九夏

 絵の具で塗りつぶした空と海。境目など存在しないかのような青。血肉を腐らせ感覚を鈍らせる熱。ネルが吸うメンソールのたばこ。
 終わったものへの執着として、たとえば、叶わなかった恋とか、車に轢かれたであろう、羽化したての蝉の命とか、雨に打たれて首が折れた、咲いたばかりの向日葵とか、もう、どうすることもできないなにかに対する、一瞬のやさしさを抱いて。
 かたちだけの救済。
 ことばをうしなった少年と、鳴き方をわすれた恐竜。砂浜にたたずむ、孤独なビーチパラソル。わたしだけの街。ネルが好きだったひとは、泡沫となって、消えて。
 秋の吐息を微かに感じながら、夏をそっと撫でる。

九夏

九夏

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-23

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