戻らなくていい

10年後のわたしへ          
                        4年3組 たかせ あすか
こんにちは、10年後のわたし。元気でやっていますか?
とつぜん、こんな手紙を読んで、とてもおどろいているんじゃないですか?10年もたったら、わすれっぽいわたしのことだから、どうしてこんな手紙を書いたのか、なんて、どうせおぼえていないでしょう。
今日は、じゅぎょうで10年後の自分に手紙を書いてみましょう、ということをやっているんです。
今のわたしは10才だから、10年後のわたしは20才ですね。もう、りっぱな大人ですね。
もうおさけは飲みましたか?車は運転できますか?虫歯は、ふえていないといいな。歯医者さんに行くのはいやだから。それとも、10年もたてば、歯医者さんくらいへのかっぱなんでしょうか。
10年もたてば、もう中学校もそつぎょうしてるんですね。英語は、しゃべれるようになりましたか?
高校も、そつぎょうしてますよね。かれしはできましたか?いっしょに帰ってくれるこい人がいてくれるといいな。
10年後のわたしも、どうせわすれっぽいんだろうけど、おぼえていてほしいことが、一つあります。
それは、わたしの夢です。
わたしは、しょうらいは人の役にたてる仕事につきたいです。
わたしのした仕事で、みんながえがおになってくれる。これって、すてきなことだと思いませんか?
まだ何をやったらいいのか、よくわからないけど、10年後のわたしなら、きっと知っているはずです。それが今のわたしには、とてもうらやましいです。
明日のわたしがどうなるのか、10日後のわたしはどうなるのか、それから先のみらい、なんてわたしにはわかりません。10年後のわたしなら、ぜんぶ知っているんでしょう?
わたしがいつ泣いて、いつおこって、いつわらって、そしてどこに行くのか、わたしはぜんぶ知っているんでしょう?
わたしは、なんにも知りません。
明日、ころんで足をすりむくかもしれない。あさって、かぜをひくかもしれない。1週間後、うちにどろぼうが入って、なにもかも持っていかれてしまうかもしれない。でも、なんにも知らないんです。知らないから、こうして大人しく席について手紙を書いているんです。
この手紙を読んでいる、10年後のわたしは、さぞかしおかしいでしょう。わらっているかもしれませんね。
あなたが知っている何もかもを、わたしは何も知らないんだから。
それとも、泣いているんでしょうか。わたしがなんにも知らずに、こうしてのんきに手紙を書いていることを、悲しく思っているんでしょうか。
すぐ先のみらいで、わたしにひどいことがあって、そのせいで10年後のわたしは泣いているのかもしれないですね。でも、何度も言いますが、わたしはなんにも、知らないんです。
だから、今のうちに書いておきます。
わたしはこれから、10年かけて10年後のわたしになります。
そのとちゅうで、泣くこともあると思います。けっかんがきれるほどおこることもあるかもしれません。
でも、それはかこのわたしのせいではないし、いつだってそのときのわたしのせいなのです。
だから、あんまり昔のことをふりかえってくよくよするのはやめてください。
そのときのわたしができることを、せいいっぱいやってください。
今、なんてすぐにかこのことになってしまいますが、それでもいつだってそのときが「今」なんです。
あなたにとっての、10年前のわたしから言えることは、これくらいです。
それじゃ、10年後にまた会いましょう。
この手紙を読んで、へんなかおをしているわたしが、目にうかびます。


            ○


「何これ?」私は、誰も答えてくれる人がいないのを承知でつぶやいた。
傍には、さっき乱暴に開封してばかりの封筒が転がっている。
差出人は、昔通っていた小学校だ。手紙と併せて考えると、律義に10年間保管した後に、わざわざ卒業生に送ってくれたようだ。
封筒の中には、昔の私が書いた手紙の他にもう一枚入っていた。
『10年前の自分の手紙は、どうでしたか?初心を忘れずに、これからの生活に活かしてください』と、書いてある。
たぶん、担任の先生が書き添えてくれたんだろう。
私は、買ったもののまったく使っていないレターセットを出してきて、そのへんに転がっていた鉛筆で書き始める。
今の私がしなくてはならないこと、それは、やっぱり10年前の私に手紙を書くことだろう。

             ○

10年前の私へ

ついさっき、10年前の私から手紙が届いたので、こうして返事を書いている所存です。
正直、驚きました。書いたってことすら忘れていたから。
とりあえず、手紙をありがとう、と言っておきます。
質問には順番に答えていきますね。
お酒は、けっこう飲む機会があります。今は大学生だから。
車の運転も、一応できるけど、ただのペーパードライバーです。がっかりした?
虫歯は、少しだけ増えました。気をつけてるつもりなんだけどな。
中学校はちゃんと卒業したけど、英語はほとんどしゃべれません。ハローとか、サンキューとかは言えるけど、そんなの、10年前の私だって言えたもんね。
高校も卒業したけど、彼氏、とうとうできなかったなぁ。でもね、一緒に帰ってくれる、素敵な友だちはできたよ。だから、別に期待はずれってわけじゃありません。高校生になるの、楽しみにしててよ。

それから、将来の夢だったね。
もちろん覚えてるよ。自分の名前を忘れられないのと同じ。私の一部として、今もあります。
でもね、がっかりしないで聞いてほしい。
あなたが思っているほど、私は進歩していません。
もちろん、10年前の私よりできることは増えました。小難しい英単語だっていくつも覚えたし、ジュースみたいな感覚でお酒を飲むようにはなりました。
でも、未だに外国人と話せるわけじゃないし、虫歯になれば歯医者さんにいくのは怖いです。
そう、たいして変わらないんです。
目標はあるけど、それに向かって着実に進歩できているかというと、今でも首をひねってしまうんです。むしろ、あなたよりも、今の私の方が、もっと目標から遠のいたように感じることばかりです。
私の方が10年年をとったぶん、あなたより10年タイムリミットに近付きました。
私の方が10年分の経験を積んだぶん、あなたより10年ぶんの疑問が増えました。
将来の夢。すてきな響きです。でも、今の私には、いつがその「将来」なのかわかりづらくなってしまいました。
あなたは、時間がたてば何もかも、それなりに変わっていくと思っているでしょう。でも、そんなのは気のせいです。実際には、たいして変わらない。
外見が変わっても、身近にいる人が変わっても、それで私が変わるわけではありません。
10年前の私がわからないことは今の私にだってわからないし、おそらくさらに10年たっても、それは変わらないでしょう。
私は、あなたの10年先の未来はひととおりわかります。
でも、そんな私だって、明日のことはわからないんです。当然ですね。私は、超能力者じゃないんだから。10年前の私がそうだったように。

人の役に立てる仕事がしたいって、言ってたよね?
でも、考えてもみてください。人の役に立たない仕事って、いったいどれくらいあるんでしょう?
お医者さんのように、直接人の命にかかわる仕事でなければ、人の役に立っていることにはならないんでしょうか?
ノーベル賞をとらなくては、世界から必要とされなくなってしまうんでしょうか?
そう考え始めると、私はいったい何をしていいかわからなくなってしまうんですよね。言いたいこと、わかります?
10年前の私の方が、もっと率直に目標を持っていたと思うと、なんだか悔しい気がします。

何度も言いますが、今の私とあなたとの違いなんて、あんまりありません。
学校に通ったぶん、使える漢字は増えました。
挫折を味わったぶん、物事に臆病になったかもしれません。
人に頭を下げたぶん、我慢が利くようにもなりました。
でも、それだけです。
私は高瀬明日香のままだし、これから10年たって、もしも名字が変わっても、それで私が変わるわけじゃありません。
だから、むやみやたらと未来に期待するのはやめましょう。
あなたが言ったとおり、それがどんなに短い時間でも、私たちはいつでも「今」にいるのです。
ずっと先のことのように思えても、いつかそれは「今」になってしまうのです。
私ができることは、未来についてあれこれ考えることではありません。
今できることをやる。これだけなんです。
10年たっても、20年たっても、たぶん死ぬまで、この事実は変わらない。
こうして書いてみると、10年前の私と、言ってることが変わりませんね。進歩ないなぁ。
もっとかっこいいこと書ければよかったんだけど。あなたが知らないことをつらつら書けるほど、大人になってればよかったんだけど。


ときどき、昔はよかったな、と思うことがあります。
子どもでいるということは楽だな、責任ないし、と。
でも、こうして10年前の私からの手紙を読んでいると、そうとは言い切れなくなりました。
たとえ10年後の私が、「昔の私はよかったなぁ、気楽で」と言うことがあったとしても、今の私はそうは思いません。
今は今で思うことがたくさんあるし、悩んだり、ため息をつきながら生きています。
でも、笑うことだってあるし、言いつくせない喜びを感じることも、たしかにあるんです。
だから、今、このときが気に入っています。


最後に。手紙、ありがとう。
あなたのこれからの10年間、いろいろあります。楽しいことばかりじゃないです。覚悟しておいてね。
一人で涙を流したときだってあったし、胸が痛くて呻くこともありました。
人が憎くて仕方ないこともあったし、逆に申し訳なくて消えてしまいたいと思う日もありました。
でも、それなしに、今の私はありません。
10年かけて、いろんな痛みを知ってください。
知って、それでも「今」が好きだと言える私でありますように。

戻らなくていい

ここまで読んでくださってありがとうございました。感想いただけると嬉しいです。

戻らなくていい

小さい頃、大きくなった自分を想像したことはないでしょうか?そして今、その差に苦笑いしたくなることはないでしょうか?10年前の自分が、今の自分に宛てた手紙のお話です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-04-13

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