海の向こう

 涼やかな午后の、途方もない海の向こうの、みえないなにかを探すみたいに、しろくまは、水平線をみつめていた。ぼくは、繋いだ手だけは離したくないと思いながら、肉厚の手を、必死になってつかんでいて、まるで、縋るように、秋の一滴を垂らして、夏の青さが薄らいだ、海原に、輪郭のない不安をおぼえていた。どこか、喫茶店に入って、コーヒーでも飲みたい、と思ったけれど、しろくまは、いつもと変わらない、おこっているのか、わらっているのか、よくわからない表情(かお)で、とりつかれたみたいに、海と、空の境目から視線をはずさないから、思ったけれど、言えなかった。
 ねえ、あした、あの街に暮らす、はんぶんほどのにんげんは、ねむるよ。
 未来を生きるために、現実(いま)を捨てて、ながい、ねむりにつくよ。
 ぼくと、しろくまは、ねむらない方のはんぶんに、いまは属しているけれど、将来的には、じぶんでも、わからない。ねむらないままかもしれないし、ねむらないといけなくなるかもしれない。クラスメイトの何人かは、ねむることになっている。せんせいも。いますぐねむりたいひと、バーサス、ねむりたくないひと、の、論争は、おそらく、未来永劫、収束することはない気がしている。アルバイト先のドーナツ屋の、ツインテールの先輩は、ほんとうはねむりたいらしいけれど、恋人がねむらないから、ねむらないらしいし、ひげの店長は、しょうじき、どっちでもいいらしいので、念のため、つぎのアルバイトのあてをさがすつもりだ。
 海鳥が鳴いている。
 呼応するように、しろくまも、ちいさな声で唸る。
 だれかを呼んでいるのか。
 ぼくではない、海の向こうの、だれかを。
 もし、しろくまが、ある日とつぜん、ねむりたい派になったら、ぼくはどうだろうと想像して、たぶん、しろくまがねむるのならば、ねむるのだろうと思う。
 緩やかに、夏がしんでいく。

海の向こう

盛夏に聴きたいのは時雨の「Sadistic Summer」
晩夏に聴きたいのはラルクの「夏の憂鬱 time to say good-bye」

海の向こう

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-02

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