終末の世界

 今からそう遠くない未来の話。
 人類は五度目の世界大戦を繰り広げ、第四次世界大戦後。
 分裂したアメリカの左派国と、中国の大統領が暗殺されたことにより分裂した社会主義左派の一国とが手を組み連合国軍を作り上げ、その資金の援助にロシア政府も関与し、四年後――第五次世界大戦中、新型爆弾の実験の最中に起こった爆発事故により、炎と熱波は地球を一瞬にして飲み込んだ。

 その爆弾の名を、その世界に終焉をもたらした兵器の名を。
 人は『死灰』――エスカトロジーと呼んだ――

※※※※※

「あー……?」

 少女は、絶え間なく捧ぐ朝日の光に耐えられず、簡素なベッドの上で無気力に目覚める……。それもそのはず、そもそもここには日差しを遮るものはおろか、屋根すらない。
 あるとしても、即席で作ったトタンの雨除けくらいで、それでも物足りないのだが――

「……さすがに住んで都になったところで、こんな所じゃねえ」

 そう、どこか抜けた声を出しながら、関節を鳴らす。
 流石にベッドとはいえ、そこら辺から拾ってきたソファじゃ満足に眠ることなんてできない――しかし、だからと言って彼女が望むようなものなんて、この世界には多分無いと考えた方が無難だった。
 大分年季の入ったソファだ、移動するだけでも軋む……。

 ソファの周りには、その場で身支度できるようにあらゆるもので囲まれている――まるでクローゼットの中で寝ているような感じだ。
 その場で短い髪を梳かし作業着に着替え、そして靴を履く。

「おわ……とうとうここにも伸びてきてしまったか」

 と、もうツルが中まで侵入していることに驚きつつも近くにあったハサミで、根元から切り取るや否や、外へと放り投げる。

「お前も動かせたら申し分ないんだけどねえ」

 と、錆びた柱を撫でる。
 生い茂った山の中で放置された廃バスが、彼女の住居だった――

 誰もいない、いるはずがない山の中で、彼女はキッチンに立って朝ご飯を作る。鳥や獣たちが鳴く声に混ざってベーコンエッグの煙が立ち上る。

廃バスは、住みやすいように改造されていた――

 立てかけたソーラーパネルに、近くの滝や風車に繋がれた発電機。
 水道は、歩けばすぐにある川からポンプで送られてくる。
 タイヤもエンジンも無く、ボディだけで、錆びついた金属が剝き出しになっている床は加工した板材を敷いており、雨で腐ったりしたときは拾ってきたペンキで塗って張り替える。
 少し歩けば自前の畑はあるし、森にはシカや鳥がいる。
 補助的なことは全部airがやってくれるし、私みたいな素人でも簡単に育てられるくらいには野菜だって進化してきた。
 客席のシートの骨組みを上手く利用して作った薪のコンロ。
 予め、濡れない場所を作ってそこに拾ってきた雑誌や漫画本、小説なんかをしまう。娯楽は貴重だ。
 拾ってきたラジカセや本で有り余った暇は潰せる――

 部屋は狭いし、天井は抜けているけれど、川はあるし果実も取れる広大な庭付き物件だ。手を出しても申し分ない。

 出来上がった朝食を、テーブルに運ぶ――横を行き交う羽虫にはもう慣れた。ここに来る前はコンクリートばかりだったから、新鮮だしそこまで嫌でもない。
 生憎、図鑑はどれも大半のページが破けてしまっていて、虫の判別がつかないのは惜しい。

『オハヨウゴザイマス』
「おはようairいつもありがと」
『発電設備、破損箇所0』
「そっか、じゃあドローン飛ばしといて……あとは道具の整備と、畑だね」
『ワカリマシタ』

※※※※※

 「人間補助ロボットシステムair」それが初めて発売されたのは、まだ、世界が崩壊するずっと前、西暦2120年頃。それ以前までもロボットは各家庭に一台という形で普及していた。しかしairは高耐久・高性能、そして低価格を実現し瞬く間に世間へ浸透していった。

 彼女の傍らで動いているのも、初代のairだった。
 キャタピラがついており、細い腕型のアームを10本と、太い主アームが2本ついた、愛らしいデザインとは反対に本来、危険地帯での作業をするために生産された業務用のロボットであり、他のモノと違って必要最低限のコミュニケーションしか取れない。

「どう?水質」
「平常値デス、マダ移動スル必要ハアリマセン」

 新型爆弾の影響で、地球の気候やそれまでの文明が崩壊した。
 軸が反転し、実験の行われたメキシコ湾の中央が一瞬にて赤く染まり、9000度の爆風と放射能、津波、地震、噴火、異常な地盤変動によって多くの国が沈み、一瞬にして地球の人口の95%が死亡した。
 皆等しく、優秀な人間もそうでない人間も、秀逸な学者も宗教家も犯罪者も芸術家も閣僚も、そして築き上げてきた文明も――
 皆、等しく飲み込まれた。

 しかし、それまでの大戦の影響か、寸前か偶然か、逃れることができた人もいた。
 そのたった5%は、強力な地盤変動でも歪まない強固な地下シェルターや空中にいた者でその時国際宇宙ステーションにて観測を行っていた職員たちはみるみるうちにあっという間に赤く、真紅に染まっていったその光景に

『まるで一つの生命から生気が抜けていくのを目の当たりにしたかのような悍ましさを覚えた――もっと別の言い方をするなら……まるで地獄が完成したかのような恐怖を覚えた』

 と語っている。
 当然、残った5%の人間だけでこれまでのようなインフラや設備などを整えられるわけがなかった。
 そこには、有名な学者や論者、政治家等々、有識者や組織の重鎮に居座る者なども居たそうだが、結局再興できず、早々に死んでしまったらしい。
 皮肉なことに、そんな人間よりも目立った学も地位も無い平凡な人間だけが、生き抜くことができた――

 しかしながら、それから数年経った後に数万台のairがまだ壊れずに生き残っており、そのどれもが、特に耐久性にこだわった業務用だった。
 そうして、人々は散り散りに変貌してしまった地球を移動しながら生きるようになったという話だった――彼女ももう、しばらくは人と会っていない。

 最後にあったのは確か――

※※※※※

 最後に人と会ったのは、ハッキリとは覚えていないし、西暦という年の数え方はもう消滅しつつあって……もうこの星の人間の大半が、あの大災からどれだけ経ったのかなんてわかる人が珍しいのではないだろうか。
 私だって、私のお母さんだって当時を経験なんてしてない。

 だからこそ、彼が尚の事特別に見えたのだった。

『誰!?』

 出会いは唐突だった。
 都会の廃ビルの一室で鉢合わせ、お互いに狩猟銃を向け合ったのが最初だった。その時は私が一足早く住んでおり、しかもその時は丁度シャワーを浴びて、布一枚の状態でもあったため当初は、犯されることさえ覚悟した。

「ご、ごめん――いるとは思わなかった……す、すぐ」

 男は後ろにたじろぎながら、言葉をつっかえながらも震えながら、両手を上げる。

「そ、そんなつもりじゃ――」
「置いて――」
「へ?」
「銃、置いて――」

 との要求に素直に応じ、次の言葉を察して、こちらに蹴とばして自分は無害であることを主張する――しかし、この一連の流れはそんな珍しいことでもなかった。
 人が少なくなった上に、遭遇するのは野生動物よりも低く、おまけにairが基本ついているため骨を折ったとしても何かしら病気になったとしてもある程度なら生き抜ける――
 だからこそ、互いに警戒し合うのが普通であり常識なのだ。
 しかし、逆に間接的であれば積極的にコミュニケーションをとる、いくら一人でも生きていけるといえど、閉鎖的な状況では寿命が縮む。

 だから――

「ちょっと待ってて……今着替えるから」
「す、すまないッ――」

 彼の銃を拾うしぐさに、男は照れた顔をしながら目を逸らす――そんな彼を尻目に、身体を拭き、洋服を着用する――彼は見た感じ、好青年といった感じで、私とそこまで年は離れてなさそうだった。しかし、どこかおどおどと頼りなく、眼鏡の似合う優しい顔付きに見え、そんな彼の風貌と、狩猟銃はどこか、雰囲気的に釣り合っていなかった。

「ごめん」
「い、いや……こちらこそ、なんていうか申し訳ない……」
「同じ言葉なんだね」
「ここは故郷なんだ……祖父の」

 と、首から下げた何かを握って「ふーん……まあそれでも、十分奇跡だよ、コーヒーだけど大丈夫?」と、缶コーヒーを差し出すと、彼は笑顔で「好き嫌いはしないタイプだ」と答えるので、おかしくなって吹き出した。

「あはは……贅沢なんだね」
「ど、どういう事だい?」

 困惑する彼に、ひとしきり笑うとその余韻を残しながらも説明する。

「こんな時に、好き嫌いなんて事考える人は少ないって意味……生きるために、必死過ぎて嫌いなものとか考えてこなかったんだ」
「それは……ごめん……」
「いいんだ……君の心が豊かな証だよ」

 そうして、夜が更けるまで彼と話し合った――

「なあ、君はいくつなんだい?」
「ん?私は分からない……そもそもそう言うのは気にしたことがないかな、君は自分がいくつなのか分かるのかい?」
「僕は18だ……君は見た感じ僕よりも若そうだ」
「それは嫌だなあ、私は誰よりも上にいたいからね」
「強欲だなあ……」

「寝ないのかい?」
「今夜は星が見えやすいんだ……」
「星を観察してるの?」
「うん……」
「将来は学者か何かかい?」
「冗談が上手いなあ、好きなんだよ……夜空が」
「月が綺麗ってね」
「月があったら……そう言ってただろうね」

「ねえ、一緒に寝ないの?」
「そんなバカな事言ってないでさ――」
「あのさ……このずっと寒い時期……昔は冬って言っていたらしいよ」
「まだあの時のままだったら、夏の季節だったろうね」
「ねえ――」
「な――!?」

 しつこく話しかけてくる彼女の声に彼は、寝返りを打って振り返る――と彼は驚いた顔をして固まっていた……。
 そこには、女が一人、今日初めて会って色々と打ち解けてきた女が裸で、横たわっているからで――

 分厚い寝袋を開く形で、見えてはいけないものが全て見えている――
 足の方を見ると、脱げ切らずまるで足枷のようにして衣服が下げられており、また上半身は何も着ずにさらけ出している。

「温めてくれない?」

 その言葉に男は戸惑った。
 このままだと、彼女を犯してしまいかねない――しかし、それは――

 分かっていた。

 そもそも、こんな世界で、こんな遭遇など滅多になかった――いや、滅多にあり得ないことでもあった――

 いや、それは自分の声に過ぎず、彼女の心内を理解できるわけでもなかった――

 だからこそ――男は自分への誘惑に負け彼女に手を伸ばし――背へ腕を伸ばした。その瞬間彼女は、声を震わせ涙を流し始めた。

「どうしてかわからなかった――だって、なんでこんなことをしているのかも分からないの……とても寂しくて、寂しくて――もう一人ぼっちなんだって思いながら生きてきたのに、君が居たから――もう離れたくない、もう一人は嫌……けど誰かと一緒にいるのも、今までの、今まで大切に保っていた何かが壊れそうで――初めての感覚なんだ、君に……君の……今だけで、たった一瞬だけでもあともう少しでいい、君の温もりと香りが欲しい」
「一瞬だけで良いのかい?」

 その言葉は堪え難く、耐え難い苦痛に変わり、そして涙となってあふれた――

「嫌だ――できるだけ、できるだけずっと、でもずっとは無理だって知ってる――だから――だから――君のが……君のを私に注いで欲しい――君とずっと離れていても、この味は忘れることはできないだろう?――この想い出でこの後の寂しさを埋めるから、だから――君に――抱いて――」

 それから、瞳を閉じると開こうとはしなかった――ただ、温もりが唇に触れる生暖かいその感触が生々しくも背中をこそばゆく這って、ただその恐怖と、好奇心と、寂しさに全てが詰まって、ただ、ただ力強く離さないように自分から進んで抱擁を外さなかった――

※※※※※

 朝になって、目が覚める――

「朝食は食べたのかい?」
「いや……何が食べたい?ご馳走になったからね……」
「じゃあ、君の故郷の料理という物が食べたいな」
「わかったよ――」

 何やら、いい香りのするスープを作っている。作っている中、もう少しでここを後にすると男が言うと「寂しくなるね……」と微笑みながら返す――

「できたよ……味噌汁だ」
「随分と変わってるな……」
「美味しいから飲んでみな、ほっとするよ」

 そう進められるがままに、彼の作った味噌汁という物を口にする――なんだか、優しい味だった。

「美味しいよ」
「でしょ?」

 そう飲みながら、昨日と変わらず雑談を交わした――

「ねえ、君の写真を撮ってもいいかな?」
「写真……?珍しいものを持ってるな」
「今まで出会ってきた人達を撮っているんだ――今回で13人目」
「皆見たことない人ばかりだな……」
「仕方ないよ、滅多に会えるものじゃないからね――でもだからこそ特別感を感じるんだろうね……撮るよー」
「ちょ、ちょっと、私はどうすればッ」

『――笑って』

 乾いた音が鳴り響く、そのシャッター音は、空間を切り取るかのような……まるで映画フィルムの一コマを切り取ったかのような――そんな不思議な感覚を覚えた。
 突如としてレンズを向けられ、されるがままにそのぎこちない笑みが保存されてしまった。

「撮るなら……もう少し待ってはくれないかい」

 そう微笑む顔には……困ったような怒ったような――親しい人へと向ける優しい眼差しがあった――

「もう少しで小夜野になるよ」
「もうそんな季節になるのか」

 そう言うとまもなく、日が沈んで辺り一面が暗くなる。
 小一時間だけ訪れる真昼の中の夜――
 それは表現でも空想の例え話でもなんでもなくて、言葉通りの夜だった。まあそうは言うけれどそれについての学のない自分にとってそれがどういった原理で起こっているのかもわからなかった。
 ただ、それでも、空に浮かぶ景色は本当の夜空よりも綺麗だった。

「今日は特に星が綺麗な夜だ」
「そう……?昨日と変わらないように見えるけど」
「なら……君に教えてあげよう」
「それ以外にも知りたいな――」
「いいさ、何が知りたい?」
「――じゃあ、君の知ってるもの全て――教えてくれないかい」
「君は強欲なんだね」
「今の時代、強欲でいることが健康の秘訣だよ」
「それはいい事だね……僕も参考にさせてもらおう――」
「君は謙虚でいていいさ」
「ほう――それは早死にしろという事かい?」
「アハハ――まさか、君はそっちの方が長生きしそうだ……」
「それは……それはとても誇らしいね」
「そうさ、とても誇らしいことさ――」

 そうして、その暗闇の中で明かりを照らしながら、その偽りの夜空に浮かぶ、本物の星々を見上げながら彼が語る。

 星の見方、季節の見方、時間の見方――そして、ここの居場所を知る方法。

「ねえ」
「何だい――」
「私は……西暦という物を知らなかった……」
「そうだね……」
「今はどれくらい経ったんだろうね」
「おおよそ今は――程……だろうね」
「そっか……そんなに長いもの間に……そんな長い間――どれだけのものが失われてきたんだろうね――」

 二人はその時だけ、敢えて目を合わせずに言葉だけを交わす。

「怖い――いつか私もそうなりそうで」
「大丈夫さ……写真、撮っただろう?」
「でも……そうじゃないんだ――それには、人の持つものがないんだ――いつか……いつしか、人間の持つものが消えてなくなってしまいそうで――」
「人が営みを続ける限りそれが絶えることはないさ……君が生きている限り、無くなったりはしないさ――」
「そう思いたいね――」

 彼女は背を向けて彼の懐にもたれかかって言う。

「ねえ、この夜が終わったらさ――」

――私の歳……教えてくれない? 
 その声に、彼は驚いた顔をしてから可笑しく微笑んで「そうしたら君は僕よりも年下になってしまうよ」と、ほんの冗談のつもりでそう言ったが――

『構わないよ……君の年上でも、年下でも……君の好きな、君の望みに応えるよ……』

 そう静かにつぶやいた彼女の声には静かに、遠くを見つめていてまたその方向と彼とでは正反対を向いていた――彼には、その言葉を放った彼女の表情が見えなかったし、その言葉だけでは不思議なことに、彼女が今どんな顔をしているのか、どんな心持ちなのかがわからなかった……。
 きっと……きっと、それはあまりにも複雑すぎたのだろう。

 言葉を聞き取るだけでは理解することのできない。
 その複雑すぎる感情に、その声だけではあまりにも余白が狭すぎた――だから――

「ああ……わかったよ」
「もうすぐで夜が明ける」
「思ったよりも早かったね」
「うん――」

 彼女の「うん」と頷く声は、どこか儚くて、触れたら崩れ落ちそうで、傷のついていない綺麗な花瓶のようで、心を指先で撫でるかのような、無垢さがあった――
 ふと見せた彼女のその、“年相応な”……ふと見せた魅力に、どこか……心が奪われる何かを感じて……頭の裏で、その正体を探っていた……。

 日が昇る。
 部屋が太陽に照らされる。
 小夜野が明けると、世界はまた前の光景を取り戻していった――

『ねえ――』
『なんだい?』
『朝が来たよ――』
『ああ……そうだね、君に言わなきゃいけないんだったね』

 君は――

 二人はその時初めて顔と顔とを合わせ、そして彼の言葉を聞き終えると彼女は優しく微笑んで言うのだった――

『なんだ――君もかなり……強欲じゃないか』

終末の世界

終末の世界

終末の世界で生きる女の子のお話です

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • SF
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2021-08-06

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