旧宇宙エレベーターに乗ってみた

 宇宙エレベーターが閉鎖される記事は新聞の片隅にひっそりと載っただけだった。
 それよりも世の中の関心は、新しく建てられ運営が先月から開始された「宇宙エスカレーター」の方へ向かっていた。
 エスカレーターの登場により「旧」と呼ばれ始めたエレベーターは、確かに古くさい。近未来をイメージして作られた内装が今となってはもはや過去の遺物のようだった。

「近未来デザインが経年劣化したときの廃墟感、やばいですよね。ノスタルジックとも言えますけど」

 席が隣の後輩は、副業に動画ブログをやっているらしい。広告収入がそこそこあるようで、巷で話題のものというよりもニッチなあまり人と被らないネタを取り上げるのがコツです、と自慢げに教えてくれた。しかし、今後やる予定もないので全く要らないアドバイスだ。

 「(閉鎖直前!)旧宇宙エレベーターに乗ってみた」動画はそれなりの再生回数があるようだ。「旧」とあだ名がついている割にそこまで安くない値段を払ってまで乗る気はないが、見てみたい層は確かにいる。

「先輩、動画見てくださいよ、ほら。課長だって見てくれたんですよ。息子さんが毎回俺の動画見てくれてるらしくて」

 先日からやたらと動画アドレスを送りつけてくる後輩のメッセージに既読マークはつけていない。

「かわいい後輩の再生回数を増やしてやってくださいよー」

「あんまりかわいくないな」

 そうは言ったが、夜に動画を再生した。今日も今日とて後輩からのメッセージが届いたからだ。

 それから、少しの懐かしさもあった。

 動画はまず、空港内の宇宙エレベーター入り口から始まった。入り口の脇には、ささやかなたれ幕が掛かっている。『今までありがとうございました』と『みなさまに感謝!』の2枚だ。それから、職員の手書きだろう『お別れまであと5日!』の文字が映される。
 それらがなんともわびしさを感じさせた。

『当時の近未来感って感じ。物理的に古くなってくると、この近未来感と印象がずれてちぐはぐになるんですよねー』

 あの時はピカピカだった。どれもこれもが輝いていて、その新しさに驚いたものだ。後輩は知らないだろう。

 次に、宇宙まで運ぶカプセルの中が左から右にゆっくりと映される。確かに劣化が見えた。
 この辺は押しても反応しませんね、なんて実況が続く。

 そのボタンは、ホログラム画面が四つ折になって消えるやつだ。先日発表されたホログラム液晶に、懐かしのこの謎機能が搭載されたと話題になっていた。むしろ今でも最先端だ。

 宇宙到着までカットされていた。7分の動画なのだから当たり前だ。
 視聴者が飽きない短い動画がやっぱりウケますねコスパっす、コスパとこれまた必要のない後輩のアドバイスが脳内をよぎる。

 『宇宙展望デッキに到着です!』とテロップが入った。

『この展望デッキは今でも結構圧巻じゃないかなと思います!このアクリル板とかはまあ今のと比べると透明度や歪みに難アリですが、むしろこれが味っていうか。生々しさを感じるっていうか』

 ちょっと足元が軽い気もする、と言っていたら横にいた添乗員のお姉さんに重力の設定は地球と同じですと突っ込まれている。
 『気のせい』とテロップで書かれて後輩が冗談を言ったみたいな編集になっていたが、俺は知っていた。本当に微かに足元が軽いことを。

 あの時はそんな感覚がしたのだ。
 しかし、何も興味のないふりをして展望デッキで過ごすことが俺のできる限りの抵抗だった。あの時は手元のゲーム画面を見るしかなかった。

「崇、宇宙よ、ほら宇宙。崇、ゲームばっかりしてないで見なさい」

 最後の家族旅行だと知っていた。
 幼くとも子どもは案外敏いものだ。離婚前に家族最後の思い出として選んだ旅行。
 楽しんでいる素振りなんか見せてはならないと思っていた。

 どうせ結果は変わらなかったのだから、もう少しゆっくり堪能しても良かったかもしれない。

 少しだけ歪んだ解像度の低い地球は、画面越しで見ても美しかった。

 「(閉鎖直前!)旧宇宙エレベーターに乗ってみた」に高評価ボタンを押して画面を閉じた。

旧宇宙エレベーターに乗ってみた

旧宇宙エレベーターに乗ってみた

宇宙エレベーターが閉鎖される記事は新聞の片隅にひっそりと載っただけだった。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-05-18

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