積極的家出
夜久さまは、いつもどこか、憂い顔で、あたしは空中分解の果ての、ぼろぞうきんみたいな肉体で、でも、心臓だけはちゃんと、あなたを想って、うごいている。
朝がきれいだったのは、まぼろし。
夜がこわかったのは、一瞬だけ。
月に手が届きそうだったのは、あの夏の日。
こどもたちが素直で残酷だったのは、夢のなか。
あたしが好きな、コーヒーフロートを、夜久さまは、つめたいだけのかなしい飲み物と呼ぶ。あたしより長くて、黒い髪の夜久さまの横顔。耳にかけきれなくて、わずかに垂れ下がる髪越しにみつめる、たばこを嗜む夜久さま。コンビニの、軒下の灰皿で、ふたり、あたしたちは帰る家がないわけではなく、帰りたい家がみつからないだけ。あたしは夜久さまと一緒にいられるのならば、壁の薄いアパートでも、安っぽいラブホテルでも、公園の隠れ家みたいな丸い遊具のなかでも、かまわなかった。
この星がやさしいゆりかごだった頃のことを、みんながわすれても、あたしはわすれたくない。
夜久さまが、あたしをうけいれてくれるのならば、あたしは、あたしという自我をもったまま、夜久さまの一部となりたい。
コンビニの灯りは、やわらかくて、真夜中にぼんやり光る姿は、灯台みたいだと思った。
積極的家出