騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第十章 会長の祭

第九話の十章です。
選挙の終わりです。

第十章 会長の祭

「そう、やっぱりヴェロニカを応援するのね。」

 キブシとの選挙戦の翌日。ここ最近受けていた色々な視線の中に……恐怖――だろうか。そんなモノが混ざっているのを感じながら迎えた放課後、オレは生徒会長立候補者の選挙戦――この前とは違う組み合わせの戦いが行われた後、試合直後にどうかとは思ったが直前じゃああれだし、それ以外だと会えるかどうかわからなかったので、闘技場の出入り口でふぅと一息ついているレモンバームさんに話しかけた。
 ちなみに、昨日が選挙が始まって七日目で今日は八日目。一週間だったはずの選挙期間がさらりと延びているのは、やはりデルフさんのミニ交流祭との調整が影響しているらしい。選挙管理委員長は血管の浮き出た顔でその事を発表した後にデルフさんを追いかけまわしていた。

「それじゃあこれについての情報はいらないって事でいいのかしら。」
 そう言いながら例のモノ――逆さまに落下していく鳥が彫り込まれたバッジを見せる。
「そ、それは……えぇっと、気にはなるんですけど……とりあえずはそういう気になるモノがあるって事がわかったわけで、まずはフィリウスとかに聞いてみようかなと……それでやっぱりレモンバームさんじゃないとダメってなったら……こ、今度はオレが何かの代価で情報を……」
 我ながらなんとも都合のいい事を言っているが……生徒会長に応援したいのはやはりレイテッドさんだし、オレの個人的な都合――取引という形でレモンバームさんを応援するというのも、たぶん後で色々と後悔してしまうだろう。だから……
「あ、あの……かなり自分勝手なのは理解しているんですけど……なのであの……」
「いいわ。私も昨日の貴方を見てちょっと後悔していたところだから。」
「えぇ?」
「貴方の、怖い顔を見てからね。」
「え、あの、あれは……」
「ひどい取引を持ち掛けてしまったわね。」
 レモンバームさんはやれやれと笑いながら闘技場の壁に寄りかかる。
「普段気の抜けた貴方があれだけ怒る……あんな過去があれば当然だわ。それを取引材料にだなんて……それに、あんな風に怒られたくはないもの。」
「レ、レモンバームさんに怒るなんてそんな……」
「とにかく、たぶん私は素直に……善意というか知り合ったよしみと言うか、教えてあげるべきなんだと、そう思ったのよ。」
「お、教えてくれるんですか……? 応援演説は……」
「それはもういいわ。一つ貸しって事で。むしろ貴方にはこういう形の恩を売る感じがいいかもしれないわね。」
「は、はぁ……んまぁ、オレにできる事であれば……」
「そんな「なんでもします」みたいなこと言わなくてもいいわ。思わせぶりな事を言ったけれど、私が教えられる事っていうのもそんなに多くないからね。」
 そう言うとレモンバームさんは、手の平で転がしていたバッジをピンッとオレに飛ばしてきた。
「とりあえずそれはあげるわ。うちにたくさんあるから。」
「た、たくさんあるんですか……」
「貴方は……私の嫌な二つ名を知っているわよね?」
「えぇっと……ご、『拷問姫』……ですよね……」
「そう。私が作る武器から来た名前だけど、そもそもああいう戦い方はうちの昔の仕事から思いついたモノなの。」
「昔の? えぇっと、代々騎士の家系とかでは……」
「騎士なのは確かよ。ただ、ちょっと専門分野が違ったの。うちが代々生業にしていた仕事……担当は、捕まえた相手の兵やら何やらから情報を聞き出すっていう事。」
「え……あの、それって……」
「うちは、代々が拷問屋だったのよ。」
「ごご、拷問屋さん!?」
「売らないわよ。それとそこまで驚く事でもないわ。軍だって全員が戦闘担当ってわけじゃないでしょう? 指揮する人もいれば回復や治癒の専門家に偵察担当……まだあちこちで戦争が起きてた時代には拷問屋も必要だったのよ。」
「あ、いえ、別にそれがどうこうというわけではなくて……レモンバームさんの二つ名は本当にそのまんまだったんですね……」
「失礼ね。今は普通の騎士よ。でも大昔は本当にそうで……うちにある離れにはその時に使ってた道具が博物館みたいにガラスケースの中で保管されているの。」
「それを見てあの黄金の――痛そうな武器を……」
「そういうこと。で、話を戻すけれど、そのバッジはうちに保管されている当時の色んなモノの中の一つで……資料によると、ある傭兵団のシンボルだったそうよ。」
「傭兵?」
「今の、どこかの国とか軍に所属していない騎士団みたいなモノだけど……その傭兵団は残虐非道で通っていたみたいね。」
「残虐……」
「凄惨な殺しは相手の戦意を削ぐ……雇い主が指定した相手の家族とか故郷とかを……色々とねね。一時期はどの戦場にもこの傭兵団がいたとかで、どこの誰に雇われたのかを吐かせるっていう拷問をしょっちゅうやったそうよ。」
「ま、まさかその傭兵団がオレの村を――」
「それはないと思うわ。この傭兵団が活動していたのは今から二百年以上前の事だもの。」
「二百年!?」
「言ったでしょう、大昔だって。」
「えぇっと、それじゃあレ、レモンバームさんの家は二百年も続く名家……」
「特殊な役割だから戦場で命を落とす確率が低かっただけよ。それに百年単位の歴史なんて、この学院の生徒の家ならざらにあるわよ。貴方の彼女なんて王家なんだから千年とか行くんじゃないの?」
「えぇ……」
 騎士に関する知識もそうだが、オレは歴史もほとんど知らないからなぁ……もしかしてリシアンサス家とかも数百年続く名家だったりするのか……?
「その傭兵団はとっくの昔に滅んだ……だけど私は貴方の記憶の中にこのシンボルを見たのよ。バッジじゃなく、これが描かれた旗か何かの布切れをね。」
「――!」
「勿論、さっきも言ったけどだからって傭兵団は登場しない。貴方の村を襲った者がその傭兵団を気取ったのか、それともシンボルの意味を知らないで身につけてただけなのか、はたまた貴方の村の住人がたまたま見つけた布切れをなんだかカッコイイと思って飾っていたのか……大昔過ぎて意味の薄れたシンボルだから、色んな可能性があるわ。」
「つまり何も関係ないかもしれないと……でもこの前これを見せてくれた時、あの光景を――おとぎ話みたいに聞いてた凄惨な現場を見る事になるなんてって……」
「それは……傭兵団が襲った町とかの記録も私のうちにはあって、そこに書いてあった文章そのままのひどい光景だったからそう言ってしまったけど……ああいう事をする悪党は今の時代にだっているでしょう? 本当に思わせぶりな事ばっかり言っちゃったわね……ごめんなさい。貴方の過去を……」
 深々と頭を下げるレモンバームさんにビックリし、オレはワタワタする。
「だ、大丈夫です! ないかもしれませんけどあるかもしれませんし、何もないよりは何かある方がいいと言いますか!」
「ふふ、そんなにワタワタしなくても。昨日全校生徒を怖がらせた人と同じ人とは思えないわね。」
「全校――そ、そんなにでしたか……?」
「ええ。人が怒るところは他人事でもそれなりに怖いものだけど、あれは桁違いだった。私もああいう恐怖を相手に与えられたらいいのだけどね。」
 金を操って拷問道具みたいに見るからに痛そうな武器を作り、相手の本能的な恐怖を引き出す事で隙を作る……別に恐怖に限らず、例えば見るからに強そうな人には何となく腰が引けるのと同じようなモノで、それを戦略に組み込んでいるのがレモンバームさんの戦い方なわけだが……そんなレモンバームさんが欲しくなるような恐怖の表情だったのか……オレ……
「話がそれたけど、私が持っている情報っていうのはこの程度よ。関係ないとは思うけど、傭兵団についてもっと知りたいって言うなら見せられる資料はそこそこあるわ。必要になったら……貸しプラス一で見せてあげるわよ。」
「は、はい……」
 悪巧みをするような顔でふふふと笑って去って行くレモンバームさんだったが、その背中を眺めながら、オレはぼんやりと考える。
 たぶん、傭兵団とやらについてレモンバームさんは色々と知っているから今の時代にいるわけがない、オレの過去のあれに関係あるわけがないと思うのだろう。だけど何も知らないオレからすれば……大昔に凄惨な事をする連中がいて、そいつらのシンボルマークがオレの村に残されていたのだから、傭兵団が犯人の最有力候補だろう。
 色々な可能性があるというのなら、傭兵団の……やり方みたいのを受け継ぐ後継者みたいな連中がいるかもしれないし、世代を変えつつ傭兵団が今も存在しているかもしれない。
 ただ……自分でもちょっと変だとは思うのだが、オレの中には犯人を捜し出してやるっていうような強い思いがないのだ。
 家族や村のみんなを失った事についての悲しみはあるし、それをやった連中に対する怒り……憎しみも、ある。
 けれどなんだろうか、この力の入らなさは……
「そういえばなんだけど――」
 眺めていた背中がくるりと回り、ちょっと遠くからレモンバームさんがいじわるな笑みを浮かべてこう言った。
「今の貴方の応援はヴェロニカのプラスになるのかしら?」


「確かに、今のロイドだと少々微妙かもしれないな。」
 レモンバームさんと別れ、「告白されたりしなかっただろうな、ロイドくん?」というローゼルさんの質問を全力で否定した後、傭兵団の話――の前にレモンバームさんの最後の言葉が気になったのでみんなに聞いてみると、カラードからそんな答えが返って来た。
「例えばだが、ロイドの師匠である《オウガスト》は偉大な騎士だ。数々の実績、十二騎士であり続けている強さ、多くの騎士が憧れる存在となっている。」
「んまぁ……オレからするとただの酒好き女好きの奴なんだけど……」
「そう、まさしくそれだ。」
 なんだがフィリウスが褒められた時に毎回言っている気がする呟きを「ズバリ!」という感じの顔でカラードが指摘する。
「気を悪くしないで欲しいのだが、ロイドが今言った《オウガスト》の実態を知って幻滅する騎士は少なからずいるはずで、それが今のロイドの状態だ。」
「ふむ……つまりロイドくんの人となりはよく知らないがこれまでの実績からして立派な人物だろうと思っていた生徒たちが昨日の泣く子も黙る表情を見て認識を改めると?」
「な、泣く子……」
「同じ学院の中であるし、ロイドがどういう人物か――例えば多くの女子生徒に囲まれているなどの情報は誰もが得ているだろう。だが学生の域を超えた実績がその辺りの要素を塗りつぶしていた可能性は高い。要するに、実績が大きすぎたのだ。」
「まぁ、確かに勲章は過剰な印象を与えただろうな。そういうモノで半ば盲目的に「ロイドくんすごい!」となっていたところに過去の映像や恐怖の怒り顔が来て、幻滅とはならずとも、思っていたのと違うと感じた生徒は多い――という事だな。」
「きょ、恐怖の怒り顔……」
「むしろ、昨日のアレがこれまでの実績を覆ってしまったのではないかと、おれは思っている。例えるなら、多くの悪者を倒してきた素晴らしい騎士の実態がただの殺戮者だったと知ったかのような感覚だろうか。」
「え、あの、カラードさん……?」
「まー、それくらいのインパクトはあるかもねー。」
「えぇ……」
「で、でも……生徒会長が言ってた、みたいに……庶務の選挙……支持率は、下がってくれたかもしれない、ね……」
「ふむ。まぁロイドくんの良さはわたしが知っていれば問題ないし、ティアナの言う通り支持率の大きな降下が期待できるわけで、結果オーライというところだろうか。」
 ローゼルさん――というかみんなのような、知っていて欲しい人に知っていてもらえば充分というのはその通りだと思うのだが……周りからの評判みたいなモノが下がるというのは嬉しい事ではなくて……あぁ、なんかここ最近こういう微妙な気分になってばかりだなぁ……
「まーよ、選挙はもう終わりで今更どうこうはできねーだろーし、そんなら今日で最後のミニ交流祭の方を楽しもうぜ。」
 オレの微妙な気分を察しての提案――というわけではないのだろうが、アレクの言葉で他校のみんなに挨拶をしておきたいなぁと考えていた事を思い出す。
 今日で選挙期間におけるアピールの為の試合――即ち選挙戦は終了で、同時にデルフさんが企画したミニ交流祭も最終日を迎える。一応選挙そのものはもう一日あるのだが、明日は生徒会長立候補者の演説と投票だけなのでバトルはないのだ。
「とりあえずカペラとプロキオンの人たちにはもう一度会っておきたいかな。特にポリアンサさんとマーガレットさんは来年の交流祭では会えないわけだし。」
「……うちの会長もそうだけど、あの強さならどこでも即戦力よね。卒業後の進路は決まってるのかしら。」
「進路……確かに気になるな。聞いてみよう。」


「わたくしの進路ですか? 騎士になる事は確実として、国王軍かどこかの騎士団か、はたまた自分で作り上げるか――色々と悩んでいるところですね。」
 ミニ交流祭最終日という事で『ブレイブアップ』のフルパワーを解禁したカラードがラクスさんに勝負を挑み、時間魔法の「加速」と魔眼マーカサイトの未来視を前にしても問答無用の黄金色の輝きで攻める正義の騎士を眺めながら、一緒に観戦しているポリアンサさんに進路について尋ねると、そんな答えが返って来た。
「元々は断然国王軍という心持ちで、騎士であるなら国を守護する立派な存在になりたいと思っていたのですけどね。ラクスさん――い、いえ、最近の色々な事件で小規模な騎士団でもできる事……大枠に縛られないからこそ何かの為に動ける事もあるのだと知りましてね。あなたの師匠のような例もありますし、どうしたものかと思っていますよ。」
 ラクスさんの武器がベルナークシリーズであると明らかになってしまった影響でポリアンサさんたちは色々な厄介事に巻き込まれたらしく、我ら『ビックリ箱騎士団』のように学校では体験できない戦いを経験してきたらしい。
「まぁ、これでもカペラ女学園の生徒会長を務めた身ですからね。どういう道を進もうとも、それなりに好条件でスタートできるでしょう。そうやって騎士としての高みを目指しつつ、わたくしはわたくしの剣術を生み出すのですわ。」
「? ポリアンサさんの剣術?」
「そう、わたくしオリジナルの剣術です!」
 グッと拳を握りしめ、気合十分といった表情でポリアンサさんが語る。
「この世全て――というのは無理でもそれに近い数の剣術を知り、学び、わたくしはわたくしだけの剣術を作る事が夢なのです!」
 あらゆる剣術を身につけ、第十二系統の時間の魔法を除く全ての系統の魔法を極め、この人が使えばどんなナマクラだろうと必殺の剣になる――そんな由来で『魔剣』という二つ名で呼ばれているポリアンサさんの夢が自分だけの剣術を生み出す事というのはなかなかしっくりくる。
「勿論その剣術は世界最強! あの『絶剣』も超えてみせますわ!」
「『絶剣』? えぇっと、そういう二つ名の騎士がいるんですか……?」
「あら、ご存知ないのですか? 騎士かどうかは判断が微妙なところですが、『絶剣』は世界最強の剣士と呼ばれている人ですわ。何を隠そう、幼き日にその美しい剣技を目の当たりにした事がわたくしの夢の始まりなのです。」
 つまりはポリアンサさんが『魔剣』に至ったキッカケとなった人という事か。たぶん知らないのはオレだけっていう感じの有名人なんだろう。
 ……? あれ、なんか……昔どこかでフィリウスが誰かをそう呼んでいたような……?


「私は……『雷槍』のように先生になりたいなと、最近は思っているよ。」
 カペラの面々とお別れをした後、オレたちはプロキオンの人たちを尋ねた。そして似たタイプだとは思っていた二人――アレクとヒースが筋肉を唸らせてぶつかるのを横目に、オレがした進路に関する質問に対し、マーガレットさんはそんな答えを返した。
「元は祖父の影響……いや、ほとんど流されるような形で、将来は国王軍や実績のある騎士団に入って《フェブラリ》を目指す――というような事をぼんやりと考えていた。だが毎年祖父と激戦を繰り広げるあの『雷槍』が国王軍指導教官から学校の先生になったという話が妙に気になり、この前の交流祭でビシッと決まった先生スタイルの『雷槍』を見て……ふふふ、我ながらどういう理屈と順序なのか不思議だが、先生という職業に憧れたのだ。」
 マーガレットさんはどちらかというとローゼルさんタイプ――家が騎士の家系だから騎士の道を歩んでいる――というのに近い。おじいさんが十二騎士な上に最強の魔眼を持って生まれたとあっては無理もないし、確かに物凄く強いけれどそれが本当に合っているかどうかは別の話。マーガレットさんは、自分の道をオレたちの先生――『雷槍』ことルビル・アドニスに見たようだ。
「ああ、でもマーガレットさんが学校の先生というのはしっくり来る気がしますね。誰かに何かを教えている光景が様になるというか……」
「ロイドもそう思うかい!? そうだよね、アフェランドラさんにピッタリだよね!」
 うんうん頷くキキョウに顔を赤くするマーガレットさん。しかし二つ名の一つである『女帝』の由来となってしまっていた、あの妙に圧力のある雰囲気に隠れている頼れるお姉さん的な感じは本当に先生にピッタリだ。
「ちなみに騎士じゃなくて普通の学校の先生っていうのもありますけど、その辺は決めているんですか?」
「これまでの経験や祖父から学んだ事を活かせるのは間違いなく騎士の方だし、私個人としてもそうしたいと思っているのだが……騎士を育てる学校の先生となるとそれなりの実績が必要になってくるから、まずは騎士団などに入って活躍しなければならないのだ。」
 やれやれと困った顔でため息を吐くマーガレットさん。
「マーガレットさんならすぐに大活躍だと思いますけど……何か問題なんですか?」
「自分で言うのもなんだが、今の《フェブラリ》の孫で魔眼ユーレックを持つ私だから……学生の身分であればギリギリセーフだが、本職の騎士の世界に入ってしまったら色々な事を頼まれて……頼りにもされたりして、抜け出すことが難しくなるのではと思うのだ……」
「あー……確かに、そうなるかもしれませんね……」
 嫌味でもなんでもなく、これはたぶん事実だ。先生が先生になっているのだって、エリルっていう王族が学院に入学するという普通はないような事が起きたから実現したことらしいし、マーガレットさんほどの逸材に先生だけをさせてはくれないだろう。
「まぁ、実績云々もそうだが先生になる為の勉強も必要だし、あれこれ考えながらとりあえずはそちらに力を入れて行こうかと思っているよ。」
「力に……なれる事があるかはわからないですけど、もしもそういう時が来たらオレも頑張りますよ。」
「ああ、そうなったら頼らせてもらうよ。」


「進路? 軍に入隊と考えていたが、先にやる事ができた。少し世界をまわり、見聞を広げながら目的を達成する予定だ。」
 二人の生徒会長に話を聞き、流れでリゲルの生徒会長とも話をしてみたいと思いつつも、パライバというキブシとは違った方向に嫌いな人物がいるのでどうしたものかと考えていたら、どういうわけか目当ての生徒会長――ゴールドさんが一人でオレたちのところへやってきた。
「えぇっと、つまり旅に出るって事ですか?」
「そうなるな。」
「ゴ、ゴールドさんなら色んなところからひっぱりだこでしょうに……」
「より強くなって戻るのだから文句も出まい。」
 旅をして強くなる事が確定している……
「そ、そうですか……えぇっと、ちなみになんですけど……次の会長は弟さん――だったりするんでしょうか……?」
「妙な事を聞くのだな。」
「え、あ、いや……ちょっと気になりまして……」
 正直、そうなんだとしたら来年の交流祭が心配なのだ……
「愚弟が今副会長の任を受けているのは兄である自分が会長だからというわけではない。副会長に立候補した者たちの中で当時は一番強かっただけだ。故に自分が卒業したら繰り上がりで会長になるという事はなく、日々の鍛錬を惜しまない我が校の生徒たちは一年前とは比べ物にならない実力を備えているから、あれが選挙を勝ち抜けるかどうか、個人的には難しいと考えている。今のままではな。」
「そ、そうなんですか……」
 どうやらセイリオスと同じように選挙戦を……ああいや、リゲルは試合の勝敗だけで決まりそうだな……
「それで……えっと、今更なんですけどこれは一体……」
 オレからの質問に答えている間、ゴールドさんは……オレから採血をしていた。
 ふいに現れたゴールドさんはオレに「生体情報をよこせ」と言い、オレの髪の毛を一本抜いたり腕の長さを測ったりし始めた。あっけにとられている間に色々な事が行われ……なんだかわからないけどとりあえず進路の事を聞いてみて、それに答えながらゴールドさんはオレの腕を消毒し、縛り、注射器をさして血を採ったのだ。
 さすがにポケットから注射器が出てきた時はビクッとしたのだが、相変わらずの無表情と手慣れた手つきに有無を言えず、気づけばオレは針が通った場所を指でおさえながら、オレからゲットした色々なモノをカバンにしまうゴールドさんを眺めていた。
「目的達成の為に必要なのだ。」
 そしてゴールドさんはよくわからない答えを残し、あっさりと去って行った。


「三人中、一人が教師で一人が旅人とは、変な意味で実力にそぐわない進路だったが……何故リゲルの会長はロイドくんの血を……」
 今日の分の選挙戦が全て終了し、明日の選挙本番を前にデルフさん主催のミニ交流祭の……閉会式とでも言うような催しが闘技場で行われるという事でやってきたオレたちは、それが始まるまでの間をさっき聞いてきた生徒会長たちの進路についての話で潰していた。
「デルフあたりに聞けばわかりそうだし、後で聞いてみたら?」
「確かに、デルフさんなら知っていそうだ……ああ、そういえば進路の事だけど、もしかして卒業したら騎士団とか国王軍に入るっていうのはそこまで当たり前の進路じゃなかったり……?」
「いやいやロイドくん、普通はそういう進路のはずだ。あの三人は例外というか……圧倒的な実力故に妙な選択肢があるという事ではないか?」
「な、なるほど……」
「進路か……まだ先の話ではあるが、ロイドは卒業したらそのまま『ビックリ箱騎士団』でやっていくのか?」
「えぇ? い、いや、具体的なモノは何も考えてないぞ。ただエリルの騎士――た、大切な人を守る人になろうってだけで……」
 ちらりと視線を動かすと、ムスッとした顔でちょっと赤くなっているエリルとジトッとオレを睨んでいるみんなが見えた……
「そうか……もしも『ビックリ箱騎士団』を続けるのなら、引き続き入団していたいものだな。」
「おお、それは同感だぜ! こんなにあっちこっちで色んな事経験できるチームはそうそうねぇぞ!」
 強化コンビの突然の……申し出? にちょっと驚く。
「そ、それはありがたいけど……二人にも騎士になってやりたい事とかあるんじゃないのか?」
「正義の騎士を志すおれが、『世界の悪』と遭遇してしまうような騎士団から離れる理由はない。」
「最強の騎士になろうと思ったらやべー奴らと戦うのが一番で、ならそーゆー連中とぶつかりやすい騎士団にいんのがベストだろ!」
 ふふっと笑うカラードとニヤリとするアレク。なんというか……この心強さは嬉しい限りだ。
「んまぁ……そうなったらよろしく。」

『やぁやぁ、こんな遅くに集まってくれて感謝だよ。』

 強化コンビとの素晴らしい絆を噛み締めていると、闘技場の真ん中に光が当たってそこにポツンと立っているデルフさんが照らし出された。

『明日で生徒会長の任期を終える僕の最後のお祭り、楽しんでもらえたかな――と、聞くのはまだ早いね。ポイントに応じた賞品っていうお楽しみがまだだからね。みんな、たくさん貯められたかな?』

 観客席に集まっている生徒たちから歓声が上がる。選挙の立候補者であるオレはこのイベントに参加できなかったわけだが……エリルたちのポイントはどんな感じなのだろうか。

『賞品との交換は明日、選挙が終わった後になるからそれまで我慢していて欲しくて、それじゃあここに集めたのはどうしてって話だけれど――これが、この祭りのメインというか、僕が個人的にやりたかった事なんだ。』

 デルフさんがそう言うと更に三つの光が灯り、それぞれに各学校の生徒会長――ポリアンサさんとマーガレットさんとゴールドさんを照らした。

『ランク戦も交流祭も、正々堂々雌雄を決する一対一。だけど実際の戦場はどうだろうか。味方も敵も複数――これが普通じゃないかな。』

 ……言われてみればそうかもしれない。フィリウスと旅をしている間にあった魔法生物や小悪党との戦いで一対一なんていう状況は……ないわけじゃなかったけど数えるほどだ。

『というわけで、今から僕ら四人で勝負をするよ! 自分以外の三人を敵として同時に攻撃するも良し、ちょっとだけ共闘しちゃうも良し! どうあれ最後まで立っていた者が勝者だ!』

 さっきの、賞品を楽しみにしている生徒たちの歓声を遥かに超える盛り上がりが闘技場を包み込む。んまぁ無理もないだろう……生徒会長たちのバトルロイヤルなんて――わくわくしないわけがない……!

『はぁ……急に呼ばれたと思ったらこれですわ。本当に最後まで相変わらずですわね、『神速』は。』
『ソグディアナイトの意見はその通りだとは思うが……これほどの相手が三人もそろうというのは珍しい状況のような気がするな。十二騎士を三人相手にするような心持ちだ。』
『一番それに近い女が何を言っている。だがまぁ、趣向としては悪くない。何よりこの上ない経験だ。』

 スクリーンに映し出される各校の生徒会長が、やれやれという顔をしつつもヤル気を見せる。
 ……んまぁ、ゴールドさんはやっぱり無表情なのだけど……

『そうこなくちゃね。ちなみに他校にもこの戦いの映像を送るように手配しておいたから、みんなで観戦してしっかりと記憶して欲しい。これが、僕らの代のトップを走った者のバトルだよ!』

 光が閃き、剣が舞い、雷が走り、空気が落ちる。十分……いや、もしかしたら五分もなかったかもしれないが、その激戦は最強の四人の三年間を凝縮したかのような濃さで炸裂した。


 翌日――つまりは選挙期間最終日の投票の日。昨日の戦いがまだまぶたの裏でチカチカしている中、先生が今日の動きを説明している。
「午前中は普通に授業やって、選挙は午後。昼飯の後に演説聞くなんてどうぞお眠り下さいって感じだが、生徒会長に立候補した連中の最後のアピールだからな。ちゃんと聞いとけよ。」
 大抵だるそうな顔かテンションの高い顔のどちらかの先生だが、今はだいぶ真面目な顔をしている。
「ぶっちゃけ、私も学生の頃は誰でもいいだろうって思ってた選挙なんだが、教師になってみるとあいつらの影響力っつーか、許可されてる事の大きさが理解できる。ソグディアナイトなんかがいい例だ。昨日みたいな無茶、一般の生徒にはできねぇからな。」
 思い返すとデルフさんが企画したイベントというのを何度か経験したわけだが、つまりデルフさんが会長じゃなかったらあれらは無かったという事で……そう考えると誰に投票するかというのは割りとダイレクトに自分にも関わってくる事柄なんだな。
「んま、学生の立場だとああいう祭は歓迎なんだが、教師側に立つと面倒でしょうがなくなるんだがな。」


 先生の微妙な顔で午前の授業が始まり、ここ最近は色々な視線を受けていたけど今日に至ってしまうと目前の投票――主に生徒会長を誰にするのかという話題で持ち切りの昼食を終え、オレたちは立候補者の演説を聞く為に体育館に集まった。
『あー、選挙管理委員長だ。毎年の事でいい加減改善した方がいいとは思うんだが、わざわざ学院側が時間を作ってくれてる以上文句も言えねぇし、投票と開票にスムーズに入れるって点でこの時間がベスト。だからオレから言えるのは……』
 相変わらずの不良スタイルな選挙管理委員長は、壇上の机の上に設置されたマイクに顔を近づけ――

『寝たらしばく。』

 ――凄みのある顔でそう言った。特に眠気があるわけじゃないし、演説はちゃんと聞こうと思っていたが、反射的に背筋がピンとなった。
『んじゃ演説を始める。本人のと応援の、どっちを先にやるかはそれぞれの候補者に一任してる。話の流れってのもあるからな。まずはジェイド・ブラックムーン。』
 そう言うと選挙管理委員長は……壇上の袖からひょっこり顔を出してオレたちの方を見ていたデルフさんに気づき、足取りに怒りを含ませて袖に消えた。そして反対側からブラックムーンさんと……たぶん応援演説をする人が登場する。
 ……というかブラックムーンさん、名前はジェイドっていうのか……



「生徒がいない間に来るなんて、乙女の部屋を物色するつもりだったのかい?」
「なんでそういう事をする男になってんのかわからんが、出会い頭にゲンコツフルスイングはやめろ! しゃれにならないぞクソババア!」
 全校生徒に加えて教職員のほとんども体育館に集まっている影響でそれ以外の場所が静かになっている学院の中、女子寮の前で一人の老婆が地面に倒れている筋骨隆々とした男の背中に座っていた。
「今選挙期間で今日は演説の日だろ? ババアと話すにはちょうどいいと思ってな!」
「目当てはわたしかい。この老体も捨てたもんじゃないねぇ。」
「そういう意味じゃねぇがクソババアが目当てなのは確かだから何とも言えないな! 噂くらい聞いてるだろ、『魔境』の件だ!」
「『ラウトゥーノ』の封印がS級同士のいざこざで解けかかってるって話かい? それとわたしになんの関係があるんだい。」
「クソババアの能力を借りたいんだ! 大将が引っ張り出されないようにな!」
「あぁん? イマイチ話が見えないが……わたしの力を使ってもあの封印をかけ直すのは難しいと思うよ?」
「例えばの話、クソババアと学院長のコンビならいけるんじゃないか!」
「まぁ、それなら可能性はあるかもしれない。だけど時間がかかる。あの爺様の魔法技術は今でも世界一だと思うけど、体力の方はそうもいかない。寄る年波で全盛期の何十分の一って感じだろうから、休み休みの作業になる。」
「それでも時間をかければできるんだな!」
「ひひひ、簡単に言うね。封印は解けかかってるってだけで解けてはいないわけだから、『ラウトゥーノ』の怪物たちが出てくる事はない。けれどそこは間違いなく『魔境』の入口で、付近の魔法生物たちは普通のよりも強い。術を使ってる間の無防備な爺様を守る存在が必要さね。」
「俺様の出番だな! 任せろ!」
「ひひひ、丸一日か、下手すりゃ二、三日かかるかもしれないんだよ? 守り通せるのかい。」
「十二騎士をなめてもらっちゃ困るな!」
「そうかい。ま、爺様がやるってんならわたしも強力するさ。なんせ今のわたしはあれに雇われてる身だからね。」
「学院長ならやってくれるだろう! 大将の――生徒の為なんだからな!」
「ひひひ、確かにね。」



 立候補者の演説も応援演説も、結局は全員が似たモノになるのかなぁとなんとなく思っていたが、これが人によって全然違った。いや、言っている事はたぶん似たようなモノなのだが、それの伝え方というか、言い回しが違うのだ。
 ブラックムーンさんのは、なんというか本人の話も応援も意味が分かりづらいけど妙にカッコイイ感じ。あの独特な雰囲気にビビッと来る人には心底ビビッと来るだろうなぁという印象だ。
 レモンバームさんのは……た、たぶん、オレの出会いがアレだったからという理由ではなく……ちょいちょいと色っぽかった。マーガレットさんとは違う「お姉さんぽさ」とでも言うのか、年上の魅力というか……な、なんかこう……ドキドキした。単純だが、男子にはグサリと来るのではなかろうか……
 ちなみに応援演説をした人もそんな感じで……類は友を呼ぶという事なのだろうか……
 そしてキブシ――順番的に三番目がキブシだったのだが……ここではちょっと事件が起きた。


「おいスオウ、一体どうしたんだお前!」
 選挙管理委員長の脅し――喝が効いたのか、誰もが真面目に演説を聞いていたのだが、壇上に上がったキブシは……いや、正確に言うなら同級生――恐らくはキブシの応援をする人が肩を貸してズルズルと壇上に上げたキブシは……
『おれ…ふぁ――スオウ……せーと、会長に立候ほぅ、したスオウ……』
 その、ここ最近のあれこれで悪いイメージしか持っていないオレからするとどう反応したらいいのか困る顔というか……思った事をハッキリ言うなら…………ものすごいマヌケ顔だった。
『おれふぁ……ふぁあぁぁ……』
 それは例えるなら……ああいや、たぶんこれが正解なのだが、ちょっとでも気を抜いたら眠ってしまうとんでもない眠気と戦っているのだけどもはや敗北寸前という、寝る一歩手前の力の入っていないふわふわした表情で、それでもキブシはなんとか演説をしようとしたのだが――
『ぁぁぁ――くー……』
 ――ガクンと眠りに落ちてしまった。
「あっはっはっは!」
 溶けるように転がって眠ったキブシを見て、壇上の袖にいたデルフさんが爆笑しながら出てきた。
「さっき選挙管理委員長がしばくぞって言ってたのに、まさか演説する側が寝ちゃうなんてね! いひひひ、あは、あははは!」
 お腹を抱えながらキブシに近づいたデルフさんは、キブシをかついでいた人に尋ねる。
「あー、キブシくんは演説の原稿とか持っていないのかい?」
「え、あ、はい、あります! もう覚えたとは言ってたけど、確かポケットに――ありました!」
「ふひひひ、いやいや、これが当選の為の何かの作戦だとしたら中々天晴だけどそうじゃないみたいだしね。折角だし、演説内容だけでもみんなに伝えておこう。」
 こうして、キブシ本人が壇上でぐーぐー寝ている横で前生徒会長のデルフさんが演説の内容を読み上げるという奇妙な状態になった。しかも……たぶんオレだけじゃないと思うのだが、演説よりもキブシの無防備極まりない眠り顔の方が印象強く残ってしまった。


『やれやれ困りましたね……色々な意味で持っていかれてしまった気がします。』

 キブシが応援演説をしてくれた人に引きずられながら壇上から去った後、演説の締めである四人目――レイテッドさんは微妙な顔でマイクの前に立った。

『それに……ふふふ、話そうと思っていた事も抜けてしまいました。どうしたものでしょうかね。』

 困り顔でほほ笑んだレイテッドさんは、けれどそれをピンチだとは思っていないようで、柔らかな表情で演説を始めた。

『私は……私が生徒会の副会長になったのは、当時色々な転機をくれた会長を追いかけての事でした。どうすればあんな強さを得られるのだろうかと、気になったわけですね。しかしいざ近くにいると大変なドタバタに巻き込まれるばかりで、そんなモノをじっくり観察する余裕はありませんでした。』

 そうか……今回デルフさんの企画の一番の被害者は選挙管理委員長だろうけど、普段は生徒会メンバー――特に会長の補佐をする副会長がその役目を負っていたのだろう。

『そんなこんなで忙しく過ぎて行った生徒会の時間でしたが、気づけば普通なら無かっただろう経験をたくさん積み重ね、私は大きく成長していました。それは私や生徒会メンバーに限らず、会長の企画に参加した者全てが感じた事でしょう。昨日の会長同士の戦いもそうですが……会長はみんなにレベルアップの機会をたくさん用意してくれました。流石学院最強と称される人物、まさに生徒会長に相応しい……と、一昔前の私であれば思い、会長に尊敬の眼差しを送っていたでしょう。』

 さすがデルフさん――という流れかと思いきやなんだか違う方に向かっていった話に、袖にいたデルフさんも「おお?」という表情で――選挙管理委員長にヘッドロックされながらも顔を出す。

『ですが一年間見てきて理解しました。会長が起こすあれこれは全て巡り巡って自分の為なのだと。いつか自分を助けてくれるかもしれない人、どこかで役に立つかもしれない能力を持つ人、そういう……そうですね、悪く言うと「使える人」を使えるようにする為に育てていただけなのです。』

 レイテッドさんの暴露話にも似た演説……演説? に対し、だけどもデルフさんはひひひと笑っていた。

『こうして聞くと生徒会長として相応しいかどうかという事を疑問に感じてしまいますし、これまた一昔前の私であれば軽蔑の眼差しを送っていたでしょう。ですが……ええ、これまたこれまた、今の私はそうは思わないのです。』

 ふっと目を閉じ、深く息を吸ったレイテッドさんは――どこか挑発的な表情を浮かべてオレたちに言った。

『ここは騎士の学校、名門セイリオス学院。目的は何であれ、多くの生徒が更なる強さを求めています。そしてそれを得る事の出来るチャンスは、様々な形であちこちに転がっています。問題はそれに気づけるかどうか、そして自分がそれに手を伸ばせる位置にいるかどうかです。私は、生徒会長になったらその力を最大限活かして会長だからこそ手を伸ばせるチャンスをつかみに行きます。諸々の雑務を引き受けるのですから、妥当な報酬ですよね。そしてきっと、その内の何割かは学院を……皆さんを巻き込む形になるでしょう。だから――』

 グッと握った拳を前に突き出し、レイテッドさんは笑う。

『私を生徒会長に選んだなら、私が私の為に全力でつかむチャンス、時に大きすぎてこぼれ落ちるそれを手にして強くなる事ができるでしょう。皆さんが、上を目指す騎士であるならば。』

 笑顔でそう言い切ったレイテッドさんは、ペコリと一礼してさらりと壇上の袖に消えて行った。応援演説をする人はいないのか、誰もいなくなった壇上と予想の斜め上を行った演説にぽかんとしている生徒たちで妙に静まり返った体育館の中には、ふき出し笑いをしているデルフさんの「ぶくくく」という声だけが響いていた。

 他の三人も「自分が生徒会長になったらこんないい事がある」という内容を話していたのだが……レイテッドさんのは姿勢が違う。
 三人が生徒会長としてみんなに「こうしてあげる」と言ったのに対し、レイテッドさんの場合は……荒く言うなら「こうするから勝手に強くなれ」というモノ。どちらがいいかと聞かれれば、楽なのは前者になるだろう。
 けれど……たぶん、オレたちの状況どうこうよりも、生徒たちの一番上に立つ人物が「みんなを強くしてあげよう」と言うのと、「私はもっと強くなる」と言うのとではどちらが良いかという事が論点なのだ。
 チームを大事にするリーダーと、一人でグングン先に歩いて行くリーダー。要するに――チームの人間が強さを享受する「受動」になるか、自ら強くなりに行く「能動」になるかという事。
 まとまりやすいのは前者だろうけど……もしも形になったなら、強いチームは後者だ。
 オレなら……どちらかと言えば後者の方が頑張り甲斐があると思うし、そもそもそうあるべきなんだとも思う。レイテッドさんの言うように、目的は何であれ、強さが第一にモノを言う騎士という世界にいるのだから。

 いや……というか……レイテッドさんの挑発――挑戦に胸が熱くなった。これだけで投票するには充分だ。



「もしかしてですが、今日はあの人間にとって何か大事な日でしたか?」
 スオウが寝たりヴェロニカがすごい演説したりと、最後の最後で色々あった選挙もついさっきやった投票で終了。あとは選挙管理委員会の仕事であたしたちとしてはロイドがどうなるかって事だけが気がかりな感じで、とりあえず『ビックリ箱騎士団』の部室に集まったあたしたちを……黒い椅子に座るカーミラが出迎えた。
「あんたなんでここに……」
「カーミラくんが突然やってくるのは毎度の事だろう。それよりも気になるな。あの人間とは誰の事だ?」
 ロイド辺りはいきなりの登場にビックリ仰天って顔をしてるんだけど、ローゼルは何でもないような顔でそう聞いた。
「名前は知りませんが、ロイド様をひどく怒らせた人間です。」
「ふむ、それならスオウ・キブシ――ん? もしやあの居眠り事件はカーミラくんが関係しているのか?」
 ローゼルの言葉に全員がハッとし、カーミラに視線が集まる。
「ロイド様の感情はこの右眼やお渡しした指輪を通して伝わってきますから、ロイド様のお怒りはワタクシにも……全くあの人間、消し飛ばしてやろうかと思いましたが、そうすると後々ロイド様が困った状況になりますので我慢しました。」
「う、うん、良かったよ……」
 割と冗談じゃない顔でそう言ったカーミラに青ざめた笑顔を向けるロイド……
「ですがあの人間はロイド様の……本気の怒りを受けてしまいましたから、少々記憶――いえ、感情の操作を施しました。」
「え、えぇ? ど、どうして……」
「まぁ、ロイドくんの泣く子も黙る怒りは下手すればトラウマになるかもというレベルではあったが……カーミラくんが出てくるという事は、ロイドくんの吸血鬼性に関係があるという事か?」
「その通りと言いますか当然と言いますか……そうですね、改めて言っておきましょうか。」
 黒い椅子の上、立ってるロイドを見上げてカーミラは言った。

「ロイド様は、もはや人間ではありません。」

「は!?」
「うん。」
 今度はあたし――とかローゼルとかがビックリ仰天って顔になったのに、ロイド本人はこくんって頷いた。
「あ、あんた何納得してんのよ!?」
「えぇ? いやぁ、だってオレの右眼はミラちゃんの、しかも吸血鬼にだけ発現する魔眼なわけだし……」
「さすがロイド様。ワタクシ――いえ、魔人族への理解が深いロイド様には今更なお話でしたね。」
 ニッコリと笑ったカーミラは、今度はあたしたちの方を向いた。
「ロイド様のお身体には一パーセント以下とは言え、吸血鬼性が宿っています。即ち、ロイド様は百パーセントの真人間ではないという事です。」
「それは――わ、わかってるけど、でもほとんど人間って事で……」
「確かに、割合の上ではそういう捉え方もできますね。ですが吸血鬼と人間――今お話ししているワタクシとエリルさんは、生物としての格に圧倒的な差があるのです。」
「か、格って――」
 何か……何かしらの反論をしようと思ったけど、今まで見てきた色んな事がそれを止める。『紅い蛇』の一人だったザビクと戦ってた時のカーミラ。ラコフとの戦いであたしたちをサポートして段違いに強くしたユーリ。暴れる魔法生物の大群を一人で抑えてたストカ。ロイドを通して知り合った魔人族の知り合いは、全員普通に話せる相手だけど根本的にあたしたちとは違う存在……カーミラの言うように、生き物としての――レベルが違う……!
「あまり良い例えではありませんが、今のロイド様は小さなアリが強靭な肉食獣の腕を手にして使いこなしているようなモノ。同族のアリを難なく潰すどころか、虫の中には敵無しとなってしまうような、そんな状態なのですよ。」
「ああそうか……オレが怒るって事は吸血鬼が怒った時の――迫力? みたいなモノがほんのちょっと混ざるって事なのか。」
「その通りです。割合の上では一パーセント以下であっても、アリがライオンから本気の殺意を向けられるようなモノですからね。本能的に、耐えられるモノではありません。」
「耐えられない?」
「ええ。ロイド様の怒りを受けた直後は頭も身体も状況をきちんと認識できていなかったでしょうから、あの人間は「ロイド様は怒らせるとすごく怖いなー」程度にしか思わなかったでしょう。ですが時間が経つにつれてその時に感じた恐怖がじわじわと大きくなり、そのままにしていたらロイド様を視界に入れるだけで逃げ出すような状態になってしまっていたでしょうね。そうなりますとそれもそれでロイド様が後々困った事になりますでしょう? ですから少し対処をしたのです。頭をいじった影響で強力な眠気が生じてしまいましたが。」
「そっか、オレのせいで演説が……悪い事したな。とにかくありがとうね、ミラちゃん。もっと気をつけるよ。」
「いえ、怒るべき相手にはそうするべきです。ロイド様がお怒りになられたワケも感情を通して大体把握しておりますが、あの人間の場合は自業自得でしょう。それに吸血鬼としての殺気は騎士として高みを目指すロイド様の武器にもなるかと。」
 あっさりと会話を続けるロイドとカーミラ……いえ、あたしがちゃんと認識してなかったってだけの話だわ。ほんのちょっと吸血鬼性があるっていう事の意味を……
 ……人間じゃない……ちょっとだけ人間じゃない……でもロイドは……
「ふむ、この際だから聞いておくが、真人間ではないロイドくんと人間の差は怒った時の迫力だとか魅惑の唇だとか、それくらいという認識でいいのか?」
「ミ、ミワク……」
「ええ、その認識で良いかと。例えばの話、真吸血鬼ではないロイド様と吸血鬼であるワタクシとで子供を作る事もできますから。」
「コドモ!?」
「ほうほう。では真人間ではないロイドくんと人間であるわたしでも子供は作れると?」
「コドモ!?!?」
「ええ、残念ながら。」
「ボクも! ロイくんと――ロイくんと……ぐへへへへ。」
 ココ、コドモって――こ、これはダメな流れだわ! いつもの感じだけどこの話題は――ハハハ、ハヤスギよバカ!
「カ、カーミラ! そういえばフィリウスさんが『魔境』がどうとか言ってたわよ!」
 とりあえず思いついた話題をぶん投げたら、カーミラは難しい顔になった。
「ええ、その件はいずれどこからか……まぁあるとすればフィリウスさんですが、来るとは思っていますよ。あの封印を直せるモノは今の人間にいないと思いますからね。少なくとも単独では。」
「マ、マキョー……? あの何の話でしょうか……」
「ん? もしやあの『魔境』か? 『プラリマ』や『ラウトゥーノ』などの立ち入り禁止区域の?」
「お、聞いた事あんぞ。マジでヤベー魔法生物が住んでんだろ?」
 そう言えばロイドに伝えてなかったフィリウスさんの話を、無事に話題をそらせてホッとしながら、あたしは話した。
 ……ほんと、コ、コドモとか……ロイドと……とか…………


 次の日。『魔境』の件を話した後、それはそれとしてって感じにカーミラが「ティアナさんとも夜を過ごされたようで、いよいよ真打のワタクシの番ですね」って言ってロイドに抱きついたのを始まりにドタバタした夜になったせいで頭から抜けかかってたけど、生徒会や委員会の委員長に立候補してた連中が出店みたいに並んで旗を振ってた学食の前辺りに立った大きな掲示板を見て、あたしたちは選挙の結果を確認した。
「おお、良かったなロイド! 落選だ!」
「お、おう……」
 アレキサンダーにバシバシ背中を叩かれるロイドは微妙な顔。まぁ、あんな怖い顔見せちゃったらこうなるわよね……吸血鬼入りだし。
 というかそれよりも……
「んん? ロイドはともかく何故クルージョン先輩も落選となっているのだ? 庶務は決まらずという事か?」
 そう、ロイドの記憶を公開したあいつも落選してるのよね……どういう事?

「変な事じゃないよ。たまにあるのさ。」

 こうやって何かを疑問に思ってると答えを引っさげて登場する男――デルフがふらりと現れた。
「投票用紙をちゃんと見たかい? 「信任する者に〇をつけて下さい」ってあっただろう? つまり、どっちもダメだと思うなら誰にも投票しないっていう場合があるのさ。結局クルージョンくんは他人のトラウマみたいなモノを引っ張りだしたわけだからね。印象がだいぶ悪かったわけさ。」
「そんな事が……で、でも、それじゃあ庶務はどうするんですか?」
「うーん、再選か、もしくは新生徒会長が指名しちゃうかな。庶務ってそういうちょっと特殊な立ち位置だから。」
 そう言いながら掲示板を見上げたデルフの視線の先には、生徒会長って書いてあるところの横にある名前――ヴェロニカ・レイテッドの名前があった。
 昨日の演説は……なんていうか賛否両論って感じになりそうな内容だったけど、個人的には熱くて好きだったから、まぁヴェロニカ当選で良かったわね。
「……これであんたは生徒会長じゃなくなったわけね。」
「ふふふー。」
 なんかわかんないけど「いい気味だわ!」って感じでそう言ったら、デルフは意味ありげに笑った。
「賞品の配布があるから余分に今日だけ微妙に会長さ。」


 放課後、新しい生徒会や委員長の話題で一日中盛り上がってた生徒たちが賞品を渡すからって事でまた闘技場に集まったんだけど……何故か全員観客席に通された。
「あははー、あの会長――前会長はまだまだ何かする気なんだねー。」
「ふむ。あの性格なら更なるサプライズというのもあり得るが……しかし今さらあと何があるのだ? 賞品の内容変更などか?」
「いえ、そういう事ではないようですよ。」
 ……生徒会長っていうのはそういうスキルが手に入るのかなんなのか、新生徒会長のはずのヴェロニカがあたしたちの後ろの席に座ってた……
「あ、レイテッドさん。おめでとうございます!」
「ありがとうございます。サードニクスさんは……残念でしたねと、言うべきなのでしょうか。私個人としては残念なのですが。」
「えぇっと……け、結果的には良しと言いますか……」
 残念って……こいつもロイドを……
「で、なんで新会長が観客席にいて前会長があそこにいるのよ。」
 何が起きるんだろうってざわつく闘技場、その真ん中に向かって入場口からデルフが歩いてきた。
「私も聞かされていないのですが……どうやら彼が関係しているようですよ。」
 ヴェロニカが視線を向けた先、デルフが登場した方と逆側から、不良学生の模範みたいな格好の生徒――選挙管理委員長が現れた。

『やぁやぁみんな、前生徒会長のソグディアナイトだよ。賞品を渡す前に半分僕の我がまま、半分ケジメをやらせて欲しいんだ。』
『この期に及んで何する気なんだてめぇは。うちも新メンバーへの引き継ぎとかあんだぞこら。』

 当然のように怒ってる……まぁなんかあれがデフォルトのような気もするけど、選挙管理委員長の睨みを受けたデルフは……何故かファイティングポーズをとった。

『さぁやろうか選挙管理委員長!』
『……あぁ?』
『いやーほら、僕にとっては最後のお祭りだったけど、選挙管理委員長にとってはメインの仕事だったわけでしょう? そこに色々と迷惑をかけたわけだから、さぞ僕をボコボコにしたいんじゃないかと思ってね。』

 二ッと笑うデルフの発言に観客席が静まり、そしてスクリーンの映し出された選挙管理委員長の顔がキョトンとしたモノから段々と……嬉しさと怒りの混じったような、何にしても怖い顔になっていった。

『……最後のランク戦でボコしてやろうと思ってたが、トーナメントだからぶつかれるかどうか心配だったところだ……そうかそうか、オレのアフターケアもバッチリってわけだな……!』

 ゆっくりと上着を脱ぎ、更にシャツも脱いで上半身裸になる選挙管理委員長。フィリウスさんレベルじゃないけど、引き締まった立派な筋肉が姿を見せる。

『そうそう、アフターケア。僕はできる男だからね。まぁ、君とがっつりやり合いたいっていうのは僕も望むところなんだけどね。』

 シュッシュッって、蹴り技主体のクセにボクサーみたいな動きをするデルフ。
「……デルフは有名だけど、選挙管理委員長は強いの……?」
「強いですよ。」
 あたしの独り言みたいな質問にヴェロニカが答える。
「三年生最強は会長……デルフさん……という事で周知ですが、破壊力という点で言ったらナンバーワンは彼になるんです。」
 破壊力ナンバーワン……それは気になるわね……

『それにしてもあれだねー。去年選挙管理委員長になって、そのあまりのギャップに二つ名よりも役職で呼ばれる事が多くなっちゃった君は、今後どう呼ばれるんだろうね。』
『知るか、好きに呼べ。』

 あたしみたいに両腕にガントレットを装備する選挙管理委員長。その形状はなんか独特でキキョウが使ってたのみたいに何かしらの仕掛けがありそう……っていうか、表面についてるあれ、どっかで見たような気がするわね……
「わぁ……あの人のガントレット、リボルバーがつい、てるよ……」
 何だったか思い出そうとしてたら、たぶんそれで正解の名前をティアナが呟いた。
「む? それは確か……銃に弾を込める時にくるくる回る部品――だったか?」
「う、うん。最初の頃に開発、された連発式の仕組みで……自動式よりも、ジャムになる可能性が低いの……」
「う、うむ……?」
 そっち方面の知識には疎いあたしたちには微妙に何を言ってるのかわかんない事を言ったティアナ……
「……つまりあのガントレットには鉄砲が仕込んであるってわけ?」
「そう……ではないと、思うよ……きっともっと別の、使い方をするん、じゃないかな……」

『おい、もう始めていいんだろ?』
『うん。審判も到着したしね。』
『なんでお前は毎度毎度私を指名すんだ!』

 ものすごく面倒そうな顔で遅れて登場した先生が二人からちょっと離れた場所に立つ。
 まぁ、元国王軍指導教官に頼めばいざって時に安心だものね……

『んじゃ始め。』

 力のない合図が聞こえたと思った次の瞬間、選挙管理委員長の正面……いえ、前方にある地面の全て……つまりは闘技場の半分の地面が爆音と共に――えぐれた。

『あはは! いきなり全弾発射かい!?』

 いつの間にかえぐれてない方の地面、選挙管理委員長の後方に移動してたデルフは再度その姿を消し、鋭い蹴りを放ちながら選挙管理委員長の真後ろに現れ――

『冗談抜かせ、今のは二発だけだ。』

 ――たんだけど、その速度に反応した選挙管理委員長が突き出した手の平――まるで盾みたいに出したそれが見えない壁でも出現させたのか、デルフの蹴りは手の平の十数センチ手前で止まり――

『あ、やっちゃったあああああああ!?』

 再度の爆音と共にまぬけな声をこだませながらデルフがふっとんだ。
「あの人、第八系統の使い手か……」
 いつもならこういうのに気づくのはティアナだけど、ぼそりと呟いたのはロイド。という事は……
「あいつが使ってるのは風ってこと?」
「うん。オレがたまにやるのとは桁違いのパワーで圧縮された空気を破裂させて爆風を発生させているんだ。地面をえぐったのもデルフさんのキックを押し返したのもそれだよ。でも……」
「? なによ。」
「圧縮してるのは確かなんだけど、勝負が始まってから今までその圧縮の作業をしていないというか……」
「そこで登場するのがリボルバーなのです。」
 難しい顔をするロイドにヴェロニカが説明する。
「圧縮した空気を銃弾のように両手のガントレットに組み込まれたリボルバーに装填し、好きなタイミングで放つ――それが選挙管理委員長……『ゲイルブラスター』の戦法です。」
「『ゲイルブラスター』……!!」
 ロイドが「かっこいい!」って顔をする……
「あ、あれ? でもそれって、全弾使っちゃったら終わりって事ですか?」
「いえ、戦闘中にも装填しますよ。あんな風に。」

『うりゃああ!』
『遅せぇっ!』

 普段の神出鬼没っぷりそのままに、リリーの『テレポート』みたいにいきなり現れて攻撃してくるデルフを風――いえ、爆風の盾で防ぐ選挙管理委員長。でもって片腕がそうしている間にもう片方の腕にあたしでも感じ取れるような……大量の空気がガントレットに吸い込まれてく。
 つまりあの破壊力を発射してる間にもう片方のガントレットは弾を装填するってわけね。
「ふむ、しかし馬鹿みたいなパワーという点では我らが『ブレイズクイーン』と似ているし、炎と風ならエリルくんの爆発の方が威力は上かもしれないな。」
「誰が馬鹿よ……」
「ふふふ、確かに学院最高の破壊力というランキングでしたらクォーツさんも侮れませんね。ただ、彼の破壊力は風であるからこそ、その形を変えるのです。サードニクスさんがやったように。」

『ちょこまかしねぇでサンドバックになれやデルフこのクソ野郎!』
『ボコボコにしたいんじゃないかとは聞いたけどボコボコにされるとは言っていないよ!』
『んじゃ細切れだ!』

 キュルルとリボルバーがまわり、選挙管理委員長が手刀を振る。すると馬鹿でかい剣を振り回したみたいに手刀の延長線上にある壁に斬撃が走った。

『うひゃぁ!』
『それかチーズみてぇにしてやる!』

 斬撃を回避した直後のデルフを正面に捉え、選挙管理委員長は両腕を大きく引いた。そして勝負が始まる前にデルフがしてたみたいにその場で空を切る連続パンチ。地面をえぐる攻撃が乱発されるのかと思いきや、今度は砲弾が連射されてるみたい壁に穴が開き始めた。
「もしかして爆風の形を変えているんですか……!」
「そうです。あの超威力を線状、点状に再度圧縮し、斬撃や砲撃を繰り出すのです。」
「そ、それにあの連射……あの人、空気を圧縮するのが――弾を装填するのが滅茶苦茶早い……!」
「きちんと時間をかけた時よりも圧縮率は落ちるそうですが、連発してもあれくらいの威力を保てるほどには一瞬で行える……彼は、「空気の圧縮」という点に特化した風の魔法の使い手なのです。」
「おお……!」
 高いレベルの風の魔法の難しさとかはよくわからないからロイドの感心についていけないんだけど、あたしには魔法云々よりも気になる事があった。
「……ていうかなんだけどあの男、さっきから何気にデルフの速さについていってるわよね……風で動きを捉えるのもうまいってわけ……?」
「ああ、それは会長――デルフさんによると、確かに空気の流れを捉える技術というのも一役買っていますが、彼の場合は天才的な戦闘勘によるモノだそうです。」
「なによそれ……」

『連続攻撃なら負けないよ!』

 若干コントみたいに逃げ回ってたデルフが身体を選挙管理委員長の方に向ける。すると連射される空気の砲弾をくぐり抜けるようにジグザグの閃光が走り、一瞬で選挙管理委員長の目の前に移動したデルフは既に蹴りのモーションに入ってて、瞬く間に光を帯びたとんでもない速度の蹴りが放たれた。だけど――

『なめんなぁあああああぁあぁっ!』

 選挙管理委員長はその超速の蹴りを連続パンチで迎え撃つ。
「す、すごい……デルフさんの攻撃についていっている……」
「少し違いますね。手数は会長――デ、デルフさんの方が圧倒的に多いのですが、選挙管理委員長の拳は爆風を放ちながらなので攻撃範囲が広いのです。一回のパンチで三、四回のキックを防いでいるイメージでしょうか。」
「……あんた、デルフを会長って呼ぶのがしみついてんのね……」
「ふふふ、どうにかしないといけないのですが、一年間これでしたからね。」
「そういえばデルフから聞いたけど、庶務はどうすんのよ。あんたが誰か指名するの?」
「何かと必要になる役職ですからね。どなたかにお任せしたいのは確かですが……他の生徒会メンバーに相談してからですね。」
「む、もしやロイドくんを持っていこうと? この妻が許可しないぞ。」
「ふふふ、ご安心を。少なくとも私にそのつもりはありません。先ほども言ったように残念なのは確かですが、『ビックリ箱騎士団』は今の状態でいる方が楽しそうですから。」
「楽しそうって……」
「ただ会長……デルフさんが注目するほどのサードニクスさんですからね。もしかしたら何かを頼む事があるかもしれませんが、その時はどうかお願いします。こちらも生徒会長として、色々とお助けしますので。」
「……さらりと悪そうな取引するわね……」
「これもまた、チャンスかと。」
 ニッコリ笑うヴェロニカ。今までデルフのせいで目立たなかっただけで、こいつも結構ヤバイっていうか色々起こす奴なのかもしれないわね……

『あちょちょちょーっ!』
『だらあああああっ!』

 光景はすごいんだけどデルフのまぬけな声のせいで気が抜ける。あの何考えてるのか微妙にわからない銀髪のせいでロイドが選挙に巻き込まれて、ついでに企画したミニ交流祭でキキョウが来てスオウが喧嘩を売ってロイドが怒って……この選挙期間のあれこれが全部あいつのせいのような気がするのに、本人はお祭り満喫って感じで遊んでる。
 あれが会長じゃなくなって学院が少し静かになるのかしらって思うのと同時に、なんだかんだそうはならないようにも思えて……結局卒業するまではあっちこっちを振り回しそうよね、デルフは。
 残すイベントは二回目のランク戦。上級生にも挑めるこの戦いにも、色々な事が起きそうだわ……
「おや、エリルくんが「いい人生だった」と言わんばかりにしみじみしているな。ロイドくんはわたしに任せて老後を楽しむといいぞ。」
「あんたねぇ……」



「やはりここに来ていたようだね、彼女は。」
 田舎者の青年たちが前生徒会長の最後の騒ぎを眺めている頃、遠く離れた国のとある街で、一軒の民家から出てきた金髪の男が外で待っていた金髪の女にそう言った。
「愛を広げる旅路は風の向くままかとも思ったけれど、どうやらボクらが追っている影響で道の選択に偏りがあるようだ。この調子なら近く、彼女に再会できるだろう。ああ、楽しみだ。」
 正面から見て左側を後ろに持っていき、右側を前に垂らすという不思議な髪型の金髪の男は、ホストのような服装には似合わない巨大な銃のようなモノを肩に下げながら、一本の剣をくるくる回していた。
「変な武器を作る奴もいたもんね。人探しができる剣なんて馬鹿みたい。」
 そんな金髪の男を待っていた金のショートカットの女は、上着を袖を通さないで羽織り、胸元が大きく開いた上にへそ出しというシャツにホットパンツという色っぽい格好なのだが、腰の左右にぶら下がった銃のホルスターが一般人ではない事を示し、事実女の足元には大量の鳥の死体が転がっていた。
「? なんだ妹、焼き鳥でも作るのか?」
「そんなわけないでしょ。ヒマつぶしよ。」
 そう言ってこちらもくるくる回した銃をホルスターに収める。
「だけどお腹は空いたわ。どっか食べにいくわよ、弟。」
「こちらの奥様のおすすめは街の真ん中あたりにある魚料理のお店だ。そこに行ってみよう。」
 金髪の男がそう言うと手にしていた剣がパッと消え、スタスタと街の中心へと歩き出した。
「ちょっと、歩くつもり?」
「いいじゃないか、ここは空気が美味しい。散歩を楽しむのもいいものだ。」

「呑気な二人旅だなおい。」

 身につけているモノを除けば誰もが目を奪われる美男美女の組み合わせである金髪の男と女は、進もうとしていた道の先に立っている二人の人物――金髪の二人とは真逆に異形とも呼べる奇妙なシルエットの二人に目を向けた。
「ひひ、ひひひ! 見眼麗しき美人同士だもんなぁ? 毎日仲良くヤリまくってんじゃねぇのぉ? 新婚旅行ですってか!?」
 ゲスな笑いをもらして歪んだ笑みを浮かべる二人の内の一人だったが、金髪の男はすっと一歩前に出て手を差し伸べた。
「これはこれは個性的な女性だ。きっと他の女性たちとはまた違った時間を過ごせるだろう。どうでしょう、これからお茶でも。」
「は? 冗談でしょ、あれ女?」
 自分以外の女性を前にした時に金髪の男がするいつもの行動に金髪の女は驚愕し、ゲスな顔をした一人をまじまじと見た。
「けけ、けけけ。すげぇや、姉貴を女って見抜く奴なんかいんのかよ。」
「おいおいヒドイこと言うなよ! 見ろよこのナイスバディを! どう見たって女だろうがよ、ひひ、ひひひ!」
 ギリギリで人型に見える姿でくねくねと腰を揺らした一人を見て、その人物を姉貴と呼んだもう片方が爆笑するが――

 ガキキンッ

 わざとなのか素でそうなのか、人の神経を逆なでするような笑い方をする二人の頭と思われる場所で同時に火花が散り、その笑い声は止まった。
「うるさいわね。あんたらはなんなのよ。」
 硝煙の出る銃で目の前の二人を狙う金髪の女。構えている銃は一丁だけなのだが、そこから放たれたであろう二発の銃弾が二人の頭にほぼ同時に着弾した事からして、相当な腕の持ち主だという事がうかがえる。
「ひひ、ひひひ、そうカッカすんなよ『イェドの双子』。聞きてぇ事があるだけだ。最近の、『紅い蛇』についてな。」
「あたしらが何なのか知ってて聞いてるってわけね。いい度胸してるわ。」
「できれば他の事も色々と聞きたいところさ。」
 そう言って両腕を広げた一人だったが、それはどう考えても人間の腕の長さを超えており、金髪の女は気持ちわるそうな顔をした。
「今悪党の世界にゃでけぇ動きがいくつもある。『世界の悪』の側近中の側近、アルハグーエが他の悪党を殺しまわり、お前ら『紅い蛇』は何かを探してあっちこっち飛び回ってやがる。一体何が目的なのか知らねぇが、そのせいで『マダム』や『ベクター』が手を組んで打倒お前らさ。この前の『魔境』の封印が解けかかったってのも『マダム』側の作戦だったって話じゃねぇか? これがマジなら冗談抜きで世界をひっくり返せる化物が解き放たれるかもってわけだぜ! 勘弁しろよな!」
「ふん、『マダム』がどうとか知った事じゃないわね。全てはお姉様のご意思よ。」
「迷惑だつってんだよ! 『罪人』の連中も何かデカイ事をするみたいだし、最近じゃよくわかんねぇ革命集団まであちこちの国で暴れる始末! あれも元を辿れば『世界の悪』がばらまいたツァラトゥストラのせいだって言うじゃねぇか!」
「だから、知った事じゃないわ。」
 嫌な笑いで相手を小馬鹿にしていた異形の一人が段々と語気を強くしていくも、金髪の女は言葉の通りにどうでもいいという顔をしている。だが――
「ひひ、ひひひ……だがなぁ……ひひ、ひひひ、こっからは若干ハッタリなんだが面白い情報があるんだぜ?」
「ハッタリって前置きするハッタリって、馬鹿じゃないの?」
「まぁ聞けよ。騒動の真ん中にいる『世界の悪』――あれが行動を開始したキッカケってのが存在するって話さ。」
 その瞬間、金髪の女と金髪の男の表情にぴくりと走った何かを、異形の一人は見逃さなかった。
「ひひ、ひひひ……あーあー、マジか、マジなのか! 都市伝説みてーな馬鹿馬鹿しい噂話だったんだがな! いるんだな、いやがんだな!? 『世界の悪』をその気にさせた奴が――」

「いぎゃああああっ!」

 異形の一人が情報に確信を得て声が大きくなった瞬間、隣にいたもう一人の異形に大量の剣が突き刺さった。
「ああ……認めるよ。キッカケ、確かに存在している。か細い情報から確信に至った事、貴女は素晴らしい女性だ。」
 そう言うと金髪の男はさらに一歩前に出る。だがそのたかだか一歩分の接近に、異形の一人は心臓が止まりそうになった。

「しかしいけないなレディ。それは、姉さんの邪魔になる情報だ。ボクらの前で言うべきじゃあなかった。」

 爆発する敵意。消し飛ばさんとする殺気。目の前にいる金髪の男が悪党の中でも別格の一人だという事は理解していた異形の一人だったが、自分に向けられているそれらはどう考えても人間のレベルを超えていた。
「ひひ、ひひひ……! い、いい反応、じゃねぇの! あ、悪党が悪党しにくい今を戻せるかも、しれない存在を確定できた――大収穫だ……!」
 がちがちと歯を鳴らしながら、震える手で異形の一人が取り出した何かを視認した瞬間、大量の剣と銃弾が放たれたが、それらは一瞬前まで異形の二人がいた場所を素通りした。
「あのクソアマ! 弟、ちゃんと追えるようにしたんでしょうね!」
「……当然さ。」
 くるくると、さっき回していた剣を片方の手に出現させた金髪の男。
「これは恋愛マスター捜索よりも優先される案件かもしれない……失態をさらす事にはなるけれど、他のみんなにも声をかけておこうか。」
「ったく、こんな時にこんな面倒事……お姉様に叱られるわ……」



「あああああ、がああああああ!」
「黙ってろ! これくらいの傷なら治せるだろうが!」
 先ほどまでいた場所とは全く異なるどこか。大量の血をふき出す相方の傷に魔法をかけながら、異形の一人は絞り出したような笑みを浮かべる。
「ひひ、ひひひ……まさか、『世界の悪』に一泡吹かせられる時が来るなんてな……あいつらにも連絡しねぇと……!」


 田舎者の青年たちが学生生活を送る裏で起きていた悪党たちの動き。大きくうねっていたそれに新たな流れが生じ、ひっそりと、表の人間は気づかないような場所で、一つの戦いの火蓋がこの日、切って落とされた。

騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第十章 会長の祭

ついに選挙が終わりました。新生徒会長は決まりましたが、他の役職はどうなっているのでしょうね。
そしてデルフさんのイベントの賞品。エリルたちが何をもらい、それによって何が起きるのかは次のお話ですね。

ただし次のお話は……ロイドくんたちが登場しないわけではありませんが、メインは選挙の裏――いえ、それに限らず今まで裏で動いていた悪党たちの物語にするつもりです。現役の騎士たちの戦いがメインとも言えるでしょうかね。

とはいえ毎度の事ならが……大抵は未定ですので、どうなるかは書き始めてからのお楽しみですね。

騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第十章 会長の祭

選挙戦を終え、残すは生徒会長立候補者の演説となった選挙。 あとは結果を待つだけというロイドたちに対し、デルフはまだまだイベントを残していて――

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更新日
登録日
2020-12-23

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