ぬくもり

 白日の頃、かげ、さらされた赤いポストに、同情めいたなにかを、抱く。しんじつに、うそをぬりたくれば、それは、うそになる。なにもかも捨てて、どこかの森の魔女は、つめたいレモネードのレシピだけを、こぐまにたくした。公園には、こどもたちのすがたが、いつのまに、こんなに少なくなってしまったのだろう、無邪気ないきものたち。宇宙からの通信は、街でいちばん高い建物、テレビ塔の、てっぺんで、昼間でもささやかに受信しているときいて、ぼくは、べつに感じない、ロマンなど。休憩を売りにしている、ホテルの外壁に、せみがとまっていた夏は過ぎ、冬の、皮膚細胞を刺激する、マイナス温度の夜明けにみた、しらない恋人同士。手をつないで、ホテルをあとにする後ろ姿を、しばらくみつめていた、意味、は、なんとなく、いいなぁと思ったから。恋人が、いますぐほしいわけではないけれど、いっしょに夜を越えて、朝を迎えられる誰かを、ぼくは無意識に、もとめている。
 さむいからと、ホットココアを、こぐまにあたえる、きみが、こぐまの、幼稚園みたいな黄色いショルダーバッグに丸めて刺してあった、レモネードのレシピを、まじまじとながめて、これは夏につくろうね、と微笑む。こぐまは、こくりとちいさくうなずき、マグカップにくちをつける。ぼくは、ふたりのやりとりをみているあいだ、ちょっとだけ眠かった。夏は、まだ、さきである。冬がおわり、春がおわって、ようやく夏がくる。夜空から落ちてくる星屑の量は、冬がいちばん多く、ていねいに拾い集めなくてはいけない。春には森に、野原に、さまざまな種類の、色鮮やかな花が咲いて、そして、枯れてゆく。夏のはじまる前には、春の花は、葬らなくてはいけない。季節の変わり目とは、なにかと多忙なものだ。
 ぼくは、夜を越えて、朝を迎える、誰かの役を、きみだったらいいのに、とは想わないようにしている。きみには、その誰かが、ちゃんといて、ぼくは、でも、それを失恋とは、みとめたくなかった。こぐまは、ココアを飲んで、ふわりと笑って、ふかふかの手で、テーブルをなでる。おいしい。きっと、そう言っているはず。

ぬくもり

ぬくもり

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-11

CC BY-NC-ND
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