シャチと閃光

 メルトする、運命と愛と、どうでもいいだれかの誕生。おめでとうと耳元で囁く、神さまが、心臓にいちばん近いところに植えつけたものの、熱に、肉が焦げそうだ。骨の軋む音が、夜の、かわいたアスファルトをタイヤが擦り、悲鳴をあげる瞬間のそれと調和して、ちいさな光が網膜の裏で弾ける。ふいに、子どもの頃、水族館でみたシャチが恋しくなり、午后八時の書店で、シャチの写真集をながめている。となりにいたはずのきみが、いつのまにか、漫画のコーナーにいて、とくに少女漫画の棚を熱心にみている。飛沫をあげるシャチの、黒と白のからだに、指をはわせる。つやつやとコーティングされた紙ではなく、ほんものに触れているつもりで、おそるおそるといった感じで、そっと、やさしく。少女漫画に興味をもったのか、きみが、そのにせものの身体に備わる、感情、人間的な心で、これから向き合う世界が、どんなに醜くても、どうか一ミリだけはきみのために、美しさを覗かせてくれと思っている。祈るほどのことではないので、ただ、思っている。

シャチと閃光

シャチと閃光

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-08-10

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