ルル、帰ってきてくれてもいい
ルル、心身ともに、健やかであれ。
夜のレンタルショップで、なんだかべつに、たいして観る気もない映画のタイトルをながめては、ぼやぼやしている。邦画の棚、洋画の棚を、あ行から順繰りに、目で追っているあいだに、すこしだけ、ゲシュタルト崩壊みたいな感じになる。ひまなのか、レジカウンターに突っ立っているだけのスタッフが、おおきなあくびをひとつして、十八才未満は入れないコーナーの出入り口の、ピンクの暖簾の裾が、微かに揺れる。いっそ、あのなかから、じぶんの性的嗜好とは対極にありそうな、とんでもない内容のものでも借りようかと、一瞬、思う。思うだけで、実行はしないのだけれど。
この、漠然としたさびしさの埋め方を、ぼくは知らないで、もう、きっと、帰ってくることはないだろう、ルル、という存在のことを考える。どこにいてもいいから、元気でいてくれ。と思う反面、どんなものになっていてもかまわないから、帰ってきてくれ。と祈るときもある。ルルがいなくなってから、一日が、とてつもなく長いような気がしている。朝、目が覚めてから、夜、眠るまで。永遠に、明日は来ないのではないかと心配になりながら、生きている。にんげんとかかわり、自然発生する欲求を満たし、ときには不本意なことも行い、おなじ景色をみている。
足りない。
欠けている、ともいう。
じぶんのなかに、確かにいた、べつのいきものが、離れていってしまった感覚を、共有できるひとは果たしてこの先、現れるのだろうか。からっぽのケースの背表紙を、指でなぞる。きいたことのないタイトルだけれど、ホラー映画であることは明らかで、ちょっとだけおもしろそうな、もし、はずれでも、こんなもんかなと割り切れそうな類の、もの。どんなひとが借りてるんだろうと想像しながら、ぼくの一日は、まだ続く。
ルル、帰ってきてくれてもいい