八月の小惑星

 奏でる、骨。こわいくらいの、夜に、横断歩道の、白線だけを踏んで、かろやかに、踊っているみたいな、少女。ポストにはいっていた、千年前からの手紙と、菫の押し花。
 あのひとのからだには、ペチュニア。
 埋もれて、微笑んでいる。
 蝕まれる、というのは、案外とクセになるものだと、あのひとは云う。芽吹く種子は、肉を土壌とし、あのひとの皮膚の上で、花を咲かせ、萎れ、枯れて、しんだぶぶんを切り落とせば、ペチュニアはふたたび、花芽をつける。

 しあわせをほっするあまり、だれかをきずつけている。しらないうちに。

 しろくまが、ぼくのために、おこさまランチをつくってくれる。これは、なんせ、ファミリーレストランでは、年齢制限がもうけられているので、十七才のぼくは食べられないのだけれど、あの、ケチャップライスに立つ旗だとか、ささやかにそえられている、からあげだとか、ちいさなゼリーとかが、どうしてか、ものすごく美味しそうなものにみえてしまうときがある。ぶあついステーキよりも。豪華な海鮮丼よりも。
 しろくまと、ごはんを食べたあとはきまって、おふろにはいって、テレビは観ないで、ベッドの上でごろごろ(とはいえ、しろくまは巨体で、いくらしろくまのベッドがキングサイズとはいえ、だいたいはしろくまに占領されて、ぼくは、しろくまに抱きついた状態で、ふたりでいっしょにごろごろする感じだ)して、そのまま眠る。
 日々、そのくりかえしであるが、まいにち、かわりばえのない生活をおくれていることが、ぼくらにとっては、ほんとうのしあわせなのかもしれない、と思う。継続維持というのは、むずかしいのだと、さいきん思うのだ。
 ペチュニアに侵されたあのひとは、きまぐれに、ぼくの夢のなかにあらわれて、ぼくをみつめて、微笑むばかりだ。
 夏がおわれば、いなくなるのかもしれない。あっけなく。

八月の小惑星

八月の小惑星

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-25

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