イケボカフェの面接が困ったことになった話 (0:2)

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オーナー  女
ハル   不問(役の性別は女)


オーナー:(息を切らして入ってくる)大変お待たせして申し訳ありません。私、本日面接を担当いたします、このカフェのオーナーの……

ハル:いえ、全然待ってませんよ。そんなに慌てないでください。

オーナー:え、あ、えっと……

ハル:ほら、ゆっくり吐いて。呼吸整えてからでいいですから。

オーナー:え、は、はい、えっと……

ハル:どうしました?

オーナー:いや、その……(小声)なにこの爽やかなイケメン! ここはイケボカフェであって、執事カフェじゃないんだけど、間違えてないよね? 大丈夫かしら?

ハル:間違えてませんよ、俺はここで働きたいんです。

オーナー:ああ、聞こえてた? ごめんなさい、こんな美形な人が面接に来たの初めてだったから、ちょっとびっくりしたというか、なんというか……。

ハル:(笑う)それは嬉しいですね。じゃあ面接していただけますか?

オーナー:はい、も、もちろん! えっと、履歴書は先に確認させていただいてます……えっとお名前は……

ハル:ああ、俺、「ハル」って名前で歌配信をしているので、オーナーさんもよければ、「ハルくん」って呼んでください。

オーナー:は、ハルくん……やだ、そんな、呼べません。

ハル:オーナーさんのお名前は? 

オーナー:え? えっと……

ハル:はい?

オーナー:……それは、その……

ハル:はい?

オーナー:え、私の名前……。オーナー、オーナーって呼ばれすぎて、とっさに出てこないなんてとても言えない。

ハル:どうしたんですか?

オーナー:なんでもないの! それよりも先に、このカフェの説明をしますね。ご存じとは思いますが、このカフェはイケボカフェでして。
いわゆるコンセプトカフェの一つなわけですが。マーケティングの結果、声のいい男性の接客は、女性に高いニーズがあることがわかりまして、それと言うのも……

ハル:(さえぎって)オーナー?

オーナー:わかってるわ、言いたいことは。でも、違うのよ? これは決して、私の趣味とかじゃなくて……

ハル:いえ、そうじゃなくて……なんであさっての方向、向いてるんですか?

オーナー:え、向いてた?

ハル:はい、誰もいない方向むいて喋ってるから、どうしたんだろう?って心配になりました。

オーナー:あ、ご、ごめんなさいね。なんでもないのよ。

ハル:もしかして、緊張してます?

オーナー:え、ま、まさか、緊張とかしてないし! 私、オーナーだし! 面接とか慣れてるし!

ハル:(笑う)かわいいなぁ、オーナーさん。

オーナー:か、かわい……何言ってるのよ。

ハル:俺の目を見るのが緊張するなら、鼻とか口元とか見るといいですよ。

オーナー:……鼻、ああ、なんてきれいな鼻筋、口、ああ、なんてセクシーな唇……だめだ! ちょっとまって、眼鏡外すわ。

ハル:はあ、どうぞ。

オーナー:よし、これで良く見えない。えっとですね……しまった履歴書の字がよく見えない。性別の欄……女に〇ついているように見える……。

ハル:あ、それは間違いないです。

オーナー:え?

ハル:はい。

オーナー:え?

ハル:俺、女です。

オーナー:はぁ!? おお、おんな?

ハル:はい。俺、前は男装カフェで働いてたんで、今でもついメンズの服を着てしまうんですよね。髪も短い方が落ち着くし。

オーナー:いや、だって、私確か、応募資格に、18歳以上の男性、って書いたはず。

ハル:はい、わかってます。それはすみません。でも納得いかなくて。俺、女の子を楽しませる事には自信があります。どうしても、ここで働きたいんです。

オーナー:それはわからない、でもないけど……うう……でも。

ハル:ダメですか?

オーナー:ちょ、ちょっとそんなに近づいたら……わ、わかった、とりあえず、テストをしてみましょう。性別の件は、後で検討します。

ハル:本当ですか? ありがとうございます。俺、がんばります。

オーナー:(息を整える)じゃ、じゃあ朝の挨拶から始めますね。

ハル:はい。

オーナー:まず最初に「後輩風に」

ハル:おはようございます、先輩。

オーナー:「執事風に」

ハル:おはようございます、お嬢様。

オーナー:「オラオラ風に」

ハル:あ? うるせぇな。朝から話しかけんな。

オーナー:「関西人風に」

ハル:おはようさん、邪魔するで。

オーナー:「子犬男子風に」

ハル:おっはよー! え、なに? 元気ないじゃん! おはよーおはよーおはよ!!

オーナー:「王子様風に」

ハル:お目覚めだね、姫。おはようのキスは?

オーナー:……はぁ。

ハル:どうしました、オーナー。

オーナー:ああ、ハルくん、かっこいい……は! 私はなにを!

ハル:やっぱりダメでした?

オーナー:いや、そうじゃない、そうじゃないんだけど……(小声)どうしよう、かっこいい。女性なのにかっこいいとはこれいかに!? 困ったわ、適当に面接して、後で断るつもりだったのに……

ハル:あのー? なに壁に向かってぶつぶつ言ってるんですか?

オーナー:は! いや、なんでもないの! じゃあ、次は台詞審査ですね。この紙を読んでもらえるかしら?

ハル:これですね、はい。
「どうして素直になれないの? 僕の気持ちはわかってるだろう? そう、君が好きなんだ。ずっと君だけを見つめていたんだ。だからもう……逃げないで」

オーナー:いや、そんな、でも、ほら……私も、立場とかあるし。

ハル:オーナー?

オーナー:逃げるとかそういうのじゃなくて、でもやっぱり怖いっていうか……

ハル:オーナー?

オーナー:は! 私は何を!

ハル:大丈夫ですか?

オーナー:うん、なんでもないの! ちょっと新しい扉が開く音は聞こえたけど、ギリ踏みとどまったから大丈夫、うん、きっと大丈夫。
じゃあ、次はこの台詞お願いします。

ハル:これですね。ええと……オーナー提案があるんですが。

オーナー:なに?

ハル:この台詞って恋人がいると想定した一人芝居じゃないですか。でも、これって掛け合いにした方が雰囲気でると思うんですよね。

オーナー:つまり、相手役がいた方がいいってこと? え、そんなこと言ったって……

ハル:(意地悪く)オーナー?

オーナー:ハルくん……?

ハル:じゃ、お願いします。

オーナー:ちょっとまって? 私はやらないわよ?

ハル:どうしてですか?

オーナー:恥ずかしいから……じゃなくて! 私はオーナーであってキャストじゃないんだから!

ハル:オーナーなら面接にきたキャストの実力を試すために最善策を取りますよね?

オーナー:だだだ、だって!

ハル:というわけで行きますよ。

オーナー:ちょっと!!

ハル:「ただいま……ああ、疲れた」

オーナー:「おつかれさま」

ハル:「は、なにそれ。はい、やりなおし、もっと可愛く言って」

オーナー:「そ、そんな急に言われてもできないよ……」

ハル:「え、なんで? できる。 はい、やって。さんはい!」

オーナー:「無理だってば」

ハル:「……え、なんで? 俺にお疲れさまって思ってないの?」

オーナー:「そ、そういうわけじゃないよ」

ハル:「じゃできるよね、めちゃくちゃ可愛く「お疲れ様」って言って。はい、どうぞ」

オーナー:「おつかれさま」

ハル:※「うん、いい子だね」
(※の台詞を「ダメ、やりなおし」にして何度か繰り返してもよい)

オーナー:(息が荒い)な、なんで私がこんなことを……

ハル:かわいかったですよ、オーナー。

オーナー:面接しているの私なのよ! なんでハルくんが仕切ってるのよ!

ハル:オーナーが乗ったんじゃないですか。

オーナー:うう、もういい最後のセリフに行きます。はいこれ!

ハル:これですね。

オーナー:読めない漢字あったら聞いて。

ハル:これくらい余裕ですよ、じゃ行きますね。
「もう泣かないで、僕の哀れなドロシー
君の優しい言葉は、人を救うけれど、君を幸せにはしない
請われるままに詩(うた)を唄い、望まれるまま魔法をかけて
誰かのハッピーエンドを見つめる君を、人は魔女とさえ呼ぶかもしれない
君が目を開いて、微笑みかけてさえくれれば、僕の魔法は解けるのに
さあ、もう盾は捨ててしまって、剣で物語を切り裂こう
鏡は叩き割って願いは言わせない
王子様は醜い獣に変えてしまって
嘘をつく鼻は伸ばしてしまおう
お目覚めの時間だよ、魔女と呼ばれた哀れなドロシー
ほら、君はこんなにも美しい」


オーナー:「やめて
甘い言葉で私を籠絡しないで
私は泣いてなんていないわ
子守唄を唄いながら自分は眠ることが許されない夜も
掌(てのひら)を擦り合わせて暖を取る虚しい(むなしい)夜も
私はここでしか生きられないの
私は剣となる、盾となる
辻褄合わせばかりの運命でも、私は生きた証が欲しい
そうね、ガラスの靴に幸せを委ねるのは嫌だわ
林檎はアレルギーだから食べないし
長い髪よりもショートの方が私には似合っている
私は御伽噺のお姫様にはなれないけれど、何にだってなれる
どうか哀しい顔をしないで
最後の魔法は貴方のために使うから」

ハル:……?

オーナー:最後の魔法、それは……!

ハル:オーナー?

オーナー:は! しまった、つい!

ハル:どうしたんですか? 今度は壁に向かって熱く語ってましたけど。

オーナー:えっと、これはその! あの……なんでもないの、気にしないで! 今日の面接は以上になります、結果は追ってご連絡します。

ハル:わかりました。本日は面接してくださり、本当にありがとうございます。

オーナー:いえ……

ハル:性別の件、本当にごめんなさい。でも、俺、本気でここで働きたいです。

オーナー:そ、そう……(小声)礼儀正しい……どうしよう本当にイケメン。

ハル:そうだ、オーナー、これ……(紙を渡す)

オーナー:え、これってもしかして……いや、だめよ、受け取れないわ。私はオーナーだから、個人的なやりとりは……その。

ハル:今夜、このサイトで歌をライブ配信しますから良かったら来て下さい。

オーナー:そうよね! うん、そういうことだと思ってたわ、はははは。

ハル:二人っきりの方がいいですか?

オーナー:え?

ハル:なんでもないです。


【完】

イケボカフェの面接が困ったことになった話 (0:2)

≪スペシャルサンクス≫
台詞提供 ぽめちゃん

イケボカフェの面接が困ったことになった話 (0:2)

イケボカフェシリーズ イケボ女子版 上演時間 約10分

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-04-21

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND