滝の声音


 その日は何をしていても集中できないほど暑かった。暑すぎて何をする気も起きなかったが、一日中こんな気怠い気分で過ごしていては貴重な夏休みを無駄にしてしまう気がした。

 すでに昼過ぎだったが、僕は友人二人に電話をかけて何処か涼を感じ取れる場所へ行こうと提案してみた。あっさり断られるだろうと思っていたのだが、意外と二人とも僕の提案に食いついて来て、今すぐ僕の自宅で合流し、行き先を決めることになった。

 僕は友人二人が来るまでに、行き先の目星をつけておこうとスマートフォンで近場のおすすめスポットを検索した。何処もあまりぱっとしないような場所ばかりで、今日は宅飲みかなー、と諦めていたときにある場所に目を惹かれた。家から小一時間と少し遠い場所にある滝。その滝は夏場になると多くの旅行者と地元民が足を運ぶという人気スポットとのことだった。少し遠い場所とはいえ、こんなところに人気の滝があるなんて今まで気がつかなかった僕は嬉々とした調子になり、行き先はここだと一人で決め込んだ。

 友人二人が家に来たのは電話をかけてから約三十分後だった。
「なんじゃ今日の暑さ。暑いってもんじゃないぞ。」
「もうシャツ汗だくなんだが。」
 開口一番に二人は夏の暑さに文句を言い合った。
「じゃあ、早速暑さを忘れに行こうぜ。良いところみつけといたぞ。」
 僕は得意げに先ほど偶然見つけた滝を紹介した。
「いいじゃん。今から行けば夕方ぐらいには着けるだろうし、小一時間ならドライブにはもってこいだな。」
「賛成に一票。」
 こうして僕らは滝へ向うことにした。

 滝へ着いたのは予想通り夕方だった。駐車場には僕ら以外の車は一台しか止まっていなかった。夏休みの真っ只中なので、混み合っているだろうと思っていたのだが、ほとんど貸し切り状態と知り、「ラッキー」と三人で笑い合った。

 車から降りて、滝のある山奥へ歩みを進めることにしたのだが、道中で道に迷ってしまった。
「滝なんてあんのか?」
「もう蚊に刺され過ぎてうんざりなんだが。」
友人二人はまた文句を言い合った。
「適当に歩いてたら何とかなんだろ。」
僕はそう言うと、友人二人を引き連れてさらに山奥へズンズンと進んだ。しかし、二十分ほど歩き続けたが滝にたどり着けなかった僕たちは滝を見つけることを諦め、車に戻り、行き先を変更することに方向転換した。
「滝はもう諦めよ。夏休みやし、オールで今からどっか行こうぜ。」
「最高。」と車内で気を取り直しているときだった。

 コンコン・・・と外から助手席の窓をノックされた。そこには文字通り漂白されたような真っ白いシャツを着た痩せ気味で坊主頭のおじさんがこちらを見て立っていた。
 僕は窓を少し開けて
「どうされました?」と訊ねるとおじさんは
「滝を見に来たの?」と言った。
「はい。でも道に迷っちゃって見れなかったんです。」
「山道で複雑だからね。良かった案内するよ。もう何度も来ているから道なら分かるよ。」
 
 そういうことで、僕らはおじさんに道案内をして貰うことになった。
「おじさんはいつから滝に来るようになったんですか?」
「子どもの頃からだよ。だからもう五十年近いよ。」
「大ベテランっすね。」
「もう第二の家のように感じるよ。よく親父とここへ散歩しに来たもんさ。」
 僕は前を歩きながら話す友人二人とおじさんについて行く形になった。後ろから見えるおじさんの横顔は親友と邂逅を果たしたかのようにとても嬉しそうに見えた。実際に、友人二人とおじさんは実に楽しそうに会話していた。
 しかし、僕の頭にはつかめそうでつかめない、形の無い不安が引っかかっていた。何だろうか、この感覚。
 そんな考えに耽っている間に、周りは霧に囲まれていた。そして、目の前には一筋の滝が勢いよく澄んだ水を垂れ流していた。
「すげー。霧の中の滝ってなんかかっこいいな。」
「これは予想以上だな。」
友人二人はそうはしゃぎ立てていた。
確かに滝は神秘的だった。命の源はここにあるのではないかと思わせるほどの神秘を僕も感じていた。その滝を目の前にして、頭の中に引っかかった不安はどこかに吹き飛ばされ、感動すら覚えていた。

 しばらく、滝を眺め続けているとおじさんが滝の隣にある崖を指さしながらパカッと口を開いた。
「あそこの崖から見る滝は絶景だよ。」
 崖を指さしたおじさんの目は何処を見ているのか分からなかった。
「もう暗くなってきたし、さすがに危ないっすよ。」
 友人の一人が笑いながらそう断ると
「大丈夫、怖くない。見て欲しいんだ。一緒に見よう。」とおじさんは執拗に僕たちを崖に登らせようとした。
「だから、危ないですって。登りませんよ。」
友人の一人は今度は強く断った。するとおじさんは壊れたように笑いながら
「一人だ。俺は一人だ。一人なんだ。」
とぶつぶつ言い出した。
 僕たち三人はこれまでに無い程の恐怖を感じて一目散に逃げ出した。おじさんが追ってくるのではないかと思ったが振り向く余裕すら無かった。僕たち三人は車に慌てて飛び込み、急いで車を走らせた。
「なんだったんだあの人。」
「ちょっと普通じゃないぜあれ。」

 僕ら三人は気を取り直してどこか違う場所に行く気にもなれず、一刻も早く帰宅することにした。気がつけばとっくに日が暮れていた。わけが分からなくなった頭を何とかまともに整理しようと努めていたところに、追い打ちをかけるように理解できない事態が起こった。山道を下り抜けたところで警官に車を止められた。
 「すみません。滝で暴行に遭ったと男性から通報を受けました。山から下りときましたよね?」
 そう訊ねられた僕たちは自分たちではないと説明をすると警官は「この道は一本道。君たち以外の車は通っていない。それに、通報された車種、色、ナンバーも一致している。」
と説明された。僕たちは滝に登ることを断ったことに対する腹癒せにおじさんが通報したのだと思い、じわじわと怒りを感じ始めた。
 誤解だと警官にハッキリさせたいと思い、警官と共に滝へ戻った。滝にはおじさんの車がまだ止まっていたが、車はもぬけの殻だった。もしかして、まだ滝にいるのだろうか、
直感的にそう感じた。墨色の黒に染められた山道を警官のライトを頼りに滝へ向って進んだ。

 おじさんは滝のそばにある木で首を吊っていた。

 その後の記憶はショックのせいか、ほとんど思い出せない。ただ、一つだけ覚えているのは、木の幹に脱ぎ揃えられたおじさんの靴に遺書のような紙が挟まれていた。

 こっちではひとり
 さみしさ

 紙にはそう書かれていた。
 僕たちの解釈では

 首吊りは一人でできる
 けれどさみしい

だったのでは無いかと思っている。崖に登らせようとしたおじさんの挙動を思い返すとぞっとする。

 あの出来事から何年も経った今でも、夏が訪れるとあの時の友人二人とおじさんの話しをする。遺書の解釈は合っているだろうか、おじさんは何をきっかけに自殺したのか、なぜあの滝を自殺に使ったのか、どんな人生だったのだろうか・・・。
そんな夏を迎える度、僕たちは歳を重ねていく。歳を重ねる度、あの滝の音がつまみを回してボリュームを徐々に上げていくように、聞こえてくるような気がする。

滝の声音

最後まで読んでいただき、感謝します。

滝の声音

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-21

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