捕食者と獣
もくもくしている、けむり、あの、駅前にあった、個室、ガラス張りの、喫煙所だったところは、いつのまにか撤去されていて、きみは、盛大に舌打ちをした。夜。だれもいないような、夜。冬の、冷たく澄んだ空気が、聴覚をクリアにする。みえない電車の音が、きこえる。
ホテルに行こう、とはいわない。きみは、したければ、どこでもできるひとだから、路地裏でも、公園のトイレでも、なんだかそういう、ケモノみたいなところ、きらいじゃないのだけれど、ときどき、かなしくなる。べつに、ひどいあつかいをうけているとか、そういうのはなくて、ただ、なんとなく、ぼくのことを、結局のところ、あいしているのか、いないのか、判然としないときがあるので。からだに対して、きもちが、おいついていかないときの、あの感じ。ことばがほしいと、思う。ゆびのうごきや、くちびるの温度では、わからないことも、ある。
喫煙ルームのあるファミレスで、とくべつ食べたくもないピザを、ぼそぼそ食べているあいだに、きみは何度か、たばこを吸いに席を立ち、ぼくはきみがいない時間を、よくあるマルゲリータピザと対峙して、ピザの生地は、サクサクしている方が好きだな、なんて考えている。それから、つぎは、カルピスソーダにしよう、とも。タバスコを、ちょいちょいっとかけた一切れを、食べ終わらないうちにきみは、ニコチンを摂取しにゆく。たまに、もういっそ、ぼくもニコチンになりたい、もとい、きみのたばこになりたい、とか、やばいことを想像しはじめる。好きだから。好きだから、きみのからだを、穢したいのだ。至極真っ当な欲求だとひとり頷き、ぼくはピザをコーラで流し込んだ。
捕食者と獣