千葉の雨、長野

 薄暗いカーテンの向こう、ばたばたと窓に雨音の当たる音がする。うるさい。静かなところに行きたい。
「長野に行きたい」
 あたしは呟いた。呟いたらそう行きたくもなくなるのかと思ったから呟いた。でもBluetoothのスピーカーで流している『水の戯れ』の最低音に紛れただけで、どうってことなかった。あたしは寝返りを打って、暑すぎる掛け布団を蹴った。
 長野に行ったらあたしも『水の戯れ』みたくなれる気がした。
 へへ。
 長野のね、山奥のね、静かでね、車じゃないと行けないようなところでね、別荘がいっぱい並ぶようなとこじゃないんだけど、小雨が似合う建物が一軒あって、そこで暮らすの。その建物には部屋が二つあれば十分だと思うんだけどね、でもやっぱりピアノはいるかな。だけど、電子ピアノは、だめだ。防音室もいらないから、林の中の建物って、羨ましい。
 ふふ。
 そういうところで一週間過ごせばなんだか全部良くなる気がするね。そう思わない?
 ラヴェルは返事をしない。『水の戯れ』は終わった。けれどリピート再生を設定しているので、間髪入れず、またすぐ水は戯れはじめた。
「長野に行きたい――」
 ――な。
 あたしはそのまま目を閉じて、みんなが行ってる学校の廊下が今頃雨漏りしてるところを想像して、寝た。千葉の雨はひどく、うるさいね。

千葉の雨、長野

2020年6月 作成

千葉の雨、長野

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-07

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