ティーポットの帽子

 花火のきおくは、あいまいで、音と色、夏の夜のにおい、熱気、そういったものが秋深まり、冬のおとずれを知らせる渡り鳥が、近所の川にやってくる頃、もう、わたしのあたまのなかからはすっぽり、ぬけおちている感じだった。夏の思い出って、なんだか総じて、そういうもののような気がする。はかない、まぼろしみたい。海水浴や、山でのキャンプも、あれはすべて夢のできごとだったような、不確かさが、あった。わたしだけ?
 あの、紅茶のポットにかぶせる、毛糸の帽子を、きみは編んでいる。
 ティーコージーというらしいけれど、わたしのくちから発せられるとき、その、ティーコージーという単語は、みょうな感じがして、わたしは、ポットの帽子と呼んでいる。夏がおわってから、きみは、たくさんの編み物をしていて、わたしは、よく厭きないよなぁと思いながら、編み棒をうごかす、きみの、横顔をながめているのが、好きだった。お化粧をほとんどしないひとだから、まつ毛は、カールすることもなく、けれど、マスカラをひと塗りしたように、長く、すっと伸びている様が、うつくしくて、わたしは、まばたきするときに揺れる、それを、生きものでも観察している気分でみているのが、おもしろかった。
 あなたが動画サイトで、動画を一日中観ているときがあるでしょう。よく厭きないなって思うわよ、わたしも。
 きみが、そう言って笑っていたことを思い出しながら、わたしは、きみに編んでもらう予定の、マフラーの色を選ぶために、カラフルな毛糸玉を見比べていた。世界は、いつのまにか少しだけ、たいくつなものになっていて、いまはとくに、自由に外出もできないために、わたしは厭きず、動画を観漁っていたし、きみは、なにかに取り憑かれたように、編み物に励んでいた。テレビでは、昨年の夏の、花火大会のようすや、海水浴場の混雑具合を紹介していて、これから冬だというのに、季節外れにもほどがあるわねと、心の中で、どうでもいい悪態をついていて、毛糸玉の感触が、でも、心地よかった。好きな色は、青。ちょっとでもあたたかくなりたいから、赤もあり。オレンジ、は、ふだんからあまり身に着けない色なので、マフラーでチャレンジするのも、いいかも。
 きみは、きょうも、例の、ポットの帽子を編んでいる。
 さいきん、インターネットで販売をしているらしく、ポットの帽子は、なかなかの人気であるらしい。
 みんな、紅茶が好きなのね。
 わたしは、インスタントのカフェオレを好む。粉の、熱湯で溶かすだけのやつ。
 きみがいま編んでいるポットの帽子は、青地に、白いかもめの柄で、なんだか夏っぽい感じ、と思った。
 もう、冬なのに。

ティーポットの帽子

ティーポットの帽子

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-23

CC BY-NC-ND
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