盲信

 僕は深く絶望してしまった。僕が好きな彼の好きな音楽を理解することが出来なかった。勿論、音楽として素晴らしい物だという事は分かったが、それ以上の特別な感情を見つけ出すことが出来なかった。自分が好きな、尊敬している彼が好きだとインタビューで語っていた音楽を理解出来なかった。それは、彼とは致命的に価値観が異なっている事を意味していた。
 彼の音楽に心酔したのは特に何も無かった高校生最後の歳だった。彼はその時に流行っていた歌手と言うわけでは無く、自分が生まれた頃に流行っていたらしかった。今も曲を出してはいるが、TVで流れる事は稀で、昔の名曲特集で一曲流れるぐらいだった。特に熱中している物も無く、漠然と健全な大人に向かって行く予定だった自分にはインターネット上でたまたま流れたその彼のメッセージと曲は鮮烈なカウンターカルチャーとして心に響いた。それからも色々な音楽に触れてきたが彼の事を一番贔屓にしているし、僕の友人は僕が彼の熱烈なファンであると知っているであろう。それぐらいには大きな声で好きだと言って生きてきた。生き方の指針とさえ言えるぐらいに盲信していた。
 そんな僕にとって彼を理解出来無いことは大きなショックを受けた。彼との価値観のブレは今まで指針にしていた考えがブレる事と同義なのだから。もしかしたら今まで愛してきた曲は自分が感じた解釈とはズレた正解があるのではないか。そう思うと、今まで心にも浸水していた曲がすっと離れて行く気がした。そして、ただの自分が理解しきっていると、信じて疑わ無かった事に酷く嫌になった。
 インタビューの記事で彼はこう言っていた。
「この曲は自分を変えてくれた曲だ。今の今も新鮮な気持ちになれる。こんな事をやっていて良いのかと自問自答させてくれて。勿論、自分の音楽にも色濃く反映されているし、人生の一曲と言っても過言ではない。」
 まさしく僕が彼の曲に思っていた事だ。彼はこの曲の作者の事を心底理解しているのだろうか?それともこの曲だけを愛しているのだろうか?自分が理解しきれてい無い事を分かっても人生の一曲と言い続けられるのだろうか?僕が今まで勝手に信じ続けていた彼なら容易に理解していただろう。ただ、度が過ぎた色眼鏡を外してしまった僕には何もわからなくなっていた。
 今日からどうやって生きていけば良いだろう。と、そんな事を思うほどでは無かった。心酔していた割にはどうやっても生きていけた。ただ、何か大きな支えを失って自分の脚で立っていか無いといけ無い気がして奥歯を強く噛んでいた。それと同時に寂しさと悲しさの中間辺りを噛み締めながら、僕の人生の一曲を聴き始めた。

盲信

盲信

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted