どうか君よ染まらないで。

 めぐが、なんか、どうしようもないおとこと、つきあっているときいて、でも、わたしは、極寒の地に放置された鉄板のように、冷静だった。冬、とは、ひと恋しい季節であるのか、みんな、恋だの、愛だのをしていて、でも、わたしには、無縁のことだった。だって、わたしが、恋だの、愛だのを共にいそしみたい相手は、現在、どうしようもないおとこと、つきあっているらしいので。ホットココアがすぐ冷める、カフェの、テラス席で、慎ましく佇んでいるストーブの赤橙を、じっとみつめていると、なぜだろう。空しくなってくるよ。めぐの恋人が、ひどいおんなたらしだと知ったとき、そんなおとことはすぐに別れなよ、とは言えなかった。めぐは、じぶんの恋人が、ほかのおんなとも関係をもっていることを承知のうえで、そのおとことつきあっていることを、わたしにだけ打ち明けたのだ。わたしがいちばんではないかもしれないけれど、かまわないと。彼が本気でじぶんのことを愛してくれているのがわかるのだと、めぐは泣きながら話してくれた。なんか、そういうの、恋愛ドラマではよく見るけれど、現実に起こっているのだと思うと、めぐの告白も、どこか遠いばしょでの出来事のようで、わたしは、ふうん、などとそっけなく、茫洋とした海を眺めている気分で耳を傾けていたことは、否めなかった。めぐが流した涙のわけは、じぶんがいちばんじゃなくても彼のそばにいたい、という強い意思の表れなのか、それとも、ほんとうはほかのおんなとは縁を切ってほしいけれど彼に嫌われたくなくてがまんしている、なんていう健気な、揺れる乙女心なのか。
 わたしならば、めぐが愛してほしいように、めぐのことを愛してあげられるのに。と思う。
 おとことは一度だけ、会ったことがある。黒縁眼鏡に、黒いボブヘアーで、なんだろう、サブカルチックな雰囲気の、モデル、と言い表すには華やかさはないけれど、これは絶対モテるだろ、という整った顔の、おとこだ。愛想はよかった。気持ち悪いくらいに。そのとき、おとこは赤いネイルをしていた。後日、めぐに、あのひとおとこのくせにマニキュアとか塗ってるのね、といったら、あさこってば昭和のおばちゃんみたいと笑われて、そんときはちょっと、ムッとした。きょうは、もうすぐ彼の誕生日だからプレゼントを選ぶのをつきあってほしいといわれて、わたしはめぐと、恋敵であるおとこの誕生日プレゼントを、わりとまじめに、ちゃんと考えたのだった。日曜日の、街のカフェはどこも満席で、歩き疲れて妥協した結果のテラス席で、わたしは、冷めたホットココアを飲みながら、めぐが恋人のために買ったプレゼントのことを、ひそかに想っていた。おとこがさいきん集めているという、お皿。実際に料理をのせるというより、インテリアとして飾っておくための、シンプルな円形の、水墨画のような絵が描かれているものだ。めぐはどこか嬉しそうに、紅茶を飲んでいる。ティーカップを両手で添えて持つのが、めぐで、長い袖からちょこんと見える指が、きれいだ。ピンクベージュのネイルは控えめでありながら、めぐのうつくしい形をした爪によく似合っている。
 いつも、あのおとこの赤い指が、さまざまなおんなに触れた指の腹が、不躾に、めぐのからだを這う様を想像すると、あまりの胸くそ悪さに吐き気しかおぼえなかった。破滅しろ。

どうか君よ染まらないで。

どうか君よ染まらないで。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-01-10

CC BY-NC-ND
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