カルテット

 のらねこが、冷めた瞳で、わたしたちをみつめていました。わたしたち、というのは、わたしのなかに巣食う人格を含めた複数形で、からだは、どうしたってふたつ、みっつには分かれないのでした。細胞は分裂するくせに、肉体はしないのですねと、いるかどうかもわからない神さまに、こころのなかで厭味を言ったこともありました。夜が来たので、あたりまえのように朝も訪れるのだと想うと、憂鬱な日もありました。うつくしい焼き色のホットケーキのうえで、バターが溶けて染みてゆく瞬間を眺めているあいだが、いちばん幸せでした。わたしのなかには、わたしと、ぼくと、あたしと、おれがいて、(しぎ)のまえではいつも、あたし、が現れるように、時と場合と人によって、わたしは、わたしではなくなるのでした。都会には、のらねこがあまりいないので、出逢えてうれしいと喜んでいたのは、ぼくでした。わたしたちよりちいさな動物に、蔑んだ目でみられても、ぼくは、ぜんぜん気にしない性格なのでした。また、恋愛は、めんどうでした。なにせ、わたしが好きになったひとのことを、おれは嫌いだからと酷く罵ったり、ぼくが好きになったひとのことを、あたしが好きになるときもありました。恋愛をしているあいだは、ひとつのからだのなかで冷戦状態が続くので、いつも、つかれました。
 砂にかえりたい日も、ありました。
 海に抱かれたいと願った日はきまって、きみが、わたしのためにギターを弾いてくれました。はじめて聴く、外国の曲でしたけれど、まるで、昔から聴いていたかのように耳馴染みよく、ふしぎと懐かしい気持ちになりました。
 とはいえ、わたしは、ぼくであり、あたしであり、おれでもあるので、わたしのためだけにというものは、厳密には存在しないのでした。
 わたしたちが夜を跨ぐ、都会というところは、人工的な光と、うすよごれた空気におかされて、はんぶん、くさっていました。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-14

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