ドーナツ・ホール

 せかいのはんぶんは、きみのものだった。

 お兄ちゃんの、恋人だったひとと、どうこうなるのって倫理的に、いかがなものか、という初歩的で、素朴な疑問は、どうこうなってしまったあとは、吐息ひとつで搔き消えるほどの、拙い、からっぽの言葉でしかなかった。ツインテールの、少女、だと思ったら、二十歳くらいの、少女ではなく、男であると知ったとき、べつに、なにかを裏切られた気分にはならなかったし、おなじクラスの女子よりも、そのツインテールの男は、かわいかったので、似合っていれば、性別も、趣味嗜好も、かんけいないものだと、ぼくは改めて思ったのだった。ドーナツ屋の、いちばんすみっこの、テーブル席で、ぼくは、お兄ちゃんの恋人だったひとと、チョコレートドーナツと、シナモンドーナツと、オールドファッションと、アップルパイを、わけあっていて、ツインテールの男は、コーヒーのおかわりを注いでくれた。お兄ちゃんの恋人だったひとは、ああいうふうにシンメトリーに、髪を結べる技術がすごいと、へんなところを褒めていて、ぼくは、ちょっとだけ笑ってしまった。そもそも、お兄ちゃんの恋人だったひと、というと、過去にお兄ちゃんとつきあっていたけれど別れてしまったひと、と捉えてしまいがちだけれど、正しくは、彼は、現在進行形でお兄ちゃんの恋人である。お兄ちゃんはついさいきん、例の、未来を生きるために眠る選択をして、彼は、お兄ちゃんの意思を汲んで、眠ることをゆるして、結果、別れましょう、という極限までいかず、おたがい好きなままで、ふたりは、離れたのだった。からだをうごかしたあとは腹が減るようにつくられている、にんげんの、いまの、このからだが好きなのだと、彼は言って、眠っているあいだにじぶんがその感覚から遠ざかってしまうのは嫌だからと、現在を生きることを選んだ彼の、むちゅうになって、お兄ちゃんと混同して、ぼくの肉体をやさしく撫でる、ゆびが、ぼくだけのものであることが、なによりもうれしかった。

ドーナツ・ホール

ドーナツ・ホール

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-03

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