きつね月見肉そば

 ぬりえみたいに、線画だけの世界に、色を塗ってゆく行為の、途方もなさ。ことしも、もう、あと何時間しかないというのに、すこしだけ浮かない、きみの表情と、特別番組ばかりの、テレビ。年越しそば、今年は、てんぷらではなく、肉にした。なんとなく、そういう気分で、スーパーマーケットに売っていた、どこかのご当地銘菓をもさもさと食べてる。となりの家の、しろくまが、車を洗っていて、水が冷たそうだと思う。しろくまは、ぜんぜん、へいきなのかもしれないけれど。赤い車、青いバケツ、しろくまの白、ホースは緑、水は無色透明で、きょうの空気は刺すように痛いことを、しっている。どこにも行けないねと、きみはざんねんそうに言うけれど、ぼくらが、年末年始にどこかに出かけた記憶は、ないよ。せいぜい、アイスクリームを買いに、コンビニに行ったくらいで、あとはもう、ただひたすらに、あたたかい部屋で、ぬくぬくしていたし。でも、行くならば、どこに行きたいの、とたずねると、きみは、なんだか、神妙な面持ちで、ハワイ、と答えて、ぼくは、よくわからない微笑みを浮かべた。風が強く吹いてきて、洗濯物がはためく。冬は、いつも、風が強い気がする。海の、表面が、しん、と静まり返らない感じが、どことなく、こわい。森が、ざわめくさまよりも。
 ときどき、鼻歌がきこえるのは、きっと、しろくまのものだ。車がぴかぴかになってゆくのが、うれしいのかもしれない。三時間とか、四時間とかやってるテレビを、ずっと観ていられるひとの集中力って、すごい。きみがそう呟いて、お茶をすすっている。テレビはあきたのか、本を開いて読み始めている。ぼくは、今年、印象的にのこったできごとを、なんとはなしに思い返してみる。たのしいこともあったし、つらいこともあった。うれしいことも。かなしいことも。そして、来年はもっと、いいことがあるといいなぁと思い、ひそかに祈る。いつもの、十二月三十一日

きつね月見肉そば

きつね月見肉そば

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-31

CC BY-NC-ND
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