寝覚月
ひかりのない、深い海の底でよこたわる、肉のあたたかいひと。さかなたちに、触れて、くちづけるという行為の罪悪を、ノアは問う。うしなったもののなまえも、あいまいで、たいせつなひとのきおくすらも、どこか遠くにある。たとえば、星の深部と、宇宙との距離。コーヒーに、ティースプーン一杯の砂糖を溶かしているあいだに、少しずつ変化している、やさしさの骨格の、輪郭にそって、はう、先生の指が、いつか、ぼくという形も、おぼえて。つたない、だれかの恋愛感情が、おしつぶすように、ふくらむのだ。
この街は、みんな、飢えていた。
さみしさに殺されそうで、おびえている。じぶんではない生きものの体温を欲して、よそおい、いつわる。
九月。
深夜。
抜け殻の先生と、あたらしく生まれた先生が、ひとつの部屋で、ぼくと、調和して。
おぼれる。
寝覚月