眩しい灰色の空

「わすれることって、美しいんだよ」

これはどちらの台詞だったろう

あなたの笑顔が 思いだせなくなっていく

笑顔どころか あなたの顔には穴が空いていて

地面に影は無くて 声は虚しいくらいに平坦で

もうずっと わたしの方を向いてくれない

名前を呼んでも返事は無いのに

わたしの名前は記憶にあるようで

時おり呟いたりしている けれど

隣にいるのがその人物であることには

どうやら気づいていない

笑っていた記憶はあるのに

肝心の笑顔が思いだせない

泣いていた記憶はあるのに

泣いている顔が思いだせない

なぜ笑っていたのかも 泣いていたのかも

隣にいたのかも思いだせない

雲を掴むような話しかできなくなって

無理をして笑うことが増えたような気がする

罰を受けているのに 誰も罪を教えてくれない

わたしは わたしが苦しんだ分だけあなたに

認めてもらえるのだと ずっと勘違いしていた

認められることと救われることの順序がわからなかった

無自覚に傷つけてしまうことが罪だとしたら

無駄に傷ついてしまうことがわたしの罰だろう

ありもしない未来に縋りついていないと

生きていられないくらい惨めになって

惨めになればなった分だけ

救済との距離が縮まった錯覚を起こして

自分で自分を傷つけるのがやめられなくなって

傷が勲章に見える錯覚から醒めて初めて

わたしは何も取り戻せないことを悟った

後悔するにはすべてが遅すぎて

諦めるにはあまりにも未熟すぎた

過去はいくらだって変えられた

でもわたしの思うかたちにはならなかった

傷つくのに慣れてしまった頃には

不幸にも幸福にもなれなくなっていた

他人を不幸とも幸福とも思わなくなっていた

それはすべてが泡になってしまうから

海底で名前を呼び合い

肩を並べて歩いていた事実だけがあった

本当に欲しいものは 過去の中にしかなかった

ありもしない未来が 本当にあった過去に敵うはずが無かった

どこを向いても灰色だった 眩しいくらいの灰色だった

わたしにはかつて夢があった

夢みたいな現実があった

眩しい灰色の空

眩しい灰色の空

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-03-11

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