ホットケーキにバターとシロップ
りすが、ホットケーキを焼く夜。やさしかった。すべてが、やさしくて、月も、星も、おだやかに光って、やわらかな風は、頬をそっと撫でていった。にんげんが、すこしだけ、生きるのにつかれた頃に、りすは、ホットケーキを焼いた。ふかふかの、ぶあついホットケーキ。ホットケーキミックスの、箱の写真みたいなやつを、りすは器用に、ていねいに焼いた。ぼくと、きみは、冬の夜とはこんなにあたたかいものだったかなぁと、もっと、突き刺すような寒さに身も心も震えていた気がするけれど、などと話しながら、紅茶を淹れた。丘の上から見る、町のあかりは、夜空にぽつぽつと点在する星に似ていた。
ぼくは、にんげんが、好きだったけれど、きみは、にんげんが、きらいだった。りすにもたずねてみたところ、りすは、好きでもきらいでもない、とさっくり答えた。なんだか、すこし、ドライだなぁと思ったけれど、こんなにすばらしいホットケーキが焼けるのだから、りすが、どこか冷めていて、厭世的なやつでも、かまわなかった。ぼくらは、丘の上で、ホットケーキを食べて、紅茶を飲んだ。ぼくは、シロップましましで、きみは、バターもシロップも適量に、りすは、バターをやや大きめにカットして、とかした。いつか、海を見てみたいのだと、りすは言った。りすが棲んでいる森からは、海は見えなかったし、ぼくらの町から海に行くには、山をひとつ越えなくてはならなかった。じゃあ、こんど、連れていってあげようか。きみが云うと、りすは、しかし、ためらっているようすだった。でも、海は、こわいときくので。悩ましげに尻尾を揺らしながら、ホットケーキを前歯でかふかふと削った。きみと、りすが、いっしょに電車に乗るところを想像して、ぼくはふたりに気づかれないよう、ちいさく笑った。りすが、海の砂浜を、てってってっと軽快に駆けてゆく様も。
ホットケーキにバターとシロップ