戯れ言 21~25

戯れ言
 
2️⃣1️⃣ 性愛小説

 あの時、紫子は乱れた息を吐き、完熟した桃の香華を放散させて、豊満な身体をよじったのである。 
 盛夏のS市から会いに来る紫子を、駅に迎えた草吾が、性愛小説を書いたというと、読みたいと言う。家に帰り着くと、着替えもせずに、机に中腰になって、草吾がパソコンに書いた性愛小説を読み始めたのだ。間もなくすると、豊かな尻を紊乱に揺すり始めたのである。
隣で反応を観察していた草吾は、始めは、何が起きたのか、理解できなかった。尿意かと思って質すと、口が乾くと言う。
 「読んでいて、か?」紫子が頷いた。
 草吾が、思わず、「興奮したのか」「どうなのかしら?」「したくなっのか?」と、質すと、紫子が、素直に頷くのであった。草吾は驚愕した。
  
 草吾が確かめてやると、促すと、紫子は躊躇の片鱗も見せずに、真裸になり、前戯は既に終わったという風情で、ベットに横たわった。
文字に弄ばれて膨張した乳房に膨らんだ乳首を立てて、猥褻に数本の筋を刻む脂肪の腹で、複雑な息をしている。これでは、この裸体そのものが、あの性愛小説の読後の証拠品ではないか。 
 脱ぎ捨てられた衣服に混じった紫のパンティにも、証明の染みが生々しく刻印されていた。
 
 横臥した紫子の背中に草吾が張りついて、「どこで興奮したんだ?」と、思いもよらない、昼下がりの戯れ言の口火を切ると、「段段に、だわ」「参考になるんだ。具体の箇所を聞かせてくれないか?」「あの足の指を舐めるシーン…」と、女の声音が掠れた。「それで?」「ん?」「もっと?」「私が言うの?」「あのホテルに着いて。最初は、汗を流したら、外に食事に出る訳だったんだわ」「誰が?」「三陸の海岸に旅に出た、二人でしょ?」「どんな?」「私達がモデルなんでしょ?」「それは、もう、読んだんだろ?だったら、今は、それではつまらないだろ?」「だったら、私に、新しい作品を書かせたいの?」
 
 男が乳首を撫でて、答えを促すと、「だったら、男は六〇で」「女は?」「私くらいだわ」「どういう関係なんだ?」暫く、沈黙が続いて、庭にセミが来て、鳴き始めた。
  
 微塵も精神性を具備していない筈の肉の構造に指を入れると、あたかも女の意思の様な粘液が溢れていて、尻に垂れる。これこそが、女の自白に違いない。
 
 「女は戦争寡婦なんだわ」「だったら?」「そう。戦後も間もなくの頃の話よ。私達が小さい頃の。どう?」「俺の、あんな平凡な設定より、良いじゃないか?」「時代のせいじゃない?エログロの混沌だったんでしょ?それだけで、危険な香りがするわ」「それで?」「二人は近所なんだわ」「そうね。男は町内会長なんだわ」「男が、いつも、女を観察していて…」「どうして?」「だって。好みなんだもの」「何が?」「女の身体が、よ」「どんな?」「こんな…」「ん?」「私みたいな…。だから、あなたが、言って?」
 
 草吾が初めて体験する状況だった。草吾は女というものが、性愛小説に実際に反応するなどとは、思ってもいなかったのである。そんな情景を散々に書きながら、実に迂闊なのであった。だが、こうした性行は、この紫子に特異なものなのか、或いは、女一般の性の習いのそのものなのか、草吾には、未だ、認識は出来ない。
  
 「俺じゃない」「ん?」「だから?」「その男だろ?」「六〇の?」「どうして?」「本当は、それくらいの年がいいんだろ?」女は答えない。紫子には、かつて、そんな男があったのだった。
 
 「その男が、どうしたの?」と、紫子が逆襲する。「女を腕ずくでも口説こうと、腹を決めて。口実に、落とし物を持ってきたんだ」「どんな?」「何がいい?」「ありふれたものだわ?」「どうして?」「女の家に上がり込むんでしょ?その方が、疑われないでしょ?」「例えば?」「ただの巾着」「巾着?」「昔の。女の持ち物よ」「だったら?」「私のじゃ、ありません、って」「中を見てみろよ、だろ?」「そう。だから、女が中を確かめたら」「ん?」「天狗印の避妊具だわ」「ん?」「この前、出てきたでしょ?」
 まだまだ続くこの時の戯れ言は、限りがないので、以下は割愛する。
 
いずれにしても、草吾は筆力に望外の自信を得て、極めて私小説的な紫子に対する爛れた肉欲を、改めて認識した。
 そして、この女は、自分が初めて書いた、性愛小説の主人公に似ていると、茫洋と思ったのである。
 

2️⃣2️⃣ 電話

 草吾は、電話の戯れ言というのがある事は、知ってはいた。いわゆるテレフォンセックスだ。遠距離の紫子 との、毎朝の定時の電話が日課なのだし、夜は夜でするのだから、その誘惑にかられたのは、しばしばだった。だが、紫子は、いつも淡々として、そればかりか、朝などは出勤を控えているから、陰湿な空気なとは豪もなかったのである。だから、草吾は改めて提案する程の勇気もなく、折々に夢想しながら、無為に日々が過ぎていった。

 そして、その日は御門のあの崩御の朝だった。
 だが、いつもの如くに、紫子は電話に出て、二言、三言交わすと、様子が穏やかなのである。質すと、夢をみたという。

 暫くは躊躇ったり、口ごもっていた紫子だったが、ある気配を察した草吾が、慎重に探偵していくと、「あれが、あなたのいう、きっと、性夢だったんだわ」と、ついに告白した。「どんな、夢?」「酷く厭らしいんだもの」「だから?」「あなたが書く綺談?あれみたいな」「綺談も色々あるだろ?」「よく、書けるわね?」「例えば?」「あの戦争で。大陸に傀儡国を謀略した叙事詩?あったでしょ?」「『戦争と鯉子の革命』だろ?」「そう。あそこで?」「母子相姦を強いる場面?」「そう。あれに、形而下で感化されたのかしら?」「そんな性夢?」「そう」「言えよ?」紫子は黙して、吐息ばかりで応えるから、「したいのか?」と、草吾が思い切っても、「ん?」と、女は夢心地を装おっている風でもある。「だから?」と、なかなか、草吾は馴れない。紫子もそうなのだろうか。受話器の向こうの、そんな空気までが伝播してくるのである。
 だから、それにしてもと、草吾は、電話などというものは、如何にも不可思議な機械ではないか。などと、考えながら、「入れたいのか?」と、思いきってみた。「何を?」すると、その声音は、言いようもなく掠れて、明らかに、男を焦らしている雰囲気なのである。もう、あの営為を女は始めているのか。惑った男が、「俺のだよ」と、試してみた。だが、「あなたの?」と、錯綜する。

 さて、これ以降の、二人の電話の戯れ言を、敢えて叙述する必然性はあるのか、という迷いが古稀を過ぎた筆者には、当然にある。だが、草吾本人にとっては、これから繰り広げられた戯れ言こそが、紫子との性愛の核心であって、全てを露にするのは、或いは、陳腐に過ぎるかも知れないが、端緒の瞬間だけは、必ず、明らかにして欲しいと懇願したのだった。 と、ここで、この草吾と筆者の関わりを述べておこう。これから暫くして紫子と別れた草吾は、末期の癌である病院に半年ばかり入院して、呆気なく早世するのだが、筆者は同室で、最後の彼から、彼の生涯の叙事詩を聞き置いたのである。

 だから、この朝、即ち、御門崩御のこの朝こそ、草吾と紫子の二人の摩訶不可思議な性愛の、新しい幕が開いた瞬間で、新鮮な陶酔に包まれたのである。必ずや、紫子の情念も、たぎる情欲が完全に燃焼した如くに、満たされたに違いないと、草吾は言うのであった。

 「俺のを入れたいんだな?」と、覚悟を決めた草吾が絞り出すと、「あなたの?」「そう」「わからない」「わかるだろ?」「あなた?」「ん?」「もう、端的がいいわ」と、紫子も覚悟を決めたのだ。「端的?」「だったら?」「そうだわ」「金たまか?」「あなた?」紫子の声音が妖しく震えた。「ん?」「よく、わかったのね?」「ん?」「そうよ。それだわ」「何?」「だから?」「言えよ」「言うの?」「それが、こんな電話では大事なんだろ?」「テレフォンセックスでしょ?」草吾の背筋に、初めての快感が走った。「それをするんでしょ?」


2️⃣3️⃣ 守銭奴

 恋が結ばれ、愛が破綻する。男女の、或いは人生の習いなのか。
 とりわけて、情愛や性愛が湧くのに理屈などがあるのだろうか。一目惚れの如くの現象は、如何程に解明されて理論づけられているのだろう。
 それに比べると、恋の破綻や、愛の不成就などは解明が論理的ではないか。などと、草吾などの乏しい体験から導いた感想に過ぎないのであるから、凡なる者には男女の機微の如くは、図るべくもないのである。

 だが、アガペーでもエロスでも壊れる時は壊れるのである。こればかりは単純な真実だ。 

 草吾と紫子の関わりは性愛、即ち、エロスであると草吾は認識して、アガペーに浄化したいと模索していたのであったが、それこそが陳腐な営為であったのか。
 やがて、草吾が紫子との破局をまざまざと予感したのは、ある夏の朝だった。紫子は出勤したばかりで、草吾は、混雑した思惟を整理するためだけに、ウィスキーを飲み始めた。

 さて、今朝こそは紫子との関係の哲学の全てを探索して、或いは、結論を得なければならないのではないか。何故か、草吾はそんな命題を立てたのである。不意な現象ではあったが、この絶望に至るには、長く膨大な堆積があったのである。

 二人はニ〇年前に知り合い、半月ばかりの危険で爛れた、だが、反比例するに余りある爛熟して甘美な秘密も共有したが、紫子の決意で破綻した。だが、一〇年後に、草吾が再会の提案をすると、紫子は、意外に安易に応じたのである。
 それから、一〇年の歳月だった。遠距離だったが、紫子の転勤が決まって、二人は草吾の家に同棲したのであった。半年前のことだ。

 それでも、同じベッドで同衾する二人は、昨夜も、変わらずに抱擁したのである。そして、日頃よりも、紫子は知らず、草吾は自身の情欲に呆れた。残り火の最後のたぎりとばかりに紫子の肉体を欲っしたのだ。

 紫子の身体に、まさに、その肉に草吾は微塵の不足もなかった。知り合って二〇年にもなるのだから、紫子の身体は、ますます爛熟して、最近の夜などは、淫靡の極みかと感じる程に崩壊するのだったが、それすらが自らの鍛錬の成果などと自負して、草吾は満足だったのだ。

 だが、紫子の肉体に潜んでいる、その中身は変えて欲しかった。紫子の質や性向には殆ど不満はなかったが、ただの一点の欠損は金銭感覚であった。それは紫子の場合は、欠損というよりは、飛び抜けていて、有り体に言えば、守銭奴の類いにしか、草吾には感受出来なかったのである。こればかりは改めて欲しい、そうでなければ、このままで生活は出来ないと、最早 確信的に草吾は思った。だが、紫子とこの争点で真摯に話し合い機会を、むしろ、草吾は避けていた。この点で何編かの紫子との確執があったから、この解決は草吾には難儀すぎたのだった。すると、この朝の結語は紫子との離別しかないと思われた。

 だが、と、再び、草吾は紫子との性愛の利点も挙げてもみるのである。二〇年目にして手に入れた、紫子との夜毎の閨房こそが甘美ではないか。
 いや、淫靡なのだ。放埒の極限の瞬間、あれは谷崎潤一郎の世界なのだろう。俺も五〇だ。もう、そんな感性が共有できる歳なのか。と、庭に視線を巡らした。

 すると、紫子が現れて、「本当に私と別れていいの?」「同居が失敗したんだから、別居すればいいだけだと思うわ」「私の心底は、最初から、別居だったのよ」「だったら、何故、言わなかったんだ?」「だって、あなたが、同居が既定の様に、主張したんじゃなかったのかしら?」「俺の過誤だったのか?」「諾諾だった、私だって罪だわ」「だったら?」「別居しましょ?」「結婚をする気はないんだな」と、だが、この一言が、従来から、草吾は言えないのであった。それは、紫子が、何事につけ、再婚を忌避する片言を重ねていたからである。だが、いったい、この女をどれ程に抱いただろう。それでも、本心が通じないのか。肉欲や性愛の如きは、如何に厄介なものか。
 やはり、今朝の草吾の問答も、仕舞いには、堂々巡りに陥って、草吾は朝からの酔いに心根を漂流させてしまうのであった。


2️⃣4️⃣ 紫子の変貌

 ある夜半の閨房で、紫子の身体、と、いうより肉の深奥が変貌したのである。草吾は驚愕して、「変わった」と、囁くと、「何が?」と、朦朧として法悦に漂う紫子が囁き返した。「これ?」と、隆起に力を込めると、「何?」再び、覚束ないのである。さらに、草吾が自身の意思を隆起に微動させて、「これ?」と、伝えると、「わかるわ」と、声音さえ甘い。「動いたろ?」「わかったわ」「すると、呼応して締めつけるんだ」「何が?」「これ?」「だから、わかってる、って」「お前のが?」「私の?」「締めつけるんだ」「前にも、言ったでしょ?」「あれ時とは全然、変わった」「変わった?」「あの時は、互いに意識して。遊戯だったろ?」「今は?」「意識がないんだろ?」女は頷くばかりだ。「根源が変わってしまったんだ」

 これから先の叙述に進む前に、さて、読者諸兄は、筆者が閨房のこうした戯れ言を実写する営為に、いかばかりの違和を感じるだろうか。で、あるなら、その所以は何なのか。虚構の露骨な描写だからか。或いは、事実であっても、禁忌の暴露だらか。又は、何れにしても、露悪過ぎて趣向に合わないからか。まあ、小説などは読み手の感受や思考に限らず、その時々の気分ですら千変万化するだろうから、拙文などはそんな世情の評価を得ようなどという野心は豪もなく、端から公表などは考えていないのであった。だから、表現の今日の状況的な限界などは微塵も考慮せずに、自由気ままに創作してきたのだ。
 だが、いざ公表となると、如何に愚鈍な筆者といえども、躊躇いが生じるのである。この埋もれていた自我の発見には、筆者自身が些か驚いたものだ。
 
 では、本編は事実ではないのか。草吾の虚偽の陳述なのか。筆者の虚構なのか。
 読者諸兄が、、仮にそうした疑念に襲撃されても、一向に構わないが、拙文を遥かに勝る、出来損ないの私小説紛いの告白や、淫靡なアダルトビデオが巷に溢れている世情を、諸兄は如何に弁明するのか。
 筆者なども、ある側面では、こうした媒体に示唆や刺激を受けて、創作しているに違いないのである。

 では、仮に事実だとして、ここに記して、あまつさえ、公開する事に何らかの意味や価値があるのか。さて、そこが難儀なのである。凡にして愚の極みなる著者如きには、未だに判然とさえしない。だから、とりあえずは、意の赴くままに筆を走らす以外に処世はないのだろう。

 さて、閨房のこの情景の如くに、ある時期の草吾は、紫子の身体や姿態に無闇に執着して、耽溺したのであった。紫子の耳朶に、お前が趣味だと、幾度戯れたことか。
 しかし、全くの耽溺ばかりの気分でいたわけではない。紫子性との愛に愉楽する自身を、冷ややかに観察する自身も又、草吾の脳裏には存在していた。端的に言うなら、草吾は紫子との因縁をまさしく性愛と自覚しながら、身体以上の心の靭帯の発足を、そればかりを希求したのである。だから、草吾はエロスとアガペーの措定を真実に願ったのであった。

 だが、それにも拘わらず、紫子は閨房の変貌ばかりが進化するのであった。そして、それは陰湿な風景に咲く食虫の花の如くに、肉を捉える都度に、ますます淫靡に、悠揚と咲き誇るのであった。
 
 だから、紫子が変貌したのは、草吾が回想した如くに、膣の構造ばかりではなかった。
 念願だった同居の、時間の制限のない閨房は、草吾ばかりではない、紫子をも驚くばかりに変貌させたのである。
 いよいよ大胆に口を尽くす戯れ言の数々。未知なる体位や姿態の挑戦から生まれでる新しい淫乱の発見。或いは、喘ぎ。口にしてはならない禁忌の単語の解放。数え上げれば無尽蔵なほどに、安堵に満たされた閨房は、快楽の悪魔の巣窟なのであった。


2️⃣5️⃣ 不全

 草吾は性に関しては寧ろ愚鈍であったが、と、この表現には解説が要る。
 性は禁忌だから、人と比べるのが難儀はもとより、一般の現象などは草吾の如きには知りようもないから、個人の体験を語らざるをえないのだが、ある時期までは、自身ではいっぱしに早熟だと思い込んでいたのである。
 中学辺りでは古今の小説を読み漁っていたが、谷崎潤一郎なども読破していた。大江健三郎やノーマン・メイラーの独特な性の叙述を、独自の解釈で論理立てたりもしていたのである。
 ところが、成人してもかなりの後になって、性の具体など、即ち、性行為などの知識は、絶無に近かった事実を、草吾は思い知ったのだった。

 この現実を端的に解析するには、草吾の個人的な体験を物語るのが端的だろう。

 草吾の幼少期の性体験は、『儚』の連作の所々に、様々に様式を変えて挿入されてあるから、ここでは割愛するが、さて、成人紛いの初めての体験は、ここに書き起こさなければならないだろう。
 
 草吾が高校二年の、夏休み明けの晩夏のある日、昼頃に帰宅していた。すると、隣家を草吾に似た年配の女が訪ねて、小一時間もすると玄関を出てきた。咄嗟に声をかけると、女が立ち止まったのである。女は隣接する集落の美容師で二一だった。そのまま、二人は里山を散策したが、途中で大蛇に出会って、それが契機だったのか、二人は抱擁した。
 そそくさと家に帰りつくと、抱擁の続きをして、直に女の衣服を剥いだ。或いは、女が自身で脱ぎ払ったのか、確たる記憶はない。すると、現れたのは初めて見る現実の乳房で、それなりに豊かだったが、片方の乳首に一本の、しかも長い毛が生えていたのである。これには、初めて成人の女の裸体に見えた、いかな不可知の草吾も仰天した。こんなことは常にはあり得べからざる事に違いないと、思った。そのせいだと、今にしても思い込んでいるが、草吾は勃起しなかったのである。
 女も体験が乏しかったのか、そんな男を見限ったのか、特段の技は凝らさなかった。こうして、草吾の初めての体験は、見るも無惨な屈辱だったのである。

 一年後の高校三年の夏休みに、草吾は、「大滝」で泳いでいた、と、いうより、一〇メートルもある滝壺に飛び込んでいたのだが、そのすぐ脇に建つ堂で、ある女と出会った。
 人待ち気な同年輩の女と暫く話す内に、何故だか抱擁していた。
 女は近所の出だが、首都の病院に勤務する看護婦で、盆で帰省していて、歳は草吾より三つ上だと言った。ある男を待っていたが、振られたみたいだとも呟いた。
 女が草吾の股間に妖しく股間擦り付ける。そんな経験も初めてだったから、驚くばかりだった。そして、女が誘うのにも拘わらず、再び、草吾は不全だった。その後も、連続して二日会ったが、ついに成就できなかったのである。
 高校に在学中は、その他にも数名の女と抱擁したが、悉く、不全だった。

 さて、筆者でも実に同情せざるを得ない、もう一つの不全の事件も、折角だから告白しておこう。
 草吾の初恋の人は典子といったが、もう一人、心を通わしたと錯覚した同級生がいた。和枝といった。
 典子と同じ様に、やはり、それまで何かを話した覚えはなかったが、中学の卒業式の後に誘ったらついてきた。駅の近くの工場の塀の死角で抱こうとしたら拒まれて、それだけの事だった。
 高校二年の夏に和枝から手紙が来たから、少し離れた町をバスで訪ねた。母親の再婚で転居して姓も変わっていたのだ。
 その家は農家で、畳をあげた板敷きの部屋に通すと、和枝は、ろくな話もせずに、「みんな、あげる」と、言った。だが、抱擁してキスはしたが、やはり、不全だったのである。

 それでは、草吾が童貞を脱却したのは何時だったのか。
 大学受験をしくじった草吾は、北の国の雄都で予備校に通った。その夏に近所のスーパーで巡りあった、デザイン学校の同い年の和子という女が、その相手だった。
 では、何故成就できたのか。場所が草吾のアパートで、時間の制約がなかったからではないかと、草吾は結論付けた。だから、以後は、慌ただしい情事は敬遠したし、幾度かはあったが、やはり、不全だったのである。

(続く)

戯れ言 21~25

戯れ言 21~25

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-04-21

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