メメとモリ
外の世界はあぶないのよといった、おかあさんと呼ばれるひとの、ミルクココアのように甘い香りが、メメの記憶には焼きついている。モリは、いつまでもモリのままでいて、と囁いたのは、半身のメメではなく、他人である恋人だった。北極星を見上げる頃には、この街は砂になっているのだって、物知りのワニがおしえてくれた。メメも、わたしも、まだこどもなので、どうにもできないねとあきらめて、選ばれたひとしか乗れないスペースシャトルを、いつも眺めていた。わたしが煙草を吸うと、からだにわるいからやめてと、メメは怒った。メメが、のどがかわきそうなほどに甘ったるいケーキをたべると、きもちわるいからやめてと、わたしは怒った。わたしの恋人は、メメの恋人であって、メメの恋人は、わたしの恋人でもあったので、おとことか、おんなとか、おとなとか、こどもとか、にんげんとか、にんげんじゃないとか、そういう概念的なものはなかった。
わたしが、おかあさんと呼ばれるひとのことを、あまり覚えていないのに対して、メメは、おとうさんというなまえのひとのことを、ほとんど知らなかった。おとうさんというなまえのひとのことは、わたしのなかの、わずかな部分に、所在なく佇んでいる感じで、一応、存在はしていた。太陽に照らされて、白銀に輝くスペースシャトルには、街でも有数のお金持ちと、えらいひとしか乗れないのだそうで、物知りのワニは、にんげんというのはいつの時代も富と地位を重んじるようにできている哀れな生きものと言い切り、メメにもらったマーガリンとメープルシロップがはさまった菓子パンとして販売しているホットケーキをおいしそうにたべていた。
恋人はワインとチーズが好きで、ときどき、物知りワニとワイングラスをかたむけあっている。
わたしとメメのシンクロ率がわるい日は、たいてい、大潮のときである。
メメとモリ