生放送中のできごと

 生放送中――俺は雛壇の中ほどでボケとツッコミが飛び交うさまをただ眺めている。さっきから相方のちょー介が「お前も早くからんでこいよ」という目で訴えてくるし、その上どういうわけかオカマキャラで人気急上昇中のタレントが俺の太ももをしつこくつねってくる。カンペには「番組終了が迫っているのでこの辺で締めくくってほしい」というような指示が出ているが、しかし司会者と雛壇芸人の応酬はなかなかおさまりそうにない。うけているからだ、客席の笑いが尽きることなくビッグウエーブとなってスタジオ全体を発酵させているからだ。このような現象は滅多に起こらない。芸人たちの目がやけにぎらついている。たぶん、この場にいる人間で狂っていないのは俺と、俺の太ももをつねりつづけるオカマタレントだけだ。このオカマタレントはいったい何を考えているのだろう。いつか収録中に俺が「同性でも気が合えば全然つきあえますよー」と言ったとき、このオカマタレントから「じゃああたしでもオーケーってことですかあ?」などと訊かれたことがあったが、もしかするとあの質問はうけ狙いではなかったのかもしれない。というか今はそんなことなどどうでもいいのだ。芸人である俺がやらなければならないことは、目の前で狂喜乱舞する輪の中に入り自分がいかにおもしろくて自分がいかに存在感があるかという、その一点なのだ。このままでは「不要」の烙印を押され業界から干されてしまう。だが、どうすれば今から飛び入り参加できるのだろう、笑いのウエーブをさらに膨張させられるのだろう。俺は、まったく、おいてけぼりをくらっているのだ。ここで無理に飛び込んでしまえば場の空気がおかしくなって笑いがやむかもしれない。それだけはだめだ。生放送でそんな事態になれば芸能界から干される以上の悪夢が待ち受けているだろう。ああ、どうすれば……、俺の芸風はどんなのだったか、俺に一発ギャグなどあったっけ? ちょー介とコンビ組んで今年で十三年目になるが、俺は、いったいどのような方法で笑いをとってきたのだろう? まったくわからない。忘れてしまった。ああ、残り数秒で番組が終わってしまう。
 いてっ……つねるんじゃねえよ! 思わず怒鳴り声を上げた瞬間、オカマタレントが俺の唇に吸いついてきた。笑いが静まった。何もかも終わった。俺は、オカマタレントの熱烈かつ濃厚なディープキスをくらいながら、観客席の一角で俺たち同様に熱烈かつ濃厚なディープキスを交わす、恋人と親父を、発見した。

生放送中のできごと

生放送中のできごと

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-24

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