還る
三つかぞえる頃に、右目を蔽うように現れた、蝶。からだのなかを、植物のつるがはう、感触と、花が開いたときの、臓器や血管を、圧迫する感覚。くりかえす嘔吐に、きみはもう、たぶんいま、なにもみえていないのだろうと思う。昼の明るさも、きみの網膜は黒く塗りつぶされ、えいえんに夜だ。銀色に染めた髪。だれかのではない、きみは、みんなのアイドルだったし、きみは、さいしょからすこしだけ、歪だった。森の奥深くで息をひそめる、かわいそうな獣みたいだった。かわいいかお。整った眉が、さみしそうに下がる瞬間が、好きで、でも、わざとさみしがらせることは、していなかった。たんじゅんに、ぼくがいないとさみしくなるように、きみを、つくりかえただけだ。にんげんって、みんなそうだろう。街も、世界も、星も、じぶんたちの都合がいいように、つくりかえてゆくいきものだ。さいきんは、そのツケが、目に見えて表面化している。温暖化。異常気象。自然が、自然さを失って、不自然なものになっているのが、いまの地球で、きみが、ひたかくしにしてきた自我を解放して、なまえもしらない植物の苗床になっているのが、いまのきみだ。現実。まぎれもなく。
でも、どうか、うつくしいままでいてくれ。
もはや、祈ることも無駄に等しく、半壊した教室で、ぼくときみだけが、ひととしてのかたちをたもっている。かたちだけ。きみと交わったことで、ぼくのからだも、すでに、蝕まれている。体液が花の蜜となり、ときどき、どこからやってくるのか、昆虫が群がる。
床がつめたいねと、きみが微笑んで、手が、指が、なんだか、ごつごつしている感じが、して、おそらく、手の骨に絡む、つるのせいだろうと想う。天井の蛍光灯が、ひとつずつ死んでゆく。
還る