蜂蜜れもん紅茶

 わにさま、と呼ばれている、わには、ときどき、深夜の街の、釣り堀にいる。出現条件は、月がでていること。かつ、満月であること。そして、赤みを帯びていること。赤っぽい、たまごの黄身みたいな色だと、ノアは云う。わたしは、千鳥の背中の、肩甲骨を見つめながら、ノアの声だけがいつも、ぶよぶよのやわらかい膜をはったみたいに聞こえるのが、きもちわるいと思っていた。千鳥は裸で、ベッドに横たわっていて、おしりの形よりも、肩甲骨の膨らみの方が、なんだかエッチな感じだった。ふだんはあの、オーバーサイズもいいところのワンピースに覆い隠された、千鳥のからだは、扇情的な輪郭をしていて、でも、胸よりも、おしりよりも、肩甲骨が良くって、ノアは、あなたもこわいくらいに美しいと囁いてくれるけれど、わたしは、世界でいちばんは、千鳥のような気がしている。わたしたちのなかで、わにさまに逢ったことがあるのは、ノアだけだ。わにさまは、白いわにだそうだ。釣り堀でなにをしているかといえば、にんげんの男(通称、トウドウ、というらしい)の、恋愛相談にのっているのだという。どういうわにだ、と、わたしは心のなかで呟いて、ノアが淹れてくれた、蜂蜜れもん紅茶を飲む。蜂蜜れもん紅茶は、文字にする場合、れもんは絶対にひらがな、というのがノアのこだわりで、音にした場合も、れもん、のところはやや舌足らずに、幼い子どもみたいな調子で言うのが、好ましいのだそうだ。千鳥は、そういうこだわりをおしつけてくるのはめんどうくさい、とぼやきながらも、ノアのそれに倣って、ちゃんと、蜂蜜れもん紅茶のれもんの部分を、意識している。わたしたちは、気怠さを誘う、夏の夜の熱気を完全にシャットアウトした部屋で、つまらないテレビを点けたまま、朝を待っている。皮膚にシーツが吸いつくのがきもちいいのだと言っていた、千鳥が、次第に寝息を立て始める。ノアは、わにさまのことでも想っているのか、窓の外を眺めている。わたしは、蜂蜜れもん紅茶を飲みながら、夜空に浮かぶ月を想像していたら、月は、目玉焼きになった。

蜂蜜れもん紅茶

蜂蜜れもん紅茶

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-19

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