ボクをロボットに改造するなんて -拡張パック-

「緊急出動! メインセクターに略奪者接近、63番ハッチに取り付こうとしている、直ちに急行せよ!」
 マスターからの指令にオレは飛び起き、近くのバギーを起動させた。同じ指令を受けて、キューイも飛び出してきた。
「キューイ乗れ!」
「は、はい!」
 キューイが部屋から飛び出したとき、オレは既に装備を身につけ、バギーの運転席に座っていた。キューイの装備はバギーの後部に積んである。
「遅いぞ、訓練で何をやってたんだ」
「ごめんなさ、わあっ!」
 キューイの返事を待たず、オレはアクセルを踏んだ。メインセクターはすべて重力ブロックになっている、エレベーターよりバギーで向かった方が速い。
「ゴーグルを下げろ。装備は後ろにある、すぐ戦闘になるから手早く」
「わ、わかりました」
 キューイが悪いわけではない、それは分かる。そもそも、彼はロボットの身体に改造されて日が浅い。そのうえ初めての実践、不慣れなのは仕方がないんだ。だがこの船のロボットで最も性能が高いのはオレとキューイで、略奪者を通してしまったら船の制御が奪われて……オレもキューイも略奪者の奴隷になってしまう。そんなことになったら全てが終わる。一般のガードロボットに任せておくなんて、あり得ない。
 それに、船の攻撃をくぐり抜けてくる敵は大抵強い。今この船が持ってる最大戦力はオレとキューイなんだから、それを使わない選択肢はない。
 ヤツらの狙いは、船の生命線であるナノマテリアル。この宇宙は広いようで、ナノマテリアルの量は多くないらしく、争奪戦になっている。一部の例外を除いて、ロボットと動物を相手に話し合いをしようなんてヤツはいない。話し合いにすらならないんだから、命乞いを聞いてもらえるわけもない。逃げるか戦うしかないじゃないか。
「到着まであと1分、カメラリンク開始」
 マスターを経由して、電脳に船内の様子が映し出される。63番ハッチはこじ開けられ、3体ものロボットが侵入していた。近くにいたガードロボットが応戦しているが蹴散らされていて、防戦一方だ。
「くそっ、もう始まってるじゃないか」
 3体とも複合タイプ、同系統……生き残ったロボットがリーダー機になるのだろう。全滅させなければ意味がない。到着まであと30秒。
「キューイ、データリンク、すぐ飛び降りるぞ。飛び降りたら一番近い敵が動かなくなるまで撃ちまくれ、絶対に通すな」
「はい!」
 あと10、ロングレンジ用のレールバレルガン、安全装置解除。通常榴弾、装填。次、徹甲弾。3、2、1。
「飛べキューイ!」
 エリアの継ぎ目で跳ねたバギーがそのまま敵ロボットに突っ込む。視界を遮られたロボットはアームで振りほどくが、そのアームを狙ってオレの大砲が直撃する。駆動中を狙われて少し怯んだ……なら当たる、ヤツの土手っ腹! オレは味方ロボットのカメラを使って狙いを定め、隙間を縫って敵の胴体に徹甲弾をたたき込む。

◆◆◆

「キシャアアアアアム!」
 大きな敵のロボットが叫び、炎を吹き出しながら壊れていく。すごい、あんな凄そうな相手をもう倒しちゃったんだ。クウロさんすごいや。ボクも負けないようにしなきゃ。
「こいつ、こいつ!」
 命令通り、ボクは一番近い敵をライフルで狙った。固い、全部はじかれてる。どうやったら倒せるんだ? 味方のロボットだっていっぱい撃ってるのに、何が違うっていうんだ!
「キューイ、無駄玉を撃つな! 訓練を思い出せ!」
 無駄玉? そうだ、冷静さを欠いたらいつも出来ることが出来なくなっちゃって、それで死ぬって……はじかれるってことは、この撃ち方じゃダメなんだ。何がダメなんだ、狙い? 弾の種類? それとも、銃?
「あっ……」
 敵に、近づかれた。逃げなきゃ、間に合わない……。
『強制コマンド! ビーストモード起動!』
 キュィィィイイイ!
「はっ!」
 敵の動きがゆっくりになって、身体が勝手に後ろに動いた。思考ログが、CPUの中を駆け巡っていく。
 事後報告、ビーストモード起動完了、メインジェネレーター出力200%、保護プレート解放、油圧弁安全装置解除。性能300%上昇、電力限界まであと170秒。
「ビーストモード、これが」
「キューイ、ぼーっとするな!」
 ボクと敵の間にクウロさんが割り込んできて、燃える弾で敵を撃って……キュィィィィイイ! ビーストモード、高速演算開始……焼夷榴弾で炎の壁を作って、その隙にボクとクウロは距離を取った。
「敵はオレたちの武器が脅威になると知って警戒している、一匹目と同じ手が通用すると思うな」
「分かったよ、クウロ」
 ザザ、ザ……。
 思考が早すぎてノイズが走る、でも今は戦闘中。戦闘機械がノイズを気にするのは不自然だ、除外する。
 ボクは敵のセンサーが視界に頼りすぎてるのが不思議で……キュィィィイイ! マスターのジャミングが聞いている、視覚と聴覚さえ潰せば敵の足止めは可能だ。後は決定打、敵の装甲は厚い。だがここはボクらの陣地だ、長期戦はボクらに有利、足を止めるのが先決だ。
「キューイ、オレは奥のをやる。ビーストモードは消費電力が激しい、電力限界に注意しろ」
「分かってるよ、クウロ」
 クウロと別れた……敵も長期戦が不利と分かってるみたいで、どんどん進んでくる。敵は大きい、パワーでの勝負は不利だ。クウロが一体を引きつけているから、ボクはスモークを炊いて、ガードロボットたちと弾幕を切らさないようにする。
 ドンッ!
「ぎゃぴぃ!」
 ゴーグルに大きく赤い文字が出る。DANGER、警告、正面……損傷、中程度。戦闘続行に支障なし。AIが、CPUが、本能的に意味を理解する。ボクはロボットだから、初めて見るシステムメッセージでも、意味が分かるんだ。
「アナライズ……砲門と弾倉を確認」
 ボクは自分の機能を使って、敵を分析する。敵が射撃してきたのは初めてだけど、持ってることそれ自体は不自然じゃない。なんで今まで使わなかったんだろう……キュィィィイイ! 敵は大型で装甲が厚くて、こっちのガードロボットが小型だから、格闘戦に徹していたんだ。ビーストモードのボクに格闘戦は不利だと思って、射撃で動きを止めに来たんだ。ということは、ボクを危険な、排除すべき障害として認識したってこと。もっと距離を取らなきゃ、敵は移動よりボクの排除を優先してくるはずだ。
 ガシッ!
「えっ?」
 距離はさっきより離れたはず、なのに、なんで敵の腕が、ボクの腕を掴んでるの?
 ギャギャギャギャギャ!
「ぎゃあああああ!」
 敵の腕の中には、チェーンソーが仕込んであった。ボクの腕を切断するために、光る刃が高速で回転している……キュィィィイイイイイ! 敵は腕だけを切り離して、打ち出していたんだ。ボクが逃げる方向を予測して。
「離せ! 離せこのっ!」
 ギャギャギャ……チュイン!
「っくあああ!」
 あ、腕が……デバイスエラー、緊急コードを優先し無視。
 循環ポンプエラー、緊急コードを優先し無視。
 センサーエラー……優先コード、ビーストモード。以降、ビーストモード以下の優先度のエラーコードは自動的に無視されます。
 バチッ、バチィィィ!
「腕、腕がとトレ、トレ……ピーッ!」
 左腕が、切り落とされた! けど、敵はまだ近くに。ダメ、止まっては……急いで反撃、片手で出来ること……キュィィィィイイイバチィッ!
「致命的エラー、CPUが処理限界を超えました。補助演算装置に切り替えます。ビーストモード電力限界まで残り40秒」
 くそっ、エラーが、いっぱいで……こんなときに、電力がほとんど残ってない。どうしよう。充電されるまで、しばらく時間がかかる。こんな状態で逃げなきゃいけないの? こんなにボロボロで、振り切れるの?
『電磁衝撃弾だキューイ、急げ!』
 クウロ? 敵、近くに……あっ。
 ミシミシミシ、バチィッ!
「右足がダメージを受けています、回避してくださ……ピギィィィイ……右足が破損しました。誘爆防止のためパージ……失敗。オートパージできません。手動で切り離してください」
 左腕を庇うために出ていた右足がプレス機のような腕に捕まれた。潰されて、ぺしゃんこにされて、痛くて……ゴーグルに警告表示がいっぱい出るけど、CPUが壊れてるから、判断能力が落ちてて、エラーもいっぱい出て、ボクもうどうしたらいいか。
「手動で切り離し……ピッ、ガガガ……エラー、無視……訓練を、思い出す」
 銃に弾を込める。セットされてたのは、電磁衝撃弾。誰かがセットしろって、言ってた気がする。
 プシュッ! バチバチ……。
「落ち着いて狙いを付けて……ビーッ! ビーッ! 電力限界、ビーストモード強制終了します……引き、金を」
 頭からなにか液体が噴き出してるのが見える。オイル、冷却水? ナノマシンだったらまずい……いや、戦闘中は、余計なことは考えるなんて、誰かが。
 ボキボキ、ブチィ!
「ピガガガ! 警告、無視……引く!」
 至近距離で雷が炸裂した。ボクはロボットだから誤作動を起こして、止まっちゃって。でも、それは敵も同じで、ボクを倒すために距離を詰めすぎた敵には十分な効果があった。ただ、悪いことに、ボクはトドメを刺すための次弾を銃に装填してなくて、そのうえビーストモードを使い切っていたから、敵より早く目覚めることもできなくて……ただ、敵の懐で手足をもがれたまま、時間稼ぎをしただけで終わってしまったんだ。
「ピピピ、ピピ……システム障害から復帰しました」
 復帰した敵はボクにトドメを刺すべく、破壊活動を始めた。電磁衝撃弾を使った右腕も右足と同じように潰されて、引きちぎられて。
 バキバキッ!
「んおお! おおお、おっ! おあああ……ガガ、ガ……破損率が50%を超えました、直ちに危機を回避してください! 直ちに危機を回避してください!」
 顔を思い切り押し潰されて、ゴーグルが割れて、左目が潰れて……ビーストモードが終わったせいで、エラーももう、止められなくて。いつもなら、プログラムが感情を制御してくれるのに、してくれなくて……痛い、怖いよ。ボク、ここで壊れるの?
「ピガ……も、もうやめて、目が、見えなくなるよ」
 パキッ……ブチブチッ!
「ああああ……ビーッ! システムメッセージ、直ちに係に連絡して、修理を受けてください。直ちに……」
 残った目まで砕かれて、画面が砂嵐になって……補助カメラ起動します……初めて見る画面になって、すごく粗い画質だけど一応外は見えて、ちょっと怖さが収まったけど、それはほんの一瞬で。
 チチチ……ザシュッ!
「ぎゃああああ! あっあっ! ピッ! 胴体に深刻な損傷、ソンショウ……」
 バチッ、バチチチチ……ボンッ!
「回路が、ショート、しま……タスケテ、クウロ、タスケテ……エラー、無視。キンキュウテイシ、カイ、ジョ」
 胴体が、右から左に向かって、真っ二つに切らてしまった。CPUが壊れたボクの機体は記憶装置を保護するために緊急停止しそうになったけど、止まったら、死んじゃうって分かるから。ボクは解除して、両腕がなくなって、下半身もなくなって、目もなくなって……頭と首と胸から上だけになったからだをなんとかよじって、逃げようとした。
「優先コマンド、エラーを許可しない……クウロ、タスケテ、クウロ……CPU異常加熱、タスク表面化」
 でも、全然動けなくて、その場で動くだけになっちゃって。それでも、何とかしたくて。動けるだけ、動いた。でもそれが、却って悪い結果になった。敵のロボットが、まだ動いてるボクを見て。
 ブチブチッ、パキィッ!
「不明なユニットが接続され、され……ボク乗っ取られちゃうタスケテギャビビビビ……データ検索、検索」
 CPUの殻が割られて、CPUコアが剥き出しになって、無理矢理接続させられて……ボロボロのボクに防ぐ力は残ってなくて、ココロを解析された。敵は船の地図を欲しがってるみたいだった。
「ボク知らないよ地図なんてビビビビビ……関連性のあるデータを検索します、失敗。AIが破損しています……外部電源接続、AI復元されます」
 身体が壊れたままなのに、意識だけが戻ってきた。でも、自由に考えたりは出来なくて、ロボットモードみたいに、命令されたとおりのことしか考えられない。船に関係のあること。ボクは船で生まれて……。
 ビーッ!
「む、無関係な記憶を、消去、しました」
 船、ナノマシン……ボクはマスターに改造されたんだ。ナノマシンを使って。マスターは船のコンピューターで、一番偉い。
 ビビーッ!
「え、AIが、物理メモリーに固定され、て」
 人工知能が束縛されて、ボクは考えられなくなる。考えられないのに、AIは物理メモリーに存在するから、インプットされたデータはストレージから自由に取り出せる。ボクは言われるまま、情報を取り出して、必要なら渡し、不要なら削除する。
「マスターとは端末でやりとり……譲渡します。指示はクウロから……譲渡します。クウロ関連情報……削除します」
 AIが残ってるのに、ボクは情報を引き出すだけの装置だった。ボクの動力炉は既に停止し、電力も通っていない。CPUとストレージだけが電力を送られて、無理矢理動かされている。もうやめて、ボクのAIが消えて、ただの部品になっちゃうよぉ……。

◆◆◆

 やっと隙を見せた! 一瞬だがオレから注意が逸れた。ガードロボットの一斉射がセンサーを直撃したんだ。ファングバレルのエネルギーはフルチャージ。距離は3メートル以下、ここからならレーザー兵器のファングバレルで有効打が望める。が、ここで撃ち漏らしたらもう一体を中に入れる危険がある。キューイの反応がない、危険な状況だ。ここは確実に!
「くぉおらあ!」
 懐に飛び込み、押しつけるように銃口を装甲の隙間に突き入れ、最大出力のレーザーを浴びせる。装甲を抜かれれば内部が脆いことは最初の1機を倒したときに分かっているんだ、こいつが効かないわけはない。
「キシャアアアム!」
 断末魔、悪あがきをする余力も見えない。内部をレーザーで溶かされれば、どんなに頑丈だろうと動けないはずだ。
 略奪者から銃身を引き抜くとオイルらしき液体が漏れ出た。オレは引火せぬよう 対処をガードロボットに命じ、最後の一機を足止めしているキューイの援護に向かう。

 キューイにはすぐ追いついた。足止めに成功していたのだ。しかしキューイは、変わり果てた姿になっていた。千切られた手足、胴体、飛び散る破片。辛うじて繋がった胴体と頭もボロボロで、両目は潰され、機能は完全に停止している。
 それだけなら、よかった。
「そん、な……」
 キューイの頭部からCPUと記憶装置が引き剥がされ、略奪者に奪われていた。強引に接続され、情報を奪われている。重要な情報を持つロボットだと思われたんだ、なまじ強かったばっかりに!
「コード入力、クウロQW-93、ビーストモード」
 バキバキと音を立てて、装甲プレートが剥がれ落ちる。排気口が全開になり、排熱効率が上がり、出力、演算能力、機動力が大幅に上がる……性能上昇290%、電力限界まで140秒。
「それ以上……」
 ファングバレルガンをガードロボットに預け、レーザーブレードを抜刀する。略奪者は近接戦用の武器をいくつも失っている。こちらも手負いだが、一体多数なら接近戦のほうが有利だ。何より、略奪者の頭部からキューイの部品を切り離す必要がある。チャージレーザーではダメだ。
「キューイの中をいじるなぁ!」
 激しい音を立てて正面から略奪者のペンチ型アームと打ち合う、このペンチでキューイの身体を潰したのか!
「離せ、今すぐ離せぇ!」
 再びのつばぜり合い、しかし略奪者の装甲は厚くはじかれる、レーザーブレードも簡単には通りそうになかった。オレは飛び退き、間合いを計りながら略奪者の攻撃を避ける。狙うなら装甲の隙間。しかし、略奪者の注意がこちらに向けば、ガードロボットの銃弾がいずれ略奪者の急所に当たる。消耗戦ならこちらに分がある。
 ズルッ……。
「なっ!」
 飛び退いたとき、何かを踏んでバランスを崩してしまった……キューイの尻尾だ! 略奪者め、こんなものまでわざわざ引き抜いたのか。
「しまっ」
 バキッ!
 一瞬の隙だった。姿勢を崩した隙を狙って、略奪者のアームがオレの身体を捉えた。装甲を減らした上、ダメージの蓄積したオレの身体はエラーを吐きながら火花を散らす。
「損傷拡大、戦闘続行に支障……くっ!」
 ゴーグルを赤く染める損傷率30%越えの文字、しかしエラーは起きていない。ビーストモードのおかげだ。略奪者は素早く追撃してきたが、それくらいは予想の範囲内だ。攻撃に合わせて打ち付けたレーザーブレードの反動で身体を浮かせ、距離を取る。カメラで足場を確認した上で再度距離を詰め撃ち合い、隙を見て切りつけ、略奪者を消耗させていく。
 ガクン。
「ちっ、もう電力が……」
 身体を襲う脱力感と、ゴーグルに映るビーストモード電力限界の文字。くそ、距離を取らなければ……ガードロボットに一斉射を命じ、レールバレルガンを持ってこさせる。
 ドパン!
「なっ」
 レールバレルガンを持ったガードロボットが消し飛んだ。プラズマ系の砲撃、だがあれはチャージに電力を……あいつ、足を止めたのか!
 フシュウウウウ!
 略奪者と目が合った、不気味な目だった。目的が変わったような目だった。足の止まるプラズマ兵器を使ったということはこいつ、箱船を乗っ取るのを諦めた? いや、違う!
「マスター! このブロックを切り離せ! 略奪者は自爆を狙っている!」
「クウロ、あなたはどうするのです」
「キューイを奪還する!」
 成功率は低い、だがキューイを救えるのはオレだけだ。
 ジュッ!
「ぐああ! みみみ、右腕に深刻なダメージ、状況が確認できません。パージします……ぱ、パージする腕なんて、もう!」
 略奪者のプラズマ砲がレーザーブレードごとオレの右腕を消し飛ばす。ビーストモードが切れた今、プラズマの電磁波はオレのAIとCPUを侵し、エラーを誘発する。だが、まだだ。オレは二本目のレーザーブレードを構え、略奪者の懐に入る。足を止めているため切断は容易だが、略奪者はダメージコントロールに徹していて、簡単には誘爆しない。プラズマ砲は健在で、オレはアームに左腕を捕まれてしまった。
 ギチギチギチ……。
「システムに深刻なエラーが発生し、発生、は……ピガアアアアア! え、エラー、無視……く、くそう」
 CPUにもダメージが入っていて、エラーが排除しきれない。略奪者は自身の動力炉を暴走させるつもりらしいが、先に破壊されては困るらしく、プラズマ砲でガードロボットを排除している。まだ時間がかかるんだ。だからヤツは、時間稼ぎの上で一番の脅威になるオレのレーザーブレードと、それを握る左腕を封じるために自分の腕一本を引き換えにしてきた。が、自分の胸元に引き寄せたのは、失策だったな。
 キュィィィィイイイイ!
「CPUをヲ保護しシテ、シテ……ギャガ、ギャピィイ!」
 バッテリーに残ったありったけの電力を変換し、両足のハッチを開き、レーザーブレードを展開する。オレの両足はいざというとき、武器として射出することができるよう作られている。
「固定、壊れています。修理……照準、エラー、発射!」
 高温の光の束を乗せて、オレの両足は敵の胸に突き刺さり、内部を爆破させることに成功した。略奪者の頭部は、無事だ、な? キューイの部品の、回収、を……。
「ピーッ! 機体欠損率80%を超えました。記憶情報保護のため、データをストレージに保存し、強制終了を……強制終了、キャンセルされました。キャンセル、サレマシタ。キャンセル、キャンセル……」
 両手両足を失って、さらに目の前の略奪者の爆発に巻き込まれて、オレの身体は取り返しの付かないほどに壊れてしまった。意識もほとんどエラーに飲まれている。
「障害多数、復旧処理追いつきません。CPUを優先……エラー、深刻な障害……緊急タスク開始、電源供給……正常。ストレージユニット……67%稼働。任務続行不可能、引き継ぎ開始します」
 もう、助からないかも知れない。キューイも助からないかも知れない。それでもオレは、キノウテイシする、まで、意識を、保って……キュゥゥゥ……キューイの、ココロを……機能不全に陥りました。マニュアルに従い、データをストレージに保存。強制終了します……3、2、1。

◆◆◆

 略奪者は自爆に失敗し、切り離された63番ハッチはマスターによって回収された。オレとキューイも無事回収され、修理を受けた。しかし……。
「キューイQY-94、再起動します」
 キューイの中身は、無事だろうか。
「キューイ、オレが分かるか」
 組み立てを終えたばかりのキューイはぼんやりしていて、レンズの焦点が合っていない。オレが固い頬を指でさすると、ようやく目が覚めたようだった。
「あ、クウロ様。その、すみませんでした。お守りできなくって」
「いいんだ、お前はよくやった」
 抱きしめると、キューイも抱き返してくる。
「褒められると、嬉しいです」
「なら、今日は特別だ。いっぱい褒めてやろう」
 オレはキューイの背中に手を回し、排気口を撫でてガチャガチャと音を立てる。
「ボクのような汎用ロボットを気にかけてくれるなんて、クウロ様は優しいですね。ですが、ボクはプログラム通りに動いただけです。クウロさんに褒めていただけるような身分ではありません」
 キューイの様子が、どこかおかしい。
「何を言ってるんだ、オレとキューイの階級は同じだ。オレのほうが先に改造されただけで、命令権が与えられてるわけじゃない」
「検索、検索……おかしいですね、ボクにその設定は存在しません。ボクは最近作られたばかりのロボットではないのですか?」

 検査の結果、キューイの記憶が消されていることが分かった。消されたのは、改造されるより前の記憶と、プライベートな記憶……マスターに関連しない項目だった。不幸なことに、これらは「活動に影響しない」という理由で、マスターもバックアップしていない部分だった。自分がホムラオオカミだったことを覚えてないだなんて……これじゃあ、まるっきりロボットじゃないか!
「クウロ様」
 オレのことを好きと言ってくれたキューイはもういない。あいつを実践に出すのは早すぎたんだ、オレがもっと上手くやってれば!
「前のボクは、クウロ様と仲が良かったんですよね」
「ああ、短い付き合いだったが」
「そのときのデータは残っていないのでしょうか」
 忘れていた。キューイとのプライベート。二人で壊れ合った、マスターすら知らない、お互いのCPUを繋いで全てを混ぜ合ったデータがあるじゃないか。オレはまた、あのキューイに会えるんだ! そう思ったら、オレのCPUに邪な考えがよぎった。
「キューイ、オレはマスターと話がある。自室へ戻れ」
「分かりました、命令を実行します」

「マスター、オレはキューイの人格を復元できるメモリーを保持しています。そこで相談なのですが……オレは元のキューイが好きです。しかし、自分をただのロボットだと思ってる今のキューイも愛おしいのです。両方とふれあいたいと願うのは、いけないことでしょうか」
 生身を知る、初々しくて、愛らしいキューイ。生身を知らない、完全に機械仕掛けな、可愛そうなロボットのキューイ。その二人を、スイッチ一つで切り替えられたら……。
「クウロ、あなたは箱船のためによく働いてくれていますから、特別に、あなたのわがままを許可しましょう」

「あああ……エラーがああ! キューイQY-94の電源を落としてください! 電脳に新しい回路が取り付けられています、このまま続けたらこわ、壊れ、こあれ……ピィィイイ!」
 キューイの頭部ハッチは開かれ、二つのAIを受け入れるための新しい回路が取り付けられる。電源が入ったまま電脳を改造されてキューイは苦しそうだ。だが、キューイはロボットに改造されることで快楽を得ていた。根っこにあったその感情まで、失われてしまったのか?
「キューイQY-94、お前はロボットだ。改造されることで、自分はロボットだと強く実感しないか?」
「し、します……ボクはロボットだから、所有者の意向で改造されるのは、当然……あっ、はあああ!」
 電脳の負荷が激しいらしく、バチバチと音を立てている。これ以上続けたら本当に壊れてしまいそうだ。
「機械仕掛けの自分をAIで感じるんだ。お前はオレとマスターの命令には絶対服従の、作られたロボットだ。そうだな?」
「クウロQW-93に同意します。ボクは命令に忠実なロボットです……ふむぅ!」
 オレはキューイとケーブルで繋がり、深くキスをした。キューイの感情が流れ込んでくる……キューイは快楽を感じているが、それが快楽と理解できないようだった。オレは気持ちを共有し、キューイに「気持ちいい」という感情を教える。
 バチバチバチッ!
「んむぅ! むーー!」
「ん、ちゅ……」
 キューイの唇が心地よい。改造されるCPUが心地よい。エラーで乱れるAIが心地よい。
 バチバチ……パチッ、パチッ。
 改造が終わるまで、オレはキューイの発する、機械らしい純粋な信号を楽しんだ。

◆◆◆

「クウロさんが夜のお誘いをしてくれるなんて、ボク、嬉しいです」
 改造を終えたキューイはオレが保存していたデータを元に復元され、すっかり元に戻っていた。
「たまにはオレから誘ってもいいと思ってな」
 オレは自分の部屋にキューイを招いて抱き合った。センサーから伝わるキューイの質感が心地よい。
「今日はどんなプレイをするの?」
「それはな……」
 ピッ!
 オレはキューイのハッチを開き、中のパネルを操作した。
「あっ……AI切り替え完了。クウロ様、ご命令をどうぞ」
 キューイはボタンひとつで従順なロボットになる。オレの知るキューイと従順なキューイは記憶を共有していない。同じCPUを使っているが、内部的には別のAIだ。
「キューイQY-94、オレが快楽を得られるようサポートしろ」
「かしこまりました」
 ロボットのキューイはオレにキスをし、機械的な舌使いでオレの中をなめ回す。今のキューイは自力で気持ちいいと感じることが出来ないから、オレの反応を見ながら、どうすればオレが気持ち良くなるか試行錯誤している。
「ん……気持ちいい、ですか?」
「ああ、続けろ」
「はい、はむ……」
 最近はハッチを開き、かつてペニスだったコネクターを舐めることを覚えた。記憶がリセットされ、赤ん坊のようになったキューイが一生懸命フェラチオする姿に、オレは興奮していた。キューイを物のように扱う後ろめたさより、快楽への誘惑のほうが勝っていた。
「クウロ様、気持ちいいですか」
「とても気持ちいいよ。お前は最高のロボットだ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
 キューイはこのことに気付かないし、気付けない。そういう風に改造した。大好きなキューイ、可愛いキューイ。この関係がいつまでも続くことをオレは願っているよ。

ボクをロボットに改造するなんて -拡張パック-

ボクをロボットに改造するなんて -拡張パック-

成り行きでロボットに改造され、箱船のクルーとして働くことになったホムラオオカミのキューイ。 先輩ロボットのクウロと共に船の資源を狙う略奪者と戦うが、キューイの身体は破壊されAIから情報を抜き取られてしまう。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
更新日
登録日
2021-09-01

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