神奈の恋心

いけない恋をしてしまったのは、頭痛がするほど、痛いほどわかっていた。それが彼と彼の奥さんの仲を引き裂いてしまうことも。
でも、もう遅いんだ。
一日中頭から離れなくて、初めて猛烈に人を好きになった心臓が枯れそうなくらい血液を沸騰させている。夜になれば衝動は抑えきれなくなる。月が見えない日は夜空に彼を描いてもの思いに耽る。
「こんな自分にため息を吐いているのでしょう。」
陳腐な人生で今、激しく恋慕に悶えているこんな自分が可笑しくて、又ひどく感動している。
だから夢中で生きていける。
何も考えずに、オーバードーズに頼らずに、過食嘔吐に縋らずに。太陽のしたで堂々と歩いていく勇気を持てたのも、すべて彼のお陰なんだから。でもなぜ寂しいの。
一人用の部屋、好きなものばかりだけど、中身は空っぽの虚しい空間に、いつまで閉じ込められて生きるのだろう。これは比喩。もちろん、お仕事や用事で出かけることもあるから、閉じ込めるという言い方は大袈裟だけど。
今の心象風景を表すのなら、箱庭。好きなミニチュアを置いて、飾り立てる。誰も入っていないけどね。
私自身が誰も入れさせないの。もしも、一人だけ入れるのなら彼以外いない。
箱庭の玩具のなかで、一番可愛い娘はきっと私。そして一番かっこいいのは彼ね。二人の間の丸テーブルの上には、良い香りのコーヒーを入れておく。カップはきっと一つだけ。
二人で飲みましょう、そうしましょう。
天井にはシャンデリアを吊るし、あっという間に二人の上に落としてあげる。ほら、がたがた揺らすから死ぬときは一緒だよ。
目を開けられないくらい光り輝く美しい一つの空間の中で、ガラスの破片の下敷きになって息絶えていく私たち。きらきらと輝く破片はまるでダイヤのように、死装束を彩る。
「夢の中で会おうね。」
そんな言葉を死に際に聞いて、私は静かに目を閉じるんだ。
想像するだけで心が弾む。得も言われぬ高揚感に瞬きを忘れる。ついでに呼吸も止まったような気がした。一瞬、水のなかへ落ちたみたいな。
水中で私は、息を止めたまま赤子のように背を丸めていた。彼の姿も、自分の四肢さえ見当たらない。手足が四つ切り落とされたようだった。でも、痛みは全く感じない。

怖さは感じないし、どこか懐かしい気分にもなるのはなぜだろう。今全く動けないし喋れないのに、何も怖くない。どこにもいけないことに安堵しているの。ねえこのままずっと、守られたいよ。

神奈の恋心

神奈の恋心

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-03-12

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