こどもだけのくに ex.

 おとな、という生きものたちの反逆に、博物館は燃えた。
 かなしいのは、ひとは、かんたんにだれかを傷つけられるということ。なにかをきっかけに、あっけなく焼き切れる理性、道徳心、倫理観。そういうのは、きっと、にんげんの本能をよびさます仕掛けが、想像しているよりも安易で、脆弱なのではないか。むしろ、にんげんは進化とともに、退化しているのだと、となりの部屋の、安藤さんは言う。安藤さんの言うことは、しょうじき、いつも、ちょっと難解だ。意味がわかるような、わからないような。理解できる、できないは、また、べつとして。ぼくは、でも、安藤さんがホットケーキミックスでつくる、ドーナツが、さいきん、せかいでいちばん美味しいドーナツに、昇格しつつある。だれでもつくれるよと、安藤さんは苦笑いを浮かべるけれど。ホットケーキミックスって、あの、生地の時点で、だいぶ、中毒性のある食べ物で、それをたんじゅんに、型を抜いて揚げただけの、安藤さんのドーナツに、もはやぼくのからだは、やみつきになりつつある。安藤さんの恋人は、博物館にいて、つまりは、燃えた。安藤さんは泣いて、泣いて、怒って、また泣いて、しぬことまでかんがえて。生きつづけることにしたという。泣くのも、怒るのも、つかれるんだ。とくに、怒る、というのは、じぶんや、じぶんではないだれか、なにか対象物があって成り立つ感情だと思うのだけれど、その、対象物に怒りのエネルギーを放出するのには、体力も、精神力も、削らなくてはいけない。それが、ね、長いあいだつづくと、あたりまえだけれど、つかれてくるんだよ。ドーナツを揚げながら、安藤さんは話していた。じゅわっ、という音。まだ、白くて柔らかなドーナツのまわりに、ちいさな気泡がまとわりついて、油のなかでたゆたうドーナツを見つめながら、ぼくは、わかる、と思った。安藤さんの通っていた高校はお金がなくなってつぶれて(会社みたいだ)、ぼくの中学校は暴動を起こしたおとなたちに占拠されて、いまもどこかで、ただの獣になったひとたちが、世界をこわしている。

こどもだけのくに ex.

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-09

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