夏の使者

 血となり、塵となり、星の糧となり、だれかのやさしさに首を絞められて、ゆっくりとおりてくる、まぶたは、舞台の幕みたいだった。二十四時の、ハンバーガーショップは、明かりを消して、静かに眠っている。きみと、おなじ最終電車に揺られていた日の、記憶だけがいつも、どこかおぼろげで、もしかしたらはんぶん眠かったのかも、と思っている。ゆりかご。透明なゆうえんちで、こどもたちがたのしそうにあそんでいる、気配。真夜中の、横断歩道のまんなかで。きみの手のぬくもりだけが、しんじつで、とっくに腐った、ノア、という個体だけが、ぼくにつめたいかげをおとしている。ぼくだけを愛するために生まれた、ノア。向日葵の花が好きだった。夜明けの海で、ぼくは、ノアに愛されるだけのにんげんとなって、ふたりは、それぞれ、ふたりだけのものになって、でも、それは、なんだか胡乱げで、不確かで、いつかはおわりがくるのではないかと不安だったのだが、ノアが、ほんとうに永遠の、ぼくだけを愛するいきもののまま、星に還ったので、もう、だいじょうぶだと思った。思っていた。はずだった。のに。きみをしってしまった、ぼくの胸には、みえないナイフが添えられていて。

夏の使者

夏の使者

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-06-08

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