中途半端な落下

 ただ、生きているだけのあいだに、何度も、恋をするのが、いきものであるのか。くるしいのと、かなしいのだけが、いつも、つきまとっている。幸福ほど、静かにひいてゆくような気がしていた。波のように。
 ある夜に、アルバイト先のひとと、お酒を飲んだとき、他人の恋のはなしを聞くのはおもしろいか、否か、という話題で、妙にもりあがったのは、たぶん、そのときの気分とか、雰囲気とか、アルコールの作用によるものであると思われる。その、アルバイト先のひととは、ふだん、シフトがまったくあわず、たまたま、その日は、おなじ時間に仕事をしていた流れで、コンビニでお酒やおつまみを買って、近所だという、そのひとのアパートにおじゃましたのであって、自然と、発生するネタといえば、アルバイト先の人間関係だとか、アルバイト先にやってくる特徴的なお客さんのことだとか、恋のはなしだとか、それらのひどく表面の、うすっぺらい皮の、剥がれかけているところを、いつまでも、ぴらぴらとやっている感じだった。恋のはなしの延長線で、他人の恋のはなしって、ときどき、どういう顔して聞いていればいいかわからんと、そのひとはいって、ぼくも、そういうときありますと、缶ビールをあおりながらこたえた。他人とは、主に友人を指すが、総じて、他人の恋のはなしほど、振り幅の大きいものはないのではないか。くっそつまらんときとか、おもっくそおもしろいとか、あるよな。そのひとは、アルバイト中には決して出せない、ことばづかいで、するめいかを噛んでいた。ぼくは、ええ、たしかにと、まじめくさった調子でうなずいて、チータラを何本かまとめて、くちにほうりこんだ。大なり小なり、こういう飲み会、という場では、わりと、負の感情、というか、たとえば愚痴なり、だれかのうわさばなしなりの、世間にはうしろめたい、秘めたるものが、無意識に、ぽろぽろと零れてくるのは、やはり、お酒というものの力あってのことだろう。よく、わからないが。いまさらながら、そのときの会話は、全体的に、なんだか浅はかだったなぁと思うし、お酒とはこわい、としみじみ感じ入ったものだ。もう、どうでもいいけれど。
 アルバイト先のそのひとは、しらないあいだに結婚して、ぼくは、なにかがはじまるまえに、おわってしまった心持ちで。虚ろ。

中途半端な落下

中途半端な落下

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-06-07

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