きょうという日にさよなら

 ほんとうのところをいうと、きみの肉体がそのまま、散るかと思った。花弁のようにね、ばらばらになってしまうのだと想像したとき、身じろいだのは一瞬で、胸の奥がふるえるような感覚は、ちょっと狂気的だった。十九時の交差点。信号機は惰性で赤から青へ、青から刹那、黄へ、そして赤へと繰り返し、にんげんはやわらかな憂いをもてあましながら、歩く。じぶんの家。恋人のもと。ともだちがあつまる場所。しらないひとたちの群れのなか。コンビニで、おきまりのアイスコーヒーを買う、きみが、あたたかい手をぼくに振る。またあした。またあした。おなじところには帰らない、ぼくときみ。いきもの、というものが極端に減った、この街で、肺呼吸をするために生まれてきたことを、よろこばしく思いなさいと言い切る、やさぐれた感じのシスター。ねむれない夜に、ずっとそばにいてくれるのは、アパートのとなりの部屋に住んでいる、しろくま。月に向かって飛ぶのは、きみ。

きょうという日にさよなら

きょうという日にさよなら

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-06-22

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