ビーフかチキン

 肉が、とてつもなくたべたいといって、わにさまが、あのにんげんの男に懇願している。肉を買ってきてくれ、と。牛肉。妥協して鶏肉。豚肉はちょっと、きぶんじゃないのだと、わにさまは云う。にんげんの男、通称、東堂は、牛肉のランクをたずねて、わにさまは当然、最高ランクの牛肉をもとめる。けれども、それってふつうに、このあたりのスーパーに売っているものなの?あたしは思いながら、でも、東堂は、いつも相談にのってもらっている恩があるからと、このわにさまの棲まう釣り堀から、ちょっと離れたところにあるらしい、セレブマダムが集いし高級マーケットへの道順をスマホで調べている。わにさまは決して、釣り堀の魚はたべないらしい。一匹くらい、うっかりその大きな口のなかに、するんと入ってしまったことがあるのではと、あたしはひそかに疑ったけれど、わにさまがないと言い切るものだから、だまっていた。今夜は月がきれいで、そういえばだいたい、秋というのは、月がきれいにみえるものだなあと思いながら、あたしは微妙にぬるいコーンポタージュ缶を飲んでいる。釣り堀にある時計をみると、短針が八のところにあって、いくら都会のスーパーマーケットでもこの時間にそんなお高い牛肉が売れ残っているものなのかと考える。わからない。買ったことないし、たべたこともないし。妥協して鶏肉にすればいいのに、とは声にせず、そういえば、わにさまは、昼間、お客さんがいるあいだは釣り堀のどこに潜んでいるのだろうと想像する。いままで悪いひと(たとえば、めずらしい生きものを捕獲して、解体して、コレクターに売るとか、見世物小屋という名の動物園に、高額で売りつけるとか)(つまりは、にんげんによる身勝手な金儲け目的での、いちばんつまらなくて最低な悪行)に、ねらわれたことはないのだろうか。なんせ都会のどまんなかにある釣り堀にいる、わにだし。神さまのつかいみたいに、白いし。しっかし、コーンポタージュ缶って、こんなにおいしいのに、なんて忌々しいつくりをしているのだろう。底にたまったコーン粒を、まるで親の仇と対峙しているみたいに、するどくにらみつける。東堂が、お店に連絡して、牛肉の在庫を確認している。なんできょうのわれはこんなに、お肉をほっしているのだろうと、わにさまがため息まじりにつぶやく。もうすぐ、十月もおわる。

ビーフかチキン

ビーフかチキン

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-27

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