二十一時のさびしいきもち
ワンタンメンを、さあ、まるで、せかいでいちばんおいしいたべものみたいに、たべているの、きみは、ちょっとだけ暗黒期入ってる、世の中をしり目に、あと三十分で閉店する、ラーメン屋さんの、カウンターのすみっこで。
しごとは、つらくない。
つらくない、というのは、でも、しごとのないよう、つまり、一日のノルマだったり、ひとりが行う作業量だったり、そういうのは、ぜんぜん、むしろ、すこし物足りないと思うくらいなのだけれど。
つらいのは、そう、カプセルに入ったひとびとが、入眠する瞬間の、かお。あのひとたち、じぶんから、遠い先の未来に生きる選択を、したというのに、いざ、カプセルに入ると、なんともいえない表情を、浮かべるのだ。不安と、さびしいのと、泣きたいのがいりまじった、笑顔。これからしばらく、何十年、何百年の眠りにつく、不安。家族や恋人と決別した、さびしさ。かなしみ。でも、きっと、未来は明るいと、前向きに努めようと、むりやりに笑って歪む、くちもと。ひきつってる。
ぼくは、ビールをのんで、ぎょうざをたべる。冷めて、ぱりぱり感を失った、羽根つきぎょうざ。
ワンタンメンの、ワンタンを、レンゲから、ちゅるっと吸いこむ、きみのくちびる。仄かに赤い。街が、人口減少による衰退を危惧して推奨する、コールドスリープ。予測不能な未来の街で、しごとをして、経済をまわして、こどもを生んで、街を、永遠に残していきたいという、えらいひとたちの単なるエゴ。吐き気がする。
二十一時。
いまはただ、きみだけが真理。
二十一時のさびしいきもち