にくいおとこ
もったりした、チーズ。とろけていて、そういうの、おんなのこが好きそう、と呟くと、おまえは、おとこのこも好きなんですぅ、なんて、拗ねたように答える。あ、こういうの、たぶん、ばかかわいいってやつだ、と思っていると、おまえは、その、とろけてもったりしたチーズが、これでもかと盛られた肉を、ナイフで切り分けもせず、フォークを突き刺して、豪快にかぶりつく。まるで、道具をつかうことをおぼえたばかりの、初期人類みたいだ。
おれらは、べつに、いつも、一緒にいるわけではない。住んでいるところはちがうし、おたがい仕事もしているし、直接逢うのは、月に一度か二度で、まったく逢わない月もある。おまえは、でも、さみしい、とは言わないし、おれも、さみしい、とは告げない。さみしい、なんて、おとなになったおとこが、そう易々とつかう言葉ではないとつよがっているのは、おれの方で、おれは、ほんとうは、おまえに、いつも、逢いたいのだ。ずっと、一緒にいてくれと、子どもみたいに縋りたい。泣きついて、あしもとにまとわりついたら、おまえは、呆れるだろうか。うざいと、吐き捨てるだろうか。おれのことを、きらいになるだろうか。乙女か、と笑ってくれたら幸いだが。
はじめて来たレストランは、チーズ好きのあいだでは有名なところらしく、ほとんどの席が埋まっている。
じつに雑多で、にぎやかしい。
肉を咀嚼しながら、会社の同僚が結婚したのだと、おまえは話す。
どうでもよさそうに、わざとチーズをのばして、けもののように肉を喰らう。
結婚したいの、と、おれはたずねる。それで、おまえが、
「興味ないわぁ」
と答えるのを、期待しているのだ。
そして、おれも、と言って、いまは彼女とかいらないし、などと、社交辞令のようなセリフを吐く。それに対して、おまえが、
「こうやっておまえと飯食ってるのが、いまは楽しいしな」
と、にかっと笑って、おれはひそかに安堵する。漫才のネタみたいに、誰彼が結婚したとなったときにはかならずしている気がする、この一連の流れが、おれにとっての確認作業みたいになっていることは否めない。
不毛だ、と思いながら、ハイボールを飲む。
肉のあぶらで艶めく、おまえのくちびるが、憎い。
にくいおとこ