年前。突然現れたと思ったらアシキリやキシドロ――あー、裏の世界の大物たちに並ぶ重鎮の一人にまでのし上がり『奴隷公』の二つ名で呼ばれるようになった。あの若さでそんなんだから古株たちからすれば面白くない、生意気な若造の成り上がりだったけれど、奴隷に関しては間違いなく最大手で客――特に貴族連中からの評判の高さが他の連中からのちょっかいを出しにくくした。こうして彼はその地位にゆったりと腰を据えたわけだけど……彼はその若さで瞬く間に名を上げたんじゃあない。のんびりと実益を兼ねた趣味に興じていたらいつの間にか裏の大物たちが注目するような規模に商売が膨らんでいただけなのさ。実際、彼の奴隷商としてのキャリアは数十年に及ぶ。つまり――」
 プリオルがパチンと指を鳴らすと、オレとの間にテリオンが現れる。胸と腹部を血で染めて横たわり、ごろりとこっちを向いた顔は両目を見開いていて……どう見ても死んでいた。オレは息を飲んだが、プリオルは困った顔で笑う。
「――こんなに若いはずはないんだ。心臓を貫いた時に普段は感じない気配がしたからね。きっと本体は別にあるんだろう。仕組みはわからないけれど、今頃やれやれとため息をつきながら次の身体を動かしているんじゃないかな。」
 本体は別……それじゃあどうにかしてテリオンを倒せていたとしてもスーツの人たちのコントロールは続いていたというのか……
「ス、スーツの人たちは……一体どうしたんだ……」
 転がるテリオンの姿から否応なしに思い浮かぶ嫌な予感。プリオルの話が事実だとしたら……あの人たちはもう助けられないのだとしたら、この男はスーツの人たちをどうするだろうか。興味を引くような剣が無かったとしたら、フェミニストとして……もう元に戻せない人形となってしまった女性たちを――
「勿論殺したよ。男の方はまぁどうでもいいから首を落としたけど、女性たちはあまりに悲しい状態だったからね。せめてその美しさを損なわないよう、最小限のやり方で命を断たせてもらった。余程腕のいい医者でなければ、彼女たちの死因は突然の老衰となるだろう。勿論、老いてはいない。亡骸はここよりも綺麗な場所に移したけど、男はその辺に転がっているよ。」
 再度指が鳴り、テリオンの横に一人の男性の生首が転が――
「――っ……」
「顔をそむけてはいけないよ。少年がやるべき事だったのだからね。」
 あははと笑ったプリオルは、ぐぐっと伸びをしながら立ち上がる。
「さて、少年の仲間がこっちに近づいてきているからね。もう一つの用事もあるし、そろそろボクは行くよ。」
 そしてオレの方へスタスタと近づき、しゃがみ込んで顔を覗き込む。
「ボクや他の面々が姉さんの為にいつでも少年を助けられるってわけじゃないからね。その命は姉さんの為に、その双剣はボクの為に、失わないように精進して欲しい。」
 そう言うと、プリオルの姿はパッと消えた。後に残ったのはテリオンの死体とスーツの人たちの一人の首……きっと見えないだけで他にもたくさんあるのだろう。そんな場所に一人動けずに座っているオレは……まさに完全敗北だ。オレの、覚悟の無さが招いた……
 でも……フィリウスもきっと覚悟しているのだろう事でも……それでもやっぱり……

「あのオトコの言っていた事はだいたい正しい……」

 プリオルが去り、その言葉通りならもうすぐエリルたちの誰かが来るのだろうタイミングで、知らない女の人が……銃を持ち、明らかに逃げ遅れた人ではないし国王軍の人でも暴れている犯罪者でもない、そんな感じの人が不意にオレの前にしゃがみ込んだ。
 身体がぐったりしているというのもあるが、こんな目の前に来られるまで気づかなかったなんて……
「ココロが死ぬ……そういう奴隷は多い。まして調キョウを行ったのがあのテリオンだというなら、ナニをどうしようと元には戻らないだろう。そしてそれはオオくの騎士が知る事であり、アキラめ、せめてクルしまないようにと剣を振り下ろす者もいる。けれどワタシはシッている……あの日、ワタシたちをそうした者たちよりも凶悪な者の気まぐれで解放されたあの時、シんでいると思っていたワタシの心に復讐の炎が灯ったのを。」
 プリオルやテリオンと比べれば特徴のない普通の格好をしたその人は、淡々とした表情でそこまで言うと、どこか嬉しそうにほほ笑みながらオレのほほを撫でる。
「自ブンでも気づかない心が……感情がまだ残っていた。だから、ダレもが諦めるだろう状況でもそんな可能性にすがる騎士が、ヒトリくらいいてもいいと――いて欲しいと思う。キミが《オウガスト》の弟子というのなら、そんなアマい騎士を目指して欲しいなと……トオりすがりのワタシは願うよ。」
「……あなた、は……一体……」
 方言か何かなのか、ところどころ不思議な発音で話した女の人はオレの頭を撫でながらゆっくりと立ち上がる。
「ワタシのコトは……いや、もしも君がそうなるのなら……」
 空を見上げてぶつぶつと呟いた後、女の人はオレの方に視線を戻した。
「……ワタシはロエウタ……もう存ザイしないと思うが、トッド家のロエウタだ。少ネンの名前を聞いてもいいかな。」
「……ロイド・サードニクス……です……」
「ロイド少ネンか。オボえておこう。またアウ時が……この国ではない気がするが、もしかしたらどこかで再カイするかもしれない。少ネンが甘い騎士であるならば。」
 最後にもう一度微笑み、女の人――ロエウタ・トッドと名乗った不思議な人は去っていった。



「けけ、けけけ! なんだこりゃどういうこった!」
 それっぽくメカメカした中身を光らせて機械の腕をわちゃわちゃ振り回して周囲の建物をドカドカ飛ばしてくるロンブロは、結局私を引き寄せられたのが最初の一回だけだった事に……イラついてんのか笑ってんのかよくわからんが、そんな事を言った。
 やろうとしたら超高等魔法だろうとんでも位置魔法には面は食らったが、要するに私自身がそれに気づきにくいだけで私の身体は確実に移動してる。なら他の何かを基準として私の身体があいつの方に動いた時に逆方向に引っ張る電磁力をあらかじめ仕掛けておけばいい。
 まぁ、最初の一発で腹を貫かれたりしてたらそれで終わってた事を考えると私も油断が過ぎたわけだが……まさか『ケダモノ』に『フランケン』の技術力がくっついてるとは思わねぇよ、ったく……
 それでもクォーツたちは……まぁまぁ危なげなく戦えてるな。やっぱしてきた経験の質がいいからか?
「けけ、けけけ! ならこれはどうだ!」
 機械の腕の一本がこっちを向くと同時に、私が手にしてる槍が物凄い力で引っ張られた。
「てめ、私の槍を!」
 建物丸ごととか空間ごととか、大雑把な移動しかできないのかと思いきや対象を絞る事もできるわけか……!
「けけ、けけけ、頑張るじゃねぇか! 磁石の力とゴリラ筋肉で踏ん張ってるみてぇだが、無理はしない方が身のためだぜ!」
 機械の腕の中に収まってる水晶みたいなのの光が強まり、槍を引っ張る力が増した。腕がきしみ、ビキビキと悲鳴を上げ始める。これは無理か……
「――だったらっ!」
 槍と手の平を帯電させ、反発する方向の電磁力を発生させる。当然、槍は私の手から離れ――
「けひょ!?」
 槍を引き寄せる力に反発力が乗り、弾丸のような速度でふっ飛んだ私の槍はこっちを向いてた機械の腕の手の平をぶち抜き、そのまま水晶みたいなのに風穴を――

 ――ッキョ!

 ……あけたんだが、その瞬間聞きなれない音と共にその腕が破裂、ロンブロが……穴のあいた風船みたいな軌道でぐるんぐるん回ってふっ飛び、瓦礫の山に突撃した。
 ……なんだ今のは……?
「けけ、けけけ! あぶねぇことしやがる!」
 ロンブロの腕の一本を破壊した槍を電磁力で手元に戻すと同時に、ロンブロは水晶のあった辺りから先が消し飛んだ腕をぶらぶらさせながら立ち上がった。
「『フランケン』から言われてんだよ、この球体に穴とかあけんじゃねぇぞってな。位置魔法のエネルギーが暴発するらしいぜ?」
「エネルギー……それで今のアホな動きか。もっと派手に暴発してくたばれば良かったものを。」
「けけ、けけけ、他人事じゃねぇぞ? なんせこの丸っこいのの中には――」
 残った二本の機械の腕の内の一本を私に向けるロンブロ。だが私の身体も槍も位置の移動はなく、代わりに機械の手の平の真ん中がガションと開いて――
「こういうのが入ってんだからなぁっ!」
 突如視界を埋めた閃光。反射的に回避した私の隣を走った光は瓦礫の山となってる後方の元建物らを飲み込み、遠くの方で盛大な爆発音を響かせた。
「けけ、けけけ! 『フランケン』が言うには、これが位置エネルギー砲とかいうモンらしいぜ?」
 ビームみたいな一撃だったがその光からは熱が感じられず、通った跡も焼け焦げたようなにはなってない。例えるなら削岩機でえぐったようで、爆発が起きた方にも煙一つ上がってない。おそらく爆炎が周りの空気を吹き飛ばした音じゃなく、着弾した位置エネルギーとやらが建物を弾き飛ばした……そんなような音だったんだろう。
 電磁力とか原子分子の結合をいじってる私が言うのもなんだが、『滅国』といい『フランケン』といい、魔法と科学を混ぜる奴らは面倒だな……
「でもってこれも『フランケン』が言ってた事だが、こいつのいいところは熱が無いところ。つまり!」
 二本の腕を空に向け、両の手の平から天へとビームを放つロンブロ。その光は途切れることなく柱のようにその場に残り――
「イキっぱなしでヤレるってわけだっ!」
 巨大な剣のように振り下ろされた。私は横に跳び、着地と同時に上にジャンプして地面に叩きつけられたそれを見下ろす。
 ドヤ顔で攻撃してきたロンブロだが、ビームを撃ちっぱなしで薙ぎ払うってのは光の魔法の使い手がたまにやる技で特に珍しくない。これ系の技の対策はまずその攻撃範囲を確認する事からなんだが……最初にぶっ放した一発よりも射程が短いな。発射するのと撃ちっぱなしにすんのとじゃ具合が違うって事なんだろうが……まぁ、ざっと二百ってところか。
 要するにこいつは長さ二百メートルでちょっとでもかすったらえぐられる愉快な剣を、重さが無い分見た目の感覚よりも遥かに速く振り回せるようになったって事だ。
「けけ、けけけ!」
 バカでかい光の剣をぶんぶん振るロンブロ。これがサードニクスの剣みたいに手の平でくるくる回せるサイズの代物から伸びてたらかなり厄介だったが、これの根本は機械の腕の手の平。長さも太さもかなりの規模だが避けるのは簡単だ。剣術のけの字もないブン回しってのもあってかなり余裕だ。
 ただ……このままだとあいつを中心に半径二百メートルの範囲内にあるモノは全部なくなっちまう。こういうのを後で直すのはセルヴィアだろうから……あんまり粉微塵にすると怒られちまう。
 チェレーザと違って全身機械ってわけじゃねぇからもろい部分はあって、実際腕の一本は壊せた。早いところ残りの腕も破壊しちまおう……
「なんだよ、逃げるだけか、えぇ!? 先生よぉ!」
 ぴょんぴょん跳び回ってた私を左右から挟むように迫った光の剣は、突如その形を変えて扇子みたいに広が――ってなんだそりゃ!?

 ――キョォンッ!

 位置エネルギーとやらが互いにぶつかったせいか、槍が腕を貫いた時にしたのと似た変な音を響かせて私――が、一瞬前までいた場所を潰した。
「けけ、けけけ! っとにすばしっこいゴリラだな!」
 ビームの形を変えるとか、そりゃ形状の魔法の領分だろうが……こうなるとちょっと厄介だな……
 ……脚のダメージも含めて……
「けけ、けけけ、でもようやく当たったみたいだな! こんだけやってかすっただけとはさすがの先生だがよ!」
 微妙に回避が間に合わず、ロンブロの言う通り「かすった」んだが……右脚の一部、ふくらはぎの表面が数ミリえぐれて血がにじみ出てくる。結構な痛みだがそんなのは慣れっことして、問題は筋肉が削られたって点。普段通りにはもう動けないだろう。この状態じゃあロンブロのテキトーな攻撃にも当たりやすくなっちまう。一度でもまともにくらえば致命傷だってのに……
「おお? おお! そうそう、そういう顔が見たかった! 好きだぜぇ、余裕がなくなっていく女騎士は! オレの趣味をよく知ってる分、それが自分に迫りつつある事に冷や汗モンなんだろう、えぇ!? そうして遂に迎える絶頂の瞬間――精神が負け、心が死ぬ時のお前らと言ったらたまらねぇ!」
 言いながら、股間の奥にしまってたモノを再登場させていきり立たせるロンブロ。目が腐るモン出しやがって……
「けけ、けけけ、盛り上がってきたぜ? この腕の中の位置エネルギー、オレ自身じゃ作れねぇから補充式でよ。出し切っちまうと身体が動かなくなるから普段は使用禁止なんだ。それが今日はお許しが出て……けけ、けけけ! そのかいあってあの『雷槍』をヤレるとあっちゃここ最近で一番の高ぶりだ! あぁ、早くその身体を――」

 ゴンッ

 ベロりと長い舌を垂らしてよだれをこぼすロンブロだったが、その目の前に……私も予想外だったんだが……唐突に、こいつの姉――チェレーザの首が転がった。



 手が触れる。圧をかけながら絡み合う。感触を確かめるみたいになぞり、引き寄せる。
 呼吸が塞がり、息が止まる。少し離れた時にゆっくりと漏れ出る熱を吸い込む。
 こもってた温度が散り、それ以上の高温に包まれる。あちこちに痺れが広がり、頭の中がぼんやりとする。
 一つの事だけを考えて、一つの事だけを求めて、それがあっちとこっちで交差して……何も言わずに伝わる感情が言葉以外の全てで語る。
 幸せな時間と抗えない刺激の中でただ一言、愛して――


「――!?」
 何が原因なのか、直前まで何をして――何を見てたのか。ハッキリしないけど死ぬほど恥ずかしいって事だけはわかるそれのせいで飛び起きたらしいあたしはいつの間にか地面に転がってる自分の状況が理解できなくて、ぼやける目をパチパチさせる。周りにはあたしと同じようにローゼルたちが……あれ、リリーだけいない……?

「ひひ、ひひひ! 全然動きが読めねぇぞ! 気配ゼロの位置魔法、本業は暗殺者ってか!」

 リリーはどこ――その疑問には変な笑いと一緒に聞こえてきた言葉が答え、あたしたちが意識を失ってる間にリリーが一人で戦ってたって事を知って加勢しなきゃと声のした方を見て……あたしは息を呑んだ。
 リリーは『テレポート』と『ゲート』を駆使して相手の攻撃をかわしたり明後日の方向にとばしたりしながら死角に入って急所狙いの一撃っていう、鍛錬の中でもやってるいつものスタイル。時々見慣れない動き……絵描きや写真家がやるみたいに両手で四角を作って覗くっていうのをやってるけど……問題なのは敵――チェレーザの方。ワイヤーを使った戦い方をしてたはずが、今は……有名な魔法使いの戦闘みたいに特大の雷を降らしてる。

 ほとんど世界的なイベントになってる十二騎士トーナメントは、騎士になるって決める前から毎年観てた。なぜなら試合が進むにつれて激しくなってく戦いの様子は何かのショーみたいにキレイで、中でも第二系統の雷、第三系統の光のブロックはその派手さがダントツ。最近で言えば先生――『雷槍』と《フェブラリ》の試合は大小色んな雷が雨あられと降り注ぐから常にピカピカ光る目に悪そうな光景になる。
 でもそれは互いがすごい雷魔法の使い手って事を意味してて、今のあたしにはあのド派手な戦いがどれだけレベルの高いモノなのか理解できる。
 そしてあれに似たような光景を交流祭でも見た。ロイドと戦ったプロキオンの生徒会長、マーガレット・アフェランドラ。魔眼ユーレックを発動させた『雷帝』は一人で先生と《フェブラリ》の試合に匹敵する雷を撃ちまくってた。
 そして今、チェレーザが同じように一人であんな感じの雷の嵐をまき散らしてる。
 ……ただ……正直その辺がどうでも良くなるくらいに、チェレーザの姿は変貌してた。

「ひひ、ひひひ! 結構取り込んだがこのままだと素材が足んなくなっちまうなぁ、ひひ、ひひひ!」
 銀色のマネキン姿はそこにはなくて、あるのは……蠢く壁として使い、リリーがその全員をころ――倒した犯罪者たち……の、死体……が、建物の瓦礫とかとぐちゃぐちゃに混ざり合って人型になって出来上がった……五、六メートルくらいある、気持ち悪いを通り越して理解が追い付かない……異形の怪物。目とか口はないけど胸の真ん中にあの狂気の笑いを吐き出す顔が覗いてる。
「ちょこまか逃げ回って、そんなに避けられるとアタシも悲しいぜ!?」
 バチバチと腕の部分が帯電し、拳を空に掲げると天変地異みたいな特大の雷がデタラメに降り注ぐ。当然のようにあたしたちの方にも落ちてくるけど、その全てがあたしたちに届く前に消え、代わりに他の雷とは違う軌道で変なところに落ちる。たぶんリリーがあたしたちを覆う感じに『ゲート』を展開してくれてて、たぶんかなり負荷がかかるそれを普通にやってるリリーがすごいんだけど……やっぱりおかしいのはチェレーザ。
 雷を撃ったことで帯電がなくなった腕からボトボトと、大量の血と一緒に真っ黒な炭みたいになった……に、人間の身体……の、一部が……剥がれ落ちて……ダメだわ、吐きそう……
「んん? ひひ、ひひひ、おいおいまじか! キシドロ製薬ナンバーワンの媚薬を吸わせたんだぞ!? 股座濡らしてよだれぶちまけながらよがり狂ってなきゃおかしいだろ!」
 あたしが起きた事に気づいたチェレーザがそんな事を言った。媚薬……さっきの変な夢みたいなのはそのせい……? でも身体に変化は――って媚薬っ!? なんてモノ吸わせんのよあのマネキン!
「ひひ、ひひひ、暗殺者に媚薬に無反応な枯れたガキ、ったくどんなヘンテコ集団なんだお前らは。」
「そんな気持ち悪い姿の奴に言われたくない。」
 トーンの低い声でリリーがそう言うと、チェレーザは……グロテスク極まりない身体で肩をすくめる。
「ひひ、ひひひ、そっちがこさえたモンを再利用してるだけだぜ? せっかくの素材をほったらかしじゃもったいねぇだろ。」
 ぐちゃぐちゃとした腕を伸ばし、ググッと拳を握ると雑巾をしぼるみたいに大量の血が流れ落ちて……!
「魔法を使うと負荷を受ける。何故なら人間は魔法を使うようにはできてねぇからだ。使い過ぎると死ぬってんだから相当合ってねぇんだろうな。だからうっかり死んじまわないように誰もがパワーをセーブする。有名な騎士様や大魔法使いがバカみたいな魔法を使えんのは、身体が慣れるほど使ったか特殊な体質か負荷を抑える技術を持ってるかだが――ひひ、ひひひ、何も自分の身体で負荷を受けるこたぁねぇだろ?」
 握られた拳が再度帯電し始めて電気のエネルギーがたまってく。
「ひひ、ひひひ、ワイヤーをぶっ刺してそいつを操るってのを応用してな、他人の身体を通して魔法を使うのさ。そうすっと負荷はそっちに行くから、パワーをセーブする必要がねぇわけよ。他人の身体が消し炭になろうが知ったこっちゃねぇだろ?」
 バチバチ光る拳を空に向けて指を一本立てる。するとたまったエネルギーが指先から出て……アンジュの『ヒートボム』みたいな光の球になった。
「他人の身体って……ロボットのクセに何言ってるの。頑丈なそっちの身体で負荷を受ければいいでしょ。」
 チェレーザが雷の連発を止めて大技っぽいのの準備を始めたのに対し、リリーは……また写真家みたいに両手で四角を作ってそこからチェレーザを覗いてる。
「ひひ、ひひひ、そこはまだまだ『フランケン』の研究途中さ。生体でないモンに負荷を移せるようになったらこんな風におめかしする必要もなくなっていいんだがな!」
 周りが一段階明るくなるくらいの大きさに膨れ上がった電気の球体……まずいわ、あんだけ大きいと『ゲート』でも移動させられるかどうか……ローゼルたちはまだ起きないしあたしも身体がだるくて立ち上がれない……!
「さてさて、そろそろテリオンの奴も必要な情報をゲットしたかガキを調教し終わった頃だろう。こちとら怖い双子に追われる身なんでな、お前らみたいなヘンテコ集団から情報引っ張り出すのはめんどそうだし、素材にも限りがある。妙な魔法でアタシの雷をトバしてるみてーだが、この規模ならどうだ? 寝たきりのお友達置いて逃げられないだろ、騎士として。」
「……一応言っておくけど、それが発射されてこっちに届くまでの間に全員を別の場所に移動させることくらい楽勝だよ。でも攻撃を止めて呑気にタメに入ってくれたからこっちも倒す準備をしてるんだよ。」
「ひひ、ひひひ! そりゃまぁ呑気にもなるさ、そんな短剣じゃアタシは斬れねぇんだからな。」
「そうだね。でもボクにはロイくんの愛があるから関係ない。ただ、あの時のままだと街を壊しちゃうしそもそもあの規模はまだ出来ないから、範囲を調節する必要があった。」
「愛だぁ? 何言ってんのかさっぱりだが、それはこの状況でものんびり写真撮影できるような代物なのか?」
 馬鹿にしたような笑みを浮かべて指先に浮いてる電気の球体に視線を送るチェレーザだけど、リリーは淡々と答える。
「そうやって突っ立っててくれたからのんびりできたんだよ。おかげで準備が済んだ。」
「ひひ、ひひひ! なるほど、騎士様お得意の必殺技がその手の四角から発射されるわけか! んじゃあ見せてもらおうかね!」
 ボールでも放り投げるみたいに、チェレーザは電気の球体をポーンと打ち上げた。
「ひひ、ひひひ、落ちてくるまで何秒だろうな! アタシを攻撃してもあれは消えねぇからお友達助けるならお早めにだ! その間にアタシはロンブロ拾って帰るからよ!」
 あたしたちを倒す事はそもそも目的じゃなく、メインはロイド。この一撃であたしたちが死のうが生きようがどうでもいい――そんな感じで……たぶん本人はあれを受けても無傷でいられるんだろう、ニヤニヤと笑って立ってるチェレーザの前で、リリーは手の四角をくいっと上に向け、ゆっくりと落下を始めた電気の球体をフレームにおさめてぼそりと呟いた。

「『スプリット』。」

 何かが発射されることはなく、派手な衝撃も音もない。ただ結果として――電気の球体は真っ二つになった。
「ひぇ?」
 チェレーザがマヌケな声をもらすと同時に、分裂した球体は安定を失ったらしく、無数の雷をあっちこっちにまき散らしながら破裂した。降り注ぐ雷はさっきまでのようにリリーの『ゲート』であたしたちに届く事はなく、チェレーザの大技はたくさんの落雷となって消滅した。
「な……なんだ今のは……いきなり二つに……一体何を――」
 ニヤケの消えた顔をリリーに向けたチェレーザと、手の四角をチェレーザの方に向けたリリーの目線が合うと、チェレーザの……ぐちゃぐちゃとした身体が腰の辺りを境に上と下に分裂した。
「なぁっ!?」
 ぐらりと崩れるチェレーザの身体をフレームに入れながら、右へ左へと手の四角を傾ける。その度に巨体は分裂していき、チェレーザの顔が出てた胸の部分が地面に落ちる頃には人型でなくなった……ぐちゃぐちゃに混ざったし、死体の山……が出来上がってた……
「おいおいおい! どうなってんだこりゃ!」
 ずるずるとその中から出てきたチェレーザには四肢がなく、ワイヤーを周りに引っ掛けて器用に起き上がったっていうか浮き上がった。見ると死体――の中にチェレーザの腕とか脚が埋もれてる。つまり、あたしのパンチでもビクともしなかったチェレーザの身体を、リリーが魔法でバラバラにした。
 リリーがやったのはラコフ戦の時にやった魔法。空間ごとずらして相手を斬る――っていうかちぎる技。あの時はラコフだけじゃなくて後ろの地面とかもずれちゃってたけど、たぶんあの手で作った四角でその範囲を限定するイメージを固めたんだわ。
「どうもしないよ。別に『フランケン』とかいうのの技術が低かったわけでもない。さっきも言ったように――」
 未だに自分の方に手の四角を向けてるリリーを見てチェレーザの表情が青くなった瞬間――
「――ロイくんとの愛の前には関係ないの。」
 チェレーザの首がとんだ。


「けけ、けけけ! なんだ姉貴、これからお楽しみってとこに文字通りに首を突っ込みにきたのか!? 身体を張ったギャグだぜ!」
 少しの間聞こえてこなかったから忘れてた、もう一人の変な笑いの奴――先生と戦ってたロンブロの方に転がったチェレーザの首……なんだけど、先生の戦いは相当激しいモノみたいで、ある場所を境にして周りの店が一軒残らず無くなってた。
 ……っていうかあの境目……もしかしてリリー、『ゲート』を先生の戦いの余波がこっちにこないようにも展開してたの……?
「! しまった、お前らがいるのを……くそ、何やってんだ私は! この変態の攻撃がそっちに届かなかったのはトラピッチェのおかげか? すまん、助かった!」
 先生の割と大真面目な謝りにコクンと頷くリリー。ロンブロの両腕からはなんかビームみたいな剣みたいなモノが伸びてるけど……あれとチェレーザの雷を防ぎつつ今の空間ずらしをやったってこと……? ホントにロイドが絡むと本気になるっていうか覚醒するっていうか……
「ひひ、ひひひ! テリオンの奴が他の学生の調査をなまけたみてーでな! バケモンが混ざってたのさ!」
 ――って、チェレーザが首だけで普通に喋って……あれでまだ倒せてないわけ?
「そろそろ時間をかけすぎな頃合いだからな。とんずらここうと思ったらこの様よ。ひひ、ひひひ、そっちはこれからってところだろうが――ちとお姉ちゃんを助けてくれねぇか弟よ。」
「けけ、けけけ、オレよりも姉貴の方が『フランケン』の技術がのってるからな。このまま置いてくとあいつにキレられちまう。『雷槍』はおあずけだな。」
 両腕……っていうか機械の腕から伸びてたビームを消すとロンブロは――どうやったのか、転がるチェレーザの首を手元に引き寄せて先生やあたしたちから距離をとった。
「……反省はあとだな……お前ら、ここまで街を滅茶苦茶にしといてあっさり帰れると思ってんのか。」
 先生が槍先をロンブロに向けるけど、ロンブロはあたしたちの方……いえ、バラバラになったチェレーザの身体を見てそっちの方に機械の腕を向けた。すると首を引き寄せた時みたいにチェレーザの身体が死体……の山から引っ張り出されて磁石みたいにロンブロの機械の腕の手の平にくっついた。
「けけ、けけけ、全力疾走しても途中で追いつかれるだろうからな。お前らをちゃんと動けなくしてから帰るぜ?」
 そう言いながらロンブロは、生身の腕に持ち替えたチェレーザの首から顔の部分を引き剝がし……!?!?
「けけ、けけけ、結構長く使った方だよな、この顔。三つ目だったか?」
 わけのわからない事を言って剥がれた顔を捨てるロンブロ……顔がなくなって本当にマネキンになったチェレーザだったけど……
『四つ目だ。どっかの貴族のとこにいたメイド……あぁ? それが三つ目だったか?』
 どこからともなくチェレーザの声がしたかと思ったら顔の無くなった頭部がパカッと開き、細かい機械がせり上がって……飴玉くらいのガラス玉が出てきた。
『ひひ、ひひひ、おい見ろよロンブロ。学生の皆さんがわけわからんて顔してるぜ。』
「けけ、けけけ、顔がくっついてるからってそれが姉貴のだとは限らねぇだろ? ぶっちゃけ必要ないんだが顔無しじゃ変だからな、人として。」
 チェレーザの声に連動してピカピカ光るガラス玉……つまり……
「……それが……その小さいのがあんたの本体ってわけ……?」
『言ったろ、アタシは見て楽しむタイプだってな。チェレーザっつー存在があれば他はどうでもいいんだよ。』
 顔があったら狂気の笑みを浮かべてるだろうチェレーザを、ロンブロがレンズみたいになってる自分の左目の中に押し込み……!?
「けけ、けけけ、運がいいなぁ、お前ら。オレらは『ケダモノ』っつーコンビ名で呼ばれてるが、一人としての『ケダモノ』を見たやつはあんまりいないんだぜ?」
 ニヤリと笑ったロンブロの左目が赤く光ったと思ったら、機械の腕にくっついてたチェレーザの身体がロンブロの身体の周りに展開し、ガシャガシャと形を変えて……まるで鎧みたいにロンブロを覆っていった。
「……合体までできんのか、お前ら……」
「けけ、けけけ! 姉貴と合体なんて気持ち悪い事言うなよ先生! 姉貴を装備してると言って欲しいところだな!」
 背中の機械の腕に加えて元々身体のあちこちに機械がくっついてたけど、完全に全身が覆われたロンブロだかチェレーザだか……『ケダモノ』は、火の国のゴリラみたいに全身をアーマーで包んだ重たい雰囲気の姿になった。
 て、ていうかこいつ、ま、また下の――アレが出て……!
「けけ、けけけ、そんじゃまぁ一発ぶちかましてとんずらとすっか、姉貴。」
『ひひ、ひひひ、うっかり殺す勢いでやってけよ。』
 顔も覆われてるから狂ったような笑い顔は見えないけど、一人で二人分笑う『ケダモノ』は四本の腕それぞれに別々の色の光をまとう。
「けけ、けけけ! 騎士連中みてぇに言えばこれが『ケダモノ』の必殺技だぜ? オレの位置と姉貴の雷を『フランケン』が意味わからん技術でくっつけた魔法を――」

「信じられないな。」

 二つの系統を合わせたらしい魔法が放たれる前に、そんな怒りと呆れを含んだため息混じりの呟きが隣から聞こえてきたと思ったら、どこからともなく降ってきた剣に『ケダモノ』の……し、下のア、アレ――が切り落とされて、そ、それが地面に落ちる前に更に降り注いだ剣が細切れにした……
「そういうモノを見せる時はムードとタイミングが大切なんだ。自己満足の目汚しを女性の前でするもんじゃない。」
 まるで最初っからそこにいたみたいな当り前さであたしの隣に立ってる男。綺麗な金髪と裏通りで女の人をナンパしてそうな格好で武器なんだろうけどよくわかんないモノを肩にかけてるそいつの顔には見覚えが……!
『ひひ、ひひひ、どうやら逃げ遅れちまったみてーだが、この状態になっといたのは正解だったな。』
「よくもオレのナニを! 『フランケン』にキレられるだろうが!」
「『フランケン』か……随分な技術力だとは思ったがそういう繋がりがあったとはね。」
 あたしたちより一歩前に出たそいつは、くるりとこっちを向くとこの場に合わない爽やかさマックスの笑顔を見せた。
「すまないが、無念を晴らさなければならない女性たちがいてね。この男の始末はボクに任せてもらえないかな。」
 見たのは一回だけだけど覚えてる。スピエルドルフでS級犯罪者のザビクの最期を見にきた『世界の悪』の一味の一人、『イェドの双子』の男の方……プリオル!
「は……勘弁してくれ。何でお前みたいな大物がこんなところに登場するんだ?」
 あたしたちの中で一番強い先生がひきつった顔をプリオルに向ける。暗殺者モードのリリーでさえもどこか怯えたような、恐怖を押し殺してるような表情になってる。本人には敵意の欠片もない感じなのにビリビリと伝わる格の違い……いえ、というかそういうのとは根本的に違うような変な威圧感……なんなのよこのバケモノは……!
「完全に偶然――とは言えないのがこちらの落ち度と言いうか、ボクのミスで一部の悪党の目が少年に向いてしまった事が全ての始まり。しかし今となっては私怨が八割と言ったところかな。」
 そう言いながら右手を挙げてグッと握りしめ、再度開くとそこには飴玉サイズのガラス玉が――ってそれは……
『!? なんだ、どうなってる!?』
「いやぁ一安心だ。この美しい球体がレディの全てだというなら傷つける心配もない。」
 いつの間にかプリオルの隣にあった豪華な椅子に綺麗な装飾のされた布をのせ、そこにガラス玉を恭しく置いた。
「姉貴!? てめ、いつの間に――いや、つかんな事できるわけが――」
「普通なら無理だろうが、今のお前は特殊だから多少の無理も通る。」
「何を言って……」
 動揺する『ケダモノ』……いえ、ロンブロが一歩下がると、プリオルは肩にかけてた武器みたいなモノを置いてその手に一本の剣を出現させた。
「け……けけ、けけけ! その剣一本でヤル気なのか? 姉貴が離れたとは言え、この状態は――」
 背中から伸びる二本の機械の腕がまとってた光を強めて何かを出そうとした――みたいなんだけど、その両腕は内側から何かのエネルギーが漏れ出るように爆発した。
「――!?」
「どういうモノか、ボクもそこまで学が無いからその腕の技術はわからないが……位置魔法の気配はしたから少しいじった。それとヤル気もなにも、お前はとっくに死んでいる。」
「くっそ、位置エネルギーを――……なに……?」
 プリオルがさらりと口にした言葉に機械の腕がふっ飛んで普通の人間のシルエットに近づいたロンブロが真顔になった。
「死んでいると言ったんだ。最初に会った時何本か剣を刺しただろう? その内の一本がこれだ。」
 手にした剣――少し細身だけどよくあるデザインの剣を……なんていうか、愛でるみたいに撫でるプリオル。
「これは殺した相手を好きなタイミングで殺せる剣。おかしく聞こえるだろうが、要するにこの剣によって死んだ者の魂は許可されなければあの世に向かえない。かつて多くの仲間を失った戦士がその悲しみを二度と味わうまいと生み出し、以降仲間になった者の心臓をこの剣で貫き、その戦士が望まない限り死ぬことのない不死身のチームを作り上げた。不死となった者たちは自分がそうなった事に気がついていなかったのだが、いつしか老いない身体に疑問を抱いてね。真実を知って元に戻すよう戦士に言ったが戦士は聞く耳を持たず、結局戦士が老衰で死ぬまで不老不死であり続け、戦士の死と共に全員が死んだ。なかなかグッとくる物語だろう?」
「その剣で……オレを……殺しただと……?」
「ちょっとした保険のつもりで一応刺しておいたという感じだったのだが、マジックアイテムで逃げられた時は殺しておいて良かったと一安心だ。この剣で殺し、その命を握っている対象の場所はボクの位置魔法で追えるのでね。まぁ、その追跡も途中から出来なくなったのだが、身体が半分機械というなら強引に納得しておこう。位置魔法は繊細だから。」
 はははと笑い、その……好きなタイミングで対象の命を奪う剣をパッと消すと同時にもう片方の手に別の剣を出現させる。
「さてここからが本題、ボクがここに来た理由だ。さっきも言ったが、無念を晴らす。心当たりはあるだろう?」
「オレが……もう死んでる……?」
 プリオルの質問よりもとっくに死んでるっていう……あたしも理解が追い付いてないけど、よくわからない事実に自分の両手を見つめるロンブロ――
「こらこら、気にするべきはそっちじゃない。」
 ――の、その両手が斬り飛ばされ――!?
「お前の命も両手もどうでもいい。聞いているんだ。心当たりは、あるだろう?」
 痛みを感じないようにでもなってるのか、血も出てこない切り口からプリオルの方に視線を戻したロンブロは、ニヤリと顔を歪ませた。
「けけ、けけけ……意味の分からねぇ事を言ったと思ったら……そうかそうか、そういやお前はフェミニストだったか? オレらを追いかけてきたってこたぁオレらの家にも行ったわけか? けけ、けけけ! しばらく帰ってなかったが、女共は生きてたか!?」
 急に勢いが戻ったその一言で、プリオルが何を見てきたのかを理解した。きっとあたしが想像するモノよりもずっと酷い状況だったんだと思う。フェミニストだからとかじゃなくて、まともな人なら誰もが胸糞悪くなるような……
「あんな状態を生きているとは言わない。だからボクが安らかに眠らせてきた。そして、彼女たちの怒りと無念をお前に伝える。」
「殺したのか!? けけ、けけけ! 安楽死ってわけだ! せっかくのコレクションだったんだがな! どうせならお前も一発ヌいときゃ良かったモノを! ありゃオレが選び抜いた具合のいい――」
 下衆な事をペラペラと喋るロンブロの、チェレーザと合体して鎧を着こんだみたいになっててそれなりに硬いはずの胸に、プリオルの剣が何の抵抗も無く突き刺さった。
「レディたちは耳を塞ぐ事をお勧めするよ。聞き苦しいモノが響くだろうから。」
 そう言いながら、自分の胸に突き刺さった剣に視線を落とすロンブロから数歩下がったプリオルが肩越しに爽やかに笑いかける。
「けけ、けけけ……けけけ! 悪いがオレには痛みってモンがねぇんでな! この後何が起きるんだ、えぇ!? 楽しませてくれんのか、S級犯罪者!」
 けけけけ笑いながらこっちに一歩近づいたその瞬間、ロンブロの表情が固まった。
『お、おいロンブロ……?』
 その状態でも周りが見えてるのか、ガラス玉のチェレーザが名前を呼ぶと同時に――

「あああああああああああああああああああああああああああっ!」

 ――ロンブロが絶叫をあげた。無いはずの痛みが走ったのかと思ったけど、ロンブロが押さえたのは剣の刺さった胸じゃなくて頭……というか、激痛を感じての叫びっていうよりは表情的に……恐怖……?
「入って、クルなぁあああああっ! オレの、ウラガワ――削るなぁアアアアアアア!!」
 頭を抱えて滅茶苦茶に身体を揺らし、近くの瓦礫に額を打ちつけたと思ったら地団駄を踏む。何が起こってるのか全然わかんないけど、とにかく恐ろしい何かに襲われてるロンブロは狂ったみたいにのたうち回る。
『ロンブロォ! プリオル、てめぇ何をした!』
 見てるこっちも怖くなってくる動きをするロンブロを前にガラス玉のチェレーザがそう言うと、プリオルは「ふむ」とあごに手を当てて少し考え込む。
「うーん……何をした、か……言葉で説明する事が難しいのだが……そうだな、強いて言うなら遺言を伝えている。貴女の弟が弄んだ女性たちの砕けてしまった心に、それでも刻まれた最期の叫びを、あの男の身体の全て……全感覚……いや、魂に叩きつけている。」
「うるセェェェェ! 笑ってんじゃネェぞぉっ!」
 ロンブロの叫びをまるで気にせずに説明したプリオルは、あたしたちの方に再度爽やかな笑顔を向けた。
「こんなモノを見せてしまって申し訳なかったね。そろそろ終わるから。」
「あああああああ――」
 支離滅裂な事を叫んでたロンブロだったけど、その声がスイッチを切ったみたいにピタッとやんで……頭を抱えた体勢のまま、糸か切れたみたいに倒れた。
『ロンブロ!!』
「おや、これは……なんだ、やる割に本人に耐性はなかったようだな。すまないレディ、貴女の弟は完全に壊れた。とうに死んでいて残すは剣が魂を送り出すだけだったが、それを待たずに今ので心が砕けたようだ。」
 ガラス玉のチェレーザに目線を合わすようにしゃがんでそう言ったプリオルは、さてさてと手を叩きながらゆらりと立ち上がる。
「一応ここでのボクの用事はこれで終わりだ。まだ生きているだろうテリオンはこちらのレディに協力してもらえば見つけられるだろうから……っと、そういえば妹はどこに行ったんだ?」
 ロンブロの――弟の名前を呼んでピカピカ光ってるガラス玉のチェレーザを指輪が入ってそうな小箱に入れながらそう言ったプリオルは、あたしたちは勿論先生すら敵と認識してないのか、豪華な椅子とかを消して帰り支度を……って、今こいつ、テリオンって言ったわね……ここに来る前にそっちに行ったって言うなら――
「おいおい、さすがにこうして顔を合わせちまったら騎士としてS級犯罪者を逃がすわけにはいかないぞ? しかもその言い方、テリオンに会ったな? その場にうちの生徒もいたと思うんだが。」
 プリオルからにじみ出る別格の圧は未だにあるけど、先生は槍を構えて矛先をプリオルに向けた。
「勘弁して欲しいな。貴女クラスの女性騎士が相手だと応戦せずに逃げ切るのは大変なんだ。それに少年は――」

「プリオル!!」

 本気で困った顔をするプリオルの名前が上の方から聞こえたと思ったら、倒れたロンブロの上に誰かが着地した。
「マイッたわ! タノシいけど準備無しに女王に挑むもんじゃないわね! アナタの位置魔法で逃がしてくれないかしら!?」
 それは人っぽいシルエットだけど人じゃなくて、ニンジャみたいな格好で背中から蜘蛛の脚をはやした女。プリオルと同じようにアフューカスの仲間の一人――魔人族のマルフィ……!
 でも……あれ? 背中の脚が二本くらい途中で無くなってる……?
「……! こっちこそ勘弁して欲しいな……いつからS級犯罪者の大展示会が始まったんだ?」
 乾いた笑いをもらす先生を横目にプリオルがマルフィに話しかけようとした瞬間、プリオルから出る威圧感が可愛く思えるほどの――尋常じゃない殺気が辺りを覆った。
「おっと……これはまた、妹がいても歯が立たないレベルだな。マルフィがその有様ならなおのこと。」
「デショ? コイニ生きる吸血鬼をちょっとなめてたわ。」
 錯覚なのか本当にそうなってるのか、周りの明るさが二段階くらい暗くなって、あたしたちの上にふわりと、真っ黒な翼を広げて真っ赤な剣を手にしたカーミラが、黄色の左目をギラリと輝かせてこっちを見下ろす。
「……? マルフィ、もしかして彼女を通せんぼしながら戦いを?」
「ソウヨ。スキアらば愛する王子様のところに行こうとするんだもの。」
「それなら彼女を行かせてあげれば慌ててボクのところに来る必要はなかったろうに……いや、これもボクの運命の影響かな。」
 目を合わせただけで死ぬんじゃないかってくらいのカーミラに仰々しく頭を下げるプリオル。
「再びお会いできて光栄です、女王陛下。ボクとしてはこのまま貴女をお茶に誘いたいところですが、貴女の想い人を欲する姉さんの手駒たるボクは始末の対象でしょうね。しかし少年――ロイド・サードニクスは今、腹部と両足にケガを負い、なおかつ薬で意識が朦朧としています。相対していた奴隷商人はもういませんが、この混乱の中で彼に良からぬ事をしようとする者がいるかもしれま――」
「ウワ、ハやっ。イトヲ解いた瞬間に行っちゃったわ。」
 プリオルの言葉の途中で……よくわかんないんだけど通せんぼ? をマルフィがやめたらしく、カーミラはその場からいなくなってた。
「やれやれ……本来なら彼女にはこの場で殺されてもおかしくないから説得をと思ったのだけど、最優先は少年なのだね。まぁ、既に少年の友人が合流しているだろうけど。」
 心臓が潰されそうな殺気から解放された――けど、S級犯罪者が一人増えて状況は悪化したわね……
「なんでここにスピエルドルフの女王がいんのかってのも気になるが……大物犯罪者二人の今後の予定を聞いていいか?」
 プリオルを前に臨戦態勢だった先生が、いろいろと諦めたような顔で槍を構えるのをやめて肩に乗せた。
「さっきも言ったけれどボクの用事はもう済んだ。マルフィは――」
「マンゾく通り越してお腹いっぱい。アシモもげたし、帰るわ。」
「――だそうだからボクらはお暇するよ。一緒に来た妹がどこにいるのかわからないが、少なくともこの街にはいないようだ。テリオンもいなくなったから街中の奴隷もその内処理されるだろう。見逃してくれれば何もせずに退散できるのだが、どうだろう?」
「ああ、行け行け。マルフィまで出てきたんじゃどうしようもねぇからな。」
「それは良かった。それではまた、今度はご一緒にお茶でも。」
 そう言ってニコリとほほ笑んだプリオルは、マルフィと一緒にあたしたちの前から消えた。あとに残ったのは瓦礫の山と……動かないロンブロ……
「――ったは……今日は一体どうなってんだ……十二騎士が長年追い続けてるような奴が二人も出て来やがったぞ……」
 槍を杖代わりにうなだれる先生……
「……もしかして……あたしたちがいなかったら今の二人を……」
「ん? あー、心配するな。お前たちを守り切れないからってワケじゃない。言葉通り、私一人じゃ手に負えないんだよ。ぶっちゃけ何人いても足らないだろ。それよりいいのか? トラピッチェは女王と同じタイミングで移動したが、お前たちはサードニクスのところに行かないのか?」
「え?」
 言われて気づいたけど、いつの間にかリリーがいない。たぶんカーミラと同じように、ロイドのケガとかの話を聞いて『テレポート』したんだわ。
 ていうかそうよ、ロイド……お腹と足にケガって……
「勿論すぐに駆けつけたいところですが……街のどこにいるのかわたしたちにはわからないのです……」
 歯がゆそうな顔でそう言ったローゼルに対し、先生はため息と共に一本の道を指差した。
「こっちの方向に真っすぐ行け。もうマルフィクラスの化け物がいないなら、この気配はさっきの女王様のモノだろう。」
「気配って……カーミラの居場所がわかるの?」
「相当感情的になってんだろう、前に会った時とは違って魔人族っつーか吸血鬼っつーか、ともかく圧倒的な生き物の気配がこっちからビシビシ来てんだ。」
 生き物の気配……あたしは何も感じないけど、そういう感覚もあるのね。
「残りの奴隷は私が何とかする――っつーか見ない方がいいだろうし、お前らはサードニクスのところに行ってやれ。」
 ため息混じりにそう言った先生の言葉にあたしたちは頷き、指示された方へと走った。



「やれやれ、まさかここまで来るとは。」
 電灯などの灯りが一つもなく、機械のモニターだけに照らされている部屋の中で、全身がびっしょりと濡れている上に全裸の男がそう言いながら肩を落とすと、その男に銃を向けている金髪の女がニヤリと笑った。
「あの距離、弟は気づかなかったみたいだけど離れたとこから眺めてたあたしには見えたわ。弟があんたを殺した瞬間、意識っていうか魂っていうか、そんな感じのモノの位置が他の場所に移動するのを。もしやと思って追いかけたらビンゴ、あんたの身体の予備が眠ってるここに辿り着いたってわけよ。」
 金髪の女が銃を向ける先を全裸の男からその背後の機械に移し、一発撃ち込む。すると機械の電源が入ったのかショートしたのか、二人を囲むように並んでいたモノ一つ一つに明かりが灯った。
 それは円筒型の水槽で、中には全裸の男――いや、眼鏡も貴族のような服もないから田舎者の青年だったら気づかないかもしれないが、街中に大量の奴隷を送り込んだ男――テリオンと全く同じ外見の者の身体が浮いていた。
「歳の割に若いって弟が言ってたけど、こうやって身体を乗り換えてたわけね。奴隷商よりもそっちの技術の方が金になると思うわよ?」
「金が欲しいから商人をやっているわけではないからな。」
「あっそ。まーこれでようやく終わりだわ。『ケダモノ』は弟が殺すだろうし、ここであんたを殺せば今回の一件はチャラ、お姉様に叱られずにすむ。」
「……冥土の土産に聞きたいのだが、結局あの学生は何者なのだ? 『世界の悪』とどんな――」

 パァン。

 ――と、最期の質問をし終わる前に乾いた音が部屋に響き、テリオンは額から後頭部へと抜けたトンネルから中のモノを垂れ流しながら、ぐしゃりと倒れた。
「はー終わった終わった。余計な事するA級のせいでとんだ面倒事になったわね。お姉様を見習ってあたしもA級狩りしようかしら。」
 くるくると銃を回しながら部屋の出入口までやってきた金髪の女は、機械式の扉を開けると銃を部屋の中に向けた。
「自分の裸並べて飾るとか、気持ち悪い奴よね。」
 再度乾いた音が響くと部屋の中心に白い光の球体が出現し、瞬く間に部屋の全てを飲み込んで……数秒後、一切の爆発音もなく、その部屋は消滅した。



 ぴちゃ、ぴちゃ……
 何やら水っぽい音がする……っと、気を失っていたみたいだ……えぇっと、テリオンと戦ってたところにプリオルが来て、あー……そうだ、ロエウタさんという人がやってきて……今は……
「ん……はぁ……んん……」
 ぴちゃぴちゃという音に混じる誰かの声……そう言えばケガの痛みがなくなって――あれ? 今は逆にくすぐったいぞ……?
「あぁ……あ、ロイド様。お目覚めになられましたね。」
「ミラ……ちゃん……?」
 姿勢は変わらず、オレはぐったりと寄りかかって座っている状態で未だに力は入らない。ただそんなオレの上にはミラちゃんがかぶさっていて、オレの服をまくってお腹の傷の部分をペロペロとなめて…………ナメテッ!?!?
「ミ、ミラちゃんっ!?!?」
「ああ、動いてはいけませんよロイド様。今治していますから……」
 再び聞こえてくるぴちゃぴちゃという音。わざとそうしているのか、だだだ、唾液をたっぷりとまとった舌が傷口をなぞって――ひゃああああ!?
「嬉しそうね、ロイド。」
 くすぐったさと恥ずかしさとで色々と頭が追いつかないオレは、いつの間にかみんな――我らが『ビックリ箱騎士団』の面々に囲まれている事に気がついた。
「ボクが来てからそろそろ十分……ロイくんをずっとペロペロしてるけどいい加減もういいんじゃないの、カーミラちゃん……?」
 少し離れたところでカラードとアレクが微笑ましい顔で眺める中、エリルやリリーちゃんたちが極めて面白くなさそうな顔で、けれど仕方がないからガマンっていう感じにこっちを睨んでいる……!
「焦りは禁物ですよ、リリーさん。ロイド様の体内に入ってしまった薬は自白剤の一種。身体を弛緩させて脳に影響を及ぼすモノです。既に全身に回ってしまった以上、これを完全に除去するには薬を無効化するモノを同様に全身に巡らせなければなりません。ですからこうして、傷口を治すのと並行してワタクシの力を注ぎこんで薬の除去を行っているのです。」
 薬――じ、自白剤!? そんなモノを盛られていたのか……そしてそれをミラちゃんが何とかしようとしてくれているわけだ。奴隷商人のテリオンが使う自白剤となると普通のモノよりも強力な気がするし、魔法で一発解決とはいかないのかもしれない……は、恥ずかしいけど、これはミラちゃんがオレの為に――
「でもカーミラちゃん、ロイくんの足の傷は一瞬で治してたよね? お腹のキズもパパッと治して除去するのに必要だっていう力でロイくんを包んじゃえばいいんじゃないの?」
「うむ。あれこれと理由をつけて傷口――いや、ロイドくんの血を舐めたいだけではないのか?」
 みんなからジトッという視線を受けるミラちゃんは顔を上げてオレを見て……それはもうなんていうか、とんでもなく色っぽいいたずらっ子――みたいな顔でペロリと舌を出した。
「まさか、ワタクシは真剣ですよ。ねぇ、ロイド様?」
 そうして再びペロペロぴちゃぴちゃ……はぅあ……こ、これはたぶん、ローゼルさんの予想が正解……ひょえぇ!
「はぁん……あぁ……」
 更に数分、気が変になりそうな水音と吐息と舌の感触に襲われ続けたオレは、両足とお腹が治ってぐったりとしただるさからも回復すると同時に、エリルたちからあちこちをつねられた。
「いひゃひゃ……え、えぇっと……オレが言うのもなんだけど、みんなは大丈夫だった?」
「変態と戦った上に媚薬まで盛られた。ロイドくん、抱きしめて慰めてくれ。」
「えぇ!?」
 何か今さらりとすごい単語が!?
「……変態は事実だけどびや――薬の方は結局効かなかったじゃない。理由はよくわかんないけど。」
「効かなかった……わけではない。チェレーザが想定していただろう効果は出なかったが、わたしは……あー……うむ、内容を覚えていないのが残念で仕方がないのだが、ロイドくんとめくるめく愛の時間を過ごした夢を見たぞ。」
「アイノジカン!?」
「あーあたしも見た気がするー。結構ヤバイ夢だったよねー、たぶん。」
「あ、あたしも……すごく、幸せな気持ちに……なった……」
「ドドド、ドンナユメヲ……エ、エリルも……!?」
「あたしは――て、ていうか、どうしてリリーはあの煙を吸っても大丈夫だったのよ……!」
「ボク、五分くらいなら息止めて動けるもん。」
「そ、そうか、リリーちゃんは無事だったんだね……あれ? そうなるとエリルたちが夢――を見ている間はリリーちゃんが一人で敵と……?」
「そうだよ。たくさん褒めて。」
「う、うん……どんな敵だったのかわかんないけど……へ、変態とか……と、とりあえず頑張ったね、リリーちゃん。」
「えへへー、ご褒美くれる?」
「ゴホ――ま、まぁそそそ、そうです、よね……」
「その前にワタクシとお泊りですよ、ロイド様。ついでにワタクシも欲しいですね、ご褒美。」
「びょっ!? そそそ、ソウデスネ……」
「はっはっは、大変そうなスケジュールだが、何よりも前にひとまずの後片付けをしなくてはな。」
 いつもの雰囲気でいつものように顔を赤くしたが、これまたいつものようにその辺の雰囲気を気にせずに会話に入ってきたカラードがもっともな事を言った。
 街や人への被害状況、連れてこられた奴隷たち……んまぁ、オレたち学生にできることは少ないだろうけどテリオンやプリオルっていう大物が出てきたんだ、事情聴取みたいな事はあるだろう。スピエルドルフへ行くのはもう半日くらい後になりそうだ。
 しかし……今回の戦いは色々と反省したというか認識し直したというか……結構意味の重たい戦いだった。覚悟や選択……普段使っているモノとは別種類の強さも騎士には必要……ラコフ戦でエリルがしたような……決意が。
 頑張る事が、また一つ増えたみたいだ。



「全く、最期の質問にくらい答えてもいいだろうに。」
 暗い部屋。どこにあるのか、窓の一つなく機械のモニターだけが室内を照らす空間に――全裸の少年が立っていた。
「あの距離だと気づかない――位置魔法の詳細はイマイチ理解しきれていないが、それでプリオルが見逃したならポステリオールもそうなる可能性は高い。まぁ、どちらにせよしばらくは何もできそうにないが。」
 年齢で言えば十歳前後と言ったところだろうか。ここ最近まで自分の手として見ていたモノと比べると少し小さい手の平をぐーぱーさせながら、少年はやれやれとため息をつく。
「こんな調整途中の身体に入る羽目になるとは……まずはまともな身体を見つけなければ。」
 暗い部屋の外のこれまた暗い廊下に出た少年は途中に置いてあった服を着て、鏡を見ながら身だしなみを整える。
「しかしアシキリとキシドロが死んで私もしばらく動けないとなると、裏の世界は相当荒れるだろうな。『世界の悪』が他のS級犯罪者を殺して回っている現状も合わせれば大混乱は必至……これが悪党の減少に繋がるのか新たな悪党の台頭を促すか……さて、どうなることやら。」

騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第九章 悪の助け

悪の世界――はまだ続きますが、メインの戦闘は一先ず終了でしょうか。
色んな悪党が出てきましたが、誰もかれも当初の予定から大幅に進化しました。チェレーザとロンブロがあんなに強かったとは驚きですし、やり口の極悪さも予想以上でした。テリオンは異常な出世をしましたし……アフューカスの手下の一人くらいの気持ちだったプリオルはロイドくんにとって少し特殊な立ち位置になりつつあります。
しかし何といっても『フランケン』なるS級犯罪者の登場に一番驚きました。マッドサイエンティスト枠は既にあるのですが、この物語にはロボットもいますので、そっち方向の天才もまぁいるだろうな……という思いつきに『ケダモノ』の機械の身体がタイミングを与え、登場してしまいましたね。

この先もこんな感じで突然人物が現れそうですが……とりあえず次は本件の後処理――の予定です。

騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第九章 悪の助け

テリオンの策にはまってしまったロイドを助けたS級犯罪者のプリオル。動けないロイドに、プリオルは今回の戦いについて語り始める。 一方『ケダモノ』の二人と戦うエリルたち。二人が解放した力を前に苦戦する中、リリーが不思議な行動を始めて――

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  • 短編
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  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-14

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