一夜逃避

 かさぶたをはがして、血。にじむ。まだ、癒えてない傷を、たいせつに、育ててるみたいだから、かさぶたはきらい。だれかの罵声。しらない街の、しらないお店から、しらないだれかの、攻撃的な声。赤ちゃんの泣き声も、どこかの家から、微かに聞こえてくる。怒って、泣いて、そして、笑っているひとがいる。おなじ空の下、おなじ時間の、おなじ街には、いろんなひとがいて、それから、なんだかちょっと憂鬱な気持ちの、わたしがいて。共有する夜。分かち合う朝。幸福と不幸、よろこびとかなしみは、ちょうどいいぐあいに分配されていると思う、偏らないように。そういうのって、神さまのさじ加減? 万物の理論? スマートフォンの壁紙にした、外国の、きれいな海の写真をみつめる。ここが、どこかもわからないで、電車を降りて、することもなくて、したいこともなくて、ただ徘徊して、おいしそうなにおいがしても、あまりお腹が空いていなくて、じぶんがつかれているのかもわからないまま歩きつづけて、にんげんのなまなましい感情に触れながら、わたし、しらない街にいる。

一夜逃避

一夜逃避

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-04-13

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