堕ちる櫻
まとい、と低い声が鼓膜を震わせる。
其方へ視線を向ければ、鮮やかな若草が射貫く様に此方を見据えており、その眼光の鋭さたるや"妖華帝国総帥閣下"と謳われる肩書きは伊達では無いのだと実感させられる。
「まとい、貴様はあまりにも眩い。周囲の目を眩ませる程に…我にはその眩さが、時に恐ろしく感じられる。あらゆる手段を用い、貴様を我が物にしたのは間違うて居ただろうか…と。」
──嗚呼、またか。
この人──桜華忠臣は何時からかこんな事を述べては、不安に駆られると訴える様になった。泣く子も黙る総帥が、年端もいかない小娘の事でこうも臆病になってしまう事には、毎度毎度驚かされる。
しかし、この人の盟友の話では、それは無理も無いとの事だった。
何でもこの人は、想像出来ない程の永い時を生き続け、過去に数多の人を殺し、傷付け、奪い、そして先立たれ続けたらしい。
ただ一人の者に思い入れを強め、それが失われた時の自分の心の拠り所が無くなることを何よりも恐れているのだと、この人の盟友は教えてくれた。
その言葉を聞いて、真っ先に思い浮かんだのは同じ頃から一緒に戦っていた奥さんに先立たれてしまった殺し屋だった。
彼の背は、いつもいつも孤独で痛々しい。あたしが居なくなったら、この人も彼の様になってしまうのだろうか。
────嗚呼、あたしがこの人を駄目にしてしまったんだ。
あたしがこの人を愛してしまったばっかりに、この人があたしを愛してしまったばっかりに、この人は弱くなってしまった。孤高と謳われたこの人に、あたしが孤独の苦痛を教えてしまった。
ふと視線を戻せば、此方を見据える若草は不安と恐怖に燻り、周囲の知る揺るぎなく燃える鮮やかさは見る影も無かった。
「──何も間違っちゃいないよ、忠臣。…大丈夫、あたしはちゃんとあんたの事が好きだから。……そんなに思い詰めなくて良いんだよ。」
そう答えるのが精一杯だった。
あたしは多分、この人と永くは生きて居られない。必ず先に死んでしまう。だから、今だけは安心させてあげたい。
微かに震える彼の頭を抱き寄せ、優しく背を叩く。縋る様に衣服を掴む手の必死さが、己の腑甲斐無さを更にありありと告げている。
気休め程度の答えしか返せない自分を、あたしは今日も呪った。
堕ちる櫻