火根茸(ひねじ)

火根茸(ひねじ)

       目次

       火根茸 序        
       師走  出発      
       睦月  オホーツク   
       如月  十三湖     
       弥生  胎内      
       卯月  甲斐      
       皐月  魚津      
       水無月 箱根     
       文月  尾張     
       葉月  下関     
       長月  阿波     
       神無月 阿蘇     
       霜月  琉球     
       晩冬  火根山    


 新月である。星がきらめく宵、大きな緑色の蝙蝠が、山のてっぺんにある大きな杉の木の上から、片翼をひらひらさせて降りてきた。片一方の手でなにやらくるんでいる。片翼で飛ぶなど器用なものである。
 蝙蝠は木耳に覆われた大きなブナの木の前にある、これまた大きな切り株に降りた。
 蝙蝠は白い壷から真赤な顔をちょっとだしたばかりの卵茸の子どもを、翼の中からとり出すと、ひょいと切り株の上においた。
 「どうじゃ、気分は直ったか」
 「はい、よくなりました」
 卵茸の娘は調子が悪かったようだ。
 「何にあたったのであろうな」
 「きっと、昼間の日の光が強すぎたのでございましょう」
 「うむ、たしかに、今日は、十一月の終わりというに暑いものであった」
 「はい、なにやら起きそうな気がします」
 「そなたもそう思うか」
 「はい」
 火(ひ)根山(ねやま)の森の中には静けさがただよっている。
 「お嬢、このあたりの茸はお一族か」
 「みな、私の父の仲間でございます」
 「火(ひ)根(ね)茸(じ)であるな」
 「はい」
 赤い茸は傘をふるわせた。それを合図にか、様々な形をしたな茸が切り株の周りに顔を出した。
 「火根茸の皆さん、緑蝙蝠にございます」
 蝙蝠がお辞儀をした。シルクハットに杖があればいっぱしのイギリス紳士である。
 「この方は、私を助けてくださる方です」
 赤い茸の娘は火根茸たちに緑の蝙蝠を紹介した。
 集まった火根茸たちは声を出すこともなく、静に、ただ深く頭を垂れた。
 この茸たちは話をしたくとも、しゃべることが許されておらず、ただただ、傘を揺らして気持を表すほかはなかった。唯一、一族の長の娘である卵茸が話をすることが許されていた。火根茸たちは、いつか許され、自由に話が出来るようになることを待ち侘びているのである。
 「これから、茸にされてしまった私たちの呪縛を解く鍵を探しにまいります。この緑蝙蝠さんの助けがなければできません、時が来ると、あなた方の力をおかし願うこともあるでしょう」
 火根茸たちはふたたびふかぶかとお辞儀をした。
 「みなさんを元の人に戻す薬がみつかるまで、この森で静かに暮らしていてください、おねがいいたします」
 緑色の蝙蝠は再び卵茸を片方の翼にくるみこむと、一つの翼で夜空に上手に舞い上がった。
 火根茸たちは無言のまま空の上に消えていく二人を見送った。


「師走だな」
 緑蝙蝠がつぶやいた。
 冷たい空気が辺りを包み、空には無数の星が凍りつくような冷たい輝きをはなっている。
 「今日は一段と空がにぎわっておる」
 火根山の森の外れ、杉の木の上で、緑蝙蝠が空をあおいだ。
 卵茸の娘も空を見上げた。
 「北の果てにいってください」
 卵茸が頭を緑蝙蝠のほうに向けた。
 緑蝙蝠が卵茸を片方の翼に包み込んだ。
 蝙蝠らしからぬが、ふわりと宙に舞い、すーっと、空の上に昇っていった。
 まばゆいほどの星屑の中に蝙蝠と卵茸は溶け込んでいった。
 「風の流れに乗るとするか」
 蝙蝠は北極星を頼りに北を目指した。
 日本の国の空を強い風に押され、福島、秋田、青森と数日かけて飛んだ。
 明日になれば年が変わる。
 「海の上は冷たい、暗いが海の底をいくとしよう」
 緑の蝙蝠はつぶやくと、くるまれた翼の中で卵茸の娘がこっくりとうなずいた。
 青函トンネルに入ると暗闇が蝙蝠たちを包んだ。
 しかし、なんと、あっという間に、北海道の星明りの下に緑蝙蝠の姿が現れた。
 するすると、蝙蝠は上空に舞いあがり、函館の上空に浮かんだ。
 函館の地は火根山と違い、冷たい空気が針のように緑蝙蝠と卵茸をちくちくとつつき、からだの中に入り込む。
 翼の中の卵茸が小さく縮んだ。
 「お嬢、大丈夫か」
 「はい、私は大丈夫です、蝙蝠さんこそ無理をなさらずに」
 やがて二人はそのまま、空の上を網走へとむかう。
 網走の上空は函館どころではなかった。緑蝙蝠は雪の吹雪に流されるように飛んだ。
 「お嬢、こんな寒いところに何があるのだ」
 蝙蝠が尋ねた。翼にくるまれた卵茸は蝙蝠を見上げ、答えた。
 「一角の角が必要です。我々の呪縛を解く為の薬の一つになるものでございます」
 「一角はここにいるのだね」
 「一角は北極に棲むもの、だが、北海道のこの地の海に密かに来るといわれております」
 「おおそうか、だが、このような寒いところ、茸のお嬢はだいじょうぶかね」
 「はい、茸もほとんど生えないようなところでございますが、私は元々人間でございます。茸になっても流れる血、いや体の中の液は暖かく保たれております」
 「ふむ、そして、どうして、ユニコーンの角がよいことがわかったのかな」
 「父が教えてくれた歌にございます」
 「ほう、それは」
 「小さいときから覚えさせられたもので、いつもその歌を歌って遊んでおりました」
 「ほーう」
 「人が茸に、茸に人が、北の果て棲む一角獣、赤い飛沫の角の先、赤い実のなる曼珠沙(まんじゅしゃ)華(げ)、赤腹井守の真黒胎児、甲斐の洞窟赤水晶、赤に染まった竜宮使、箱根の赤岩硫黄粉、尾張名古屋の赤い栗、赤河豚心臓下関、泡踊りの赤平家、九州阿蘇の溶けた赤顔、そして最後があるのですがそこのところははっきりしません」
 「難しい歌だな」
 「はい、子供の頃は全く意味を知らずに歌っておりました。私の国では、悪いことが起こると、火根山の妖術師が人を茸に変えてしまうという言い伝えがありました。それが現実になり、歌が元に戻す薬を造るためのものであることがわかりました」
 「それをすべて集めて一緒にすれば薬になるのか」
 「それはわかりません、必要な量も、その割合も全く分からないのでございます。まずそれらを集める事が肝要、その後、それを解く鍵を探さねばなりません」 
 「そうか」
 緑蝙蝠は卵茸を翼で強くくるみ、吹雪から守った。
 ここで少し説明が必要であろう。そのむかし、甲斐の国に火根山と呼ばれる隠れ山があった。火根山の麓は富士の水脈から清い水の湧き出るとても住みやすいところである。そこに住んでいたのは、火根一族で、神代から人の起源にまつわる大事な壷を守る役割を担っていた。いずれ、必要となったとき時、蓋を開けるというものである。誰が蓋を開けるのか、それは、そのお告げがあった時である。いつになるか、開けたらどうなるか、知るものは誰もいなかった。
 一族はお告げを聞き分けるよう歌を覚え、耳を鍛えていたのである。
 一族の食物は茸のみ、それ以外のものは口にしてはいけないことになっていた。理由などありはしない、何千年も続くことである。しかし、それは苦にならなかった。火根の一族は茸しか味を感じることができず、茸が唯一幸せをもたらす味であったからである。
 当然、他所の人間がその一族の元に訪れることもない。一族の中で長老が夫婦になるものを指名し、今まで、子供は無事産まれ一族は多すぎもせず減ることもなかった。
 そこにある日、大きな変事が起きた。錯乱を起こした女がいた。五十になったばかりの女である。火根の一族は寿命が百八十と長い。火根の娘は十五になると、長老が夫になる男を指名する。しかし、その女は行状から長老が夫になる男の指名をしなかった。その女は独り者であった。
 錯乱女は壷の安置されていた火根神社に忍び込み、持ち出して森の中で壷の蓋を開けようとしたのである。そのとたん、錯乱女はその場でブナの木にかわり聳え立った。
 女がかわったブナの木の幹には木耳(きくらげ)が鈴生りになった。
 壷はいつの間にかブナの木の根の中に囲われてしまった。さらに、火根一族の生きている者すべてが茸にされてしまったのである。火根一族が姿を変えた茸は火(ひ)根(ね)茸(じ)と呼ばれた。妖術師ではなく、火根山の神によりなされたものだという。もう百年も前のことである。
 今、緑色の蝙蝠に抱かれているのは、卵茸になった一族の長の娘である。この蝙蝠は、長老の家の床の間に置かれていた緑色の万年茸である。火根山一族が茸に変わったとき、逆に、万年茸は緑色の蝙蝠に変わった。蝙蝠に変えられた万年茸は、すぐに、まだ小さな壷だった卵茸を拾い上げ空に舞い上がったのである。緑の蝙蝠は洞窟の奥深くで卵茸の壷から茸の顔がのぞくのを待ち続けた。
 そして百年近く経ち、卵茸の壷が割れた。その中から赤い小さな傘がのぞいたのは、ほんの半年前のことである。
 こうして緑蝙蝠は顔をだした卵茸を火根山の林の中へ連れてきて、茸になった一速と対面させた。
 そして今、火根一族を人に戻す、第一歩として、北海道の果てにやってきたわけである。

 網走の海にでたとき日の出の時刻を迎えた。新しい年になった。
 オホーツクの海である。沖に白いものが押し寄せてきている。
 「流氷が流れてきています」
 荒海の中で大きな氷の塊がひしめいている。
 「冷たいのう」
 今日は凪いでいるが、荒れるととてつもなく激しい海のうねりがおしよせる。
 「一角の角はどこにいけばみつかるのかな」
 緑蝙蝠が卵茸にたずねた。
 「この荒れた海辺に打ち上げられるのを待つしかないようです。それもただの角ではだめなのです。赤い角が必要なのです」
 「じゃが、この広い海のどこから上がるのであろう」
 「一角が現れる場所を探しましょう」
 緑蝙蝠は最果ての地の情報を、岩に止まっていたエトピリカに聞いた。
 「一角を探しておるのだが、教えてくれぬか」
 エトピリカは橙色の嘴をひらいた。
 「一角は争いごとのきらいな生き物でな、人知れぬ海の底で子供を作り、世界を巡り、北極に暮らす。そして、年老いた一角は、この地にくると、海の底で死を迎える。人間はそのことを知らぬ。ほんのたまに、死したからだから離れた角はこの近くの岩場に流れ着くこともあるが、岩にたたきつけられ砕けてなくなってしまう」
 「赤い角をもっている一角はおるのだろうか」
 緑蝙蝠がたずねた。
 「それは聞いたことはない、わしらも一角に会ったことはない、伝え聞いたことを教えたまでじゃ」
 エトピリカは不思議そうな顔をした。
 「お主、何者じゃ、一角の角を薬にするのか」
 「一角の角は薬になるのかね」
 「知らなかったのか、毒を解く、よく効く薬になる」
 「それはいい」
 「それで、そなたの抱えている茸はなんじゃ」
 「わしの主人の娘でな、茸に変えられてしまったのだが、もとに戻す薬を作ろうとしているのだ」
 「それは気の毒にな、時間がかかるが、その機会は必ずくる、気長に待つことじゃ」
 エトピリカはそういい終えると、強い風の中を力強く羽ばたいて去っていった。
 赤い角が手にはいるのはいつになるのだか、それが、一年、二年後になるかもしれない。しかし、待たなければならないのだ。
 それから卵茸と緑蝙蝠は毎日のように海辺で過ごした。
 岩の上から赤い茸が荒海を見ていた。寄せる大きな波は岩場に打ちつけられ、跳ね返った。時々赤い茸もしぶきに濡れる。
 「大丈夫か、姫さん」
 空から見回りをしている緑蝙蝠が戻ってくる。
 「あの三角岩の先に割れた角のようなものが打ち上げられました」
 茸が言うと、緑蝙蝠は海のしぶきを浴びながらも、それらしいものを探した。白い骨のかけらのようなものである。
 「ありましたぞ、しかし、これは赤くはない、それに一角のものかわからんな」
 「そうですね」
 そうやって、一月の末、雪の吹雪くある夜、荒れた海の中から大きな白い角が突き出たのである。
 「あ、一角の角が」
 茸の姫が叫ぶと、別のところからも角が突き出された。
 「ウム、すごい、一角が二頭あらわれたか」
 緑蝙蝠が目を見張っていると、二つの海の上に突き出された角が、つつっと近寄るなり、かちーんという大きな音と共にぶつかり合った。
 一端離れたかとみると、巨大な二頭のユニコーンが白く渦巻く海の中からそそりたった。目は真っ赤に血走り、たがいに、うなりながら角を突合せている。
 「何を争っているのでしょう」
 「あの怒りはなんであろうな、一角は争わぬ生き物のはず、しかもここは死を迎える場所とエトピリカは言っておった」
 二頭は何度も角をぶつけ合うと、白く渦巻く海の中に沈み、また顔を出す。太い角がお互いにぶつかり合う。角が当たると、がつーんという音とともに、光がでる。
 「あれ稲妻が走る」
 卵茸の姫は恐ろしさに赤い頭を壷の中に隠した。
 「そうだな、だが、姫、よく見ておきなされ」
 緑蝙蝠の声で卵茸は頭を出した。
 光がでると、どちらの一角も苦しそうにもだえて、海に沈んでいく。
 あたりは吹雪いている。
 また、二頭が顔を出した。角が血で濡れている。一頭の左の腹から血が出ている。傷ついた一頭が、もう一頭の頭に角を突き立てた。角の先が血で赤く染まった。二頭は血で染まった角をつき合わせた。
 ごつーん、きりーと金属音がすると、二頭の角の先が折れ、宙に舞った。
 「あ、あれ、赤い角」
 茸の姫が叫ぶ。その声の前に、緑蝙蝠は卵茸を岩の上に置くと、すでに吹雪の中に飛び出し空を舞っていた。
 宙に上がった赤く染まった一角の角の先は緑蝙蝠の足によって捕らえられた。
 緑蝙蝠はすぐさま岩に降り立つと、赤い茸に血染めの角を見せた。
 「きっとこれが一角の赤い角です」
 「よかったな、姫」
 角の折れた一角たちは、ふたたび海面に顔を出すことはなかった。
 
 緑蝙蝠は岩の上で雪に埋もれそうになっている卵茸と角を抱えると、海岸から離れた空き家の屋根裏に戻った。
 「思ったより早く見つかったものだ」
 緑蝙蝠は血のこびりついた一角の角を板の上に置いた。
 「火根山の森に運ぶには仲間が必要だな、あいつに聞いてみるか」
 「どなたです」
 「エトピリカだよ」
 「それは無理でしょう、私が呼びます」
 「姫に連絡できるのかね」
 「はい、私どもは、空気ではなく、空気と空気の間の無の中を通して、茸になった、仲間に意思を伝えることができます」
 「だが、火根茸は手助けに来ることはできまい」
 「火根茸はしゃべることはできませんが、森のムササビ、梟、夜鷹、火根山の動物と連絡ができます。きっと、夜鷹が取りにくると思います」
 「夜鷹なんぞ、俺を食っちまいそうだ」
 「大丈夫です、夜鷹も、その昔、火根山一族でした、ちょっとした出来事で、夜鷹にされたのです、火根山にはそういう者たちがたくさん住んでいました。山そのものに妖術を使う意志が宿っているのです」
 「ふーん、そういうものか」
 それから五日後、夜鷹が一角の角を取りに来た。
 月が変わった。


 二月に入った。
 「さて、火根山の姫様、次にいくのはどこかね」
 「青森の十三湖に参ります。そこで赤い実の生る曼珠沙華を探します」
 「あの死人花が実を付けるのかね、それに今はまだ土の中で居眠りだ」
 「曼珠沙華の実は見たことがありません、実というのがどのような意味なのかわかりません、行かないと判らないことだと思います」
 「そうだな、では行くかい」
 「はい」
 赤い茸をくるんだ緑蝙蝠は網走の空に舞い上がった。
 凍てつく風に乗ると、北海道を横切り、今度は海の上を本州に向けて飛んだ。波しぶきの中を、海豚が群を成して泳いでいる。
 卵茸が「あ、海豚(いるか)の中に一角がいる」と、叫んだ。
 海豚の中を一角がなにやら話しながら泳いでいた。
 「一角は、海豚と仲がよいようじゃな」
 「一角が戦っていた理由が分かりました」
 「なんと、どうしてじゃ」
 「海豚と一角獣の話が聞こえてきます」
 「お嬢は、そんなことができるのか、それでどうして戦っていたと申しておる」
 「はい、あの一頭はまだ若い一角、もう一頭は死に場所を探してきた一角です、若い一角が海豚に懸想をして、この地にやってきてしまったのです、そこで静に死のうとしていた一角の邪魔をしたようです、でも、若い一角は海豚に諭され、北極に帰るところのようです、あのように海豚が送っていくところです。年老いた一角は海の底で海豚に見守られ、死を待っているようです」
 「そうなのか」
 緑蝙蝠は考え深げにうなずいた。
 強い風にもまけず、緑蝙蝠は力強く一つの翼で飛んでいく。
 本州に渡ると、そのまま上空の風に乗り、青森の端に到達した。
 十三湖は土で濁って茶色だった。冬の土手には枯れた草がしおれ、重なっている。
 「春が来て、夏が来て、秋がこないと曼珠沙華は咲きません」
 「そうだな、その間に、他の薬の材料を探すわけにはいかぬのか」
 「私にはわからないのです、あの歌の順番でなければいけないのか、そうでなくてもよいのか、せっかく集めて、順が違うことで薬にならないとすると、それは無駄になります」
 「そうだな、妖術を解く薬となると、そのようなしきたりというものを無視するわけにいかぬだろうな、じっくり待つしかない」
 「私もそう思います、蝙蝠さんには大変なことで、申し訳なく思います」 
 「そんなことはない、火根山一族を守るために我々は生きてきて、その役目が私に回ってきたのだから、何の苦にもなりはしない、むしろ誇りなんだよ」
 「それならばよいのですが」
 それから茸と緑蝙蝠は十三湖のほとりの土手の一角で一日を過ごし、秋を待っていた。十三湖の水はいつも土の混じった茶色をしているが、一時、きれいに澄むときがある。そのようなとき、茸は水の底にいる者たちの会話を聞いていた。
 「今年の夏は暑くなりそうだな」
 「ああ、水は濁ったままだろうな」
 「そうかもしれん、だが、土の粒に旨いものがついて落ちてくる」
 「そうだな、それは嬉しいことだ」
 十三湖に棲む蜆(しじみ)たちの会話である。
 「秋の林檎のできはどうだろう」
 少し大きな声が聞こえた。鮒が蜆たちに声をかけているようである。
 「今年もよいだろう」
 「そういえば、黄作村の雀が遊びに来て、ここの雀と話していたが、黄作村の林檎畑にはまだ林檎がなっているそうだ」
 「そりゃどうしてだ」
 「その林檎の木は花を付けるのがずいぶん遅れたそうだ、そのおかげで実が今ごろついたそうだよ」
 「どうして遅れたんだい」
 「花をつける時期に雷がたくさん光って、怖くて花芽が膨らまなかったんだ」
 鮒が蜆に言っている。
 赤い茸は冬の赤い林檎を思い浮かべて寒いだろうなと、一人で同情していた。
 そこに、あたりを飛び回り、曼珠沙華の赤い実にまつわる話がないか聞きに行っていた緑蝙蝠が戻ってきた。
 「お嬢、なかなか曼珠沙華の話は聞くことができぬ」
 「秋まで待つしかないかもしれません、湖のそこから面白い話が聞こえてきました。黄作村の林檎が今ごろ生っているそうです」
 「ほお、誰の話なのだ」
 「鮒が蜆に話していました。黄作村の雀から聞いたと申していました」
 「そりゃどうしてそうなったのかね」 
 「雷のせいだそうです、怖くて花芽が出なかったといっていましたが、むしろ、そこだけ季節がかわったのかも知れません」
 「そうか、その村の季節がおかしいとすると、彼岸花が咲いている可能性もあるかもしれぬな」
 「あ、私はそこまで考えませんでした。さすがに蝙蝠さん、黄作村にいってみませんか」
 「そうしよう」
 緑蝙蝠は近くにいた雀に黄作村の場所を聞くと、赤い茸を翼にくるんだ。ぐーんと空に舞いあがり、頭を黄作村に向けた。
 緑蝙蝠の飛ぶ早さは日本一だ。風に乗りあっというまに黄作村に着いた。
 小さな村であった。あちこちに林檎畑があったが、ちょうど村の真ん中あたりの畑生えていた林檎の木に赤いものが見えた。
 「ここは暖かいですね、あそこに林檎が」
 「そうらしいな、降りてよう」
 緑蝙蝠が降り立った林檎畑には、真っ赤な林檎が一本の木に数個なっていた。黒いような赤い色だ。
 「こりゃ秋映という種類だ」
 「珍しいのですか」
 「いや、信州でつくられたもので、甘酸っぱくて、実はしまっていてうまい林檎だが、青森の方でもとれるのだな」
 「蝙蝠さん、果物も食べるのですか」
 「俺は得意じゃないが、食う仲間もいる、でも後でちょっといただいてみよう」
 「私は匂いで十分です」
 「では、彼岸花を探してみるか」
 緑蝙蝠は茸を抱えて林檎畑を歩いた。蝙蝠が歩く様を見たことがあるだろうか。よたよたと体を右左に揺らして、ペンギン鳥のようにぎごちないというか、滑稽である。
 「ないねえ」
 小さな林檎畑を一周したが、曼珠沙華など生えてはいなかった。
 緑蝙蝠が一本の古そうな太い林檎の木を見て、「おや」っと言った。
 「なあに」
 「あの林檎の木の途中に穴があいているだろう」
 「ええ、中に赤いものが見える、林檎が落ちているのかしら」
 緑蝙蝠がその木に近づくと、
 「あ」っと言った。
  赤い茸がその穴をのぞくと、なんと赤い曼珠沙華が咲いていた。
 茸が木を見ると、上のほうに実が一つ下がっている。
 「あそこに、林檎がなっています」
 真っ赤な熟れた林檎が一つ揺れている。
 「まるで陶器のように奇麗じゃないか」
 「蝙蝠さん、あれが、曼珠沙華の赤い実ではないでしょうか」
 「おお、そうか、姫、きっとそうだ」
 蝙蝠は赤い大きな林檎を口でもぎ取った。
 「ずい分重い林檎じゃ」くわえて宙に舞った。
 緑蝙蝠は林檎をくわえ、卵茸を抱えると、そのまま近くの農家の納屋に入った。
 「よかったの、これこそが彼岸花の赤い実だ」
 緑蝙蝠は林檎を藁の上に置いた。
 「この林檎は石のように硬い、なんでしょう」
 「確かに重いし、てかてか光っている、おそらく、何年も木についたままで、化石になったのかもしれぬな」
 「きっとそうです、彼岸花もこの林檎を守って咲き続けていたのかもしれません」
 「さて、この林檎、誰に運んでもらうかな」
 「ムササビに頼みます」
 卵茸はムササビに連絡した。
 「明後日にくるといっています」
 こうして曼珠沙華の実は無事に甲斐の森にとどいた。

 大きな曼珠沙華の咲く林檎の木の祠の中、秋映を目の前にして緑蝙蝠と卵茸はよりそっていた。他の木になっていた秋映えを食べてみようと採ってきたのだ。
 緑蝙蝠は口を伸ばすと季節はずれの秋映をかじった。
 林檎の甘酸っぱい匂いが祠の中にうずまいた。
 「果物も旨いものだな」
 「林檎の良いかおり」
 卵茸と緑蝙蝠は安寧の一時を過ごした。

 三月になった。
 「次にはどこに行くことになるのかな、お嬢」
 「新潟に飛んでください」
 「新潟のどこに行くのかね」
 「胎内です」
 新潟に胎内川という川があり、その奥の地を奥胎内という。
 「ほう、そこにはなにがあるのか」
 「わかりません、ただ歌の三番目は赤腹井守の黒い胎児です、井守はほ乳類ではないのですが、胎内にいる赤腹井守ではないでしょうか」
 「うむ、そうだな、わからんが、行ってみるか」
 「お願いします」
 緑蝙蝠は十三湖から日本海側に渡ると、海の上空を新潟へと旅をした。
 胎内は新潟の中心の町よりほんの少し秋田寄りである。秋田の由利本荘で一休みし、胎内まで飛んだ。
 卵茸と緑蝙蝠は胎内川の河原に降りたった。
 「しばらくここにいて、井守のことを誰かに聞こうじゃないか」
 「はい、まだ寒い時ですが、確か井守はしばらくすると産卵の季節かと思います」
 河原の土手の石で囲まれた隙間をしばらくの住処にすることにした。
 青森より少しは暖かいのであろうが、風が吹きすさぶ日本海側の寒さは別である。
 夜になると、緑蝙蝠は茸を片方に抱いて空に舞い上がった。
 なだらかな山が遠くに見える。眼科には田や畑が点在している。
 下に降り立つと、田圃の脇でまだ穴の中にいるザリガニや泥鰌の話に耳を傾けた。彼らは季節の話やら、仲間内の噂話に花を咲かせていた。
 井守たちも田んぼの脇や水底で冬眠をしていた。少し気の早いのが顔をだしていたので、黒い胎児のことを聞いた。どいつも首を傾げるだけであった。
 このように二人は毎日毎日、朝になると河原の石の隙間にもどって睡眠をとり、夜になると黒い胎児のことを尋ねてまわっていた。
 そのようなある日、河原の石と石に金色の虫たちが寒さをしのいでいるのに出会った。食物である虫について緑蝙蝠は熟知している。しかし、その虫たちが何者か知らなかった。
 「この冬も寒かったが、もうすぐ春だ」
 虫が隣の虫に話かけている。
 「だがな今年の春は短いな、暑い夏が早くくる」
 「そうだな、でもな暑いのもいやだが、寒いのもいやだ、早く春になってほしいな」
 「そういえば、川のカワゲラの子供が言ってたな、上流に泳いでいった、ほらあの井守のばあさんがお産だそうだよ」
 「はやいね、このあたりのやつらは卯月あたりだろ」
 「あいつは二十年も生きている妖怪井守で、卵を産むのは春先とは決まっていないのだそうだ」
 「こんなに冷たい水だと卵がかえらないじゃないか」
 「ここじゃだめさ、井守のばあさんは、胎内川をさかのぼって、温泉を探しにいったんだそうだ」
 「温泉じゃ、卵がうだっちまわないかね」
 「いやさ、温泉そのものに入ろうっていうんじゃないらしい、温泉の湧くそばのあたたかい水の中で卵を産むのだと、流にいくのだとカワゲラのガキが言ってたよ」
 「そうか、おれたちも移動して暖かい思いをしたいものだな」
 「おれたち、無動虫だ、川の水のところまでしか動けない」
 「そうだな、一生石の間だからな」
 緑蝙蝠は無動虫を初めてしった。緑蝙蝠は茶色の虫たちに話しかけた。
 「おまえさんがた、その井守はいつお産だい」
 緑蝙蝠は石の間をのぞいた。おや、さっきまでいた虫たちが、急にいなくなった。どこにいったのだ。緑蝙蝠がきょろきょろ辺りを見回していると、
 「蝙蝠の旦那、いつお産かわからないな」
 虫は見えないが声だけかえってきた。
 「おまえさん方、いるのかい、姿が見えないがどうした」
 「はは、蝙蝠に虫は好物、わしらは透明になって、身を守るんだ。だから人間にも知られていない」
 「そうか、いや、食うきはないが、ありがとよ」
 緑蝙蝠は抱えていた卵茸に声をかけた。
 「その井守を訪ねてみるかい、お嬢さん」
 「はいそうしましょう、私も聞いていました」
 「無動虫よ、ありがとうよ、今日の夜、胎内川をのぼってみるよ」
 「行って見るといいさね」
 石の間に虫たちが姿を現した。はじめみたときには茶色の汚れた虫だと思っていたところ、金色に輝くきれいな虫たちだった。
 「おれたちはな、河原の砂金を食って生きているんだ、体は金でできている、そんなことを人間が知ったら、おれたちゃとっつかまって、飼育されて、砂金とりだ、最後にゃ火にくべられて金の延べ棒さ」
 「そうだな、気をつけてな」緑蝙蝠がうなずいた。
 「ごめんなさい」卵茸が謝った。
 「おや、その茸なんなんだい」
 無動虫が顔をだしたばかりの卵茸を見た。
 「人間だよ、茸にされちまったんだ」
 「こりゃまずいことを聞かれちまった。人間に知られたらおしまいだ」
 「大丈夫です、約束します、誰にも話しません」
 「ほんとうだな、もし、しゃべったら、人間に戻ってもまた茸に戻っちまう呪文をかけておくからな」
 無動虫はぴかっと光って茸を照らした。
 「儂も保証する」
 「そうかそれならいいよ、元気でな」
 虫たちはまた透明になった。
 夜になると緑蝙蝠と卵茸は川にそって胎内川の上流に向かった。
 その日は満天の星、さかのぼるにしたがって、眼下の川から蒸気がほんのりと漂い出はじめた。
 次第に蒸気が濃くなってくる。いきつくところに小さな泉があった。水面からかなりの湯気が上がる。
 「この泉は温泉のようだのう」
 緑蝙蝠は抱えている卵茸に声をかけた。
 「きっとここです、井守のおばあさんを探しましょう」
 泉の上を舞って泉を調べると、泉の北側の山際から冷たい水がそそぎ込み、反対の南側の泉の底から熱い湯が湧き出ている。体内川となる細い流れは東側からでている。
 「どこにいるのかしら」
 蝙蝠は卵茸を抱え、泉のほとりに伸びていた大きな木の根の瘤の上に降りたった。
 卵茸が泉にむかって、
 「井守のおばあさん、どこにいるの」
 と声を張り上げた。
 池の真ん中あたりからぽこっと、年取った井守が顔を出した。
 「なんだい、茸の嬢ちゃん」
 「これからお産するんですって」
 「早耳だね、誰に聞いたんだい」
 「無動虫」
 「ああ、あいつらか、おしゃべりだね、そうだよ、これから卵を生むんだよ」
 「いい赤ちゃんを産んでください」
 「そりゃ、毎年たくさんの子供たちを送り出しているんだから、それも、みんないい子だから」
 「そうでしょうね」
 「隣にいる緑色はなんだい」
 「お初にお目にかかります、蝙蝠でございます」
 「何で、緑なんだい」
 「へえ、緑の苔が生えまして」
 「動かなかったのかい、ものぐさだったのだね」
 「いえいえ、ほんとは万年茸だったんですが、蝙蝠にされやした」
 「そうかい、元茸か、まあいいや」
 そう言った井守の顔が真っ赤になった。
 「卵がでそうだ」
 井守のからだも真っ赤になって、卵茸と蝙蝠の立っている泉のほとりにやってきた。
 「ほれ、生むよ」
 井守は尾っぽを上に上げると、ぽとぽとと水草の中に卵を産み落としていった。最後に真っ黒な卵を一つぽとりと落とすと、
 「ほーすーっとした」
 そういいながら水底を見回し、最後の卵をみると顔をしかめた。
 「ありゃ、最後の卵が黒こげだ、こりゃ生まれないね」
 「どうしたんです」
 卵茸が聞くと、
 「いやね、ちょっと焦って生んじまったら、あまりにも早く卵がでてね、摩擦熱で炭素になっちまった。真っ黒な玉だよ、石炭より黒くて堅い玉だよ」
 「それ、ほしい」
 卵茸が声を上げた。これが赤腹井守の黒い胎児に違いがない。緑蝙蝠も頷いた。
 「こんなもんをかい」
 「はい」
 井守が黒い卵を口にくわえて茸の前に放り出した。
 「何かの記念かね、もっていきなよ」
 「ありがとう」
 緑蝙蝠はいつの間にか太ったミミズをつかまえ、井守のおばあさんの前に落とした。
 「お、うまそうだね、卵を生んで疲れた体にゃミミズが一番だ、苔の生えた蝙蝠は気が利くね」
 「卵を生むのは大変なことを知ったんでな」
 井守は大きなミミズをほおばった。
 「それじゃ、我々も帰るか、お嬢」
 ところが卵茸はもじもじしている。
 「どうした」
 「温泉につかりたい」
 卵茸は人間のとき野天湯にはいったことがある。なんと気持ちいいのかと、子どもながらに思ったのである。
 緑の蝙蝠は「へえ」と卵茸をかかえると、泉の南側に行き暖かい湯の出るところに浸かった。
 それを見た井守も口にミミズをいれたまま泳いできた。
 「あたしゃ、二十年も生きているが、蝙蝠が茸を抱えて温泉に入っているのは始めてみたよ、なかなか似合うねお二人さん」
 ミミズを飲み込んだ。
 「温泉てやっぱり気持がいい」
 卵茸は小さな丸い傘をますます赤くした。
 「茸のお嬢ちゃんは温泉始めてかい」
 「こうなってから初めてです」
 「いいもんだね、あたしも実は初めてなのさ、気持ちよく卵が産めたね」
 「わしだって初めてだ、気持のよいものだ」
 緑蝙蝠の目もとろんとしている。万年茸のときに温泉など入ったことはない。
 しばらく浸かった緑蝙蝠は、
 「お嬢、今度は梟にでも黒胎児を取りに来てもらうかい」
 気持ちよさそうな卵茸に声をかけた。
 「いえ、一度、火根山にかえりましょう」
 「そうか、明日まで浸かって、帰ることにしよう」
 こうして、一晩、卵茸と緑蝙蝠と井守のばあさんはおしゃべりとお湯を楽しんだ。
 朝日が昇った。
 温泉からあがった蝙蝠は黒い玉と卵茸を抱え、空中に舞い上がった。
 井守のばあさんが手を振る。
 「それじゃ、井守のおばあさん、ありがとう、さよなら」
 「ああ、湯冷めしないようにね」
 卵茸と蝙蝠は湯気を立てながら胎内を後にした。


 
 赤腹井守の黒い玉を持って、卵茸と緑蝙蝠は、甲斐火根山の森に戻った。
 四月になった森は若葉に覆われ、柔らかな緑色になっている。日が差す林の中は暖かい空気に包まれていた。
 「久しぶりに帰ってきました」
 「そうだな、だが、一つを見つけるのに何年もかかるのではないかと思っていたが、お嬢の知恵で三つも見つかったな」
 背の高いブナの前にある大きな切株には一角の血で汚れた角と檎がのっている。緑蝙蝠がその上に卵茸を降ろし、黒い井守の卵を二つの脇に置いた。
 切株の周りから火根茸たちが顔をだした。
 「おー火根茸のみなの衆、もう三つも集まりましたぞ、お嬢さんは頑張っていらっしゃる、楽しみに待っていてくだされ」
 火根茸たちが深くお辞儀をした。
 卵茸は火根茸たちに今までの冒険の話を聞かせた。
 「どれも緑蝙蝠さんのおかげです」
 卵茸が言った。
 火根茸たちはうなずいて、また深くお辞儀をし、土の中に消えていった。
 後ろに控えていた緑蝙蝠が卵茸に言った。
 「さて、お嬢、こんどはどこに」
 「この近くの洞窟にいきましょう、中を探して赤い水晶を見つけるのです」
 「おお、それなら、他の連中にも手伝ってもらえるな」
 「しかし、茸になった者たちは動くことができません」
 「いや、そうではない、我々の仲間がいる」
 緑蝙蝠は甲斐に住む蝙蝠たちを呼んだ。
 甲斐には知られた洞窟がたくさんある。洞窟を一番よく知っているのはやはり蝙蝠たちである。蝙蝠たちはいつも自分の住んでいる穴を自慢しあっているのである。
 「洞窟の中の赤い水晶を探してくれ」
 緑蝙蝠は仲間たちに頼んだ
 「赤い水晶は見たことがないな」
 蝙蝠たちはささやきあった。
 「ともかく探してみてくれ、まず、自分のすみか、次には蝙蝠のいない洞窟だ」
 「おいさ、わかった、やってみるよ」
 蝙蝠たちはそれぞれの洞窟に戻っていった。
 「お嬢、私も探しに行くが、ここに居るか、それとも一緒に行くか」
 「ここにいても何もすることができません、もちろんご一緒にまいります」
 「では、お嬢、いくとするか」
 緑蝙蝠は卵茸を抱えて飛び立った。
 「仲間の洞窟はまかせて、われわれは蝙蝠が住んでいない洞窟を探すとしよう」
 緑蝙蝠はまず森の上に舞いあがり、目を凝らせ、音を発して穴のありかをさぐった。この音は人間には聞こえない超音波である。反射してきた音を解析し、食べるための虫だけではなく、山の様子が判別できた。それは緑蝙蝠しかできないことである。
 最初に目に付いたのは水の流れ出ている岩穴であった。しかし緑蝙蝠はその穴を無視した。住んでいる蝙蝠がいるのである。
 緑蝙蝠は火根山の南側の杉林の麓に小さな穴があいているのに気がついた。卵茸を抱えて入口を取り囲む羊歯のわきに降り立った。
 「入り口は小さいが、中は大きな鍾乳洞だな」
 「どうしてわかるのです」
 卵茸が聞くと、「ほら」、と、卵茸を穴の入り口につれていった。
 「あ、冷たい」
 茸がびっくりした。しかも、ひゅーっと風を切る音が聞こえる。
 「この音は、奥も深く、長く大きなものだといっている。おそらく古いものに違いがない」
 「入ってみましょう」
 「ああ、しかし水晶の洞窟かどうか分からんがな」
 そういいながら、緑蝙蝠は卵茸を抱えると穴に入った。小さな穴からは強い風が吹き出してくる。緑蝙蝠は卵茸を飛ばされないようにきつく抱きしめた。
 「つぶれそう」
 卵茸が声を上げた。
 「そりゃいかん、すまぬな、なれぬもので」
 ちょっと翼を緩くすると、ぽこっと卵茸が飛び出してしまった。
 卵茸が宙に舞った。
 「あれー」
 洞窟に卵茸の叫びが響く。
 洞窟はとてつもなく大きく、底が見えない。川が流れているようである。
 卵茸は底に落ちていく。
 緑蝙蝠は大あわてで追いかけ、途中で卵茸を捕まえた。
 「おー怖い、つぶれてもいいからぎゅっと抱いていてください」
 卵茸は震えている。
 緑蝙蝠はぎゅうっと茸を抱いて底に降りていき、流れ脇の岩の上に着陸した。
 「すまぬ、怖い思いをさせてしまった」
 「いえ、ありがとうございます」
 卵茸と緑蝙蝠が下をのぞくと澄んだ水が流れている。しかし水は浅く、水底で真っ白の海老が群をなしてゆっくりと歩いている。
 一匹の白い海老が、
 「お、とうとう、この洞窟にも蝙蝠が住むようになったようだ」
 仲間に言うのが聞こえた。
 「あの蝙蝠、緑色だ」
 「苔でも生えたのか」
 「赤い茸を抱えているぞ、茸を食べる蝙蝠か」
 卵茸はそれを聞いて笑ってしまった。
 「茸が笑っている」
 「あれが笑い茸なのか」
 「いや、違いそうだ」
 流れの上から緑蝙蝠が言った。
 「卵茸のお嬢さんだ」
 「そうか、おい、蝙蝠のおまえさん、この洞窟に棲もうっていうのかい」
 「いや、そんな気はないが、なかなかいい洞窟だ」
 「そりゃそうだ、人間に見つかっていないということは、本当にいいことだ。壊れていない洞窟だ、ところで、なぜ茸をもっている」
 「訳あってお守りしているのだ」
 「ふーん、訳ありの二人か、で、この洞窟に何のようだ」
 「赤い水晶を探している」
 「水晶なら、ごろごろしてら」
 「おお、どこにだ」
 「この奥の方だ、奥の奥の方で、火がメラメラと燃えている」
 「火があるとな、だがそのわりには、ずい分寒いじゃないか」
 「おおよ、火が燃えているのはずーっと奥だからな」
 「奥はどのくらいあるんだ」
 「わからん、奥に行くには何十日もかかる」
 「そうか、行くのは大変か」
 「俺たちは一生かけてそこまでいく、行き着くと死ぬんだ」
 「そうか、ありがとよ」
 蝙蝠は白海老に礼を言う。
 「いや、久しぶりに違う生き物に会った、またどこかで会おうな」
 「ああ、その時にはまた世話になる」
 緑蝙蝠は、
 「お嬢、一度、森に戻ってから考えるとしよう、仲間の誰かが赤い水晶を見つけているかもしれない」
 そう言って卵茸を抱きかかえた。
 「はい、お願いします」
 緑蝙蝠は穴の出口に向かった。
 外に出ると空高く舞い上がった。
 火根山の森に戻ると、ブナの木の前にすでに何匹かの蝙蝠たちが戻ってきていた。
 「水晶はたくさんあったが、赤い水晶はなかったね」
 どの蝙蝠も見つけることは出来なかった。
 緑蝙蝠は他の蝙蝠たちに今見てきた洞窟のことを話した。
 「奥の奥で、火が燃えているという水晶のある洞窟を見つけたが、火が燃えているところまで何日もかかるようで一端戻ってきた、我々はもう一度行くつもりだ」
 「緑の兄さん、俺たちも手伝うよ」
 三匹の赤い太った蝙蝠たちが前にでてきた。
 「おれたちもいくよ」
 他の蝙蝠たちも言った。
 「ありがたい、だが、たくさん行ってもしょうがない、赤蝙蝠の助けを借りよう、後の者は、またいつものように、洞窟を見守っていてくれ」
 蝙蝠の役目は洞窟の様子を知ることであった。洞窟の様子で天地異変の前兆を知ることができるのである。蝙蝠は天地の変化を山の生きものたちに知らせる。
 赤蝙蝠が三匹残って、後は自分の洞窟に帰っていった。
 赤蝙蝠の一匹が「おいらたちが、そのお嬢さんを抱えていくから、緑の兄貴は、洞窟の中を先導しておくれ」と言った。
 「そうか、そうしてくれると、超スピードで奥に行くことができる」
 「火が燃えているところは危ないから気をつけてくださいよ」
 もう一匹が言った。
 「ああ、三匹で、卵茸のお嬢さんをたのむよ」
 「おいきた、交代で抱えていくよ」
 赤蝙蝠は卵茸のお嬢さんを翼につつんだ。
 「あれ、緑蝙蝠さんとは違うわ。ふかふかしてる」
 「ああ、おいらたちには柔らかい毛が生えているんだ、緑の兄貴は筋肉でできているから固く締まっているよ、強いんだよ」
 「蝙蝠ってみんな同じかとおもっていた」
 「ああ、おいらたちはお嬢さんの家の裏に置いてあった、ほだぎに生えていた椎茸さ、緑の兄貴と同じように、呪文で蝙蝠にされちまったんだ。だからお嬢さんを守る役目もあるんだ」
 「そうだったの、よろしくお願いします」
 「まかしといて」
 赤蝙蝠は宙に舞った。
 みんなは緑蝙蝠の先導で洞窟の入口についた。
 「小さい入口だなあ」
 赤蝙蝠が言った。
 「さあ、中は風が強いから気を付けてな」
 緑蝙蝠が中に入った。
 赤蝙蝠たちも中にはいると宙に浮いた。
 「先にいくからな」
 緑蝙蝠は洞窟の中を猛スピードで奥に向かった。一方、茸を抱えた赤蝙蝠はふんわりふんわりと奥に向かっていく。
 緑蝙蝠は洞窟の中の底に流れている水にそって上流に向かう。
 先ほどの白海老が並んで行進していた。
 「急いで、いるんだな」
 「ああ、先行くぜ」
 緑蝙蝠はあっという間にその場から消えていた。
 洞窟の中は真っ暗、だが蝙蝠たちは超音波で周りの様子が目に見るようにわかる。鍾乳石や石筍が立ち並ぶ間をうまくすり抜けて飛んでいく。
 半日ほどたったところで、洞窟の中がますます寒くなくなってきた。鍾乳石はみられなくなり、まわりは白い石に変わった。石英である。石英は水晶と同じ成分である。もう少し進むと水晶に出会えるに違いない。だがなかなか水晶はあらわれなかった。
 緑の蝙蝠は卵茸よりずいぶん先を飛んでいた。丸一日飛んでも石英の洞窟が続く。しかし、洞窟の空気が暖かくなってきた。遠くに明かりが見える。蝙蝠はスピード上げた。
 ついたところは予想通り、水晶でできた洞窟だった。洞窟の壁もすべて水晶だった。洞窟の底には水の流れがあった。水底に真っ赤な海老が群れている。
 「おう、緑の蝙蝠、よくきたな、白海老からは聞いている。赤い水晶を探しているのだとな」
 「ああ、この辺はみんな水晶だな」
 「そうだ、だが、赤い水晶は見たことがない」
 「この明かりは何だろう」
 「マグマだ、地球の底のマグマが、厚い水晶の底で動いているんだ、その光が水晶を貫いて洞窟まで達しているのよ」 
 「熱いのだろう」
 「熱いは熱いが、何百メートルの厚さの水晶がそれを冷ましてしまう、もう少し先にいくと、その様子を見ることができるさ」
 緑蝙蝠は礼をいって、洞窟の明かりに向かって飛んだ。
 洞窟の突き当たりには大きな池があった。その池からまばゆいばかりの光がでていた。緑蝙蝠は池のほとりに降り立つと水の中を見た。真っ赤なマグマが地底で動いている様がゆらゆらと水を通して見える。水の下は厚い水晶で出来ているようだ。
 池の水に触れてみると暖かい。
 緑蝙蝠は池に入った。新潟で卵茸と一緒に入った温泉を思い出した蝙蝠は、湯につかって赤い蝙蝠と卵茸が到着するのを待つことにした。
 それから一日半たった。湯の中から見ていると、三匹の赤蝙蝠ふわふわ舞ってきた。
 「緑の兄貴、明るくてきれいなところだな、温泉とはぜいたくな」
 「緑蝙蝠さん、遅くなりました」
 卵茸が赤蝙蝠の翼から顔を出した。 
 「みんな遠いところを大変だった。なかなかいい湯だ、暖まってくれ」
 茸と赤蝙蝠も温泉に浸かった。
 卵茸は池にプカプカ浮いて下をのぞいた。赤いマグマがうごめいている。
 「きれい、水の底は水晶なのね」
 「ああ、この洞窟は水晶でできている。しかも地下何百メートルもあるそうだ、ずいぶん厚い水晶だ。しかし、透明度が余りにも高いのでマグマが見えるのだ」
 緑蝙蝠は池からあがった。
 「ずいぶん長いこと浸かったので、ふやけたよ」
 空中に舞うと、平らなところに降りた。
 足下をのぞくと、池の底のように、真っ赤なマグマが動いているのが見えた。
 卵茸を抱えた赤蝙蝠も池からあがると緑蝙蝠の脇に降りた。
 「本当にきれい、真っ赤な水晶ね」
 卵茸が赤く輝く水晶を見て言った。それを聞いた緑蝙蝠は言った。
 「お嬢さん、赤い水晶ってこのことではないだろうか」
 「そうですね」
 「ここの水晶のことで、赤くなくてもいいのかもしれないぜ、兄貴」
 と赤蝙蝠たちが、洞窟の上へととびあがった。
 「でも、これをもって帰ることはできません」
 赤蝙蝠たちは落ちている水晶をさがした。
 一匹の赤蝙蝠が首を横に振った。
 「水晶は固いからなかなかかけらもとれないね」
 赤い海老たちがぞろぞろと、池に向かって歩いて来た。
 「どうだ暖かいだろう」
 赤海老たちも池に浸かった。
 「何時来てもいい湯だ」
 海老たちはもっと赤くなった。
 緑蝙蝠が尋ねた。
 「この水晶を一かけら欲しいのだが、硬くて取れぬが、何とかできないものかな」
 「水晶はかたいものだ、俺たちならとれるが」
 「そうか、わしらは、どうしても赤い水晶を持って帰らねばならぬ、頼めるか」
 「何にするのかい」
 「火根山の一族が茸になっている。それを元に戻すには必要なのだ」
 「だが、ここの水晶は赤くはないではないか、とても透明できれいだ」
 「マグマの色で真っ赤に染まっている」
 「確かに、しかし、外にもって行けばただの透明の石にしか過ぎぬ」
 「では、やはり、これは赤い水晶ではないのだな」
 「そう思う、もっと探しなされ」
 赤海老の長老が激励した。そしてこう言った。
 「わしら本当は白海老なのだ、この洞窟を長い時間かけて歩いてくると、だんだんと赤くなり、ついには真っ赤になる、そうして、ここで命が尽きるのだよ」
 もう、何万年もそうやって、わしらはここで死んでいる。この温泉で、ゆったりして死ぬのだ」
 「赤海老の爺様、いくつになるのかね」緑蝙蝠が尋ねると「そうよなあ、もう二百ぐらいになるかもしれんの」
 わしらが死ぬと、この池の底にたまるのだよ、それが、水晶に取り込まれ、赤海老水晶になると信じられている。みんなそれを夢見てここで死を迎えるのだ」
 「赤海老水晶とやらはどこで見られるのかな」
 「わしらでも見たことがない、我々の死骸が池の底にたまり、何かの拍子に川に流れ出て、それが途中に引っかかり、長い年月の末、水晶に取り込まれる」
 赤蝙蝠が池の奥を覗いた。そこには赤海老の死したる亡骸が積み重なっていた。
 「このあたりをくまなく探すしかない、運が良ければ、あるだろう、その時は、わしらも加勢をしてしんぜよう」
 「それじゃあ、みんなで探すぞ」
 緑蝙蝠は三匹の赤蝙蝠に檄をとばした。
 蝙蝠たちはおっちら、おっちら歩いて広い水晶洞窟の中を探しまわった。
 赤海老入りの水晶はなかなか見つからない。
 赤海老たちも池から上がるとみなでぞろぞろと探すのを手伝った。
 赤蝙蝠が歩くのが疲れたと、卵茸を水晶の上に置くと、あたりを飛び始めた。
 洞窟には水晶の石柱がたくさん突き出ている。水晶柱の間を飛び回ったが、赤海老は入っていない。
 一匹の赤蝙蝠が天井につる下がった。その赤蝙蝠が下を見ると、突き出た水晶の棒の先がなにやら赤く見える。
 赤蝙蝠はそこに飛んだ。そして、あっという声を上げた。
 「赤海老が入っている」
 蝙蝠たちは舞い上がり、それを見た。
 尖った水晶の柱の先に赤海老が腰を曲げたまま埋もれている。
 赤海老たちもその水晶柱の根元に集まったが見ることができない。
 緑蝙蝠が一匹の長老赤海老を抱えると、水晶柱の先に連れて行った。
 「確かに、我々の祖先だ、何億年も前だろう。わしも赤海老の入った水晶を見るのははじめてだ、ありたがいことだ」
 そして、海老は自分のはさみを水晶に突き刺した。それには緑蝙蝠もびっくりした。
 「なんと、おぬしの鋏は水晶も切ることができるほど硬いのか」
 「ああ、わしらは水晶を食しておる」
 「驚いた生き物よ」
 「このご先祖様は、死して池から流れ出ると、水晶岩の上に取り残され、そこで何千万年も経って水晶に包まれ、柱になって上に突き出たのだ」
 赤海老の長老は、水晶柱のとがった先を切り落とした。
 緑蝙蝠が水晶を受け取ると、海老たちと共に下で待っていた卵茸のところに持って舞い降りた。
 「お嬢、これが正真正銘の赤い水晶だろう」
 「ほんとうに、うれしいことです、でも赤海老さんたちには先祖です、もっていっていいものでしょうか」
 赤海老の長老は首を縦に振った。
 「いや、かまわぬ、ただ、今日一日、我々一族に拝ませていただきたい」
 「もちろんです、ありがとうございます、どうぞ、皆さんで、水晶の中の赤海老さんを弔っていただきましょう」
 「いや、弔うのではなく、お役に立つことはうれしいこと、ここは火根山の一部、わし等もその仲間と思っておりまする」
 「ありがとう」
 赤海老たちは海老の入った水晶を周りに集まり拝んだ。
 こうして蝙蝠たちは一晩拝んだ赤水晶を海老たちにもらい、火根山のみなのところに戻ることにした。
 「赤蝙蝠さん、お陰で赤い水晶をみつけることができました」
 卵茸のお嬢さんは赤い頭をひょいと下に下げた。
 「いえ、偶然だから、それよりなあ、緑の兄貴、おれたちゃ、ふわふわとしか舞えないから時間がかかる。卵茸のお嬢さんをだいて先に帰ってくれないかな」
 「おう、いいよ、お嬢それでよいか、俺の翼は硬いが」
 「お願いします」
 「それじゃ、赤蝙蝠よ、先に戻らせてもらう」
 緑の蝙蝠は赤海老の入った水晶のかけらを持つと、卵茸を抱えて飛び上がった。
 「おいらたちは、ゆっくり温泉を楽しんで帰るよ、もう少し海老たちとも話したいしな」
 「それがいい、なんなら、ここを住処にしたらどうだ」
 「赤海老たちがいいって言ったらそうするよ」
 こうして緑蝙蝠と卵茸は火根山の森に戻った。
 

 甲斐から戻った二匹は森のブナの木の前に降りた。切り株に赤海老の入った水晶をおいた。
 火根茸たちが顔を出した。
 「ほれ、これが甲斐の赤い水晶だ、火根山の仲間たち、よかったな」
 緑蝙蝠は洞窟の中のマグマの話をした。火根茸たちはわさわさと体を動かした。
 「行ってみたいでしょうけれど、我慢をしてください、すべてのものを探し出せば皆さんも元に戻ります」
 卵茸は茸たちに話しかけた。火根茸はまだまだ我慢をしなければならない。
 青い空がきれいな日がつづく。五月晴れである。人里では鯉幟が青い空にはためいているに違いない。
 「次はどこに行くのかな、お嬢」
 「今度は富山に行きます」
 「富山か、さほど遠くはないが、お嬢、疲れたであろうが、大丈夫か」
 「はい、茸は疲れませんが、蝙蝠さんは疲れるでしょう」
 「いや、万年茸は疲れることがない」
 「それならばお願いします」
 卵茸を抱えた緑蝙蝠は空高く舞い上がった。
 「富山のどこかね」
 「魚津にいきたいのです」
 「そこで、こんどはなにを探すのだったかね」
 「竜宮の使いです」 
 「わしは聞いたことがないが、それはなにかね」
 「深い海にすんでいる魚です」
 「正体が知れているなら、探すのは、容易いことだ」 
 「いえ、海の深いところにいるので、なかなかみつかりません、ほんのたまに海岸に打ち上げられます。それを待つしかありません」
 「一角のようだな、そいつはさぞ珍しい魚なのだろう」
 「はい、昔の人間はこの魚を人魚と間違えたりしたようです」
 「時を過ごせばいつかは見つかるということだな」
 「はい、しかし、わたしたちが必要とするのは、赤い竜宮の使いでなければなりません」
 「うむ、一角獣のときのように、我慢をして待つしかない」
 「はい、深海から偶然にも打ち上げられるのを待つしかないのです、それだけではありません、もう一つ問題があります。あの大きく長い竜宮の使いをどのようにこの森までもって帰るのか考えねばなりません」
 「うむ、それはなんとでもなる、蝙蝠の仲間にも頼めるし、鷲や鷹たちと力を合わせればよい」
 「また、蝙蝠さんにお世話になります」
 「お嬢を助けるのがわしの役目、楽しくてしかたがないのだ」
 卵茸は黙って赤い頭を下げた。そんな卵茸を緑蝙蝠は翼の中に包み込み、
 「さあ、いくか」
 と、五月晴れの青い空の上に舞いあがった。
 火根茸たちも空を見上げ、卵茸と緑蝙蝠が点になるまで見送った。

 甲斐の火根山から富山までは大きな山をいくつも越えなければならないが、青森や北海道と比べれば気楽な旅である。
緑蝙蝠は空高く高く舞い上がった。雪をかむった山々が眼下にみえる。このあたりは、日本のアルプスと言われる、険しいが優雅な山々が連なっている。今回は景色を楽しみながら飛ぶことができた。
 「蝙蝠さん、ゆっくり飛ぶと、とっても気持ちがいい」
 「五月の空はよいものじゃ、急ぐときは落としちゃいけないと思うから、ぎゅうっと締め付けちまうからな」
 緑蝙蝠は水晶の洞窟で谷底に落ちていった卵茸を思い出していた。
 「でも、そのほうが安心します」
 卵茸は頭を赤らめた。
 「魚津では竜宮の使いが打ち上げられそうな海岸を探しましょう」
 「そうだな、今度はどこか住処を決めて、毎朝早く海岸線を飛ぶことにしよう、気持が良さそうで楽しみだ」
 「ええ、赤い竜宮の使いがいるとよいのですが」
 富山湾が見えて来た。蝙蝠たちは魚津の港に降り立った。
 「やや、ありゃなんだ」
 緑蝙蝠が海の彼方を見て叫んだ。そこには、赤や緑の建物が浮かんでいた。
 「あ、あれは有名な蜃気楼、きれい」
 「ああ、あれが蜃気楼というものか、だが、何が映っているのだろう」
 「ほんに、どこかよその国の建物ではないでしょうか」
 「なんだか、話に聞いた竜宮城のようではないか」
 卵茸もうなずいた。やがて竜宮城はもやもやと消えていった。
 緑蝙蝠は海岸沿いに空を舞って、崖っぷちに建っている一軒の古い家屋をみつけた。誰も住んでいなかったが、庭も家もきれいに手入れが行き届いている。隙間から屋根裏に入ると、区切られた小さな空間があった。具合のいい広さの住まいである。
 「これはいい家だな」
 卵茸を隅におろし、蝙蝠は天井にぶらさがった。
 「本当にいいところ、風も入らない」
 卵茸は片隅で壁に寄りかかり居心地が良さそうだ。
 「今日は休んで明日の朝早くこのあたりを飛ぶことにしよう」
 蝙蝠は眠りについた。
 真夜中のことである。なにやら歌声が聞こえてきた。屋根裏の隣の部屋である。
 蝙蝠は目を覚ました。
 天井伝いに隣をのぞくと、そこでは小さな小さな鼠たちが集まって歌っていた。
 二十日鼠の半分ほどの大きさである。
 蝙蝠がいるのを一匹の小鼠が気がついた。
 「あ、誰かいる」
 「どこの鼠だ」
 「こっちにおいでよ」
 緑蝙蝠はそれを聞いて天井づたいに隣の部屋に入った。
 「あ、鼠じゃない、蝙蝠だ」
 小鼠たちが騒いだ。
 「食われちまう」
 「いや、食わないから大丈夫だ、入り込んですまなかった」
 「なにしにきたの」
 小鼠は入ってきた蝙蝠から距離をおいている。怖いのだ。
 「赤い竜宮の使いを探しにきたのだ」
 「あの、深海にいるやつかい」
 「そうだ、知っているか」
 「会ったことはないが、蛸の奴は知っているよ、会ったと言ってたよ」
 「どこでかな」
 「それがなあ、じいさん蛸の奴なんだが、馬鹿な蛸がいるものだ、岩から落っこちて、深い深い海の底に沈んじまったんだよ、そりゃ真っ暗で、重い水がのしかかって、つぶれてしまって動けなくなったのだそうだ。ずいぶん冷たいとこだが、深海には鮫もいて、蛸の奴もう少しで食われるとこだったらしい。だが大きな竜宮の使いが通りかかって、『ほらつかまれ』と、尾鰭を出してくれたそうだ、ほんのりと光が届くところに来ると、蛸を岩の上に置いて、『もう大丈夫だ』、と戻っていったのだとよ」
 「ずいぶん親切な魚じゃないか」
 「蛸が言うには、あれは、海の神の使いだそうだよ」
 「海にはどんな神がいるのだ」
 「知らないなあ、じいさん蛸がその岩から海面に向かって登っていと、海の奥から、人間のような顔をした白い頭ががぬーっと出てきたそうだ。なんだこりゃと、蛸が岩場に張り付いて踏ん張ったら、そいつはぎょろりと睨むと、
 『小奴か、アホな蛸は、岩を滑り落ちるなど、蛸をやめて蟹になっちまいな』
 と悪態をついて、ふにゃふにゃ泳いでいっちまったそうな。
 その後を、竜宮の使いが何匹も後をついていたそうだよ。最後の一匹が近寄ってくると、『まだいたのか、のろい奴だ、早く帰らないと食われちまうぞ』と注意してくれたそうな。そいつが自分を助けた奴らしい。蛸はその白い坊主が神様だと思ったそうだよ」
 緑蝙蝠はそれを聞くと首をかしげた。
 「神様は悪態などつかない、それは海坊主だろう、悪さもたくさんする猛者だ」
 しかし小鼠は首を横に振った。
 「海坊主は神様の一つの姿なんだ」
 大人の鼠が口を挟んだ。
 「海の見回りをしている神様さ、蛸が岩を滑って深海に落ちたのを見ていて、竜宮の使いに助けるように言ったのだよ」
 「ほーお、その神様に会うことができないかな、居場所を知ってるか」
 「うーん、俺は知らないが、蛸に聞いてみたらどうだろう、俺たちもたまにだけど、海岸にでて、海のやつらと話をするんだ、ヤドカリなんざ、いつも愚痴ばかりだ、なかなか自分に合う貝殻がないんだそうだ、蟹のやつはいつも腹ペコで、なんでも鋏で挟んで口に入れるし、だが海の世界は面白いやね、話しを聞くだけでも楽しいよ」
 「それはよいな、それでその蛸はどこに行けばあえるのかな」
 「海岸に行くと、海の中に眼鏡岩という大きな岩が突き出ている。二つ穴があいている岩だからすぐわかる。その上で空を見上げてポカーンとしているじいさん蛸だよ」
 「助かった、隣の部屋をしばらく借りるがいいか」
 「いいよ、いつまでも」
 蝙蝠が隣の部屋に戻ると小鼠たちはまた歌いだした。
 「鼠の糞は、はまなっとう、
  鼠のしっぽは大根おっぽ
  鼠の耳は木耳さ
  三つ併せて、なっとうご飯
  ヒトに食わせて、お腹をこわそ
  やっつけろ」
 卵茸はそれを聞いて、笑っていた。
 「緑蝙蝠さん、聞いていました、明日、蛸に会いに行きましょう」
 緑蝙蝠はうなずいて天井に張り付いた。

 朝日が昇ると同時に、緑蝙蝠と卵茸は眼鏡岩にやってきた。
 卵茸を眼鏡岩の頂上におろすと、緑蝙蝠は眼鏡岩の周りを飛び回った。波打ち際に何匹かの蛸が顔を出している。その中のポカーンと空を見上げている蛸に緑蝙蝠が尋ねた。
 「お主、海坊主をご存じないか」
 そいつは空中に停止している緑蝙蝠を見た。
 「蝙蝠が何で、アブみたいに空中で止まっているんだ、それで何のようだい」
 緑蝙蝠はことの次第を話した。
 「ふーむ、赤い竜宮の使いはあれから見たことがない、それに海坊主だってそのときちらりと見ただけで、話しをしたわけでもなし、わからんな、おれも命の恩人だから礼の一つも言いたいが」
 この蛸が岩から海に落ちてしまった蛸のようだ。
 「もし、何かわかったら教えてくれないか」
 「役に立てずにすまんねえ、分かったら教えるよ、たまに眼鏡岩にきてくれよ」
 「それは助かる、よろしく頼む」
 もどった緑蝙蝠は岩の上の卵茸に報告した。
 「それではこれから海坊主を捜すのですね」
 「そうだが、海の中のことだし、蛸を当てにするしかないのはつらいな」
 「私によい考えがあります」
 「なにかな」
 「私を海に落としてください。蛸のように深海に沈みます。きっと、竜宮の使いか海坊主が助けてくれます」
 「それは無理というもの、もしだれも気がつかないと姫は死んでしまう」
 「茸は水の中でも死にはしません」
 「だが、沈んだままだ」
 「そうです、仕方がありません」
 「それは危険だ、お嬢がなんと言おうとも許すことできぬ」
 「大丈夫です、会えないときは何とか浮き上がる方法を考えます」
 「お嬢に糸をつけて、浮きにつなげておけばよいが、深海とはどのくらいの深さなのであろうかな」
 緑の蝙蝠は蛸に聞いてきた。
 「なんと、二千メートルもある深い海の底があるそうだ、あのじいさん蛸はそこに落ちたと言っている、竜宮の使いや海ぼうずはそれだけ深いところにいるわけだ、お嬢を海のそこにいかせるには、長い糸を用意しなければならぬな」
 「そんなに長い糸がありますか」
 「うーん、蜘蛛の糸はいくらでもでそうだが、すぐ切れてしまう」
 「糸はあきらめましょう、必ず助けてくれることを信じて、私をその深海の真上に落としてください」
 「それはできぬ、お嬢をお守りするのがわしの役目、深い海について俺は何も知らない。海に住むものに知恵をもらうしかないであろうな、やはりまた蛸にでも相談するしかあるまい」
 緑蝙蝠はそう言うとふたたび海際にむかった。
 すぐ戻ってきた緑蝙蝠は蛸に聞いたことを卵茸に教えた。
 「お嬢、蛸はあまり深いところにはいけぬが、日の光があたるところまでは十分に案内ができると申しておる、それより深いところにいく方法を、蛸が考えてくれた、水母(くらげ)葉それより深く潜れるそうだ。水母にたのめばよいということだ、水母もいろいろいて潜れる深さが決まっているそうだ。だが、どの水母もみな親切だから、喜んで手伝ってくれるだろうと言っておった。最後に、深海の水母が海底までつれていってくれるということだ」
 「それは嬉しいこと、すぐにでも行きましょう」
 「だが、深海の底は海の水が重くなり、からだがつぶれてしまうといっておった、お嬢がつぶれてしまうのは怖いな」
 「そこは茸です、私はどうにでもなります」
 「それならいいが」
 緑蝙蝠は小屋に戻り、次の朝卵茸を抱えると、眼鏡岩に行った。蛸が海際の岩の上で八本足をひろげ空を見あげて、だらしなく日干しをしている。
 「おい、蛸のじいさん、お嬢さんを連れてきた」
 蛸の脇に卵茸をおろすと、蛸の目が嬉しそうに金色に光った。
 「おお、かわいらしい茸の子供だ、わしは、不覚にも海の深みに落ちてしまったが、決して危ないところではない。ただ、海の水が重くのしかかってくる。それに耐えさえすれば問題がない。生き物は自分のからだにあった海の深さに住んでいる。水母たちは表面にも、海の中の途中にも、深海にも住んでいる。その連中にわたりはつけておいた。だから心配ないよ、最初は水水母、その次は行灯水母、そして深海では櫛水母だ、櫛水母は光るときれいだぞ、いい連中ばっかりだ」
 「ありがとうございます、楽しみです」
 「大丈夫かね、蛸のじいさん」
 緑蝙蝠は心配顔だ。
 「心配するな、茸の嬢ちゃんのほうがずーっと胆がすわってるじゃないか」
 「わしはお嬢を守らねばならぬ、一緒に連れて行ってくれまいか」
 「そりゃあだめだよ、蝙蝠なんざ海の水の重さで押しつぶされて、小鼠になっちまう。その前に、空気がないんだよ、水の中は、だからお前さんは海の中に入っただけで死んじまう」
 いわれてみればその通りである。緑蝙蝠は言い返すこともできず顔をしかめた。
 「緑蝙蝠のあんさん、大丈夫だよ、海の中の生きものたちは平和なやつらだよ」
 みんなこの蛸のようなら安心なのだが、と緑蝙蝠はうなずいた。
 蛸は八本の足を緑蝙蝠のほうに差し出して握手をもとめた。
 「蝙蝠のあんさん、あんたも偉いね、茸の少女を助けて苦労をしているんだろう」
 緑蝙蝠はちょっとはにかんだ。
 蛸は八本足を卵茸に巻きつけた。
 「あれ、にゅるにゅると」
 卵茸が声を上げた。
 「嬢ちゃんきもちわりいかい」
 蛸が気にして足をゆるめた。
 「いえ、はい、大丈夫です」
 緑蝙蝠は苦笑い。
 蛸はからだの下に卵茸を包むと、海に入った。
 「気をつけてな、お嬢、じいさんたのむよ」
 「はい」「おいきた」
 蛸は卵茸を抱えて、海の中の岩をそろりそろりと降りていく。卵茸は温泉には入ったことがあるが、それでも潜ったことはない。まして海の中は始めてである。回りを大小の魚たちが珍しそうに蛸に抱えられている茸を見る。
 「可愛いだろう、ほら、卵茸のお嬢ちゃんだ」
 蛸は近寄ってくる魚たちにいちいち説明をした。
 子どもの魚が勢いよく近寄ってきて、赤い茸の頭をつっついた。
 「こら、このがきゃあ」
 蛸の一本の足が魚の頭をこづいた。
 「いいのです、蛸の小父さん子どもの魚を怒らないで」
 「卵茸のお嬢ちゃんはやさしいね」
 少し日の光が弱くなってきた。透明の生きものが長い足を何本もたらして、ふわりふわりと漂って来た。傘の上にきれいな四つの輪が見える。
 水水母である。
 「蛸の大将、茸の子どもってその子なの、赤い頭でかわゆいねえ」
 「そうなんだ、何でも、薬になるものを探しているそうだ」
 「そりゃあなんだい」
 「はい、赤い竜宮の使いです」
 「竜宮の使いは赤くないねえ、それに、あんなでっかいの、どうやって薬にするのだい」
 「海坊主さんが知っているかもしれません」
 「どうかわかんないね、あの生臭坊主、だけど顔が広いから、知っている者を知っているかもしれないね、それじゃ蛸の大将、茸の娘さんをよこしてくださいよ」
 「あいよ」
 蛸は卵茸を水水母の傘の下にいれた。
 「気をつけてな茸のお嬢ちゃん」
 「はい、ありがとう、蛸の小父さん、水水母さんよろしくお願いします」
 「まかしときな、卵茸の嬢ちゃん、あたしゃ、茸ってえものを始めてみたが、かわゆいね、わちきらとなんとなく似てるね」
 水水母は微笑みながら卵茸を包み込んだ。
 「そいじゃ、いくからね、蛸のじいさん、まかしとき」
 「水水母の姉さんたのんだよ」
 水水母は海のさらに深みへと卵茸を運んでいった。
 「ほら、だんだん沈んでいるんだよ、見ることができないだろうけどね」
 水水母が卵茸に説明をしている。海の水が重く感じられるようになり、日の光は感じられなくなってきた。
 「はい、私は茸ですが、すべてを見ることができます」
 「おや、そうだったか」
 「水水母さんの模様きれいです」
 「おお、ありがとう、こりゃあ、子供を産むためのものなんだよ、おまえさん、だけど、どこで周りを見ているんだい」
 「傘全部が目なのです」
 「それだったら、私らと同じさ、体ですべてが見えるんだ」
 「はい、周りに、お魚が泳いでいます。名前はわからないのですが」
 「そうだね、今のは秋刀魚だよ」
 「はい、お仲間の水母さんもたくさんいます」
 「ああ」
 赤い卵茸をくるんだ水水母に、周りの水母たちが興味を示している。
 一匹のとてつもなく大きな水母がそばによって来た。
 「珍しいのを連れてるね」
 「ああ、卵茸の娘だよ、蛸のじいさんに頼まれてね、深海底まで送るのさ」
 「こんにちわ」
 卵茸が挨拶をした。
 「おや、しゃべるじゃないか」
 「そうだよ、周りもすべて見えるのだそうだ」
 「そりゃいいや、海の中を楽しむといい、陸とは違う景色だよ」
 「はい」
 「おまえが深海につれて行くのかい」
 「いや、行灯水母に渡すんだ」
 「それがいいよ、水水母じゃつぶれるよ」
 そういい残すと大きな水母は深海に沈んでいった。
 「あの水母さんはどなたなのです」
 「あいつは、越前水母と言って、大物よ、人間にゃあ嫌われているけどね」
 周りから魚たちが珍しそう近寄ってくる。やがて、日の光が届かなくなってくるとと、赤いきれいな水母が、ふわふわと寄ってきた。
 「水水母の姉さん、かわいい茸じゃないか」
 「おおや、茸とよくわかったね、おとなしいよ」
 水水母は卵茸を行灯水母にわたした。行灯水母は触手をのばし卵茸を受け取った。
 「よろしくお願いします」
 「こんだ、おいらが、下に運ぶからね」
 「水水母さんありがとうございました」
 「ああ気をつけていきな、蛸のじいさんには無事行灯水母に渡したと言っとくよ」
 「ほいじゃいくぜ」
 行灯水母は水水母とは違い、触手で卵茸を前に掲げて沈んでいった。
 「どうだい、ほらだんだん暗くなってくるだろう、だが少しだが日の光は入ってくるから回りが見やすいんだ」
 「あ、ちいちゃなちいちゃな白いお魚」
 沈んでいく茸の周りには白いつぶつぶが揺れている。
 「プランクトンだ、プランクトンは海の上にでたり、海の中で沈んだりしているんだ、おいらたちもプランクトンの仲間といってもいいのさ」
 「なぜですか」
 「プランクトンというのは浮遊生物のことをいうんだ、そういう種類はいないのさ」
 「それじゃ、あたしもプランクトン」
 行灯水母はそれを聞いて卵茸を持っている触手をゆらゆらと揺らして笑った。
 卵茸はふらふらして暮らすのは楽しいことだろうと気持では分かったが、まだ気を張っていた。火根山で待つ火根茸たちを思い浮かべ、やらなければならないことがたくさんあると思い返していた。
 しばらくの間プランクトンに囲まれて沈んでいくと、真っ暗な世界になってきた。かすかに何かが動いているのが見える。
 「だいぶ生き物たちが少なくなってきた、そろそろ、深海にはいるよ」
 「どこから深海なの」
 「海面から二百メートルなんだ、俺はそこまでだよ。だが、竜宮の使いや海坊主は千メートルも深いところにいる。
 「つぶれないようにしなければ」
 「茸が深海にいくのは始めてだろう、破裂しそうになったら言いなよ」
 「はい」
 行灯水母は卵茸を抱えて沈んでいく。
 「そろそろ二百メートルだ、苦しくないかい」行灯水母が聞いた。卵茸は首をすこしばかり横に振った。
 「まだ、大丈夫そうだけど、傘のところが縮まってしまったわ」
 「それりゃ危ないね」
 茸が沈んでいく底の方を見ると、なにかが緑色に光ってふらふらしている。
 「あれが、櫛水母さ」
 「緑色に光るのねえ、きれい」
 櫛水母は行灯水母を見つけるとあがってきた。
 「ごくろうさん、おや、可愛いね茸っていうのは、ちょっと我々に似ているね」
 「そうだよ、でもね、茸は地の主なのだよ」
 行灯水母が櫛水母に言った。
 「何で知ってるんだい」
 「だいぶ前だが竜宮の使いに聞いたのさ、あいつら陸のことをよく知っているよ」
 「でも、人間じゃないのかい、陸の主って言うのは」
 「ところが違うんだよ、地上で生意気に歩き回っているのは人間だけどね、地面の下には、茸がというより菌糸がしめているんだよ、だからこの星の主は菌類なのだよ、茸はその花だよ」
 「よく知ってるね行灯の兄ちゃん」
 櫛水母がうなずいた。
 「茸のお嬢ちゃん、それじゃ気をつけてな、海の水が重くなるよ」
 行灯水母が卵茸を櫛水母に渡すと、触手をふって上にむかった。
 「はい、行灯水母さん、ありがとう」
 櫛水母は卵茸を傘の中に包み込んだ。
 「櫛くらげのおばさん、よろしくおねがいします」
 「大丈夫、私の傘の中に入れていくからつぶされないよ」
 「緑の光がとてもきれい」
 「そうかい、ありがとよ、お前さんの真っ赤な頭もきれいだよ、海の底にはそんな色はないからね」
 櫛水母は緑色に光りながら、ふらりふらりと落ちていく。真っ暗な海なのに、その光でまわりのものが見える。
 大きな魚がよってきた。
 「なに持ってるんだ」
 櫛水母が答えた。
 「この赤い茸を案内するのよ、海坊主のところに行くの」
 「茸が何の用なんだ」
 「赤い竜宮の使いをさがしているんだってさ」
 「ふーん、俺は知らないな、がんばってお探し」
 大きな魚は離れていった。
 「あれは、深海鮫よ、好奇心が旺盛なの、食い意地も張ってるけどね」
 今度は光が長く連なったものがよってきた。あたりがまた明るくなった。どうもこれも水母の仲間らしい。
 「よう、櫛水母のおばさん、かわいいもの入れてるね、それが卵茸かい、話は聞いているよ」
 「そうだよ、私が連れていくことにした茸さ」
 「用事がなかったら我々が案内したのにな」
 「誰に茸のこと聞いたんだ」
 「今上から降りてきたとこでね、途中で行灯水母に会ったんだ」
 「お前さんかたはどこに行こうっていうんだい」
 「地底の温泉にな、仲間の一人が調子悪くてな、ほら、光っていないだろう」
 確かに、数珠つなぎの前から三番目に光がない。
 卵茸がつぶやいた。
 「たくさんの釣鐘がつながっているみたい、きれい」
 「そうだよ、このヒノオビ水母はつながって生きているんだ」
 「ああ、我々一族は、こうやって身を守っているんだ」
 「深海にも温泉があるのね、温泉はいいわ、私も大好き」
 「温泉好きかい、仕事がうまくいったら連れてってあげるよ」
 ヒノオビ水母は長い糸のようにくねりながら流れていった。
 櫛水母と卵茸は真っ暗な世界まで下りてきた。
 「もうすぐだよ」
 ほどなく、深海の砂の上に櫛水母に包まれて卵茸は降りたった。
 真っ白な蟹がたくさんよってきた。
 「よお、かわいい茸だね」
 「海坊主のところに連れていくんだよ、今海坊主はどこにいるのかしら」
 「おーい、誰か海坊主の居所知ってるか」
 「あの妖怪は、今日は温泉だとよ」
 「どこの温泉だい」
 「知らんな」
 そこへ、大きな竜宮の使いがゆらりゆうらりと泳いで来た。
 卵茸は「あっ」と声を上げた。
 「珍しいものを連れてるな」
 竜宮の使いは大きな顔を櫛水母の抱える卵茸の娘に近づけた。
 「これは茸の子どもじゃないか、何でこんなところにいるんだ」
 「この卵茸の娘はあんたたちに会いたいんだとよ」
 「俺にかい、それで、何のようなんだ」
 「赤い竜宮の使いに会いたいのです」
 「どうするのだい」
 「薬にするのです」
 竜宮の使いは苦笑いをした。
 「なんだい、殺しちまうのかい」
 卵茸の娘は自分のしようとしていることに気がついて、あわてていった。
 「すみません、私たち一族を助けるために、探しているのです」
 そう言って卵茸は一族の古い言い伝えの歌を歌い、一族が茸にされたこと、元に戻すために歌の中の物を集めていることを説明した。
 「そうか、わかった、赤い竜宮の使いのヒゲの一本もあればいいのだな、だが、俺たちの仲間に赤いやつはいないな、背鰭のところは赤いけどな、それじゃあだめなのだな」
 竜宮の使いは自分の赤い背鰭をひらひらさせた。
 「言い伝えでは赤い竜宮の使いになっています」
 「ふーむ、他の意味があるかも知れんな、海坊主のところに案内しよう、また温泉に行っている」
 「お願いします」
 「どこの温泉だい」
 蟹が聞いた。
 「竜宮岩の温泉だ」
 竜宮の使いが振り向いて答えると、
 「おいらたちも行くぞ」
 白い蟹たちもぞろぞろと後をついた。
 櫛水母と卵茸は深海の中をただよい、竜宮の使いの後についていった。
 竜宮の使いは振り向いて笑った。
 「深海では変わったことが起きないからな、茸がこの深い海を訪ねてくると言うことなど、今まで聞いたことのない大事件だ」
 みると、蟹だけではなく、深海の海老や魚が後をついくる。
 どんどん生き物たちが増えて、海底の大行進がはじまった。
 真っ赤な深海蛸もいた。
 「あら、深い海にも蛸さんがいる」
 深海蛸がよってきた。
 「あんた、あの眼鏡岩のじいさん蛸知ってるかい」
 卵茸はこっくりとうなずいた。
 「そのおじいさんが水母さんに頼んでくださって、私がここにこれたのです」
 「あのおっちょこじいさん、あたしが、深海にいることを忘れているんだよ、連絡してくれればあたしが連れてってやったものを」
 「ありがとうございます」
 櫛水母の緑の光が強く輝いた。
 「よかった、強い見方が出来た、一緒に助けてやってくださいね」
 「それにしても驚いたね、こんなに生き物が集まったのははじめてだよ」
 「この深い海に、こんなにいろいろな生き物たちがいるのね」
 卵茸は周りの生き物たちを見て驚いている。
 「そうだね」
 深海の海底はふかふかと土のような砂のようなものがたまっている。蟹や海老はその上を上手に歩いて行く。
やがて山が見えてきた。
 「あれが竜宮岩だよ」
 竜宮の使いが岩の裏に回りながら言った。
卵茸たちも後をついていく。竜宮岩の麓の岩から暖かい海水が流れてくる。
 「お、こりゃいい、暖かいな」
 蟹たちがぞろぞろと温泉のわき出るところに入っていく。
 櫛水母も卵茸をつれて岩に囲まれた温泉の中に入った。
 「あれ、あったかい」
 温泉は深海の生き物たちでいっぱいになってしまった。
 すると、ずぼっと音を立てて、坊主頭の真っ白な魚が温水の中から飛び出してきた。
 「なんだ、こいつらは、落ち着いて温泉にもつかれないじゃないか」
 そいつは竜宮の使いに向かってどなった。
 「何で、こんなやつら連れてきたんだ」
 「へえ、すみません、蟹なんかは勝手について来ちまいましたが、卵茸の娘が海坊主様に会いたいというので案内してきました」
 「なに、茸がこの深海まで俺を訪ねてきたのか」
 海坊主は櫛水母の抱える卵茸に顔を寄せた。
 「卵茸にございます、お願いがありまして参りました」
 「珍しい客だ、櫛水母ごくろう、よくきたな、そうか、それじゃ儂の家で話を聞こう、竜宮の使いも参れ」
 「かしこまりました」
 竜宮の使いは海坊主の家来のようだ。
 海坊主の家は深い海の底にあいているさらに深い大きな穴の中にあった。
 海坊主も長い尾をゆらゆらと揺らしながら穴を降りていく。からだつきが竜宮の使いに似ていなくもない。
 海坊主は穴の底の横穴に入った。
 中にはいると明るい岩屋になっていた。
 たくさんの光る水母が浮いている。
 「珍しいお客さんだよ」
 海坊主が中に声をかけると、真っ赤な海坊主が顔を出した。
 「おや、真っ赤な茸の子供じゃないか、確かに珍しいお客だよ」
 「こいつは、俺の女房、海女(あま)坊主というんだ」
 「こんにちわ」卵茸は櫛水母の中から挨拶をした。
 「おい、櫛水母、ご苦労だったな、卵茸のお嬢ちゃんや、この部屋の中では水の重さは感じないから大丈夫、水母からでておいで」
 卵茸は水母からでると、水の中に浮かんだ、ふわふわと水母たちの間をただよって、海女坊主に近づいていった。
 「ほほほ、かわいいね、茸が水の中を水母と一緒に泳いでいるのはいいね、それで、なにしに来たのだい」
 海女坊主が聞いた。
 「はい、赤い竜宮の使いを探しに参りました」
 「なにをするんだい」
 「妖術を解く薬をつくります」 
 そのわけを話した。
 「だがね、赤い竜宮の使いとはねえ、会ったことがないね、もしいたとしても、殺しちゃうのは問題だよ」
 「いえ、私にはそんなことはできません、きっと、赤と言うところに別の意味があると考えています」
 「ふーん」
 「お、そうだ、おまえ、俺がとってきた、珊瑚をみせてやってみな」
 「どうして」
 「まあ、もってきな」
 海女坊主がそれをもってくると卵茸に見せた。
 「これは、海坊主が探してきてくれたんだよ」
 それは赤い珊瑚だった。
 「ほれ、これをみな、この形は竜宮の使いに似ているだろう」
 「あれま、おまえさん確かにそうだね」
 その赤い珊瑚は竜宮の使いによく似ていた。
 「これはな、俺しか知らないところにあるんだ、もっと竜宮の使いに似ているやつがあるかもしれない」
 「それが、赤い竜宮の使いかもしれません」
 卵茸が叫んだ。
 「そうだわね、お前さん、そこに案内しなさいよ」
 海女坊主に言われ、海坊主がうなずいた。
 「そうするか」
 「日の光のない海の底、深海にも珊瑚があるのですね」
 卵茸が不思議そうな顔をすると、海坊主が説明した。
 「そこはな、温泉がでていて、一面がちょうどいい暖かさでな、それだけではなくて、光もある、いろいろな珊瑚が生えておるぞ」
 「あたしも行きたいね」
 海女坊主が言った。
 「でかけよう、だがな、他のものには教えるんじゃないぞ、みんなもってちまうからな」
 「はい、言いません」
 櫛水母と竜宮の使いもうなずいた。
 海坊主は蟹や魚に見つからないように、いくつもの穴を通って竜宮岩を抜けた。卵茸も櫛水母に包まれて外に出た。
 海坊主について海底を進んでいくと、大きな岩山に突き当たった。それにも祠があり、奥に進んでいくととても明るいところにでた。明かりが下から射している。
 「ここはな、下が水晶になっている、それが甲斐の洞窟につながっているのだよ」
 「え、甲斐の洞窟ですか、この間いきました」
 「長い洞窟なんだ、それで下のマグマの光がさしている、しかもそれが暖かくてな、このあたりは熱帯の海と同じなのさ」
 「わたし、その水晶洞窟にいきました」
 「そういえば、お嬢ちゃんは甲斐の火根山だったな、さぞきれいな洞窟だろうな」
 「はい、そこで赤い海老の入った赤い水晶をみつけました」
 「それは、奇遇だな」
 そこをしばらく行くと、穴の岩肌にたくさんの珊瑚が生えているところに出た。
色とりどりの珊瑚がところせましと生えている。
 「ほら、そこの珊瑚をごらん」
 赤と白の大きな珊瑚をが枝を繁らせている。珊瑚の先がいろいろな生きものたちによく似ている。
 「きれいだね」
 海女坊主も珊瑚の間を泳ぎまわった。
 櫛水母に抱かれて卵茸も珊瑚を見て回った。
 「これはとてもよく似ているわ」
 櫛水母が竜宮の使いを小さくしたような真っ赤な珊瑚をみつけた。
 「とってあげますね」と櫛水母は触手でそれをとって卵茸に見せた。
 「そっくりです、それが赤い竜宮の使いだとおもいます、ありがとう」
 「あ、こっちに、あたしそっくりなものもある」
 「おみやげに持っていったらいいですね」
 「そうしましょう、みんなに自慢できる」
 櫛水母はうれしそうに、それをとると傘のなかにいれた。
 「儂もみつけたぞ」
 海坊主は自分にそっくりな青い珊瑚をとり、海女坊主もそっくりな緋色の珊瑚をとった。竜宮の使いは真っ白な、自分に似た珊瑚を見つけた。
 「おや、珍しい、緑色の珊瑚があるぞ」
 海坊主が地底からいくつも枝を出している珊瑚を見つけた。
 「おやおや、蝙蝠そっくりなのがある、こんな小さな鼠のようなのもある」
 もぎ取ると「みやげにしなさい」と茸に手渡した。
 「ほら、これも」
 海女坊主が、緋色の卵茸そっくりな珊瑚を見つけて茸に渡した。
 「ありがとうございます、これで、火根山に帰れます」
 「よかったな」
 「あ、蛸のおじいさんが、あってお礼を言いたいと言っていました」
 「ああ、あのおっちょこちょいのじいさん蛸か」
 「そろそろ帰ります」
 「ああ、また遊びにおいで、お前さん上まで送ってやりなよ」
 海女坊主は海坊主の尾ひれをたたいた。
 「そうだな、俺が送っていくよ、ついでに眼鏡岩の蛸じいさんに会って来よう」
 「お願いします。海女坊主のおばさん、櫛くらげさん、竜宮の使いさん、ありがとうございました」
 そのあと、卵茸は海坊主に赤珊瑚と共に抱えられ深海の底からゆらゆらと海面に向かってあがっていった。途中で行灯水母や水水母に挨拶をした。
 海坊主は海面からすさまじい勢いで飛び出した。
 海面ではまだかまだかと緑蝙蝠が飛び回っていた。
 海坊主が空を指差した。
 「緑色の蝙蝠が舞っているが、あれがお嬢ちゃんの守り役か」
 「はい、緑蝙蝠さん」
 卵茸が大きな声で呼んだ。
 蝙蝠はあわてて降りてくると、勢い余って海の中に顔を突っ込んだ。
 「助けてくれ」
 「世話のやけるやつだな」
 海坊主は蝙蝠を海から引っ張りあげた。
 「助かった」
 緑蝙蝠は卵茸をみて海坊主の頭の上にかじりあがった。
 「おお、良かった、お嬢ぶじだったか」
 「はい、この海坊主さんのお陰で、赤い竜宮の使いも手に入りました。しかもお土産まで」
 緑蝙蝠は海坊主の頭にいることに気がついてあわてて舞い上がった。
 「すまぬことをしました、お嬢をありがとうございました」
 「なになに、たいしたことをしておらんよ」
 「それに、私も助けていただいて、なんともお礼を申してよいやら」
 「おぬし、もっと落ちつかぬと卵茸の娘さんを守るどころか、自分が死んじまうぞ」
 「へえ、面目次第もありません」
 「まあ、でもよかった、わしは、眼鏡岩の蛸の爺さんに会って帰るよ」
 「海坊主のおじさん、ありがとうございました」
 「こっちも楽しかったよ、深海に茸がきたのは初めてだしな」
 「海女坊主さんたちによろしく伝えてください」
 「ああ、伝えとくよ」
 海坊主は卵茸と珊瑚を緑蝙蝠に引き渡した。

 緑蝙蝠は茸と珊瑚をを受け取ると、崖の上の家にもどった。
 「赤い珊瑚の竜宮の使いか」
 「はい、これは緑蝙蝠さんにおみやげ」
 「おや、珍しい、緑の珊瑚でできた儂じゃないか」
 「これは私」
 卵茸はもらった緋色の茸の形をした珊瑚を見せた。
 「確かにな、かわいらしい珊瑚だ」
 そこへ隣から鼠たちが顔を出した。
 「みつけたのかい」 
 「おお、お蔭さまでな、この茸のお嬢さんが、深海に潜って見つけてきたのさ」
 小鼠の形をしている珊瑚をわたした。
 「こりゃ、我々とそっくりだ、うれしいね」
 鼠たちがそろって顔を出した。
 「きれいな珊瑚だね」
 「お祝いだね向こうで歌おう」
 卵茸と緑の蝙蝠は隣の部屋に行くと、鼠たちと一晩中歌を歌った。
 夜が明けると、その日も晴天である。
 

 緑蝙蝠は赤に染まった竜宮の使い、すなわち赤い珊瑚でできた竜宮の使いをブナの木の前の切り株に置いた。
 「お嬢、冒険だったな、少し大きくなったようだ」
 「はい、でも、怖くありませんでした、深い海の中にもあのようにいろいろな生きものが生きているのです。みな親切で、楽しい旅でした。」
 「わしは心臓がどきどきしておった」
 「すみません、でも、なんとしてでも、赤い竜宮の使いが欲しかったのです」
 「よくやったものだ」
 色とりどりの火根茸たちが、切り株の周りに顔をだした。
 そこで、いつものように、卵茸の姫様が赤い竜宮の使いを見つけるまでの話をした。
 火根茸たちは体中をお嬢の声に集中させ、うなずくのであった。
 あれから一月、水無月になっていた。
 「さて、今度はどこだね、お嬢」
 緑蝙蝠は切り株の上で考えにふけっている卵茸に聞いた。卵茸は殻から少し頭を伸ばし、大きくなっている。
 「今度は箱根にいくことになります」
 「ほう、近いね、しかもまた温泉かね、温泉が好きだねお嬢」
 緑蝙蝠が笑った。
 「いや、歌にそうあるだけで、赤岩を探して、そこの硫黄を持ってくるのです」
 「そりゃあ、難しい」
 「赤岩を見つければいいだけなので、そんなに難しくはないと思います」
 「いや、お嬢、難しいかも知れぬな、陽が当たっても赤岩になるし、マグマの明かりでも赤岩になる、どれを探すことになるやら、全く違うものかもしれぬな」
 「はい、たしかに緑蝙蝠さんの言うとおり、容易なことではないかもしれません。赤が何を意味するのか、硫黄は黄色いものなのになぜなのか、なにを示すのかわかりません、考えが足りませんでした」
 「箱根に行ってみなければ分からぬな」
 「箱根の温泉に浸かればいい考えが出てくるかもしれません」
 「やはり、お嬢は温泉が好きだの」
 緑蝙蝠が笑い、卵茸ははにかんだ。
 緑の蝙蝠は、卵茸を片翼にくるむと空に舞った。
 夏に向かって、少しばかり汗ばむほどの気候になっている。
 木々の濃くなってきた緑色が日の光を反射させて地上が緑一色に見える。
 「きれい」
 「そうだなあ、これが秋だったら、紅葉した木に覆われた岩も赤い岩になる」
 「ほんとう、そうです」
 箱根の山も緑に囲まれて輝いている。上の方では所々から蒸気が昇っている。
 「ここは温泉らしい温泉だな、だが、我々の入れるような温泉がどこにあるか、人間が占領しているからな」
 「そうですね、箱根の生き物たちに聞いてみましょう」
 「ああ、箱根にはな、主みたいな生き物がいる」
 「それは誰ですか」
 「山椒魚だ、箱根山椒魚に会えれば、いろいろ教えてくれるだろう」
 「どこに行けばいいのでしょう」
 「きれいな流れを探せばあの一族は必ずいる」
 緑蝙蝠は茸を抱えて流れを探し、一筋の透きとおった清い流れが目にとまった。二人は流れの上を上流に向かった。途中で沢蟹が顔を出していた。
 「この辺りで、箱根山椒魚に会えないかね」
 「上のほうに行けばいるよ、たまにここまで降りてくることがある、一度話したことがあるが、気のいい山椒魚で、捕まえた小魚を半分くれたよ」
 「そりゃいい山椒魚だ」
 「なにしに行くんだい」
 「赤い岩を探しにきたのだが、山椒魚に聞こうと思ってね」
 「赤い岩ってたくさんあるよ、ほら、そこにも」
 沢ガニが鋏で示した。そこには流れから顔をだしている赤い岩があった。
 「確かに、だが、赤い岩の硫黄がほしいんだ」
 「硫黄か、そりゃ分からないね、箱根山椒魚は詳しいよ、おいらの会ったのは若いやつだったが、物知りの長く生きている山椒魚が奥のほうにいるよ」
 「ありがとよ」
 緑蝙蝠たちはさらに上流に向かった。だんだんと流れの幅が狭くなり、石の間をチョロチョロと流れるだけになった。しばらく行くと、石の間から山椒魚が顔をだした。
 「おお、緑色の蝙蝠が卵茸を抱えているとはな」
 「分けあって、赤岩の硫黄が必要なのだが、知らぬかな」
 「何にするのかね」
 卵茸の姫が今までのことを話した。
 「大変なことだな、赤岩は沢山あるが、さて、どこのものかわからないな、それに硫黄のことは知らないな」
 「誰か詳しいものを知らぬかな」
 「うちのひい爺さんなら知っているかもしれないがな」
 「会わせてくれぬか」
 「それはいいけど、遠いところにすんでいる、別の流れの上流にいる」
 「教えてくれ」
 「東側の谷間を探してごらん、緑色の水の流れている小さな川がある。その上流にすんでいる、もう百年も生きている爺さんだ」
 「会ってくれるだろうか」
 「それは大丈夫だよ、面倒見のいい爺さんだ、うちの親父なんかわからないことがあると、ひい爺さんのところに聞きに行く、世話好きさ」
 「それはありがたい」
 緑蝙蝠は空に舞いあがると東側に向かって飛んだ。
 「山椒魚ってもっと大きいかと思っておりました、イモリと同じくらいだった」
 卵茸が緑蝙蝠の翼の中でもそっと言った。
 「箱根山椒魚はそんなに大きくはない、みんなあのくらいだ」
 「なぜか大きいイメージがあるのです」
 「それは、大山椒魚だろう、あいつはでかいからな」
 「私が、子供の頃、読んだ本のせいですね、岩に閉じこめられた山椒魚のお話、かわいそうだった」
 「ほー、やっぱり人間はいろいろなことを考えるのだな、儂は万年茸、ただ、床の間に飾られただけ、そりゃ知らんな」
 「でも、私よりよっぽどいろいろ知っています」
 「あの座敷で聞きかじったことだけだよ」
 「お父様がいつもお客様をもてなしていたところだから、いろいろなお話が聞こえたでしょうね」
 「ああ、お嬢ちゃんが障子を破いたのもみたね」
 「あら、いや、はずかしい」
 卵茸が身をよじった。
 「そんなことはないさ、かわいいものだった」
 そんな話をしながら飛んでいくと、緑色の流れがあった。
 緑蝙蝠たちが流れに沿っていくと、先ほどの流れよりも奥深く、大きな岩がごろごろしているところに行き着いた。
 さらに岩の間を上流に向かって飛ぶ。黒っぽい岩の上で大の字になって、お腹をお日様に当てている山椒魚がいた。若い山椒魚よりかなり大きい。
 「きっとあいつだ」
 緑蝙蝠は黒い岩の上に降りると、山椒魚の脇に歩いていった。
 山椒魚は起きあがろうともせずに、目玉を動かして、
 「ほいさ、誰ださ、歩く蝙蝠はみっともないね」
 わかりにくい発音で蝙蝠に言った。
 「お初にお目にかかります、火根山の蝙蝠でございます、いま曾孫(ひまご)さんに会いまして、こちらにいると聞きました」
 緑蝙蝠は卵茸を石の上においた。
 「ふぁ、かわいい茸じゃ」
 山椒魚は茸を見た。
 「こんにちわ、教えていただきたいことがあって参りました」
 「茸が口を利きよる、はじめてじゃ」
 「赤い岩の硫黄を探しています」
 「赤い岩か、赤かね、朱かね、紅かね、茜かね」と、山椒魚は赤を並べた。
 「私は赤と聞いておりました」
 「ふむ、赤か、赤い岩は箱根にはいくつもある、硫黄はどれにもある、ただ、おまえさんのいったのが、赤い硫黄だとすると、一つしかない、しかもなかなか現れない。硫黄は黄色いもの、温泉やマグマの蒸気が吹き上げて岩にたまったものか、岩の間にできた硫黄か、いろいろあるが、時として、黄色ではなく赤くなることがある。それはな、硫黄竜が吐き出す硫黄でな、滅多にあるものではない」
 「硫黄竜って何でしょうか」
 「それは、神だ、マグマの神だ、マグマが暴れないように見張っている神だよ」
 「なぜ赤い硫黄を吐き出すのです」
 「マグマに毒素がたまってな赤い硫黄になる、その毒素がマグマを暴れさせる、地底の奥の奥にすんでいる硫黄竜はマグマにそれができると飲み込むんだ、だから硫黄龍はあの熱いマグマの中を泳ぐことができる」
 「そんな竜がいるのですね」
 「竜は、水を治めるだけではなく、マグマの火も治めている、空を治めている竜もいる」
 「マグマに赤い硫黄ができるのはどういうときですか」
 「茸のお嬢ちゃん、それはなマグマをいじめたときだ」
 「誰がいじめるですか」
 「人間が地下にいらぬものを捨てたりする、そうするとマグマは弱るのじゃ」
 「人間はそんな悪さをするのですね、私どもも考えねば」
 「ちかごろ、人間が地の下によからぬもの大量に埋めておる、だいぶ硫黄竜は忙しいようだ」
 「箱根で赤い硫黄がとれたことがあるのでしょうか」
 「あるよ、もう数百年も前のことだがな、硫黄竜はマグマの毒素を飲み込んでは、箱根の山に顔を出し、赤い硫黄を吐き出すので、そのときは至る所で赤い硫黄がとれたそうだ」
 「その赤い硫黄はどこかにあるのでしょうか」
 「それがな、空の龍の好物でな、硫黄龍が赤い硫黄を吐き出すと、いち早く空から駆け下りてきて食ってしまうのだ」
 「硫黄竜に会いたい」
 「それは無理だろうな、何せ、あの熱い地下の地下にいるのだから」
 「私たちは甲斐の水晶洞窟でマグマが地上に近いところで燃えているのを見ました」
 「おお、そうか、箱根にはそのようなところはないな、いや、まてよ、箱根の噴火口を探すとあるかもしれんな、儂たちは熱いのは苦手で、行ったことはないが」
 「それはいい、お嬢、わしが飛んでいこう」
 緑蝙蝠は卵茸に言った。
 「私も行きます、つれていってください」
 「あぶないので、やめたほうがよいかもしれぬ」
 「大丈夫です、注意します」
 「焼き茸になっちまわないようにな」
 山椒魚の爺さんも心配そうである。
 「私は深い深い海のそこにも行きました。今度はマグマです」
 「元気な茸さんじゃ」
 「気をつけていくんだよ」
 「箱根山椒魚のおじいさんありがとう」
 緑蝙蝠は卵茸を包んで飛び上がった。
 強羅に向かい、噴火口にやってきた。硫黄の匂いが充満している。
 「とても強い匂い、私は大丈夫だけど、動物の緑蝙蝠さんは苦しくない」
 「はは、蝙蝠だけど万年茸、大丈夫だ」
 緑蝙蝠たちは熱い蒸気の噴き出す火口を飛び回った。どこもすさまじい勢いで蒸気がでている。とてもそんな中に入っていけるものではない。
 「むずかしいの」
 飛び回っていると、蒸気の出ていない穴が見つかった。猫の頭がやっと入るほどの穴である。その周りの岩が黄色になっている。硫黄が噴出している証拠だろう。ということは、中の奥の奥のほうでマグマが煮えたぎっているに違いない。
 「蒸気がでていないけど、いつでるかわからない危険な穴だな」
 緑蝙蝠は中をのぞき込んだ。
 「おや、何だろう」
 そこの方に赤いものがちらっと見えた。穴から熱い空気は出ていない。
 緑蝙蝠は穴に手を入れて岩肌に触ってみた。
 「全く熱くない」
 「この穴はなんだろう、マグマの穴ではないようだ」
 緑蝙蝠は目を凝らして穴の底を覗いた。
 緑蝙蝠はあわてて顔を上げた。
 穴の底から真っ赤な大きな眼が見上げている。
 卵茸に言った。
 「穴の底には何かがおる、赤い眼がわしを見た」
 「その者はだれでしょう、硫黄竜の目ではありませんか」
 「わからぬ、穴の底にいるとすると、硫黄竜かもしれぬな」
 「私が降りてみましょう」
 「それは無茶だ」
 「でも、蝙蝠さんはこの穴は小さすぎて飛べないでしょう」
 緑蝙蝠は羽を広げると穴より大きかった。
 「だが、入れる、歩いては行ける」
 「蔓を探してきてください、私をつるして下におろしてください」
 「また、危ないことを考える」
 「大丈夫ですやらなければなりません」
 緑蝙蝠は長い間考えた。
 「いたしかたがない、探してこよう」
 緑蝙蝠は茸を下において山の麓まで飛んだ、いろいろな蔓が、それこそ林の木にからみついている。
 緑蝙蝠は蔓をとり、結わえあわせて強く長い紐を作った、さらに蔓の先を編んで小さな籠をつくった。
 それを持って卵茸のもとに帰った。
 「蝙蝠さん器用ね」
 「いや、なんのこともない、お嬢がこの籠に入れば下に降ろす」
 「すごい、また、楽しいことが起こりそう」
 卵茸の姫は大胆である。
 「なにが起きるかわからん、なにかったあったら、必ず大声を出しなさい」
 「はい」
 卵茸は籠に入った。
 緑蝙蝠は蔓の一方を岩にくくると、ゆっくりと茸を穴の中におろしていった。
 「どのようかな」
 「大丈夫です、もっと早く降ろしてくださいますか」
 「元気なお嬢さんだ」
 緑蝙蝠ははするすると蔓をおろした
 かなりおろしたが、なかなか途中で止めることもできず、姫に任せた緑蝙蝠は、額に汗の粒をしたらせていた。
 「どこまで行くつもりなのか」
 深海に下ろしたときより、緑蝙蝠は不安にかられた。
 蔓がたるんだ。
 「お嬢ついたのか」
 小さな穴の入口から声が聞こえた。
 「はい、大丈夫です。」
 ところがである。その返事を最後に全く何の音もしなくなってしまった。
 緑蝙蝠はかなり辛抱強く待った。なかなか声は聞こえてこない。何度も叫んでみた。何の返答もなかった。
 あわてた蝙蝠は蔓をあげた。軽い、卵茸が籠に入っていない。蝙蝠はしばらく考えあぐねていたが、翼を畳むと穴の中にもぐりこんだ。両手を踏ん張って、少しずつ下に降りていった。なかなかしたにつかない。
 途中で「お嬢」と叫んだ。返事はなかった。
 卵茸はこんな状態だったのだ。
 卵茸の乗った籠は次第に速さを増して降りていった。やがて、ぐにゃっと何かにめり込んで止まった。
 卵茸は周りを見た。すると大きな声が聞こえた。
 「痛いじゃないか、眼の上おちてくるとは」
 卵茸は籠から摘み出された。
 「何で茸がこんなところにいるんだ」
 茸は目を回していたが、やがて気がついた。
 「どなたです」
 「わしは竜だ、お前こそ誰なんだ」と声が聞こえた。
 「私は、甲斐の火根山の者、茸にされた者にございます」
 「それは、火根山の大神のなされたこと、俺は知らぬこと」
 「硫黄竜の神にお願いがあります」
 「確かに、わしは硫黄竜だが、誰に聞いてきたのだ」
 「箱根山椒魚のおじいさんに教えていただきました。」
 「あの爺さんか、あいつは物知りだし、山椒魚の大事な指導者だ」
 茸はぐっと持ち上げられた。
 自分が竜の指で摘まれている。卵茸はちょっと身震いした。
 辺りを見回すと、そこは広い部屋になっており、竜はとぐろを巻いている。その格好で穴の上をのぞいていたようである。
 「ここで、なにをなさっていらっしゃたのでしょう」茸が聞いた。
 「わしか、空をのぞいていた。たまに地底よりでてきてこの部屋の穴から空を見る、空の様子を調べているのだ、時々、空に眼が浮かぶ、空の竜だ、そいつから地球の様子を教えてもらうのだ」
 「私は硫黄竜さんの眼の上に降りてしまったのですね、ごめんなさい、痛かったでしょう」
 「蚊に刺されたほどだが、外が見えなくなったのが問題である」
 「なんとしたら許してもらえるでしょう」
 「許すも許されるもない、もうお前は自由ではないか」
 「はい確かに私は自由です。でもしなければならないことがある。私は赤い硫黄を探しています」
 「何でだね」
 茸は火根山一族のことを話した。
 「ほー、そんなことがあったのかね、火根山のことは儂もしらなかった、どんな神の世界なのかね」
 「私はまだ若くてなにも聞いていないのです」
 「人を茸に変えることのできる神だ、儂らの力は及ばない世界なのだろうな、空の竜と水の竜に聞いてみるか」
 硫黄竜は穴に口を当てると大声でほえた。
 すると「うわー」と、大きな声がした。
 部屋に何かが落ちてきて、硫黄竜の目の前で、「ぎゅう」と伸びてしまった。
 「なんだ、こいつは」
 卵茸は落ちてきたものを見て大声で叫んだ。
 「きゃあー、緑蝙蝠さん、死んじゃいや」
 卵茸は大声で叫びつづけた、「私は動けない、硫黄竜さん助けて」
 硫黄竜はその叫び声のあまりの大きさにびっくりした。
 硫黄竜は床にのびてしまている緑蝙蝠のほっぺたを叩いた。
 「ほれ、おきろ、緑の蝙蝠とは珍しい、どうして穴なんかに入ったんだ、危ないことをする」 
 「私を助けにはいったのです」
 「お前さんの知り合いか」
 緑蝙蝠のことを硫黄竜にくまなく説明した。
 「そうか、まじめなやつよのう、あの穴は飛び交うことができるほど大きくはない、きっと、手と足を踏ん張って降りてきたのだろう、儂の声に驚いて落ちちまったんだな、それは可愛そうなことをした」
 硫黄竜は蝙蝠に熱い息を吹きかけた。
 蝙蝠がぴくっと動いて、首をあげ卵茸を見た。
 「お嬢、よかったご無事で」
 「はい、大丈夫です、危ないことをしないでください」
 「蔓が緩んで、こりゃあ、お嬢が落ちちまったと思ってね、降りてきたのだがね」
 蝙蝠は顔を上げた。そこで大きな蛇のような竜に気がついた。
 「あ、竜の神様」
 「私を硫黄竜のおじさんが、助けてくれました」
 卵茸の話を聞いて緑蝙蝠は二本足で立つと、硫黄竜にふかぶかとお辞儀をして、卵茸に近寄った。
 「竜の神様、ありがとうございました、お嬢、この竜の旦那さんは神様のお仲間で、おじさんなどと言うでないぞ」
 「はは、そんなことはない、おじさんでもじいさんでもよいよ、わしの声でびっくりさせて悪かったな、この茸の娘が話しくれた、どんな神が人を茸に変えたか空の竜に聞いてみようと思って吠えたのだ」
 そのとき、穴の先に見えていた青空が真っ暗になった。
 「ほら、空の竜がのぞいている」
 「なんかようか、土の竜」
 「ああ、ここに卵茸は人間でな、火根山にいる神が茸にしちまったんだそうだ、火根山の神は何者か知ってるか」
 「甲斐の火根山か」
 「そうだそうだ」
 「あそこの世界は儂等の世界ではない、この地球の未来が温存されている場所だ、その神は未来を司る神だ」
 「だから人間を茸に変えたり、茸を蝙蝠にすることができるわけか」
 「そうだよ、もし地球が滅びたとしても、火根山の生き物たちが次の地球の種となる。火根山一族はそれを守る役割の人間たちである。それが茸に変えられてしまったということは、未来の神の怒りをかったのだ、神の怒りを解く薬がある、しかし、それが見つからないと、別の生き物が未来の地球の主人となる」
 「なるほどよくわかった。空の竜よありがとう」
 「いや、最近火根山に何かあったことを、水の竜に聞いて、ちょっと調べてみたからだ」
 「そうだったのか」
 空の竜の目玉が消えた。 
 「聞いたとおりだ、火根山の森は大変な役目をもっているわけだ」
 「ところで、硫黄竜の神様は土の神様でもあるのですか」
 「ははは、硫黄竜はニックネームだ、本当は土の竜という」
 「どうしてですか」
 「赤い硫黄を食うからだよ」
 「土の竜の神様、赤い硫黄をいつ吐き出すのですか」
 赤い茸が、聞くと、土の竜は口をとがらして、ひゅっと赤い硫黄を吐き出した。
 「ほらあげよう、もっていきなさい」
 「あ、赤い硫黄、ありがとうございます」
 「最近マグマが弱っていてな、人間のやつ、土の奥深くに危ないものを捨ておる、それで未来の神が怒ったのかも知れぬな」
 「はい、私どもが茸から戻ったときには、そのようなこと止めさせます」
 緑蝙蝠は赤い硫黄を拾った。 
 「外に出してあげよう」
 土の竜は緑蝙蝠と卵茸を手の上に載せると穴の中にかかげて強く息をはきだした。茸と蝙蝠は息に押し出され穴の外に飛び出した。
 そこには、空の竜がとぐろを巻いて、宙に浮かんでいた。
 「目的を果たしたようだな、茸の娘、蝙蝠もご苦労」
 「はいありがとうございます。空の竜の神様」
 「なに、どうってことはない、これからもがんばって人間に戻る薬を探しなさい」
 「はい、しかし、もし人間に戻れなくても、他の生き物が主となれるなら、あまり心配がいらないことがわかりました」
 「そうだな、えらい考えだ、それでは儂は帰る」
 「空の竜の神様、なぜ我々が出てくるのを待っていたのですか」
 「ちょっと、かわいらしい茸のお姫さんを見てみたかっただけだよ」
 空の竜は照れて空に消えていった。
 「竜の神様はみんなかわいい」
 卵茸はつぶやいた。
 「緑蝙蝠さん、ありがとう、また助けていただきました、でも危ないことはしないでください」
 「お嬢こそ気をつけてもらわなくてはな、無茶をするでないよ」
 緑蝙蝠は卵茸を優しくくるむと宙に浮かびあがった。
 「火根山に帰って、未来の神に許しを請わねばな」
 「はい、そうします」
 

 箱根の山から火根山の森は近かった。
 文月になった火根山の森は緑が濃くなり、甲斐といえども温かな風が林の中を通り過ぎていく。いろいろな草が花をつけ、その上を虫が舞っていた。 
 ブナの木の前の切り株に卵茸と緑蝙蝠が降りたった。
 蝙蝠は切り株の上に赤い硫黄をおいた。
 火根茸たちが顔をだした。卵茸の娘は土と空の竜の話を伝えた。茸たちは無言で未来の神に人間の行いを懺悔した。
 すると、突如林の中に大きな水色の竜が現れた。
 「あ、水の竜の神様」
 卵茸は頭を垂れた。火根茸も同じように竜に向かって頭をたれた。
 「水の竜の神様、なにようでございますか」
 緑蝙蝠がたずねた。
 「空と土の竜から聞いた、努力をしているそうな、努力をすればするだけお前たちの未来も明るい、ただ、火根山の神がどのような判断を下すかは儂らには分からぬ、次元の違う神である、じゃが、今のように努力すれば悪いようにはならぬであろう」
 「ありがとうございます」
 「確かに、空の竜が言うのも分る、卵茸の娘はかわゆいの」
 そういい終えて水の竜は消えていった。
 「お嬢、竜の神が現れたということは、お嬢の力が強くなってきたことだ、きっと元に戻ることができるだろう、火根茸の皆の衆もがまんしてくれ」
 火根茸たちはふかぶかと二人に向かってお辞儀をし、土の中に消えていった。

 「さて、次はどこか」
 「尾張名古屋の赤い栗です」
 「名古屋か、名古屋城だな」
 「でもどこの栗なのでしょう、なぜまた赤なのでしょう」
 「まずは、行ってみないとわからんな」
 緑蝙蝠は卵茸をくるんで舞い上がった。
 名古屋は近い、信州を越して駿河に出ると、ちょっと海の上を飛んでいけば尾張である。
 名古屋城の本丸はかなり大きい。場内も広く、多くの木がのびのびと枝を茂らせている。緑蝙蝠は一本の大きな木の枝に降りた。
 「ここの蝙蝠たちに聞くことにしよう、夜まで一時休むとするか」
 緑蝙蝠はしばらく寝ることにした。
 卵茸は寝むりにつくこともなく、木の上から城の庭をながめていた。
 ある時、卵茸に緑蝙蝠が言ったことがある。「万年茸だった自分は寝るということがなかった。動物の寝るという行為は実にすばらしい、寝ている間はなにも見ず聞かず静かだ、起きたときには気持ちがさっぱりとしている」
 そのときは、そんなものかと思っていたが、卵茸は今、寝てみたいという気になった。茸でも寝ることができるのであろうか。
 卵茸は心をどのように閉じることができるのかわからなかった。むかし、禅の和尚さんに瞑想の仕方を教わったことがあった。座禅を組んで眼を閉じ、頭の中を無にするのである。今、卵茸はそれをやってみた。
 できそうである。眼を閉じることができないのは大変だが、入ってくるものの意味を考えないようにすることはできないことはない、それをやってみると、だんだん入ってくる光と音は遠ざかり、暗闇が迫ってくると、音もなくなってきた。卵茸はその暗闇の中に入りこんでいった。
 どのくらいたったかわからないが、緑蝙蝠が、
 「逢魔が時だ」とつぶやいた。その声で、卵茸は目をあけた。
 「本当、寝るというのは気持ちがいい」
 「お嬢は大したもんだ、茸なのによく寝ていたようだ」
 「はい、座禅をしたときを思い出しました」
 「万年茸に戻ったときには、座禅とやらを教えていただこう」
 「はい、とても気持が落ち着くものです」
 城の庭内には人影がなくなり、たくさんの蝙蝠が飛び始めた。
 緑蝙蝠はそばを通りかかった蝙蝠に声をかけた。
 「教えてほしいことがあるのだがね」
 「おや、緑色の蝙蝠とはしゃれてるね」
 黒い蝙蝠が緑蝙蝠の脇に止まった。
 「何を知りたいっていうんだ」
 「尾張の赤い栗ってなんだかわかるかね」
 「いきなり言われてもね、天守閣に住んでいる白蝙蝠のじいさんに聞くといい、真っ白な蝙蝠で、もう何百年も生きている」
 「いきなり行っても大丈夫かね」
 「ああ、退屈してるからな」
 どの生きものも年をとるとすることがなくなり、暇をもてあますのである。
 「ありがとうございます」
 卵茸が頭を下げた。
 「緑色と、茸の嬢ちゃんの真っ赤な傘はよくマッチしているね、白蝙蝠の爺さんが喜ぶよ」
 黒い蝙蝠は虫を求めて飛びたった。
 緑蝙蝠は卵茸をくるんで天守閣にむかった。金の鯱が夕日に照らされてまぶしい。
 天守閣を一回りして白蝙蝠の住んでいそうなところを探したが、それらしいものは見あたらない。
 「おかしいな、確かに天守閣にいると言っていたが」
 「私もそう聞きました」
 もう一度回ってみるか、緑の蝙蝠は茸を抱えてゆっくりと飛んだ、一周してもやはりいなかった。
 その時、頭の上から声がした。
 「緑の御仁、なにをやっているのかな、その赤いものはなんじゃ」
 飛びながら上を見ると、金の鯱の口のところに何かが蔓下がっている。
 おお、蝙蝠である。明らかに白い蝙蝠である。金色に溶け込んで分かりにくい。
 「そちらに行ってもよいでしょうか」
 「もちろん、この城は儂のではない、自由じゃ」
 緑蝙蝠と卵茸が金の鯱の脇に降りると、白蝙蝠は逆さに蔓下がったまま、
 「なんだ、卵茸の子どもじゃないか」と目をしょぼつかせる
 「はい、卵茸でございます」
 「それに緑の蝙蝠とは珍しいの」
 「初にお目にかかる、火根山よりまいりました」
 「ご苦労じゃが、何をしに来たのかな」
 「名古屋の赤い栗を探しにまいりました」
 「してまた、どうして赤い栗がいるのかな」
 そこで卵茸はいきさつを話した。
 「ふむ、名古屋と栗とはな、どのような謎が隠されているのか、ちと面白い、考えてみよう」
 「尾張名古屋は城でもつと聞いたことがあります」
 「人間が言っていたことだな、確かにこの城は大きく目立つ、立派でもある、だが、もっと落ち着いた尾張として誇る城があるのは知らぬかな」
 「はい、名古屋の他の城のことは知りません」
 「犬山城といってな、小さな城だが、木曽川の畔の高台に作られたよい城だよ、そこに、私の親父がいる。白蝙蝠一族は、全国の城に必ず一匹いるのだよ、だが、犬山城にいる蝙蝠はすべて真っ白な、白蝙蝠一族だ、城ができれば必ず誰か一匹がそこに行ことになる、城がなくなれば、犬山城にもどるのだ、犬山城は白帝城という名でも呼ばれるが、それは我々がつけた名前じゃ」
 「犬山城に赤い栗はあるのでしょうか」 
 「それはわからんがな、おやじに聞くといい、ヒントがあるかもれぬぞ」
 「ありがとうございます」
 「緑蝙蝠よ、緑は森のことであろう、とすればそなたは森を守る蝙蝠ではないかな」
 「いえ、万年茸でございます」
 「ほお、万年茸が緑蝙蝠になったのか、それは何か重要な意味があるに違いない、先ほど、卵茸から事情は聞いたが、卵茸も大事な役割があるに違いない、茸は地の下を治めるものなのだ」
 「はい、ゆっくりと考えてみます、ありとうございます」
 緑蝙蝠と卵茸は暗くなった空に飛び上がった。
 犬山城は名古屋城から北西の木曽川ぞいにある。小高いところに築かれた城で、眼下にゆったり流れる木曾川が楽しめる。
 「すてきなお城」
 蝙蝠の翼の中から卵茸が言った。
 「城の屋根に降りるとしよう」
 名古屋城のように鯱があるわけではないが、古い瓦が蒼然と並んでみごとである。
 降り立ってみると、屋根の瓦の上で白い蝙蝠がこっちを見ていた。
 「来なすったな」
 白い蝙蝠はよちよちと歩いて茸たちに近寄ってきた。
 「お初にお目にかかります、緑蝙蝠にございます」
 緑蝙蝠は腰を低くして挨拶をした。
 「あ、いや、あんたがたが来ることは息子が知らせてきましたじゃ、探しているものも聞いたがな、尾張名古屋の赤い栗とな、栗はいたる所にあるが、赤い栗とは栗ではなく他のことを意味しているのだろうよ、火の中にくべた栗はぱちんとはじける、じゃが、赤くはならん、赤い石で作った栗や、日の光に透けて見える栗や、いろいろあるが、名古屋に結びつくものはないようじゃな、ただ、犬山には栗栖という地域がある。そこには栗栖神社があり、猿たちがたむろしておる。栗栖とは反対の方向になるが、本宮山というきれいな山があり、そこに住む猿たちが病にかからぬよう栗栖神社に三日にあげず参拝するのだよ。その神社は宇(う)麻(ま)志(し)麻(ま)知命(じのみこと)を祀っておるのじゃ。そこの猿に聞くとなにか知っておるかもしれん、行ってごじゃれ」
 「はい、ありがとうございます、行きたいと思います」
 「探すのも面倒であろう、わしも暇じゃ、あないしよう」
 白い蝙蝠はよたよたと飛び上がった。
 緑蝙蝠も卵茸を抱えて飛び上がった。
 「よい景色じゃろう、犬山城はよいところに作ったものよの、ところで、かわいらしいそなたは緑蝙蝠のなんじゃな」
 白蝙蝠は飛びながら卵茸に聞いた。
 それに緑蝙蝠が答えた。
 「卵茸は私の主人のお嬢さんで、私は守る役目を仰せつかっている」
 「とんでもありません、緑蝙蝠さんは私の先生です、何でも知っています、今までもたくさん教えてもらって、助けていただいています」
 「そうか、深い縁なのじゃな」
 そういいながら白蝙蝠はのんびりと飛んでいく。
 「猿はどこじゃい、猿はどこじゃい」
 白蝙蝠は栗栖神社の上にくると境内に呼びかけた。
 すると、神社の一本の木から、「ここにいるぞ、白蝙蝠のじいさん」と声がした。
 「おーそこにいたか、今降りるからな」
 神社の樫の木の枝にはたくさんの日本猿が顔をならべていた。
 「久しぶりじゃな、皆元気そうだ」
 「じいさんも元気そうで、それで、今日は何の用だい」
 白蝙蝠と緑蝙蝠は猿たちが腰掛けている枝に降りたった。
 「この御仁たちに話を聞かせてやりなさい、きっと何か知っておる」
 「こんにちわ」
 緑蝙蝠の翼から卵茸の赤い傘が現れた。
 「おや、卵茸の子どもじゃないか」
 猿たちが驚いた。
 「わけがありまして、赤い栗を探しております」
 「赤い栗をどうするのだ」
 「私たちが元に戻る薬を作ります」
 ここでも卵茸は今までのことを話して聞かせた。
 「すると、あんたは人間で、そこの緑の蝙蝠は万年茸って言うわけか、面白いね、赤い栗はこの神社の宝物の中にあるかもしれん」
 「宝物はどこにあるのですか」
 「それはちょっと言うことができぬ、我々もその宝物が入っている箱は開けたことがない、本宮山の長老たちを集めて意見をきこう」
 「たのみますだ」
 白蝙蝠は言った。
 「ちょっと時間をくれぬか、その間、この神社の中で寝泊りしてもかまわぬよ」
 「それじゃ、わしも、しばらくこの御仁たちと神社に住まわせてもらおう」
 「そうしてくれ、我々は一端、本宮山に戻って、長老たちと相談して、戻ってくる」
 猿たちはそう言って本宮山に向かって走っていった。
 「行ってしまった、猿たちの会議は長くかかるから、ゆっくりと羽を伸ばして、神社で休むことだ」
 それから毎日そのあたりを散策し、木曽川の水の流れを楽しんだ。
 白蝙蝠の言ったとおり、時間がかかり、八匹の年をとった猿が栗栖神社に現れたのは五日後であった。
 一匹の年寄り猿が言った。
 「本宮山の猿たち全員一致で協力することに決めた。まず、宝物の入っている箱を開けることにする。もう何百年も開けていない、だから誰も何が入っているか知らないのだ、赤い栗があるかどうかもわからんが、それでよいな」
 「はい、ありがとうございます、見せていただければうれしうございます、それから考えたいと思います」
 猿たちは栗栖神社の縁の下にもぐり、床板を持ち上げて本堂に入った。
 大きな栗の形をした鏡がご神体であった。
 「栖というのはな、巣と同じで、住処なのだ、だからこの神社は栗の住処ということになる」
 ご神体の下に大きな葛(つ)籠(づら)があった。
 猿たちはご神体をおろし、葛籠の蓋を持ち上げた。
 「あやや、ここにあったのか」
 猿の長老が目を見張って叫んだ。
 葛籠の中には赤い紙に包まれた薬がぎっしりと詰まっている。
 猿の長老が一つの包みを開けた。朱色の半透明の固まりがあらわれた。
 「これはなにかな」
 白蝙蝠が興味深そうに覗き込んだ。
 猿の長老が喜びを隠しきれないように笑顔で説明をした。
「これは、本宮山に生えている一本の古い栗の木から浸みだした樹液が固まり、何百年もかかって熟したものだ。毎年その木の幹に樹液が吹き出て固まる、それは我々の薬になる貴重なものだ、それが時をかけ熟すと薬の効力が強まり、我々猿の活力をを強くする特効薬になる。我々の言い伝えでは、その昔、祖先が作ったものをどこぞへしまったとある。しかしその場所を示した図が紛失し、どこなのかわからなかったのだ、本宮山にあるものと思っておった」
 「きっとこれが、赤い栗です、一かけらいただけないでしょうか」
 卵茸が頼んだ。
 「もちろんじゃ、お前様たちが来なかったら、ここにあることが分からなかった、こちらこそお礼申そう」
 「わしら蝙蝠にもよいのじゃろうか」
 猿の長老は頷いて、一かけらずつ緑蝙蝠と白蝙蝠にわたした。
 「その一かけらで、何千もの者たちの病気が治る」
 長老の猿たちはそれぞれ一かけらずつ手に取ると、葛籠を元のように戻した。
 「我々は本宮山の猿の八つの部族の長なのだ、これからこれをもって帰り、病人、老人に分け与える、もちろん我々もいただくのだ」
 「元気な猿は飲む必要はないのだな」
 緑蝙蝠が尋ねると、猿の長老は首を横に振った。
 「いや、若い猿も、子猿も、ほんの小さなかけらだが分け与える」
 「どうなるんだい」
 白蝙蝠が聞いた。
 「病人は狂った体調が元に戻る、病気でない年寄りは若返り、若いものは、もっと元気になる。元気になれば食べ物もうまい、水もうまい、子供も作りたくなる」
 「ほー、それはいい」
 「それにな、二日酔いが直る、だから若い猿たちは、栗の木のできたての樹液の固まりをみつけたその夜は酒盛りをして騒ぐのだ、次の日の朝、その樹脂をほんの少し水に浮かしてみんなで飲むと二日酔いがなくなる」
 「若い樹液でもそんな効果があるのだな」
 「じゃが、やはり、すごいのはな、年を経て熟した樹液の固まりを火にあぶって、溶かし、硫黄とともに混ぜて固まらせた丸薬を飲むと、なくなった身体の一部が元に戻ることだ、妖薬じゃ」
 「それはどういうことですの」
 卵茸が聞いた。
 「言い伝えであるが、片目を竹に突き刺し、見えなくなった小猿にその妖薬を飲ましたら、だめになった眼がぽろっと落ちて、新しい眼が生えきたということだ。身体が元に戻るのじゃ」
 「すごい薬」
 「そうなのだ、この妖薬が手に入ったからには、本宮山の猿は皆健康に暮らせる」
 「すてき、そんな大事なものいただいてすみません」
 卵茸がまたお礼をいった。 
 「大丈夫だ、見た通り、あんなに沢山ある、悪さをしない生き物たちにも分けてやろうと思う、人間にはやらんがね」
 「はい、だまっています」
 「おーそうだ、卵茸は人間だったな、黙っていてくれ、人間が知ったら大変だ」
 「はい、言いません、一つお聞きしたいのは、なぜ大事な葛籠を開けてくださったのでしょうか」
 卵茸は不思議に思っていた。
 「それはな、お前さんの話に空、水、土の竜に助けられたとあったからじゃ、あの神々は決して意味のない人助けはしない、きっとそなたたちが、火根山の未来の神とやらと関係があるからじゃろう、お前さんがたに協力するのはこの地球に幸をもたらすことになると信じたからじゃ」
 「ありがとうございます、私たちも自分たちのことを知りません、このご恩は無駄には致しません」
 「よいよい、さて、白蝙蝠のじいさまにお二人さん、我々のすみかに来ないかね」
 猿の長老たちは笑顔で白蝙蝠と緑蝙蝠、それに卵茸を誘った。
 「おお、是非行きたいね、酒を飲むのかね」
 白蝙蝠は嬉しそうである。
 猿たちのすみかは本宮山の中腹にある林の中の泉の脇にあった。岩にいくつもの穴があいている。蝙蝠と卵茸は猿と一緒にその前におりた。
 「猿酒はいつでもたっぷり用意してある」
 穴にいた若い猿たちがよってきた。猿の長老は宴会の準備をするように言いつけた。若い猿たちは穴の奥から酒の入った瓢箪を持ち出してきた。
 猿の造る猿酒は動物の間では有名である。他の動物では造ることができない。
 みんなそろって山を降り、林の中の泉の辺で車座になった。
 「さて、今日は客人がいる、犬山城の白蝙蝠の長老と、甲斐火根山の卵茸の姫に緑蝙蝠だ、長い間探していた本宮山の栗の樹脂の妖薬を見つけてくれた恩人である。その薬が手に入ったからには、病はいえ、怪我は治る」
 猿たちは瓢箪に入った酒の回し飲みを始めた。
 白蝙蝠も緑蝙蝠も瓢箪を一つずつわたされた。
 「こりゃうまい、噂に聞いた猿酒じゃ」
 白蝙蝠はすぐに口をつけ、舌なめずりをした。
 「甘いいい匂い」
 卵茸は飲めないけれどに匂いを嗅ぐことができた。
 「そうだ、茸のお姫さんは飲めないな、おい、若いの、器を持ってこい」
 猿の長老が言った。
 「へい」若い猿がお椀のような形の石をもってきた。
 「ほら、酒をそそいで、茸を入れてやれ」
 猿の長老が言った。
 「ちょっと待ってくれ、姫は酒を飲むには若すぎる」
 「なんと固い緑蝙蝠だ、悪いことは早いうちに経験させるほうがいいんだぞ」
 白蝙蝠が笑っている。
 「お嬢、ちょっとだけぞ、気持ちが悪くなったら言うんだぞ」
 緑の蝙蝠がしぶしぶ卵茸を抱えて中に入れると、猿の大将が猿酒を注いだ。
 「あれ、気持ちがいい、暖かくなって、ふわふわしてきた」
 卵茸はますます赤くなった。
 「栗の新しい樹液をその中に少し入れてやれ、二日酔いにならん」
 猿の長老に言われ、若い猿がとってきた栗の樹液を木のへらで卵茸の浸かっている石椀にいれた。
 赤い樹液は酒の中に溶け酒が赤くなった。
 「身体がどこかにいってしまいそう、あれー」
 と声を上げると、卵茸はするすると背が伸びた。
 「お、卵茸が壷から伸びた」
 白い蝙蝠は仰天びっくり、猿たちもびっくり、大喜び。
 「卵茸が大きくなった」
 だが、卵茸は何にも言わない。
 「お嬢、大丈夫か」
 緑の蝙蝠が尋ねても何とも言わない。
 緑の蝙蝠は大きくなった卵茸を器から出し、木の根本に置いた。
 「きれいな茸だな」
 猿たちも卵茸の周りによってきた。
 白蝙蝠と緑蝙蝠は猿たちと一晩中酒を飲んで楽しんだ。

 林の中に朝日が差し込み卵茸を照らし出した。
 大きくなった卵茸の頭がふらふらとゆれ、
 「あー、いい気持ち」
 と声を発した。
 「お嬢、酔ったのか」
 「よく寝ました、何か背が高くなったよう」
 「お嬢はずい分大きくなった、薬が効いていきなり大きくなったのだ」
 「そういえば高いところからものを見ているよう、ほんとう、でもまだ傘は開いたていません」
 「赤い栗は今まで集めたものの中で最も強い薬になりそうだ」
 「茸って気持ちがいいものね、今までわからなったけれど、空気をこんなに感じることができるし、土の香りのすばらしいこと」
 「茸は土の中と土の上のどちらも自分の世界だからな」
 「茸はすてき」
 「さて、お嬢、甲斐の火根山に帰るとしよう」
 「はい、猿のみなさん、白い蝙蝠のおじいさん、ありがとう」
 「達者でな、うまいことやりなよ」
 猿と白い蝙蝠は明け方になってもまだ猿酒を飲んでいた。
 緑蝙蝠はかなり大きくなった卵茸を壊さないようにそうっと翼でくるんだ。
 ふわっと浮かぶと、すーっと、今までとは違った飛び方で,甲斐の火根山に向かって行った。


 火根山に戻りすでに半月が経つ。
 八月の熱い空気が火根山をつつみ、緑蝙蝠と卵茸は火根茸とともに、林の中で静かに暮していた。
 切り株の上に今まで集めたものに、尾張名古屋の赤い栗、栗の木の樹脂が発酵し熟した薬が加わった。
 赤い栗をなめ背の伸びた卵茸の傘はまだ饅頭型でひょろりとしている。
 「お嬢、傘の下の柄が少し細くなったが、折れちまう心配はないのか」
 「大きくなると傘が開いてもっと細くなります、細いけれどとても強いのです」
 卵茸は自分から傘を地面すれすれまで曲げて見せた。
 「ほお、からだを曲げることができるようになったな」
 「ええ」と、頭をぴょこっとあげると、その拍子に卵茸のからだが、ぴょんと前に進んだ。
 「あれ、前に進むことができた」
 卵茸は頭を折り曲げ、ぴょこっと頭を起すたびに前に進んだ。
 「私、自分で前に進むことが出来るようになりました」
 「確かだ、歩く茸になった」
 緑蝙蝠がいたく感心した顔つきで卵茸を見る。
 「私も前より少しは役に立つかもしれません」
 「いや、今までも大した働きだ、ここにある薬はみんなお嬢がみつけたのだよ」
 「いえ、緑蝙蝠さんや神さまそれにいろいろな生きものたちに助けられてきました」
 「それは、卵茸のお嬢がしっかりしているからだ、夏は暑いが、そろそろ出かけても良いが、お嬢はどうだ」
 「はい、私もそろそろ出たいと思っておりました」
 「次はどこだったかな」
 「下関に行きます」
 「おう、そうだった、河豚の奴だな、河豚のなにかな」
 「赤河豚の心臓です」
 「きっと毒があるのだろう、毒は薬になる」
 「私もそう思います」
 緑の蝙蝠は少し成長した卵茸を抱えて飛び上がった。
 富士の上に舞い上がった。
 「富士山きれい」
 「やっぱり日本一だなあ」
 「あの歌は富士山も入っていたと思うけれど、どのようにはいっていたのか覚えていないの、きっと、最初か最後に、富士の山というのがあったと思うのだけど」
 「大事なことじゃないのか」
 「ええ、そうかもしれない、だけのあの歌を歌うとき必ず富士山がでてくるわけじゃなかったの」
 「どんなときかな」
 「それが、よく思い出せないのだけれど、お父様が、今年は富士の山を入れて歌うようにって言ったときに、その年は必ず富士の山を入れたと思うの」
 「どういうことかな」
 「いつか思い出すのではないかと気にしています」
 蝙蝠と卵茸は富士山を横切ると、太平洋側にでて、日本を縦断した。
 帰ってきたばかりの尾張名古屋をすぎ、大阪、京都、広島、そして山口にでた。鍾乳洞のあるカルスト地形を下にみて、横切ると日本海側から下関にむかった。
下関の海岸に達した緑蝙蝠と卵茸は海の向こうの門司の陸地をながめた。
 「向こうはもう、九州なのですね」
 「この関門海峡にはいろいろな河豚がいるのだろう」
 「河豚に聞いてみなければ、赤河豚の意味がわかりません」
 「そうだな、また海の中だ」
 緑蝙蝠は海沿いの漁師小屋に入った。捨てられ朽ちかけている小屋である。
 「河豚にはすぐに会えるだろう、また赤い色であったな」
 「はい、赤河豚の心臓です」
 「今までの経験だと本当の心臓ではないかもしれぬし、赤河豚といっても赤くないかもしれぬ」
 「はい、その通りです」
 「明日の朝早く、海に行くとしよう」
 その日は漁師小屋の中でゆっくりと波の音を聞いていた。
 日が落ち薄暗くなった小屋の中に大きな鳥が飛び込んだ。
 鳶だった。鳶が大きな翼を広げた。
 緑蝙蝠は鳶を見て驚き、立ち上がった。
 「鳶の親分、甲斐火根山の緑蝙蝠にございます、勝手に小屋に入りまして、申し訳ございません」
 「いやいや、俺も初めてはいった、むしろ、俺の方が後に来たので侵入者だ、だが、今日はよろしく頼む、あの雲行きだと大風が吹く、それを避けてここにきた」
 「嵐ですか、どうぞよろしくお願いします」
 卵茸が緑蝙蝠の翼から顔を出した。鳶の親分はそれを見て驚いた。
 「茸の少女がいるとは思わなんだ、蝙蝠の連れか」
 「私が使えるご主人様でございます」
 緑蝙蝠が卵茸を紹介した。
 「ほお、卵茸の娘がご主人とな、それで甲斐というのは本州の中程だろう、ずいぶん遠いところから来たもんだね、何をしにこられたかな」
 「赤い河豚を探しに来たのです」
 「赤い河豚とは何のことだ、皮を剥かれた河豚のことか」
 「いえ、私どもにもわからないのです」
 建てつけの悪い小屋には隙間から風がひゅーっひゅーと入ってくる。
 「暑い夏の風は湿り気が強い、特に大風の時にはそうだな、強い風になりそうだ、この小屋とてもつかどうかわからないぞ」
 そこへ数匹の蟹が入ってきた。赤手蟹である。
 「おお、先客さんがいますな、おや珍しい、茸もいるじゃないですか。あたしゃ、茸の種類にゃうといんだが、なんとおっしゃるのかい」
 「卵茸と申します」
 「そっちの緑の蝙蝠がご主人ですかな」
 「滅相もない、わたしは卵茸のお嬢さんをお守りする家来ですよ」
 緑蝙蝠が首を振った。
 「いや、私の家来なぞではありません」
 卵茸は頭を振った。
 「まあ、どうでもいいが、蝙蝠と卵茸の取り合わせってのは、いわくがあってのことだろう、苦労してるって顔に出てるよ」
 「わしもそう思うよ」
 「おや、鳶の旦那もそう思いなさるかね、でも旦那はずいぶんしゃれてらっしゃる、トンビなのにワシとは」
 「なにを言っているんだ、しゃれじゃないよ、蟹のばあさんのくちへらずめ」
緑蝙蝠は鳶を見て驚いた。 赤手蟹は鋏を鳶に向けて振りあげた。
 「婆さんではない、まだ八十年しか生きていない、ここにいるのはみんな女の姉妹だ、一緒に仲良く生きている」
 「婆さん蟹の集団か」
 「口の悪い鳶の旦那だね、かなり風が強くなりそうだ、一晩仲良くしよう」
 「そうだな」
 大きな鳶も翼をたたんで小屋の隅にうずくまった。
 「ところで、どうして茸がここにいるのかね」
 蟹のばあさんたちは興味しんしん。
 卵茸は今までの旅の目的と冒険の話をした。
 「そんなことがあるのだねえ、ということはお前さんは人間だね」
 「はい、そうです」
 「元に戻るためにがんばっているんだね」
 「私はかまいませんが、ほかの火根茸たちは、人間に戻してあげなければなりません、私の役目です」
 「ここに来てなにをするんだね」
 「明日、海に行って河豚にあいたいのです、深い海の中には行ったこともあります」
 「おやそうか大したものだね、茸なのに海の中に入ろうなんて勇気のいることさね」
 「蛸、水母、魚のみなさん海の中の生き物たちはとても親切でした」
 「海の中は大風がおさまってからだね、海の底はお手の物だ、関門海峡には平家蟹って親戚もいるしね、河豚に伝えることもできるよ」
 「蟹のばあさんたち退屈なんだろう、空の上からたまに見ているが、海岸の岩陰に集まって、いつもぐちゃぐちゃしゃべっているじゃないか」
 鳶が笑っている。
 「婆でうまそうではないから食わないんだ」とも言った。
 「やだよ、食べちゃ」
 「食わんよ、それより、だいぶ風が強くなってきたが、この小屋はもつかね」
 「今回の大風は大きそうだね、屋根が吹っ飛ぶかもしれないが、なんとかもつんじゃないかい」
 「そうか、それじゃ、このままいるか」
 「それがいいさ、あれこれしてもだめ、覚悟しなきゃ」
 「ところで、蟹のばあさんは赤い河豚って聞いたことがあるかい、俺は聞いたことがないんでね」、鳶が聞いた。
 「赤い河豚なんて知らないよ、だけど、赤い心臓なら知ってるよ」 
 「ほーそりゃなんだい」
 「突然変異だ」
 「難しい言葉をしっているじゃないいか、ばあさん」
 「ばあさんばあさんってうるさいね、せめて、おばあさんぐらい言えないのかい、このすっとことんび」
 「ああ、悪かったばあさんじゃない、おばあさん」
 「そういえばいいのさ、蟹の血は青い、だから心臓も青い、だけどね、中にゃ、赤い血の蟹がいてね、そいつの心臓は赤いんだ、そんな風に生れるのもいるのさ」
 「そんな蟹がいるんだ、じゃあ、河豚にもそういう奴がいるんだろうな」
 「魚の血は赤い、だから心臓は赤い」
 「それじゃ、河豚の心臓はみんな赤いんじゃないか」
 「そうさね、ということは、赤い心臓のことじゃないね、やっぱり、赤い河豚を探すんだね」
 強い風が小屋の中に吹き込んできた。小屋がミシミシと音を立てた。
 「こわいね、雨が降ってないだけいいけどね」
 蟹たちは角に固まった。
 「心臓って本当に心臓のことしら」
 卵茸が言った。
 「そういやあ心臓っていうのは、真ん中の大事なもののことでもあるな」
 緑蝙蝠は納得してうなずいた。
 「そうだよ、河豚に聞くのが一番早いね」
 蟹がそういったとたん、風がはいってきて、大きな音とともに、屋根が吹っ飛んだ。
 「あれえ」
 屋根と一緒に卵茸が暗い夜空に舞い上がった。雲が深く垂れ込、海に大きな白波がたっている。卵茸はどんどん上に巻き上げられていく。
 緑蝙蝠が飛びあがって追いかけた。蝙蝠も大風に自由が利かない。
 「よっしゃ」、鳶が大きな翼をひろげ、大風の中を舞い上がった。
 大風に負けていない。すごい勢いで卵茸を追いかけていった。それでも卵茸はぐんぐん離れ、上に上っていった。
 そのとき急に風が止まった。
 「あれー」
 卵茸は真っ逆様に関門海峡の海の上に落ちてしまった。
 鳶もあわてて急降下した。緑蝙蝠も卵茸の落ちたところに向かった。
 二羽とも卵茸を見つけることができなかった。
 海面に落ちた卵茸は波に大きく揺れていたが、荒れた海はとうとう卵茸を飲み込んだ。卵茸は海底に向かって沈んでいく。
 海底の岩の間に卵茸が挟まった。
 海底は穏やかではあったが、いつものように海の水が勢いよく流れていた。
 卵茸は荒れた北の海や、日本海の深海にまで行ったことを思い出していた。それは寒い時期だったが今回は真夏、海の水は冷たくない。しかし潮の流れの早い海の底である。どこに連れて行かれるか分からない。
 卵茸は岩の間から吸い出され、転がりながら流されていくと、長い海草がたくさん生えているところに入り込んだ。海草にからまって卵茸はやっと一息ついたのである。
 卵茸がどのように戻ったらいいか思案に暮れていると、
 「なんだ、こんなところに、茸がからまってら」
 という声が聞こえた。
 小さな子河豚たちの声だった。子どもたちは卵茸を口で突っついた。
 「あれ、突っつかないでちょうだい」
 卵茸が身をよじった。
 「茸がしゃべったぞ、どこから来たの」
 「甲斐の国の火根山からきたのよ」
 「なにしにきたのさ」
 「赤河豚さんを探しにきたの」
 「赤河豚さんに会いたいのかい」
 「赤河豚さんているのね」
 「うん、おいらたちの先生、おばあさん」
 「会いたいな」
 「会えるよ」
 「そいじゃ、ついておいで」
 河豚の子供たちは一列になって藻の中を泳ぎ始めた。
 卵茸は身体を折ったり伸ばしたりした。覚えたばっかりのその動きがずいぶん役にたった。懸命に子供たちの後を追った。
 陸では大風が吹いているというのに、海草が茂っている海の底はなんと静かであろう。潮の流れも早くはない。
 しばらく後を付いていくと、海草の間からたくさんの大人の河豚が顔を出した。
 「坊主たち、なにしにきたのだ」
 大きなじいさん河豚が子どもの河豚に向かって声をかけた。
 「茸のお姉ちゃんが、赤河豚のおばあさんに会いたいんだって」
 「茸なんぞ海の中にいないぞ」
 「ほら」
 じいさん河豚が子どもの河豚の列をみると、一番後ろから、赤い茸が身体を前後に揺らしながら進んでくる。
 「おや、ほんとだあ、赤河豚のばあさん、茸がきたよ」
 じいさん河豚が海草の中に声をかけると、真っ赤な河豚がユタユタと出でてきた。
 「おーや、ほんとに茸がきた、卵茸じゃないか」
 赤河豚のばあさんは喜んだ。物知りのばあさんは卵茸を知っていた。
 「海の中は殺風景、赤い色は貴重だよ、卵茸の姉さん」
 「はい、河豚のおばあさん赤くてきれいですね」
 「そうだろう、あたしゃこのあたりじゃ一番きれいな魚なんだ」
 そう言うと、プーと膨れて大きくなった。赤い風船みたい。
 「わーきれいね」
 卵茸がほめると、赤河豚のばあさんはますます膨れた。 
 じいさん河豚がそれをたしなめた。
 「調子に乗ると、この間のように破れるよ」  
 「破れたことがあるのですか」
 「あるある、何度でもある、ほめられるとすぐ調子に乗って膨らむので、破れちまう、でもすぐに治っちまうからすごいね」
 赤河豚はほめられ癖があるようだ。
 「もう止めな」
 じいさん河豚が大きな声を出した。
 「なんだいびっくりするじゃないか、これからがいいところなのに」
 赤河豚はしゅーっとすぼまった。
 「それで私に何のようなのだい、茸の姉さんは」
 「赤河豚の心臓って何でしょう」
 「え、私の心臓かい」
 「そりゃ、心臓だから、赤い血をからだに送っているものさ」
 「そうですね」
 「どうしてそんなことを聞くのだい」
 そこで茸はことの顛末を話した。
 「ありゃ、いやだ、お前さん、あたしの心臓をもっていこうっていうのかい」
 「いや、そういうつもりはありません、きっと、別の意味があると思って、ここに来ました、赤い河豚さんなんていると思っていませんでした」
 じいさん河豚が口をはさんだ。
 「そういや、ばあさん、お前さん、むかし拾ったものがあったな」
 「あの赤い得体の知れないものかい」
 「ちょっと見せてみなよ、ばあさん」
 赤河豚は海草の中に潜ると、赤い固まりを口にくわえてきた。それは、ハートの形をしたものであった。
 「あ、心臓」
 「どうしてこれが心臓だい」
 「人間の心臓はこのような形をしているのです」
 「でも、これは海の底で拾ったんだ」
 じいさん河豚が言った。
 「何百年も前にこのあたりに棲んでいた人魚の心臓じゃないか」
 「人魚の心臓はこんなに堅いのかい」
 「わしは、昔聞いたことがあるぞ、人魚が死ぬと、心臓が固まって、希望の石になるっていうことだぞ」
 「それじゃ、これが、人魚の心臓なのかしら」
 赤河豚のばあさんはうなずいた。
 「そうかも知れないね、あたしが持っていても役に立たないね、お前さんにあげるよ、役に立つといいけどね」
 「でも、こんな大事なものもらえない」
 「気にしなくていいよ、拾ったものさ」
 「嬉しい、ありがとう、河豚のみなさんありがとう、ぼおやたちもありがとう」
 卵茸は目があったら涙を流したかった。
 「赤河豚のおばあさん、欲しいものはありませんか」
 「あたしゃ、まごたちに囲まれてほんとに幸せで、欲しいものなどありゃしない」
といいながらも赤河豚のおばあさん、ちょっと考えた。
 「欲しいもんなんてないけど、一度、空からあたしたちが棲んででいる海を見てみたいと思ったことがあったね」
 「それじゃ、戻ったら、みんなに相談します」
 「無理なことさね」
 「私には空を飛ぶ友達がいます、きっと心配していることでしょう、でも、私一人では戻れません」
 「心配いらないよ、みんなで送っていくから、だけどまだ上は大風だ。それが収まるまで、ぼおやたちと遊んでやってよ」
 「喜んで、それじゃ遊びましょ」
 子河豚たちがよって来た。
 「はーい、それじゃ、ふくらましっこのコンテストをやるから、審査委員長をやってよ」
 「なーに膨らましっこって」
 「僕たちが、膨らむから、誰が一番膨らんだかきめてよ」
 「いいわよ」
 「一等賞は、茸を突っつくこと」
 「くすぐったいけどいいわよ」
 河豚の子供たちはそろって、思い切り膨らんだ。
 さて、関門海峡の海の底でそんなことが起きていることを知らない蝙蝠と鳶は、強い風にあおられながら、海の上を探し回った。一晩中探したが茸は見つからなかった。
 「どこに落ちたのだろう」
 緑の蝙蝠はくたくたになりながら屋根が吹き飛んだ小屋に戻った。
 蟹のばあさん達がすみっこで待っていた。
 「茸の娘はどうしたい」
 「海に落ちていなくなっちまった」
 緑蝙蝠はぐったりとして蟹の脇で横になった。だが心配で寝ることができない。
 「流されちまわなければいいのだけどね」
 鳶も羽をたたんで横になった。
 蟹のばあさんたちも心配げにはさみを振った。
 「ご苦労だったね、しばらくお休みよ、朝になったら探しに行こうじゃないか」

 朝日が海から昇った。大風はぱたっとおさまっている。海はないで海面には細かな白波がたっていた。
 緑蝙蝠は無言で飛び上がった。
 「俺も手伝うよ」
 鳶も飛び上がった。蟹のばあさんたちもぞろぞろと海岸に向かった。
 空に舞った蝙蝠と鳶は海岸になにやら動めいているものを見た。
 「河豚が集まっているぞ、なにをしているのだろう」
 目のいい鳶が近づいた。蝙蝠も後をついて降下すると、河豚がぞろぞろと海岸に向かって泳いでいる。その中に真っ赤な河豚がいて、背中に茸が乗っていた。
 「お、茸の姉さん無事だ、河豚の上に乗ってるぜ」
 鳶が叫んだ。
 緑蝙蝠は大声を上げた。
 「おーい卵茸のお嬢、ここだ」
 卵茸が気がついた。手があれば振りたいところだ。
 「緑蝙蝠さん、鳶さん、河豚さんたちに助けられたの、しかも、赤い河豚さんから心臓をもらいました」
 「なんと、そりゃ、よかった」
 「それで、赤河豚さんが空の上から海を見たいそうです」
 「そりゃ、たやすいこと、少しの間なら海の水からでても大丈夫だろう、連れていってやるよ」
 「大丈夫だよ、死んでもいいよ」
 赤河豚のおばあさんが大声を出した。
 「元気がいいね」
 「あったりまえよ」
 河豚たちは海岸線に来ると、茸をぽーんと放り投げた。蟹のばあさんたちが茸を受け止めた。
 「よかったね」
 「はい、ありがとうございます」
 「オーい、蟹さん、これももってってくれ」
 じいさん河豚が人魚の心臓を砂浜に放り投げた。
 「おーや、珍しい、これが、赤河豚の心臓か」
 蟹が挟んだ。
 「がんばんなさいよ」
 河豚たちが大きな声をはりあげた。
 「ありがとう、赤河豚さん、みなさん、坊やたち、本当にありがとう」
 卵茸は蟹につれられ、屋根のとれた小屋にもどった。
 海の上では空中旅行が始まった。
 鳶が海の水面まで降りてきた。
 「空に連れてってやろう」
 赤河豚の尾っぽをくわえた。
 「ひょう、空中旅行なんて生きているうちにできると思わなかったよ」
 赤河豚はつるされながら背鰭を揺らし、大喜び。
 鳶が空の上のほうに昇ると、海面がきらきらと光った。
 「海はきれいなものだねえ」
 「ああ、だいじょうぶかい」
 「まだ大丈夫、もうちょっとだね」
 かなり上まで上って、河豚が「もうだめだ」と目を回してふくらんできた。
あわてて鳶が海面に向かって急降下した。
 ボチャンとがしてぽんぽんにふくらんだ赤河豚が海のうえに浮かんだ。
 とたん、赤河豚のばあさんは正気に戻った。
 「あー、きれいだった、子供たちにも見せたいね」
 「よっしゃ、わしにまかせろ」
 緑の蝙蝠が一匹の子供の河豚をくわえて空に上った。
 「わー、すごい」
 蝙蝠は代わる代わる、子供たちを空の上に運んだ。
 鳶はじいさん河豚を空に運んだ。
 こうして、関門海峡の河豚は空から自分の棲む海を見ることができたのである。
 しばらくして、鳶と蝙蝠が小屋に戻ってきた。蟹のばあさんたちと卵茸が、赤い心臓を真ん中にして輪になっていた。
 「鳶さん、緑蝙蝠さん、ありがとうございました」
 「いや、お嬢、心配した、元気に戻ってきてよかった」
 緑蝙蝠は疲れた様子で壁に寄りかかった。鳶も壁に寄りかかり言った。
 「ああ、おいらも面白かった、あの河豚たち大喜びだった、河豚の子供たちにとってとてもいい経験だったろうよ」
 「ほんとに、ありがとう」
 「あの赤河豚のばあさん元気だったな」
 「すてきな河豚さんたちでした」
 緑蝙蝠が赤い心臓を見ている。
 「これはあの赤河豚のばあさんの心臓ではないな」
 鳶も心臓を見ながらうなずいた。
 「まさか、二つある一つをくれたってわけじゃないだろうしね」
 「そうではありません、人魚の心臓です、あの赤い河豚のおばあさんがひろったものなのです、それをくれました」
 茸は人魚の心臓であることを説明した。
 「そりゃあ、珍しいものをくれたね」
 「みなさんに助けていただいたおかげです、ありがとうございました」
 「動物は助け合わなきゃ、大風の縁だよ」
 「蟹のばあさんいいこというね、これから蟹のばばさまと呼ぶか」
 「もっと悪いじゃないか、口の悪い鳶だね、どっかにおとんび」
 「ダジャレがにばあさん」
 そこでしばらくおしゃべりとなった。
 その夜、月夜の空に茸と緑蝙蝠は笑いながら舞い上がり、鳶と蟹とに手を振った。
 「さようなら、ありがとう」
 夜の星空の下は気持ちがいい。


 火根山の森も秋の風情が色濃くなってきた。このところ火根茸たちは土に潜ることなく、いつも顔を出していた。本当の茸たちに混じって火根茸たちも気を使うことなく秋の風を受けている。虫たちの歌声も一日中森の中で和している。
 ブナの前の切り株の上には集まったものがならべられている。
 緑蝙蝠と卵茸が集まった薬の元をながめていた。
 「ずい分集まったものだ、次は何だったかね」
 「はい、赤い平家蟹です、本当は下関から戻らないでそのまま行くつもりでした。しかし、長月は茸の月、顔をだしているみなに会いたくて戻りました。やっかいをかけてすみません」
 「なに、大したことはない、そんなに気を使わなくていいぞ」
 「泡踊りの平家蟹とは、関門海峡の反対側、下関からすぐの門司に棲んでいる平家蟹のことだと思いまが行ってみないと分かりません。下関から帰ったばかりですのにまた同じ方向にいくことになります、緑蝙蝠さんよろしくお願いします」
 「だがな考えてみてくれないか、土佐の阿波踊りじゃないのかね、平家蟹はそちらにもいるだろう」
 「たしかに緑蝙蝠さんのおっしゃる方が正しいかもしれません。まだ四国には一度もいっていません、行ってみましょう」
 緑の蝙蝠は卵茸をつれて、徳島に向かった。
 富士山の上を通り、海沿いを西に向かうと、懐かしい名古屋をこし、京都を通り、大阪を通り、岡山にきて海にでた。鳴門の渦をみながら四国に渡り、徳島の海岸に降りた。
 ここでも漁師の漁具がしまってある小屋を宿とすることにした。
 「さて、まずここいらの海岸にいきませんか」
 二人は小石の海岸に降り立つと、歩き回っている船虫に赤平家について聞いた。
  「知らんな、平家蟹はかなり深いところにいるんだよ」
 船虫は忙しそうに歩き回りながら首を横に振った。
 小石の間から蟹だましが大きい方のはさみを振りかざして出てきた。
 「きいていたぞ、おりゃあ知ってる、酒の好きな平家蟹がいてな、そいつは酒を飲むと真っ赤になる。今は土佐の海にいる」
 「阿波の国ではないのですか」
 「阿波というと今は徳島だが、その昔、土佐は阿波の国の一部だったことがある、そのころ土佐にいた平家蟹だよ」
 「それじゃ、土佐に行けばあえますか」
 「約束はできないな、何百年も生きている蟹だから、どこかにいったかもしれん」
 「ありがとうございました」
 蟹だましはもそもそと、ふたたび小石の下にもぐっていった。
 「緑蝙蝠さん、土佐に飛びましょう」
 「ああ、そうしよう」
 緑蝙蝠は少し成長した茸を包み込んだ。
 土佐に飛んだ蝙蝠たちは高知城に降りたった。
 高知城は大きくはないが、素朴な、昔の生きものたちの匂いのする城であった。
 この地は酒のにおいがする。猿酒ではない、人酒である。暮している人々は、大いに酒を作り大いに飲んで暮していた。城の持主が酒の理解者、無類の酒好きであった。
 高知城のてっぺんの軒に降りた緑蝙蝠と茸は、酒の香りを嗅ぎ、落ち着いた気分になって町中を眺めていた。
 「赤平家というのは本当に平家蟹のことなのだろうか」
 「ではなにでしょう」
 「難しい、平家にまつわる何かかもしれないが」
 「でも平家にまつわるものなら、下関か門司でしょう」
 「うむ、そうか、ここではやはり平家蟹か」
 「まず海にいかなければならないでしょう」
 うなずいた緑蝙蝠は卵茸を翼でくるんだ。
 高知城を飛び立った卵茸と蝙蝠は瀬戸内海の海岸についた。
 「さて、どのように探したらいいか」
 卵茸はからだをくねらせて蝙蝠の翼から石の上に飛び降りた。
 「いつものように、ここにすんでいる鳥や虫たちに聞きましょう」
 緑蝙蝠はちょんちょんとはねると海岸の岩の上を進んだ。
 卵茸もからだを弓なりにしてぴょんぴょんと跳ねながら後をついていった。緑蝙蝠が振り返った。
 「お嬢、歩くのが上手くなった」
 「でも、疲れます」
 「そうであろうな、からだをくねらせるのは大変だ、わしにはできぬ」
 緑蝙蝠が磯だまりの中を覗きこんだ。
 緑色の筋のあるきれいな磯巾着が半透明の触手を長く伸ばし、くねらせている。
  「磯巾着のお嬢さん、ちょっとものを尋ねたいが」
 それを聞いた磯巾着はいきなり触手を縮め怒鳴った。
 「わしゃ、じいさんじゃ」
 「そりゃ、失礼を、あまりにも綺麗で、優雅なものだから、てっきりお嬢さんかと思っちまいまして」
 「そういう一族なんじゃ、それで何のようだ」
 磯巾着は機嫌を直した。長い触手を伸ばしてくねらせた。
 卵茸が磯たまりを覗き込んだ。
 「赤平家をさがしております」
 磯巾着がびっくりした。
 「なんと、茸が口を利いておる」 
 「はい、未来の神によって、このような姿に変えられました」
 「未来の神がなぜそのようなことをしたのだ」
 「我々火根山一族にお怒りになったのです」
 「未来の神はなんと言ったのだ」
 じいさん磯巾着は触手を縮めた。
 「私にはわかりませんが、未来の壷の蓋を開けようとした者がいたために、人間から茸にされてしまいました」
 「ふむ、ようするに、お役目に逆らったわけだ」
 「はい、これも試練です、元にもどす方法が言い伝えにあります、それに従って、必要なものを集めております」
 「その中に、赤平家があるわけじゃな」
 「はい、それで平家蟹かと思いまして、この海岸にやってきました」
 「知り合いの蟹を呼んでやるから聞いてみるといい」
 磯巾着は触手を伸ばして踊るように動かした。
 小さな貝たちがぞろぞろと、潮だまりからはいでてきた。そのまま貝たちは海の中に飛び込んだ。
 「御化(おばけ)貝たちじゃ」
 「おばけ貝って、はじめて」
 卵茸が小さな貝に近寄った。
 「あ、やどかりさんたちなのね」
 磯巾着が笑った。
 「そうも呼ばれているな、御化貝たちは、海の中で、蟹の元締めを捜してくれるじゃろう、元締めはちょっと深いところにおってな、時間がかかる、明日の今頃、ここに来れば元締めの居場所が分かる」
 磯巾着は触手を振った。
 「明日まいります」
 緑蝙蝠は卵茸を抱えて飛び立った。
 「お嬢、時間もあるし、土佐の町を見てみるかい」
 「はい、四国の景色はどうでしょう」
 目の下には高知城を中心に町が広がっている。
 「何か、ゆったりとしていていいですね」
 「酒の香りが強い町だ、飲兵衛が多いとみえる」
 「ほら、あの川の脇で何かしている」
 男たちがそれぞれに柄杓を手にして車座になっている。
 「見物とするか」
 緑蝙蝠は川岸に生えている大きな桜の木の枝に止まった。
 卵茸も枝の上から男たちのしていることをながめた。
 真ん中に大きな樽をおいて、男たちはじゃんけんを始めた。何度かじゃんけんをすると、一人が柄杓をもって樽の中の酒をすくってぐーっと飲んだ。
 「うまい」
 その男は声を上げた。
 またじゃんけんをした。今度は別の男が柄杓でしゃくってぐーっと酒を飲んだ。
 「何をやっておるのだ」
 緑蝙蝠は不思議そうにつぶやいた。
 「私にはわかります」
 卵茸が説明をした。
 「じゃんけんと言って、みんなで同時に手を前にだします。そのとき、指をすべて丸めたのが、ぐー、石です、すべて広げたのが、ぱー、紙です、指を二本だけ出したのがチョキ、はさみです。グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝ちます。それで勝つ者を決めるです」
 「なるほど、勝ちを決める面白い方法だな、さすが人間だ、だったら、戦などじゃんけんにしまえばよいのに」
 「蝙蝠さんは平和主義者なのですね」
 「主義などはないが、どのような男でも、じゃんけんに勝てば酒が飲めるというのは公平に思えるが」
 「男の人たちが、遊びながら飲んでいるのです、でもじゃんけんに負け続けると飲めない」
 最初に飲んだ男が、また柄杓もって樽からすくった。
 「ついている男よのう」
 他の男たちが言っている。
 「ああ、あのように、得する者もいるのだな」
 「得すると言うより、運がいいというのです、偶然ですから、誰でも納得するわけです」
 「確かにな、力が強いとか、頭が回るとか、そう言う個人の能力が関係なくなるわけだな、我々動物はそれが生き死にに関係してくるが、人間はそのようなことがらをを排除してものを決める能力を持っているわけだ」
 「そうですね」
 「茸や植物は、その環境に適した者が強い者になる、ところが環境が変われば弱者だった植物が繁る」
 「そうですね」
 「それにしても、酒をよく飲むことよ」
 「土佐の男はそうなのですね」
 その後、蝙蝠と茸は飛び回って土佐の町の中を見た。にぎやかな町である。ともかく酒の匂いがどこからでも漂ってきた。
 蝙蝠たちが再び川辺にもどってくると、じゃんけんをしていた男たちがむしろの上で大いびきをかいている。
 「幸せよのう」
 「ほんとうに」
 「お嬢、樽の中にはいってみよう」
 空になった大きな酒樽が空に向かって口を開けている。底に掬い取ることのできなかった酒がたまっている」
 「飲みたくなりましたか」
 卵茸が緑蝙蝠の顔を見た。
 「犬山城の猿と白蝙蝠のじいさんたちを思いだすのう」
 「あのお酒はおいしかった」
 「お嬢は初めての酒だったな」
 二人は酒樽の底におりた。たまっていた酒が蝙蝠の足をぬらした。卵茸の壷も酒に浸かった。
 「お、美味い酒だ」
 蝙蝠が口をつけて酒を吸った。
 「気持ちがよくなってきました」
 からだに酒が浸み込んでいった茸は、子供の頃のように真っ赤になった。
 「いい気分だ、土佐の男たちはこんな美味いものをいつも飲んでいるのか」
 その時、一人の男が樽の上から中をのぞいた。
 「蝙蝠と茸が酒をくらっておる」
 大きな声を上げ、仲間の方を向いた。
 あわてた緑蝙蝠は茸を包み込むと、大急ぎで樽から空中に舞い上がった。
 空の上から下を見ると、目が覚めた男たちが樽をのぞき込んでいる。
 「お主、酔っぱらっておるなあ、何にもおらんじゃないか」
 男たちが笑っている。
 緑蝙蝠と卵茸もその様子を見て、笑いながら高知城に向かった。
 「おお、うまい酒だった」
 緑蝙蝠は天守の軒下で横になった。
 卵茸も緑蝙蝠によりかかって寝てしまった。
 明くる朝、朝日に照らされ、二人は気持ちよく目が覚めた。
 「よく寝ました」
 「ほんとだ、気持ちのよい日だ」
 朝日の輝きに高知城が包まれている。
 蝙蝠と茸は海岸に飛んだ。
 潮溜まりでは緑色の磯巾着がのんびりと触手を伸ばしている。
 「おー、来たな、蟹の元締めと連絡がついたぞ、もうすぐ来るといっておる」
 御化貝たちも顔を出した。
 「宿借りさんたちありがとうございました」
 卵茸がお礼をいうと、一匹の御化け貝が貝から身を乗り出した。
 「初めて茸にあったわ、かわいい植物ね」
 お化け貝の娘が卵茸を見た。
 「茸は植物ではないのです。動物でもないのです。菌の世界の住人です」
 「動物でも植物でもないの」
 「ええ、動物は動物界に生き、植物は植物界に生きて、そして、茸は菌界に生きているのです」
 そんな話をしていると、沖の方から赤い大きな生き物が泳いできた。
 「蟹の元締めが来なすった」
 緑色の磯巾着が触手を全部真上に上げてふった。
 海の中を磯に近づいてくる。
 「高足蟹の親分だ、世界で一番大きな蟹なんだよ」
 磯巾着が緑蝙蝠と卵茸に紹介した。
 高足蟹は三メートルもあろうかと思われる長い足を海中から持ち上げ岩場にかけた。
 「よいこらしょ」
 掛け声とともに、潮溜まりの脇にのぼった。青空を見上げるように立ち上がった。
 「磯巾着のじいさんが呼んでいるというのできたよ」
 高足蟹が磯巾着の脇にいる緑蝙蝠と卵茸に気がついた。
 「こんなところに茸と蝙蝠とは珍しい」
 「この二人が赤平家蟹に会いたいというのでな、呼びました」
 「赤平家蟹とな、どうしてあやつに用があるかな」
 卵茸は今までのいきさつを話して聞かせた。
 「なるほどな、赤平家蟹は自堕落蟹だ、こまったことに土佐の雰囲気に飲まれ、酒がないと生きていけないようになってしまった、そこで酒を断つように、深い海の底で、おとなしく生きるようにいいつけた。ただ満月の日だけは飲んでも良いと言ってある。たまたま今日は中秋の名月、会うといい。この機会に酒を飲ましてやろうと思うが、酒は手に入らぬものかのう」
 「はい、だいじょうぶです、何とか探してまいります」
 「それは喜ぶ、夜になったら、ここにおいで、わしも赤平家を連れてこよう、一緒に楽しませてもらおうじゃないか」
 「分かりました、いい酒を探してまいります」
 緑蝙蝠は高足蟹に約束をした。
 高足蟹は「たのんだぞ」と海の中に沈んでいった。
 「それでは、お嬢、酒を探してこよう、磯巾着の爺様、感謝しておる、おぬしの酒も用意する」
 「楽しみにしてるぞ」
 磯巾着は触手を広く伸ばした。
 蝙蝠と茸は空中に舞い、土佐の町中にでた。人間たちが朝の食事を用意する煙があがっている。一軒の家をのぞいてみると、夫婦が朝食を食べていた。
 脇に徳利がおいてあり、口にひもが付いている。
 食事が終わった夫は席を立って別の部屋に行った。嫁の方は食器を持って台所に向かった。蝙蝠はその隙をねらい、ひもをくわえると、徳利を持ち上げた。そのまま、窓から家の外にでて海岸に向かった。
 潮だまりの磯巾着が「もう、酒をみつけたのか、たいしたものじゃ」と触手を動かした。 
 「もっと持ってまいる」
 「わかった、たくさんもってきて儂にもたっぷり飲ましてくれ」
 「お嬢、ここにいてくれ、わしが探してまいる」
 「そうですね、私がいると徳利をもってくるのが大変です、私はしばらく磯で遊んでいます」
 緑蝙蝠は卵茸を磯巾着のいる潮溜まりの脇に置くと再び飛び上がった。
 緑蝙蝠が町中に向かうと、卵茸はぼちゃんと潮溜まりに飛び込んだ。
 驚いたのは磯巾着である。
 「あ、大丈夫か、茸が海に落ちたらどうなる」
 ところが卵茸は体をくねらせ潮溜まりの中をのぞいている。
 「れれ、茸が泳いでおる」
 「わたし泳げるのよ、何度も海に入ったの」
 大きいのや小さいのや、たくさんの御化貝が卵茸を見上げた。
 潮溜まりの中で、卵茸はくにゃくにゃとからだを動かして泳いだ。海栗や海星もびっくり仰天といったところだ。
 何匹もの御化貝が、「卵茸に貝を持ってきてやろうよ」と、海の中に入っていった。
 しばらくすると、捨てられていた白い芋貝を持みんなでもち上げもどってきた。
 「卵茸のお嬢さん、この貝はどうだろうね」
 岩の上におかれた芋貝に卵茸がもぐりこんだ。
 「素敵、いいおうち、ありがとう」
 「お椀のような貝はないかしら」
 「たくさんあるよ、なにするの」
 「お酒を入れるのよ」
 「よし、見つけてこよう」
 御化貝たちは、さすが専門家、すぐさまお椀のような貝殻をいくつも拾ってきた。
 茸は御化貝に言った。
 「どなたか、貝のお椀に、お酒をいれることができるかしら」
 「海の中の大将にたのもう」
 一匹の御化貝が海の中にはいっていくと、すぐに大きなサザエの殻をしょった御化貝を何匹もひきつれてきた。大きな御化貝は徳利をもちあげ酒を貝のお椀に注いだ。
 「いい香だ、がまんできないね」
 ヤドカリがはさみを酒の中につっこみ、ちょいとなめた。
 「旨いね」
 「みなさん、後で飲みましょう、たくさん入れ物を探してください」
 ヤドカリたちはいろいろな貝殻を拾ってきて、岩礁の上に並べ酒を注いだ。
 「ワシも飲みたい」
 緑磯巾着が触手を思い切り伸ばして海面の上にだした。お椀に届かない。
 「よしきた」
 それを見ていた大きな御化貝が大きなはさみを潮溜まりにつっこみ、磯巾着の爺さんを岩からはがしてもちあげた。
 もう一匹が酒の入った貝のお椀を持ち上げると、磯巾着がその中に放り込まれた。
 「おー、しみる、旨いねええ」
 磯巾着は酒に浸って上機嫌、触手をうごめかし、しばらくすると、とうとう真っ赤になってしまった。
 そこへ緑蝙蝠が新たな徳利を抱えてもどってきた。磯の上に降りると、なぜかよろよろと歩き、徳利をやっとこ岩の上に置いた。
 「緑蝙蝠さん、お疲れの様子、ありがとうございます」
 卵茸がお礼をいうと、緑蝙蝠はお椀に入った磯巾着に気がついた。
 「やや、磯巾着のじいさん、もういい気分だな」
 「はは、そうじゃよ、おかげでな」
 緑蝙蝠は徳利から空いている貝のお椀に酒を注ぐと、また空に舞い上がった。
 「どんどんもってくるからな」
 「どこからもってきたのです」
 「土佐の人間はどこの家に行っても酒徳利がおいてある、いい町だ」
 そういいながら飛んでいった。
 蝙蝠は何度も往復して酒を運んだ。
 夕方になり、よろよろと降りてくると、緑蝙蝠は徳利の酒を貝殻に移した。たくさんの貝殻がお酒でいっぱいになった。
 緑蝙蝠の目が赤い。
 「緑蝙蝠さん酔っ払ってる」
 卵茸が気がついて笑った。
 「すまん、片手でお嬢を抱えているときには出来なかったが、片手があくとつい、飛びながら徳利を傾け、なめちまった」
 「おいしいお酒なのですね」
 「みんな違う酒だが、どれもうまい、さすがに土佐だ」
 緑蝙蝠は磯巾着の入った貝殻のお椀に寄りかかるといびきをかきだした。
 「赤平家蟹を待ちましょう、その大きな貝のお椀を一つとっておいてください。後はみなさんで飲んでください」
 「そりゃあ、ありがてえ」
 御化け貝たちはみんなして酒の中にどっぷりとつかった。
 夕焼けがきれいに空を染め、やがて、雲の合間に大きな月が輝きだした。波も荒れていない。高足蟹の大きな長い足が磯の上に持ち上げられた。
 「高足蟹さんがもどってきた」
 卵茸の声で、高足蟹が海からあがってきた。
 「なんだ、もう酒盛りか」
 「みなさん待ちきれなかったようで」
 「ほら、赤平家蟹の兄さんだ、といっても年は何百歳だかわからんが」
 高足蟹は長いはさみに真っ赤な蟹を挟んで持ち上げ岩礁の上におろした。
 真っ赤な平家蟹は卵茸の前に進み出た。
 「御用がおありとのこと、なんでござんしょう、謹慎の身上、大したお手伝いはできないが」
 卵茸も挨拶をすますと、今までのいきさつを話した。
 「なるほど、そりゃあよくわかりやした。私をさしあげやしょう」
 「赤平家蟹さんをいただけるのですか」
 「高足蟹の親分さんに、今日は酒をいただけるといわれ、嬉しくここにまいりやした、酒を飲めるとあれば、もう思い残すことはござんせん」
 「そんな、赤平家蟹さんを薬にしてしまうようなことはできません」
 「おい、平家蟹、何を気取って言っているんだ、卵茸のおじょうさん、心配いりませんよ、酒を飲ませばわかります、この赤平家蟹のやつ、深海で一人芝居にこっちまって、そんな言い方しか出来なくなっちまった」
 「すまんこってす」
 「ともかく、今日は、存分酒を飲んでいいぞ、一年に一度のことだ」
 「おありがとうござんす」
 目を覚ました緑蝙蝠が貝のお椀を指さして、
 「土佐の一番いい酒にござる、どうか赤平家蟹殿、お召し上がりのほどを」
 と芝居調子で言ったものだから、赤平家蟹は大喜び、
 「おお、かたじけなや、それでは」と、貝のお椀に足をかけ、ざぶんと入った。
 「おお、これはこれは、言う言葉もない」とごくごく飲んだ。
 「わしもいただけるかな」
 高足蟹がはさみを持ち上げた。
 「高足蟹のだんなには、これをどうぞ」
 緑蝙蝠が、徳利を渡した。
 高足蟹は「おお、それが一番」、徳利を持ち上げ、酒を口に注いだ。
 「うむ、うまい」
 赤平家のお兄さんは、貝のお椀の中でからだを揺らし、酒の中に沈みこむと、また持ち上げ、卵茸に声をかけた。
 「卵茸のお嬢さんは、元は人間」
 「はい、そうです」
 「あっしの背中にゃ、怒った人の顔、いざごらんあれ」
 卵茸が赤平家蟹の背中を見る。
 「お兄さんの背中の顔はあまり怒った顔には見えません」
 「どうでござんしょう、人の顔にみえますか」
 「はい、似ています」
 卵茸が言ったそのすぐに、赤平家蟹の甲良の模様がくちゅっと動いて笑った。笑い顔が変わって猫の顔になった。
 「あら、猫ちゃん、私の飼ってた猫にそっくり」
 「黒ちゃんでござんす」
 「そっくり、かわいい」
 「黒ちゃんの運命はどうなったか」
 「わたしが茸になったあとはわかりません」
 「いやいや心配めさるな、背中に出るのは吉兆、生きてる証拠」
 「それはうれしい、何よりの知らせ、私は黒ちゃんと一緒に大きくなりました、母親が拾ってきて育てた猫ちゃんなの、私が一歳のことでした」
 「今でも元気でご主人様を待ちわびています」
 赤平家蟹は普通の話し方にもどった。
 「うれしい」
 「ああ、この酒の旨さ、かわいい卵茸、なんと今宵はいい夜だ」
 赤平家蟹の甲良に微笑んでいる女性の顔が現れた。
 「あ、わたし」
 卵茸が言った。
 「残念ながら、見ることできず」
 平家蟹は目玉をのばそうとしたがそうはいかない。
 高足蟹が言った。
 「そりゃあ残念だね、とってもかわいい女の子だよ」
 周りの者たちは平家蟹の入っているお椀をのぞき込んだ。
 「ほんとに、かわいい」
 御化け貝たちが騒いだ。
 「俺にも見せてくれ」
 お椀酒に長い間漬かって、よっぱらってよれよれになっていた磯巾着が触手をわやわやさせた。
 高足蟹がお椀から緑磯巾着の爺さんを掬うと、持ち上げて赤平家蟹の背中を見せた。
 「おお、こりゃ、美少女だ、大人になりゃあ絶世の美女だ」
 「磯巾着のおじいさん、酔ってる」
 卵茸が笑うと、みんなも大爆笑。平家蟹の背中に浮き出ていたのは卵茸その物だったのである。
 その時、満月の光が卵茸にあたった。卵茸はするすると背が伸び、朱色の傘が開いてきた。
 「お、お嬢、傘が開いた」
 緑蝙蝠が叫んだ。
 卵茸が大人の茸になった。
 満月の光は貝のお椀の酒に浸っている赤平家蟹の背中にもあたった。
 赤平家蟹が燃えるように真っ赤になった。
 体を上に下にうごかすと、卵茸の顔を持った真っ赤な殻が、酒の上に浮いてきた。
 脱皮をしたのである。
 「おお、これは、なんと、確かに赤平家」
 緑蝙蝠が殻をすくい上げた。
 「柔らかいかと思ったが、ずいぶんかたいものだ」
 「柔らかいのだが、土佐の酒で硬くなったのだろう。削って飲めば不老長寿の薬にもなる」
 高足蟹が説明した。
 「それはすごいことです、赤い平家蟹さん、ありがたくいただきます」
 「役に立てば嬉しいことでござる」
 「赤い平家蟹、長く生きていてはじめて役に立ったのではないか」
 「高足蟹の大将、その通りでござんす、もう思い残すことはありやせん」
 「おおげさな、まあいい、これからも、役に立つことを考えろ」
 「はい、肝に銘じて、茸のお嬢さん、ありがとうござんした」
 こうして、中秋の名月の輝くような金色の光の中で、土佐の海の仲間たちの酒宴は終りを告げた。
 「お嬢、甲斐に帰るとしよう」
 緑蝙蝠が、背が伸びて傘の開いた卵茸を翼でそうっと包み込んだ。
 「皆さんありがとう」
 「お、ご両人、月の光に導かれ、未来の国へお旅たち」
 赤い平家蟹が芝居の幕を閉じた。
 磯巾着が触手を持ち上げた。蟹も御化け貝も二つの鋏をあげた。
 緑蝙蝠は卵茸と赤平家蟹の殻をたずさえて、夜の空に舞いあがった。
 満月が星空に舞う二人を照らし出した。
 土佐の大きな波がやってきた。そこにいたすべての生き物たちを覆い隠した。
 潮が満ちた。

 土佐から甲斐に戻るのに少しばかり時間がかかった。
 「お嬢、土佐の生き物たちは気持がよい連中だった」
 「本当に、土佐の空気、土、みな、豪快ですかっとしました」
 緑蝙蝠が切り株の上に赤平家蟹の脱皮殻をおいた。
 顔を出した火根茸たちが大きくなった卵茸を眩しく見上げている。
 切り株の上で大きく傘を広げた朱色の玉子茸が、土佐での出来事を茸たちに話した。
 聞き終わった火根茸は祈るようにお辞儀をして土の中にもぐっていった。

 「あと一つ、溶けた赤顔です」
 「こんなに早く集まるとは思っていなかった、次はどこに飛ぶのかな」
 「阿蘇山です」
 「九州か、なんとまた南に戻るのか、そのまままわってもよかったの」
 「はい、でも蟹の殻が壊れそうで、緑蝙蝠さんはお疲れですみません」
 「いやいや心配はいらんよ、お嬢の幸運を吸い寄せる力の強さに感服しておるところ、とても楽しいおもいじゃ」
 「そう言っていただくのは嬉しいことです」
 「お嬢、いくか」
 緑蝙蝠は柔らかく、傘の開いた卵茸を包み込んだ。
 二人はふたたび空に浮いた。
 緑蝙蝠は速さをあげ、神風のような勢いで火の国、熊本まで飛んだ。
 阿蘇山の上は黒い煙が渦巻いている。
 「大変なことだ、煙がすごく、山を見ることができない」
 緑蝙蝠はそう言いなが、ゆっくりゆっくり下降し岩場に降りたった。
 「ほんとに何も見えない、山からもう少し離れましょう」
 「そうしないと何もできないな」
 緑の蝙蝠はもう一度舞い上がり、煙の薄い風上に向かって飛んだ。
 山の姿が見えてきた。
 「はじめからこちらに来ればよかったな」
 緑の蝙蝠は阿蘇の外輪山をおおう林の中に降り立った。
 林の中には茶色の茸がたくさん生えている。
 「お嬢、お仲間がたくさんいる」
 「そうですね、何か教えてくれるでしょうか、茶色の茸さんたち、お話ししてます、お邪魔にならないようにしなければ」
 「私が言おう、もとは万年茸だ、茸らの気質はお嬢よりわかる」
 緑蝙蝠は口を閉ざして体をふるわせた。茸は体全体ですべてを話し、すべてを感じ取る。植物と同じである。
 「教えてほしいことがある」
 緑蝙蝠は体を揺すった。
 「何かね」
 茶色の茸たちが声を和して答える。
 「赤顔をさがしておるのだが、しらぬか」
 「何の赤顔なんだい、言っておることがわからんよ」
 「あ、いや、失礼、我々は溶けた赤顔を探しているのだが」
 「そりゃもっとなぞなぞだな、顔だったものが溶けたのかね、溶けたものが顔になったのかい」
 緑蝙蝠は卵茸にたずねた。
 「お嬢さん、今のは聞こえたかな」
 「はい、どちらかわかりません、まずは顔が浮き出た溶岩でできた石を探すことがよいのではないでしょうか」
 「そうだな、確かにそれが溶けた赤顔だな」
 緑蝙蝠はそのことを茶色の茸に伝えた。
 「だがな、溶岩が固まった石は五万とある。高く吹きあがった火山弾は広く散らばっているんだよ、阿蘇山どころか九州一体をさがすことになる、一生かけてもむりさ」
 「でもやらなければならないのです」
 卵茸も全身を使って茶色の茸に訴えた。
 「なぜ、そのような石を探しておるのだ」
 「はい、私は甲斐の火根山の者、未来の神の怒りをかい、茸にされております。この緑の蝙蝠さんは、私を助けるため万年茸から蝙蝠にされました」
 「それは難儀なこと、だが、未来の神の気持を静めるのは難しい、しかし、お二人とも茸に関わる者たち、力にならないでもない」
 「ありがとうございます」
 「阿蘇の山は、中岳という火を噴いている真ん中の山と、周りを取り囲む外輪山、阿蘇の山は鋸山といっているが、まずその山すべてを捜さなければならないのだよ」
 「大変なことです、ここは鋸山ですか」
 「そう、その中の根子岳というのだよ、中心は中岳だ」
 「まずは中岳を探すべきかも知れぬな」
 緑蝙蝠が言った。
 「そうだな、危ないところだがそうすべきなのだろうな、我々の仲間が助けてくれるだろうし、木も他の植物もみんな手伝ってくれるよ、茸や植物は動けないが、自分の周りにある地の石を見ることはできる、たくさんの目があることになる」
 「茸や植物の周りはすぐ捜せるわけですね、うれしい」
 「そうだよ、茸の菌糸、木や植物の根は土の中も見渡せる」
 「我々は茸や植物の生えていない中岳の噴火口のあたりを探そう」
 「そこも広い、猫たちに手伝わせよう、この根子岳は九州に住む黒猫が生きている間に一度はたずねるところ、名前の通りだよ、根子岳は猫岳、黒猫の聖地さ、黒猫は大きくなるとこの聖地にきて、他の猫にはない能力を身につけて帰るんだ」
 「ほう、黒猫は他の猫とどこか違うと思っておったが、それはどのような力なのか教えてくれぬか」
 緑蝙蝠にはとても興味のあることだった。
 「違う世界と通信する能力だ、だから黒猫は地球上の世界とは異なった世界を知っておる」
 「それは、九州の黒猫だけなのか」
 「いや、北海道にも四国にも、もちろん本州にも、猫の聖地がある」
 「本州はどこかしら」
 「あんたらの住む、甲斐の国さ、しかも火根山村だ、昔は火根子山と言ったのだ、火で焦がされた黒猫、それは日本国の最も力のある猫たちなのだ」
 「確かに火根山の家家には必ず黒い猫がいました、私のところにも黒ちゃんがいたのです」
 「そうだろう」
 「茶色の茸のみなさん、これから、しばらく助けてください、おねがいします」
 「もう、植物や茸は調べはじめている、黒猫たちにはこれらから伝える。我々茸が動物に話をするには、まず虫に話をする、虫が鳥に話をする、すると獣たちに伝わる、伝わらないのは人間だけだ、虫や鳥や獣たちの言っていることがわからんからな」
 「感謝する、我々はこれから中岳に行く」
 「気をつけなよ、熱い石が飛んでくる」
 「ああ、それではまた、連絡をして欲しい」
 緑蝙蝠は卵茸を抱えて舞い上がった。
 中岳の上に飛ぶと、さっきとはうって変わって、山全体が良く見えるようになっている。煙がない。
 「噴火が止んでいるようです」
 「そうだな、溶けた顔を捜すのにはいい機会だ」
 中岳の噴火口につくと、熱い風がおそってきた。
 「煙がなくなったといっても、ずい分熱い」
 「でも不思議です、煙が全くなくなったのはなぜでしょう」
 「たしかに気味が悪いほどだ」
 卵茸と緑蝙蝠が空中から下を見ていると、中岳の噴火口近くの岩場を黒い生き物がぞろぞろと登ってくる。
 「黒い猫たちがもうやってくるではないか」
 「はい、すごい数です」
 緑蝙蝠たちは黒猫たちの中に降りていった。
 ばあさんの黒猫が緑蝙蝠と茸のそばにやってきた。
 「あんたたちだね、溶けた赤顔を捜しているのは」
 「はい」
 「茶化(ちゃけ)茸(じ)から様子は聞いている」
 「あの茸さんは茶化茸というのですね」
 「そうだ、阿蘇山を昔から見守っている茸だ」
 「溶けた顔とはなにのことなのでしょう」
 「わからないね、顔の形を持った溶岩石を探すが、違うものかもしれない」
 「よろしくお願いします」
 年をとった黒い猫は金色の目を卵茸にむけた。
 「あんたが人間から茸にされた娘だな、火根山の黒猫から聞いている」
 「私の黒ちゃんは元気なのでしょうか」
 「ああ、あんたが人に戻るのを楽しみにして火根山におるよ」
 「嬉しい、黒ちゃんは生きている、土佐でも言われました」
 ばあさんの黒猫の後には、いろいろな目の色をした黒猫が従っている。
 「黒猫のおばあさん、お仲間は何匹いるのです」
 「ざっと八千かね、それでもこの広い阿蘇の岩場でその溶岩石を探すのは難しいね、約束はできないよ」
 「わかっています、でも最後のものです、何年かけても探すつもりです」
 「えらい心がけだ、根子岳で洗礼をうけた賢い猫ばかりじゃ、見つかることと思うよ、猫たちゃあ退屈しているからね、いい仕事だよ」
 「黒猫のおばあさんはいつからここにいるのでしょう」
 「わたしゃ、もう百八十八歳、化け猫の域に入ってしまったから、死ぬことができない、本当は死に場所を探しているのさ」
 ばあさん猫も、ほかの黒猫たちも中岳の岩場に散った。
 「お嬢、我々もぽちぽち探すこととしよう」
 「たいへんなこと、この広さを考えると、何年かかるか」
 「大丈夫だ、黒猫と茶化茸がついている」
 卵茸はうなずいた。
 岩場に立った卵茸は、細いからだを折り曲げて、ぴょんぴょんと前に進んだ。
 硫黄の臭いが立ち込めている。熱い空気が二人の周りを取り囲む。
 汗をかきながら緑蝙蝠は岩場の石をつぶさに見ていく。
 石だらけだ。その中から溶けた顔の石を捜すとは大変なことである。
 「緑蝙蝠さん、疲れたでしょう」
 「確かに、一休みするとしよう」
 緑蝙蝠は卵茸とともに岩場に腰をおろした。
 「飛ぶのは得意だが、歩くのはにがてだ」
 「大変なことお願いしてすみません」
 「お嬢に頼まれたわけではないぞ、蝙蝠にされたわしの役目なのだ」
 そこに黒猫のばあさんが顔を出した。
 「根子岳の茶化茸から連絡がきた、椿がそれらしき石を見つけそうだ、飛んでいってみてくれるか、私らはここで探している」
 「はい、ありがとうございます」
 緑蝙蝠と卵茸を包んで飛び立ち、根子岳の林の中におりた。
 茶化茸が待ちかねたように言った。
 「おー、来ましたな、向こうに人間の住む家がある。その屋敷の庭に赤い花の咲く肥後椿の木があるが、その手元に溶岩石が並べてあり、その一つに顔が浮き出ているそうだ、正しいかどうか分からんが行ってみるといい」
 緑蝙蝠と卵茸はその家に飛んだ。庭の南端に肥後椿の木があった。その根本に降りると、椿の木が緑蝙蝠に話しかけた。緑蝙蝠は体ふるわせ、茸の言葉で返事をした。
 「礼を申します」
 卵茸も庭に下ろされた。飛び跳ねながら溶岩石に近づくと、その中の一つに顔の浮き出ている石があった。女性の顔だ。
 「おや、ここにもある」蝙蝠がもう一つ見つけた。
 蝙蝠は茅葺き屋根の家をのぞいた。土間では白髪の老人が石を刻んでいた。
 蝙蝠は椿のところに戻って言った。
 「人間が石を彫っている」
 「そうなのか、俺はここの老人が何をしているのか見ることができないが」
 「石屋のようだ」
 「この石はその石屋が彫ったものなのか」
 「そのようだな、うまく彫れなかったものを、ここに並べたのだろう」
 「それでは、あなた方が探しているものとは違うのだな、無駄足を踏ませたな」
 椿がすまなそうにいった。
 「そんなことはありません、とても感謝しています」
 「お嬢、人が作ったものとはいえ、この石のことかも知れぬ」
 「そうですね、考えが浅かったと思います。肥後椿さん、ありがたくいただいていきます」
 緑蝙蝠は二度にわたって中岳に運んだ。
 中岳の岩場で金色の目の黒猫が待っていた。
 黒猫のそろえた前足の先には硫黄で黄色くなった石がおいてあった。
 「どうだったかな、顔のある石はあったかい」
 「あったが、人間の石工が溶岩に彫った顔であった」
 緑蝙蝠が説明をした。
 「そうか、うちらも一つみつけた、硫黄のかぶった石に顔があったよ」
 その石には黄色い男の顔が浮き出ていた。
 「自然にできたようですね」
 卵茸はそれを見ていった。
 「これは溶岩石に硫黄が吹き付けられてできたものだ」
 「そうですね、この石も一つの候補ですね、ただ、気になっているのは、今まで、赤いものばかりでした、赤い顔でないといけないのかもしれません」
 「確かに、お嬢の言うとおりだ」
 緑蝙蝠はうなずいた。
 「もう少し探そうじゃないか」
 ばあさん猫が「いくよー」と黒猫たちに声をかけた
 そのとき中岳の真ん中から火の柱が空に向かってあがった。
 黒猫のばあさんが叫んだ。
 「噴火だよ、みんな逃げるんだ」
 火の塊がふってくる。
 黒猫は一斉に下に駆け降りた。
 緑蝙蝠も卵茸を抱えて宙に舞い、裾野の林に向かって急降下した。
 猫たちも目も留まらぬ速さで下ると、林の中に飛び込んだ。
 緑蝙蝠や黒猫たちは木々の根元でほっと一息ついた。
 空は黒煙が渦巻いている。
 「やれやれ、ともかく助かった、だがまだ油断できないぞ」
 黒猫のばあさんがそう言ったときである。
 火の玉が林の中に落ちてきた。
 「阿蘇の火で焼かれるのだねー」
 火の玉はばあさんの頭の上におち、ばあさんはばーっと、燃えてしまった。
 燃えてしまったばあさんの後には真っ赤に焼けた石が落ちていた。
 「黒猫のおばあさん」
 卵茸は燃えた黒猫のいたところに行こうとした。
 「やめな、熱い」
 大きな雄の黒猫が止めた。
 「熱いよ、あのばあさんは自分でも言っていたが、百八十八歳、もう死ぬしかなかったのさ、燃えて死ぬなんて本望だったと思うよ」
 「でも、あたしが、こんなことをお願いしたために」
 「いや、あのばあさん手伝いができて本当に幸せだったのだ」
 「涙が流せないのは悲しい」
 卵茸は涙を流したかった。
 「茸には涙はないさ、しかたないじゃないか」
 卵茸の傘の下から、滴がぽたりぽたりと落ち始めた。
 「お嬢は涙を流している」
 「はい、悲しい」
 「未来の茸になったのだな」
 「はい、涙がでて、気持ちが落ち着きました」
 「人間は悲しいとき涙を流す動物なのだ、人間のような茸になりなすったな」
 卵茸はこっくりとうなずいた。
 「そろそろ近寄ってみよう」
 雄の大黒猫がばあさんが燃えたところによっていく。みんなも後に付いた。
 黒猫のばあさんが燃えた跡は黒く影になり、その真ん中に落ちてきた石が冷えて真っ赤な溶岩石になっていた。
 「ほら、みてごらん」
 黒い雄猫が赤い溶岩石の表面を指した。
 表面には黒猫の顔が浮きでていた。
 「あのばあさん、石になっちまった」
 「この赤石が、溶けた赤顔だ」
 「そうです、黒猫のおばあさん、ありがとう」
 黒猫たちが空を見上げた。阿蘇はまだ黒い煙を上げている。 

 二人は甲斐に戻った。
 大きなブナの前の切り株に、黒猫の顔のある赤い溶岩石をおいた。
 「これで、一角獣の赤い角、曼珠沙華の赤林檎、、赤腹井守の黒い玉、赤水晶、赤い珊瑚の竜宮使、赤い硫黄、赤い栗、赤河豚の赤い心臓、平家蟹の赤い抜け殻、顔の赤い石がそろったな、お嬢」
 「ええ、でも何か足りないような気がします、歌の最後をはっきり覚えていないのです、人間だったときは確かに覚えていて歌っていました、しかし、茸に変わってから、その部分がわからなくなっているのです、もう一つ何かがありました、それと、富士も関係あるようです」
 「そう言っておったな、それも未来の神による仕置きであろうかも知れぬな」
 「はい、だけど、この一年の間に、なんとなく思い出してきています、何かの赤い実です」
 「どのように致せば、思い出すかな」
 「分かりません、訪れたことのないところから考えましょう」
 「なるほど、お嬢の勘は鋭いから、それがいいのだろう、それで、どこにいっていないのだろうかな」
 「北海道、本州は北から南まで、四国も九州もいきました」
 「北の果て、南の果ては、南の島、阿児奈波、琉球の島々、沖縄の国、今では日本の大事な国」
 「お嬢、そうだ、琉球だ、いってない」
 「そうです思い出しました、歌の最後は、竜が落とした赤い鉄の実、それは琉球の蘇鉄の実に違いありません」
 蘇鉄の実はいろいろな病に効く、人間が偽物の刀で腕に傷を付けた振りをし、腕の偽の赤い血の上に蘇鉄の実の軟膏を塗ると、跡形もなくなるという、大道の薬売りを見たことがある。それにしても蘇鉄の赤い実は薬効が強いという。
 「琉球にまいりましょう」
 緑蝙蝠と卵茸はいつもより空高く舞い上がり、九州をこし琉球の島に飛んだ。
 ずいぶん遠い、でも暖かい、卵茸は気持ちも熱くなってきた。
 霜月にもかかわらず、赤い花がいたるところで咲いている。
 「ずいぶん明るいところですね」
 「とてつもなく明るくて、きれいな海に囲まれている」
 「あ、蘇鉄」
 海岸には蘇鉄が至る所に生えていた。赤い実がたくさんなっている。
 「真っ赤な実、きれいな実です」
 「確かに、ちょうどいい時期のようだ」
 「私たちが作ろうとしている薬の大元になるような気がします」
 「すると、たくさん必要になるのだな」
 「そうだと思います。これを磨り潰して、それに今まで集めたものを加えるのではないでしょうか」
 「我々だけで運ぶとすると、何度も往復しなければならぬな」
 「火根山の夜鷹、むささび、梟にも頼みます」
 「元は火根一族だった連中だな、それだけでは足りまい」
 「はい、私はあの者たちしか知りません」
 そこに、赤い蜻蛉が飛んできた。
 「おや、珍しい客だな、緑の蝙蝠が卵茸を抱えている」
 赤い蜻蛉が話しかけてきた。
 「甲斐、火根山の者でございます、私らは赤蜻蛉しかしりませんが、お姉さんのような桃赤色の蜻蛉に会ったのは初めてでございます」
 「俺は雄だよ、紅蜻蛉だ」
 「失礼しました、あまりにも綺麗だったので女子かと思いました」
 「それで、何をしてるのだ」
 卵茸が今までのいきさつを説明した。
 「蘇鉄の実を火根山にもって行きたいのだが、助けてもらえないだろうか」
 緑蝙蝠がたのみこむと紅蜻蛉は、
 「大蝙蝠に頼むといい」
 と、教えてくれた。
 「わしも蝙蝠だが大蝙蝠とは面識がない、どうしたらよろしいかな」
 「そうか、それなら呼んできてやろう」
 紅蜻蛉は山に向かって飛んでいった。
 しばらくすると、赤蜻蛉のあとそ大きな蝙蝠たちが飛んでくる。
 「俺は帰るが、蝙蝠たちには話しておいた」
 「紅蜻蛉さんありがとう」
 大蝙蝠たちは蘇鉄の木にブランブランとぶら下がった。
 「緑蝙蝠の兄さん、お手伝いしよう」
 琉球大蝙蝠の集団である。
 「お初にお目にかかります、緑蝙蝠にございます」
 緑蝙蝠が挨拶をした。卵茸が緑蝙蝠の翼の中から顔を出した。
 「蘇鉄の実を運ぶのをお手伝い願いますでしょうか」
 卵茸がお辞儀をすると、大蝙蝠たちは大きな眼をもっと大きく見開いた。
 「茸じゃないか」
 「はい、卵茸と申します」
 「それで、緑の蝙蝠との関係はなんなのだ」
 緑蝙蝠が頭をかきながら言った。
 「大蝙蝠どの、卵茸の姫は俺のご主人様だ」
 「卵茸が主人とな」
 「たくさんの蘇鉄の実が入用だが、どのように運んでいいのやら」
 「それまかしておいてくれ、この機会に本州の森を見てこよう」
 「ありがとうございます、我々の里、火根の森には果実がなる木もございます、どうぞいらしてください」
 「それは楽しみな」
 琉球大蝙蝠たちは蘇鉄の実をかかえると、緑蝙蝠に案内され火根山村に飛んだ。
 火根山の森では動物たちが、大蝙蝠のために、あけび、柿、林檎、いろいろな果物を集めている。緑蝙蝠が火根山の蝙蝠たちに超音波で連絡をしたのだ。
 大蝙蝠の大群が火根山の空を追おうと、林の中が薄暗くなった。大蝙蝠たちは降りてくると、ブナの木の前の切り株の脇に蘇鉄の実を積んでいく。
 「本州は寒いなあ」
 大蝙蝠たちは降りてくると翼に身を包んだ。
 火根山の動物たちが「火根山の果物をお食べください」とさしだし、大蝙蝠はかぶりついた。
 「なんと、これはうまい、なんというのかな」
 大蝙蝠が名前を聞いたのは柿だった。沖縄では見たことがなかったのだ。リンゴもうまいなーと大蝙蝠たちはしたづづみをうった。
 「火根山には、こんなにうまいものがあるんだな」
 「大蝙蝠さん、いつでも遊びに来てください」
 卵茸が大蝙蝠たちに声をかけた。
 「それは嬉しい」
 蘇鉄の実が山に詰まれたわきで、大蝙蝠たちは一晩中、火根山の果物で宴会をした。
 火根茸も顔を出し、その様子を楽しそうに見ていた。
 あくる朝、大蝙蝠たちは火根山を後にした。
 「富士を眺めながら帰るとするか」
 「琉球大蝙蝠さんたち、お世話になりました、ありがとうございました」
 「あんたたちがまた人間に戻っていたら、話は出来ないかもしれないな」
 「そんなことはありません、火根山の人間はだれとでも話せるのです」
 「それはうれしい、また来よう」
 「お世話になった、お礼申します」
 緑蝙蝠が頭を下げた。
 「それでは、蘇鉄の実が役に立ちますよう」
 大蝙蝠の集団は朝日をあび、南に向かって飛んでいった。

 再び師走の火根山に、卵茸と緑蝙蝠がたたずむ。
 「おかげさまで、こんなに早く、すべてのものがそろいました」
 「お嬢の力はすごいものだ」
 「いえ、緑蝙蝠さんや、みんなに助けられてここまでくることができました」
 切り株の上には、一角獣の赤い角、赤い林檎、、赤腹井守の黒い玉、赤水晶、赤い珊瑚の竜宮使、赤い硫黄、赤い栗、人魚の赤い心臓、平家蟹の赤い抜け殻、顔の赤い石がのり、脇には蘇鉄の赤い実が冨士のように積まれている。
 「お嬢、これをどうしたらよいかな、まずは磨り潰すのだろうか」
 「つぶさなくても良いのかもしれません、むしろ、水の中に入れて煮るのではないでしょうか」
 「どこの水がよいのか」
 「なぜ、火根山村が未来を背負うことになったのでしょうか」
 「うーむ、なぜだろう」
 「美しい水が湧き出ています、からだによい温泉もあります、名前の通り、火の根っこがあります」
 「マグマのことか」
 「はい、この地の力の元です」
 「綺麗な水を汲んでこなければならぬな」
 「あ、そうでした、すべての歌が頭に浮かんできます。富士の山が歌に出てきました、そう、雨が少ない年に、お父上が富士の山におたのみ申そう、清き流れを、と歌の最後につけるように言いました。
 富士からわき出る神聖な水が、火根山神社の脇にあります」
 火根山神社は火根山の麓にある、火と水をまつる神社である。信心深い火根山の住民たちは、毎月八日に神社を訪れお供えをした。
 「富士の水ならばよい薬をつくれるであろう」
 「はいその通りです、だけど二人だけでは無理、誰かに助けていただかないと」
 「そうだな、火根山の鼠たちに助けを乞おう、火根山鼠たちはとても器用だ」
 その話はすぐに火根の鼠たちに伝わった。
 その昔から、火根山にはたくさんの鼠が棲んでいた。火根山鼠の額には必ず濃い赤茶色の丸い模様があった。火鼠とよばれ、山に棲んでいたことから火根一族の住居に入りこむことがなく、お互い干渉をすることなく生きていた。
 鼠たちが集まってきた。切り株の回りに顔を出している火根茸の脇で、切り株を見上げている。
 「よく来てくれました、火根茸を元に戻す薬を作りたいのです、手伝っていただけますでしょうか」
 切り株の上から卵茸の姫がお願いをした。
 火鼠の長老がすすみでた。
 「我々の使命はいざというとき火根一族を助ける役目、今がその時と存じます」
 「ありがたいことです」
 卵茸が、富士の水を汲みんで鍋に満たし、蘇鉄の実を砕いて入れ、そこに切り株の上の全国から集めたものを順に入れ煮立てることを説明した。
 「お任せいただきたい」
 火鼠たちは万事心得ていると動き出した。
 火根山一族の蔵から大きな鍋を担ぎ出した火鼠たちは、火根山神社に向かった。
 火根山神社の脇にはきれいな水をたたえた泉がある。
 緑蝙蝠が卵茸を神社の社の入口に下ろし扉を開けた。奥には大きな人の形をしたご神体が置かれている。社の中はずいぶん広い。
 火鼠が大鍋を運んできた。石段を登り、社の真ん中に置いた。
 火根山の動物達も集まってきた。火鼠に言われた動物たちは、泉から水を運び、大鍋を満たした。
 火鼠は森の中の切り株の脇から、せっせと赤い蘇鉄の実を運び、歯で砕くと大鍋の中に放り込んだ。
 「緑蝙蝠さん、集めたものをお願いします」
 緑蝙蝠が全国から集めたものをブナの木の前から、社の中に運んできた。
 卵茸が見守る中、緑蝙蝠が一角獣の赤い角、赤い林檎、、赤腹井守の黒い玉、赤水晶、赤い珊瑚の竜宮使、赤い硫黄、赤い栗、人魚の赤い心臓、平家蟹の赤い抜け殻、顔の赤い石を順に鍋の中に入れた。
 「さて、お嬢、どのように煮たらよいか」
 「火根山神社のお祭では、大人たちが、松明を持って、歌いながら神社の前で踊ります。その歌の中に神に火をつけ泉をわかし、この地の未来をいつまでもとあります」
 「それはご神体に火をつけるのかな」
 「いえ、火根山神社そのものに火をつけるのではないでしょうか」
 緑蝙蝠と卵茸、それに鼠たちは社の外に出た。
 「火はどのようにつけたらよいだろう」
 「水晶洞窟の赤蝙蝠さんに水晶をもってきてもらうようにお願いできませんでしょうか」
 「ああ、あの椎茸だった連中だな」
 緑蝙蝠は喉を震わせ超音波で連絡をとった。三匹の赤蝙蝠は水晶をくわえふわふわ飛んできた。
 「お嬢さん、久しぶりです」
 「はい、赤蝙蝠さんもお元気そう」
 赤蝙蝠は水晶を差し出した。
 「ありがとう、これで火をつけます」
 「お嬢、どのように使うのか」
 「日のほうにかざして、光を神社に当ててください」
 「どこでそのような知恵をおもちになったのか」
 緑蝙蝠は卵茸の姫の賢さにおどろいた。
 「これは、人間が火を起す一つの方法です」
 「やはり、人間は進んだ生きものであったのだな」
 「火をつけるのはおいらたちがやろう」
 椎茸だった三匹の赤蝙蝠が水晶を持ち空中に浮かんだ。
 水晶を日の方向にかざした。
 光が神社の柱に集まって煙が上がりはじめた。
 柱の一部がじゅぶじゅぶと燃え始め赤い煙があがった。
 時はすでに夕暮れ、神社のあたりは薄暗い。
 やがて日が沈みあたりが暗くなったとき、いきなりぼーっと火の手が上がったと見るや、瞬く間に真っ赤な炎が火根山神社をつつんだ。
 あまりにも炎の力が強く、中におかれた鍋がどうなったか見ることもできない。
 火根山神社が真っ赤ななマグマになりそそりたった。
 緑蝙蝠と卵茸、それに何百といる火鼠たちは、マグマと化した火根山神社が、真っ赤な竜になり、身をくねらせて天に昇ろうとするのを見た。
 真っ赤なマグマ竜は地上を離れると、星がきらめく夜空の中にゆっくりと上っていく。赤い竜は火の粉を散らしながら上へ上へと昇り、やがて星の間に赤い点となって、消えていった。神社のあったところで人の形をしたご神体が燃えている。
 それも燃え尽き、あたりが暗くなった。
 神社のあったところには真っ赤に焼けた大鍋があった。鍋から熱い風が吹いてくる。
 緑蝙蝠が卵茸をかかえて大鍋の上を飛んだ。赤蝙蝠が後を追う。
 鍋の中には真っ赤になった液体がぐつぐつと煮えたっていた。
 緑蝙蝠が独り言のように言った。
 「どろどろだな」
 「あれがお薬です、鍋が冷めたら火根茸みなさんに配りましょう」
 「明日の朝にならないと冷めぬな」
 緑蝙蝠は燃え尽きた火根山神社の前におりたった。火鼠たちが取り囲む。
 「火鼠さんたち、火根山の動物のみなさん、赤蝙蝠さんたち、皆さん本当にありがとう、大鍋の中には我々が元に戻る薬が煮えたぎっています。明日には皆さんにもまたお手伝いいただきたいのです、今日はゆっくりとからだをやすめてください」
 卵茸は大きくなった真っ赤な頭を下げた。
 「明日は真っ先に来るからね」
 火鼠たちはねぐらに帰った。動物たちももどっていった。
 赤蝙蝠たちが言った。
 「水晶洞窟はとても住みやすいので、おいらたちは蝙蝠のままでいることにしたよ」
 「椎茸にはもどりませんか」
 「水晶洞窟を守る役目がほしいんだよね」
 「わかりました、もちろんです」
 赤蝙蝠たちは持ってきた水晶を抱えて洞窟に帰っていった。
 緑蝙蝠は大きくなった卵茸を翼でくるみ、神社の杉の木の根によりかかった。
 やがて二人は眠りに落ちた。
 朝日が火根山神社の跡を照らし出した。
 大鍋が緑色にかわっている。中には真っ赤などろどろの薬が渦巻いていた。もう冷めているようである。
 起きてきた卵茸と緑蝙蝠がのぞいた。
 「やっとできました」
 「効けばよいがのう」
 火鼠たちが顔をだした。
 「おはよう、さてなにしよう」
 「おお、もう来てくれたか、薬ができた、これを林の火根茸たちに配らねばならぬ」
 そこへ三匹の赤蝙蝠も来た。
 火鼠と赤蝙蝠たちは火根山から瓢箪をかき集め薬をつめた。
 緑蝙蝠も卵茸を抱きかかえ火根茸の待つ林に飛んだ。火鼠と赤蝙蝠も薬の入った瓢箪を抱えて後についた。
 林のブナの前の切り株に下り立った緑蝙蝠から卵茸が飛び出した。卵茸は体中をふるわせて火根山一族に顔を出すように伝えた。
 いたるところから火根茸が頭を出した。
 「元に戻ることのできる薬ができました、今、火鼠さんと赤蝙蝠さんが薬をみなさんにふりかけます」
 緑蝙蝠が言った。
 「お嬢、まず最初に薬を飲まねば」
 火根茸たちも身を震わせてそう願った。
 「いえ、私はあとにします」
 「さあ、みなさん、薬を配ってください」
 火鼠と赤蝙蝠は薬を茸たちの頭に振りかけた。
 なかなか効果は現れない。火鼠と赤蝙蝠は何度も薬を運んで、火根茸たちにふりそそいだ。それでも火根茸たちは茸のままであった。
 「まだ足りないものがあったのでしょうか」
 卵茸がか弱い声で言った。
 「いや、時間が必要なのだろう、わしが蝙蝠に変わったとき、蝙蝠の顔ができ、胴ができ、手足ができた。そして翼が生えてきた、何日もかかったぞ」
 「わたしは一晩かかって、頭が茸になって、手足が体に吸い込まれ、壷ができて、卵茸の子どもになりました」
 「今日の夕方には、みな戻ることが出来るだろう」
 「それでは、緑蝙蝠さん、赤い薬を飲んでください」
 「いや、お嬢が先だ」
 「緑蝙蝠さんが万年茸に戻ったら、私はこのまま卵茸のままでおそばにいます」
 「え、なんと申した」
 緑の蝙蝠は驚いた。
 「だけど、火根一族の将来がお嬢にかかっているのだよ」
 「いえ、みなが元に戻ればそれでいいのです、元に戻った人たちが将来を守るでしょう、さあ緑蝙蝠さん、お願いだから薬を飲んでください」
 そういわれた緑蝙蝠は卵茸をつれて火根山神社の跡に飛んだ。大鍋の脇に卵茸をおろし、大鍋の中にはいり残っている赤い薬に口をつけた。
 「さあ、のんだぞ、今日の夕方には万年茸にもどるだろう」
 緑蝙蝠がそういったとたん、すぐに大きな万年茸にもどってしまった。
 「お嬢、こりゃ驚いた、あっと言う間に万年茸にもどった、もう動くことができない、お嬢も早く飲んでくれ」
 「いえ、私はこのまま、緑蝙蝠さんのおそばにいます」
 卵茸は万年茸の隣によりそった。
 その時、林のほうから茸たちの声が聞こえてきた。今まで話すことができなかった茸たちが、しゃべり始めたのである。元に戻っている証拠に違いがない。
 卵茸に懐かしい父親の声が聞こえた。
 「あ、お父様」
 「よくやってくれた、これで私たちもまた、使命を果たすことが出来るようになる」
 父親の茸は林のはずれの木の下に生えていた。母親も一緒だった。
 「また会えますね」
 母親の声であった。
 林の中では、木耳に覆われた大きなブナの木がみしみしと音を立てて後ろに倒れた。根元から真っ赤になった壷が転がり出ると蓋が開いた。
 そのとたん、火根茸たちが一斉に生き物に変わった。人間ではなかった。
 現れたのは白い鼠だった。人間には戻らなかったのである。
 鼠たちは燃えた火根山神社の前にある大鍋のところに集まった。
 「みんなが鼠になってしまった」
 卵茸は声をあげた。
 鼠になった火根一族の長であった父親が二つの茸の前にやってきた。
 「人間にはもどれなかった、将来この地は鼠になって我々が担えということだろう、未来の神のお気持ちなのだ」
 火根山一族だった者はみな鼠にかわった。その真っ白な鼠はおでこのところに真っ赤な丸い模様があった。
 白い鼠たちは人間であったときと同じように会話をした。日本足で立ち、手の指は発達して物を作り出すことができた。
 残っていた赤い薬はそこに昔からすんでいた火鼠たちに飲ませた。火鼠は赤い鼠になり火根一族に加わった。おでこのところには白い丸い模様があった。
 こうして火根山一体は新しく生まれた赤と白の火根鼠たちの世界になった。
 卵茸の父親だった火根鼠の長は一族に言った。
 「我々の未来を築いた二つの茸に社を建てようではないか」
 「お父様、ありがとうございます」
 卵茸は喜んだ。
 「万年茸の緑蝙蝠殿、人間の時から床の間で我々を見守ってくださっていたのですな、娘を、いや、卵茸をよろしくお願いします」
 「お嬢と一緒にいられるとは思っておらなかった」
 万年茸はそう思ったが、その時は火根鼠たちに伝えるすべがなかった。鼠とは言葉が通じないようになってしまったのである。しかし卵茸と話すことができた。
 「いつまでも」
 そう言って卵茸は万年茸にますます寄り添った。
 火根山鼠は器用に木を切り出し、木材を作り、社を造り始めた。鼠たちは人間の時のことをすべて覚えており、人間にできること以上にいろいろなことができた。
 鼠たちの町は次第に出来あがってきた。新たな火根山神社が作られた。
 火根山鼠は万年茸と卵茸を火根山神社の中に運び入れた。
 「これからは万年茸と卵茸がご神体じゃ」
 きれいな神社だった。
 日の光がかすかにはいる、一段と高くなった白木の床に、卵茸と万年茸はおかれた。
 鼠たちは社の中に桧でできた風呂を用意した。そこに温泉をひいた。鼠たちは八の日になると必ず茸たちを温泉に浸した。
 卵茸と万年茸は湯に浸かりながら、行ったところを思いだし語りあっていた。
 火根山神社は火根茸神社と呼ばれるようになり、いつのことからかわからないが、真っ黒な大きな猫が茸たちを守るように棲みついていた。
 「緑の蝙蝠さん、鼠の世界になりました」
 「そうだな、人間が滅びた後のために、未来の神が準備された生き物たちだ」
 「私たち茸も未来の生き物になれるのでしょうね」
 「もちろんだ、お嬢、茸はこの地球になくてはならない、動物も必要だが、どの動物が中心になるか、それは未来の神のお眼鏡にかなった動物なのだろうな」
 新しい火根茸神社の社の奥に真っ白な壷が置かれていた。次の世が入っている壷である。これからは鼠たちがその壷を守る。
 今でも、誰にも知られることのない、未来を生み出す火根山が甲斐にあるのである。

火根茸(ひねじ)

私家版第茸七茸小説「火根茸、2021、261p、一粒書房」所収
茸写真:著者 

火根茸(ひねじ)

火根村の民が神の怒りで茸に変えられた。卵茸に変えられた村長の娘は、万年茸から変えられた緑色の蝙蝠に助けられ、村人たちをもとに戻す薬を探しにいく長編です。(星空文庫 茸小説が200篇になりました、ここで茸小説の掲載は一時、休止いたします。)

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-04-30

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

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