マイナス温度のくちづけ

 キスは、いつも、儀式めいている、だれかとの、くちづけも、花や、土や、どうぶつとの、それも。神さま、というものが、刹那、おりてくるのではないか。錯覚だとしても。自身の、厚くもなく、薄くもなく、指で押しても、弾力を感じるでもなく、一般的にこんなものだろうと思う、くちびるで、いきものに触れる瞬間は、やはり、どこか、神秘めいている気がするのだ。朝の、四時の空気を纏い、眠りのために目を閉じるときの、空虚と、孤独が、睡魔によって上昇した体温と、綯い交ぜになって、からだのなかが凪ぐ。神経、血、鼓動、肉の躍動。夕暮れの、海に似ている。
 きみが、野原に咲いた、一輪の赤い花で、ほかの惑星との交信をはかるあいだにも、この星の軸はすこしずつ、撓み、ちかいうちに、ぽっきりと折れてしまいそうな予感がしているよ。青い制服のこどもたちが、自分たちの将来のために戦っている、見えない何かと。こどもたちが壊れてしまわないように、そばにいる、寡黙なしろくまたちが、たとえば、いずれ、こどもを食い殺そうとも、自然の摂理かの如く、子孫を残そうという本能に支配されて、こどもを蹂躙しようとも、きっと、青い制服のこどもたちは、どんなにうつくしい世界の景色よりも輝かしく、命の炎を燃やすことだろう。しろくまの重みを想像しながら、毛布に包まる。冬の夜は、空の、飛行機の音が、こわいくらいによくきこえる。

マイナス温度のくちづけ

マイナス温度のくちづけ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-16

CC BY-NC-ND
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