理科室見聞録

 理科室の空気、ときどき、想い出している。
 
 あの頃、ぼくは、まだ、こどもで、無邪気で、残酷で、慮るなんてことを知らない、じつにこどもらしい、型にはまったようなこどもだった。ので、理科室、という場所は、純粋に、気味が悪かった。たとえば、人体模型、骨格標本、などというものは、真夜中の学校で、うごきまわっていると信じていたし、準備室のホルマリン漬けには、にんげんの臓器や肉片がまざっているといううわさにも、おびえていた。反面、レプリカの化石や、隕石、ほこりをかぶった蝶の標本箱なんかは、すこしだけ魅力を感じていたけれども、理科の先生がこどもをさらって食べる、という内容の怖い本を読んでからは、理科室に一歩足を踏み入れることすらも恐怖で、いつもじとりと汗をかきながら、むだにどきどきしていた。白衣を着た、病的に青白い肌の、薄ら笑いを浮かべてこどもをみている理科の先生なんて、ぼくの学校にはいなかったのだけれど。
 ともあれ、いまはもう、理科室に対しての恐怖や嫌悪はなく、高校では、生物室、化学室と分かれて、生物を選択したぼくは、生物の授業となれば、人体模型と、骨格標本が住まう生物室に行って、動物の生態や、人体の不思議、細胞、遺伝、などを学んでいる、わけで。でも、やはり一様に、理科室、生物室、という場所は、学校内の、他の教室と比べれば、気温が、マイナス二度、三度ほど、低いような気がしている。
 つめたい。
 黒い、ざらりとしたテーブルも。備品も。人体模型のからだも。
 それから、常に、生きものの気配がしている。
 だれもいなくても。なにかが、ひそんでいる。息を殺して、いる、ことが、ぼくは、でも、なんだか怖いのに、妙に安心する。目には見えない、五感に訴えかけてくるものが、ある。怖いのだけれど、それは、見えない怖さとか、未知のものへの怖さではなく、こころとからだが、その場の雰囲気に馴染んでいること、ふしぎとバイオリズムみたいなものが合っているような、そういう感覚。

 きっと、みんな、大昔は、海のなかで一緒に暮らしていたからだって言ったら、先生に、おまえはかわいいなって爆笑された。

理科室見聞録

理科室見聞録

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-02-23

CC BY-NC-ND
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